23.復元-repair-(後)
「なんだおまえ、寝てないのか?」
アパートの廊下から夜空を見ていたら、後ろから声をかけられた。
「その声は谷津田くん? 君こそ寝たらどうなの?」
「少し寝たが、起きてしまった。体力は回復したと思う」
「そっか」
「そっちこそ、まだ深夜だぞ。体力は大丈夫なのか?」
「君がやってくる少し前まで寝てたからね。さほど寝なくてもいいのよ」
言うわたしの横に、谷津田くんはやってきた。
「しかし、ずいぶん大事になったわね」
「このあたりの住民はどうしてるんだ? 異常事態に避難とかは?」
「横浜の司令部があの結界で隔離されてるもの。避難命令を出せる主体がいないわ。だから住民も、不安に思ってもどこにも動けないみたい。零時を回るまでは、ときどき外の様子を見に出てくる住人がいたみたいだけど、こんな夜更けだとそれもね」
言いながら、わたしは空を見上げた。
関内側から光が照射されているのだろうか。夜なのに妙にくっきり見える雲と、ところどころに浮かぶ銀の円盤が、不気味な印象を与えている。
わたしたちは夜明け前に行動開始の予定だ。他のみんなは、行動開始に備えて寝ているところ。
「なんだかへんな感じ。わたしたち、事件が始まる前は会話もほとんどなかったのにね」
「そうだな」
「わたしが死んで生き返って、谷津田くんが死んで生き返って、佐伯が死んで生き返って、ケイも死んで生き返った。あとまだいたっけ、そういうの?」
「いや、そうまとめられると身もフタもないというか……そもそも、後者二つは死んでなかっただけだろ」
「まあ、そうね。少なくともわたしたちは死んでるわね」
「それもどうなんだか……おまえは死んで生き返ったって感じだが、俺は厳密に言えば、谷津田久則のコピーに過ぎないだろ」
「あー、それね。前からちょっと、言おうと思ってた」
「なにをだ?」
谷津田くんの言葉にわたしは肩をすくめ、
「それ、たぶん志津に精神汚染されてる。その考え方、やめたほうがいいよ」
「なんだよ精神汚染って……志津の超魔術で俺がなにか騙されてるって言うのか?」
「そこも勘違い。いや、誘導された誤解ね。谷津田くん、志津の名乗りって覚えてる?」
「名乗り?」
「曰く「私の名前は志津方山。魔法使いだ」と。魔法使いであることにやたらと執着するというか、そういう雰囲気出してるけど」
わたしはにやりと、意味深に笑った。
「意図的にそういう雰囲気にして、誤解を誘っているのよ。志津という男は、本質的に『魔術という手段』にこだわらない男よ。必要ならば魔術を使わないことができるっていうか」
「じゃあ……」
「延々と、『おまえは谷津田久則じゃない。謎の生命体Xだ』みたいな話を聞かされたんじゃない? そういうことを同居人にされると、そうかなって思って、そうかもって思って、そうだなって思うようになる。人間ってそういうものでしょ?」
わたしに対しても志津は延々と同じことをやってたから、なんとなく谷津田くんの境遇もわかる。
谷津田くんはわたしと違って、ずっと中華街に拘束されていた。早いタイミングで中華街から離れたわたしと違って、組織の庇護もなかった谷津田くんは、志津の口先から逃れる術もなかった。
「高杉は……」
「うん?」
「高杉は、志津が怪しいとどのタイミングで思ったんだ?」
「んー、それが実はね、カケラも怪しいと思ってなかった」
わたしは苦笑した。
「わたしが志津について考えるようになったのは、例の爆弾テロがあった日の翌日あたりかな。その日に、小辻くんから警告を受けたのよ。まあ、小辻くんの発案ではなくてケイの入れ知恵だろうってのはなんとなく予測がついたけど……それで疑ってみたら、いろいろと見えてくるものがあってね」
「見えてくるもの……?」
「谷津田くんから見て、志津ってどういう人間に見えた?」
「わけのわからない……魔法使い……かな」
「そう。わけがわからない。なんかキャラ作ってるし、変人であることは明らかで、それでいて魔術の技能は驚異の一言。まあ、天才なんでしょうね」
「やけに突き放すように言うな」
「うん。まあね」
わたしはため息をついた。
「同族嫌悪って言うのかな……谷津田くんさ、わたしのこと、天才だと思う?」
「いきなりな質問だな。おまえはどう思ってるんだ?」
「わたしの自己評価は、とりあえず置いといていいよ。谷津田くんの評価を聞きたいの」
「……。そうだな」
谷津田くんは、少しだけ目を閉じ、
「まあ、一般論でいいなら、天才なんじゃないか?」
「でしょうね」
わたしはうなずいて、
「じゃあ谷津田くんさ、わたしのこと、換えが利かないと思う?」
「……なんだって?」
「だから、たとえば『新生の道』やら第七軍やら、あるいは『再生機構』やら、他でもいいよ。どの勢力からでも、わたしのこと、換えが利かない存在だと思う?」
「…………」
谷津田くんはしばらく考えて、
「悪い。そうは思わん」
「うん。だと思った。意見が合ったわね」
わたしはうなずいた。
そう。わたしは世間的には天才だが、「換えが利かない」存在ではない。
