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亡霊と不死者の時間-Things separating ATHANATOI from ghosts-  作者: すたりむ
第三章:天変地異⇒天変地異!?
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24.再交渉耐性-renegotiation proofness-(前)

 昼前。馬車道のレストランにて。


「ていうか、食材の搬入が止まってないのは予想外だったわねー」


 わたしはドリンクバーから持ってきたオレンジジュースをストローで飲みながら、そう言った。

 佐伯はうなずいて、


「そうだな。あの結界が海側には展開されてないってのは想定外だったが、それでも事前に輸送するための準備をしていなければここまで即応できない。

 横浜市側は事前に手配してたってことだ。今回の案件の背後に横浜市が絡んでいることは、これで確定だな」

「おかげでパニックも広がってない。結界の内部は遮光円盤エクリプスもないし、いつもの横浜だものね」

「路面電車は止まっているけどな。まあ、おかしな色で線路が光っていれば当然か」


 という状況なのである。

 結界内に侵入する前にはかなりいろいろと内部の状態についての可能性を考えていたのだが、どの想定よりもよい状態だった。街に立っている警官は多いが、戒厳令みたいなものが敷かれている様子はない。


「谷津田くんはどうだった?」

「中華街のあたりは特に警官が多いな。それと、関帝らしき存在は少なくとも中華街の外からは見えない。だが……」

「だが?」

「中華街から10メートルくらいが限度だ。それを越えれば察知されると、俺の中でなにかが警告している」


 彼の言葉に、わたしは考え、


「例の、谷津田くんが関帝とつながってるって話?」

「ああ」

「じゃあ、関帝は中華街にいて、志津が隠蔽してるって線で確定かな」

「そうだな。それは間違いない。あと……」


 谷津田くんは言いかけ、


「……いや、個人の所感だ。忘れてくれ」

「いや、谷津田くん。そこは個人の所感でもいいから言って。圧倒的に情報不足な現状では、少しでも知れることがあった方がいい」

「わかった。ならば二つほど話そう。

 まず、関帝の現状だ。ランドマークタワーで暴れていたときと違って、いまの関帝はどうやら、『悲しみ』の感情が一番大きいように感じる」

「それも、「つながり」を介して伝わってきた?」

「ああ。こちらよりもあちらの方が大きいからな。俺が相手に影響を与える範囲より、相手が俺に影響を与える範囲の方が大きい。

 だからわかった。おそらくランドマークタワーでは、関帝は現状を理解しないまま暴走していたのだと思うが、いまは少なくとも『落ち着いている』。それが感情の変化に現れているんだろう」

「なるほど。もう一つは?」

「こちらは本当に余分かもしれないが……関帝に近づくと、関帝の視野がある程度見えてきてな。

 そのせいかもしれないが、ときどき俺は『誰が誰だかわからなくなる』。一瞬の錯覚みたいなものだが」

「誰が誰だかわからなくなる?」


 わたしの言葉に、谷津田くんはうなずいた。


「ああ。たとえばいまでもそうだ。関帝に意識を寄せすぎると、一瞬だけ、ここにいる誰が誰なのかが、よくわからなくなるんだ。高杉だけは例外なんだが」

「それは関帝の影響なの?」

「そうだと思う。なんというか、『神の視野』という感じだ。最初は『神に人間のことはよくわからない』という程度のことかと思ったんだが……どちらかというと、『認識能力を代償に神になった』というか……」


 谷津田くんはそこで言葉に詰まり、少し考えた後、


「すまん。うまく言い表せん。とにかくそんな感じだ」

「うん、ありがと。もしかしたら今後、なにかの参考になるかもしれない」


 わたしは言って、それから問題の、ケイの方を見た。


「で、ケイ。なんでそんなん拾ってきたの?」

「そんなんで悪かったな」


 ぶすっとした顔で言ったのは、ケイではなく、その横にいた男――楢崎である。

 今回、わたしたちは最初に調べる場所を手分けしていた。わたしは一番危険そうな、結界外縁部の調査。小辻くんは南側の探索、佐伯は市庁舎まわりと旧神奈川県警本部周辺の調査。谷津田くんは中華街周辺の探索。そしてケイは、『新生の道』横浜支部の調査だったのだが。


「まあそう言うなよ、高杉。こいつはいま、片嶋のとっつぁんの名代として活動してる。生き残った『新生の道』横浜支部の人間の中でも、戦闘能力をある程度持っていて動けるのはこいつだけなんだと」

「生き残った……? つまり、襲撃されたってこと?」


 わたしの言葉に、楢崎はうなずいた。


「ああ。まあ、爆弾テロ以降はほとんどの職員が自宅待機だったから、そう多くの被害はないんだが。とはいえ、俺を含めて夜番の仕事があった警備課の職員がいきなり攻撃されてな。あのビルもとうとう完全に倒壊して、かろうじて生きてた俺たちも逃げるのがやっとだった。片嶋課長も重傷を負って、いまは隠れ家に潜伏中だ」

「……支部長は?」

「ああ、あいつはこの異変が始まる前に横浜から逃げてた」

「はあ!? マジで!?」

「マジだよ。ほれ、昨日、あんたがちょっときつめに脅しをかけたろ? あれでもう見切りをつけたみたいでな。さっさと逃げたのが功を奏してか、今回の事件には巻き込まれずに済んだ。

 もっとも、こんな状況で、解任されてもいない最高責任者が一人だけ逃げてたってのは政治的にはクソ不祥事だからな。あいつはもう終わっただろ。下手すりゃ刑務所行き、運がよくても懲戒解雇じゃないかね」

「でしょうねー……いやあ、まさかそこまでとは思ってなかったわー……」


 わたしはあきれてそう言った。

 ケイはうなずいて、


「まあ、そういうわけだ。襲撃者の特定はできてないが、おそらく横浜市が保有する戦力だろう。横浜は明確に『新生の道』に敵対してきた。そういう状況になると、こちらも派閥争いがどうのとか言ってもいられなくなる。

 よって情報課と警備課は、連携を取って対処に当たることにした。楢崎はまあ、あっちからの貸し出し戦力ってところだ」

「うっす。そういうわけでよろしくな」


 楢崎は笑って言った。

 わたしは、そちらには反対する理由がないので特になにも言わなかったが、代わりに、


「支部が吹っ飛ばされたなら、資料室もなくなっちゃったわね」

「そうだな。だから調査プランはいったん据え置きだ。

 他になにか重要な情報があればよかったんだがな。どうする? 午後はどう動く? 私の読みからすると、いくら用意周到にしてるからといって、関内地区が孤立しているこの状況が長く続くのは横浜にとって得策じゃない。相手がなにを企んでいるにせよ、数日で終わらせられる事柄だろう。残された時間は少ないぞ」

「待って。まだ小辻くんと佐伯が報告してないわ。二人とも、なにか収穫は?」


 わたしが言うと、小辻くんの方が手を挙げた。


「えっと、僕の方ですけど、『再生機構』のビルは壊れてなかったです。つまり……」

「あっち側は横浜市と組んだか」

「たぶん……ただ、中にまでは入れなかったので、松山さんがいまなにをしてるのかとかはわかりません。

 後は元町も調べましたけど、空振りでした。必需品以外の仕入れが制限されてるって愚痴を店員さんから聞かされただけですね」

「まあ、それでも十分な仕事よ。ありがと。

 あとは佐伯だけど、どう? なにかあった?」

「とりあえず、鍵となる県警本部には近づけなかった。警備員がやたら多い」


 佐伯は言って、ため息をついた後、


「が、市職員の知り合いとの接触には成功してな。結果として、藤宮の動向の手がかりを少しつかんだ」

「え、本当!?」

「ああ。情報が正確で俺の予想も合っていればだが……たぶんあいつは、県警本部の建物に閉じ込められてる。例の、過去の桃源領域ザナドゥ・エリアを知っている生き残りとも一緒だろうな」

「…………。

 詳しく。佐伯」


 わたしが言うと、佐伯はうなずいた。


「どうやらあそこ、現在の名目上の役割は第二世代セカンドを始めとする危険な犯罪者用の留置場らしくてな」

「ふんふん、それで?」

「どうも藤宮、俺は知らないんだが……あの、なんだ。『セカンド・パーティ』とかいうのか? 高杉、おまえと戦ったっていう川崎の傭兵集団と、接触を試みていたらしくてな。奴らは囚われてるから、留置場に面会に行っていたようなんだ。

 その最中に事件が起こって、軟禁されたらしい。『セカンド・パーティ』の連中と一緒に」


 …………。


「えっと……その……」

「高杉。その顔はなにか心当たりがある顔だな?」


 ジト目で言った佐伯の言葉に、わたしは少し目を逸らして、


「裏目に出ちゃったっていうか……『事件が起こるかもしれないから、念のために川崎の傭兵で使える相手とコンタクト取れない?』とか頼んじゃったのよね。ほら、チカの家って川崎の偉い家柄だから」

「その結果、藤宮はおまえにボコボコにされた『セカンド・パーティ』と接触を取って、結果こうなったと。なるほど、なるほど」


 佐伯はうなずいて、


「70%はおまえの責任だな。せめて危険性とか伝えとけよ」

「い、いや、だってあのときはここまで急展開する可能性は……ちょっとだけ考えてたけど……」

「そもそも、志津方山がなにか誘導している可能性は、おまえも理解していたんだろ? なんで乗っちゃったんだよ。まだその説明、俺は聞いてねえぞ」

「それは志津の悪辣さを舐めすぎてるわね。あいつがなにを企むにせよ、時間が経てば経つほどあいつが有利になっていた可能性が高いわ。

 正直、今回のケースがまだ、一番あいつを相手にしやすい状況だと思う。志津にとっても急すぎる展開だから、我々が介入する隙ができた。あいつにこれ以上準備する時間を与えたら、誰も対抗できないままやばい状況に誘導されていたわよ」

「いや、だからといってこちらも準備不足なんだがな。まあ、いまさら言っても仕方がないことではあるが……」


 ため息をついた佐伯に、ケイが割って入った。


「まあまあ。いまその責任を追及する段じゃないだろ、佐伯。

 それより無視できない情報があったな。『セカンド・パーティ』とやらはわたしも小辻から情報だけは得ていたが、県警本部にいたのか。んで、藤宮がそれを知ることができたと?」

「あー、それはまあそうですね。県警本部のビルが危険人物の留置場っていう情報は一般には非公開ではあるんですが、『表向きの』非公開っていうか……そのへんの警察官とか、あとは近くの施設の住人は誰でも知ってる程度の隠蔽度なんで。川崎のコネがある藤宮なら、独力で調べられたんじゃないですかね。

 なので、公式に藤宮が接触を試みる、つまり面会を求めることは可能です。ただ、藤宮が面会要請の際に川崎の関係者であることを横浜側に伝えたらしくて、それでどうも危険人物と判断されたのか、そのまま軟禁されたようでした。とはいえ、もし彼女がただの『新生の道』の一般職員と見られていたら、事件が起こったタイミングで横浜市側に殺されていた危険性もあるので、これは不幸中の幸いですかね」

「なるほど……それはよかった。けど……」


 わたしは考えて、


「元々、その「過去の横浜の真実を知る人」を軟禁するために作った頑丈な施設を、第二世代セカンドが逃げ出せない留置場としてついでに利用したってところなのかしらね」

「あるいは逆か、だな」

「どっちにしろ、場所が特定できたのはいいことね。次の作戦目標がどこであるかは決まった。

 けど……どうしよっか。どうちょっかいをかける? 殴り込む?」

「おまえホント、暴力で解決することにカケラも躊躇がねえな……」


 あきれた口調の佐伯に、わたしは肩をすくめた。


「いや、わたしだって本気では言ってないわよ。というか、まず勝算があやふや。第二世代セカンド用の留置場なら第二世代セカンド対策は当然してるでしょうし」

「それに、いまの時点で「公的に」横浜市の敵として我々が振る舞ってしまうのはまずいな。相手側に、市民の目を気にせず我々を攻撃する口実を与えてしまう」


 ケイの言葉に、わたしもうなずいた。


「そういうことね。だから、殴り込むのは今回は控えておきたいわ」

「だが、ならどうする? 俺が接触できる市職員は下級職員までだ。上の方や、ましてや政治家とのコネなんてのがあれば、穏便に交渉で施設に入ることまではできるだろうが、そんなもの都合良く用意はできんぞ」

「政治家ねえ……政治家、政治家。……ん?」


 わたしは首をかしげた。


「そういえば、横峰さんって政治家がいたわね。わたしの知り合いと言えば知り合いだけど」

「横峰って、市議会の横峰か? 議長まで経験したベテランだぞ。マジだったら、その権力で交渉すればある程度までは融通が利くんじゃないか?」


 ケイの言葉に、わたしは渋面になった。


「確かにそうかもしれないけど、横峰さんは志津と仲が良かったから。敵対する可能性が高いわ。

 それ以上に、田中大五郎。例の三浦の魔王の嫡男が、横峰さんの側にいつもいる。あいつの方がさらにやっかいよ。横峰さんは紳士的なタイプだけど、あいつは自分の利益になることに対して手段を選ばない」

「ふむ。それはたしかに危険そうだな」


 ケイは言って、少し考えて、


「が、突破口たり得る。少し考えてみよう、高杉。横峰の方は私がある程度なんとかできる。その田中という奴が志津方山についているとして、こちら側に寝返らせる方法を考えられないか?」

「…………」


 わたしはまた、少し考えて、


「博打になるけど……一応、方法はあるわ」


 と、言った。



--------------------



「やれやれ、この時期に面会者と聞いてなにごとかと思ったら、君たちかね」


 横峰は、相変わらず車椅子に座った姿で、そう言って笑った。

 ここはどこかというと、なんと昨日までわたしが泊まっていたホテルである。山下公園に近い、いい立地の立派なホテルだ。

 とはいえ、わたしが泊まっていた部屋と違って、最上階のいい部屋だ。スイート、という奴なのかもしれない。

 横峰の隣にはいつもの田中。にやにやと、不敵な笑みを浮かべながらこちらを見ている。

 こちらの陣容はケイと佐伯、そしてわたし。佐伯のコネを使ってなんとか横峰さんとの面会を取り付けた、というのがいままでの流れだ。


「お初にお目にかかる、ということでいいのかな。『新生の道』横浜支部の外交官、情報課長の椎堂だ。よろしく」

「よろしく。ああ、握手は遠慮しよう。この身体は下半身を中心に麻痺があってね。上体を起こして手を伸ばすのは、若干おっくうだ」

「了解した」

「ところで、今回はどういう身分での面会ということになるのかな?」


 横峰の言葉に、ケイはさらりと応えた。


「横浜支部に残ってる『新生の道』の職員だと、私は序列二位。だが一位が現在、重傷を負って動けなくてね。どうも、昨日の夜に謎の武装組織に襲撃されたということだが」

「ああ。そちらの建物が倒壊したという報告は聞いておるよ。ならば現在、『新生の道』は実質的に君が全権委任者というわけか」

「そう思ってくれて構わない」

「了解した。ではそう考えて話をしよう。だが、条件がある」

「なにかな?」

「そこの」


 と、横峰さんはわたしを指さした。


「高杉綾子殿は同席させられんよ。そこまでの戦力を見せびらかされてしまっては、実質的に恫喝されているも同然だ。別室にて待機願おう」

「ふむ。まあ確かに。隣の部屋は使えるかね?」

「市で現在押さえてある。ああ、退屈だろうから田中くんを話し相手に差し上げよう。田中くん、案内してくれるかね」

「任されました」


 言って、田中はわたしににこやかに会釈し、


「じゃあ行こうか。ついてきて」


 と、歩き出した。

 おとなしくわたしはついていき、隣の部屋に入る。

 ぱたん、と、ドアが閉まった。


「――で」


 田中は、ぎらりと光る目でわたしを見て、嬉々として言った。


「こっちが本命って理解でいいよね、高杉綾子?」

「まあね」

「よくもまあ、ここまで自分が不利になる戦場を選んだものだ。それ相応の儲け話(・・・)は、用意してあるんだろうね?」

「それはもう」


 わたしも獰猛な笑みを見せて、笑った。


「理想の展開をありがとう、田中大五郎。お話し合いをしましょう?」

【余談】

 冒頭のレストランのイメージは関内駅付近にあるガストです。

 けっこう物騒な話をおおっぴらにしてますが、一応本文には書いていませんが魔術を使って、「外部からは、よほど意識しないとなにをしゃべってるかの意味がわからない」ように仕掛けをしてます。そもそも、彼らにとって安全な隠れ家は現在の関内地区にはほとんどないので、苦肉の策です。

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