天際波白や、梶原沙姫とは、そこが異なる。彼女らは「換えが利かない」存在だ。いなければいま、東京圏はこんな勢力図にはなっていない。
だがわたしは、『新生の道』の上層部が、暗殺していいやと適当に考える程度の存在でしかないのだ。
「で、それがいままでの話と、なんの関係があるんだ?」
「だからさ」
わたしは言った。
「志津も「換えが利かない」存在じゃないのよ。いま幕張に本拠を構える連中――橘三郷とか、倉田亜里砂みたいに、「いなかったら東京圏はこうなってなかった」存在じゃない。天才だからって、「換えが利かない」とは限らない」
「……同族嫌悪ってのはそういうことか。つまり、あいつは天才だけど、大天才を装っている天才だと?」
「そういうこと」
わたしはうなずいて、底意地の悪い笑みを浮かべた。
「わたしも伝聞でしか聞いてないから、橘三郷とか倉田亜里砂がどんなレベルの天才かは知らない。でも結局、志津は彼らから離れて、彼らと違う道を行ってる。バリバリ対抗心があるって予想してるわ」
「ありそうな話ではあるが……しかし、俺はそこまで聞いても、志津の言うことを完全には否定できないよ。
なあ、おまえ、記憶がないって言ったよな。だったらもう一回、あのときランドマークタワーで聞いた質問をしてもいいか?」
「どうぞ。おかまいなく」
「おまえは何者だ?」
谷津田くんは、言ってからため息をついた。
「あのときの俺は、まあ、たしかに言われてみれば、志津にやりこめられていたんだろう。だが、それでも志津の言う通り、たしかに俺と「谷津田久則を名乗っていた人間」は違う。同じように、おまえと「高杉綾子を名乗っていた人間」も違うんだろう? ならなんで、おまえは高杉綾子を名乗って、高杉綾子みたいに動けるんだ?」
「んー、そうね」
わたしはどう言ったものかと、少し考えて、
「正直ね、その質問、想定してた」
「想定?」
「その質問はたぶん、志津にも聞かれてたと思うのよね。まあ、志津からすると、あなたとわたしが不和を起こして戦う、その最後の一押しのつもりだったんだろうけど。
わたしはある程度そのことを読んでて、だから答えも用意してた。たぶん「あのわたし」はそのとき、「わたしは高杉綾子だよ?」とか、言ったんじゃない?」
「言った」
谷津田くんはうなずいた。
「わたしはたぶん志津にもそう言ったのよね。で、たぶん志津は『まあ君が自分をどう思うかの哲学にまでは踏み込まんがね』とかなんとか、そんな風に突き放した言葉を返したんだと思うわ」
「なんでそんなことが?」
「正直に言うと、対抗するため。志津のもくろみから外れるために、志津の用意した思い込みを意図的に外したの」
「じゃあ、おまえは」
「うん、そうよ。わたしは少なくとも、高杉綾子なんて人間じゃない。
そう主張するのは、死んだ彼女に対する冒涜よ。わたしはそれを許容できない」
わたしははっきりと、そう言った。
谷津田くんはあきれたようにため息をついて、
「じゃあ、おまえはなんなんだ? 高杉綾子じゃないと言いながら、高杉綾子を名乗って、高杉綾子みたいに振る舞っているおまえは、いったい誰だ?」
「高杉綾子だよ?」
「……さっきと言ってることが違わないか?」
「なにも。だって人間ですら、同姓同名の別人っているじゃない。そういうこと」
わたしはあっけらかんと言った。
「わたしは高杉綾子だけど、「人間の」谷津田くんが殺した「人間の」高杉綾子とは別人。そして人間の方の高杉綾子とわたしが似たような振る舞いをしているかは、それこそわたしの問題じゃないわ。他人から見て似てるかどうかなんてわたしの知ったことじゃない。わたしはわたしがやりたいように生きる。他になにかある?」
「ものすごい身勝手さだな」
「許しがたい?」
「正直、ランドマークで殴り合う前だったら、激怒してただろうな」
谷津田くんは言った。
「だがなぜだろうな。いまは特に、怒りも憎しみも浮かばない」
「そうなの?」
「ああ、どうやら――俺は、納得しているみたいだ」
谷津田くんは、苦笑いをして言った。
「かつての俺は、おまえとか風見に、勝手に仮託していたみたいだ。俺は殺し屋で、英雄になるような資格はない。だからせめて、その資格があるおまえたちは英雄のようであって欲しいと。
だがまあ、やり合ってみて、その後いろいろあって、反省した。おまえはおまえでいろいろ考えてそうやっていたわけだし……そもそも、俺は……」
「俺は?」
「自分が「谷津田久則ではない」なんて思えない、みたいだ」
言葉に、わたしも笑った。
わたしには記憶はないけど、たぶんそういうことなのだろう。
もし彼が谷津田久則ではないと言うなら、谷津田久則の罪を背負う理由もない。
英雄になる資格がない、ということは、英雄になりたかったということなのだろうが、それを諦める大義名分もなくなる。
だから彼が、未だに自分は英雄になれないと思っているのなら、それは彼が「谷津田久則」だからなのだ。
「いびつだと思うか?」
「まさか。わたしたちの抱えてる事情の複雑さからすれば、そんなものでしょ。
ところで谷津田くんさ、なんで英雄になんてなりたいの?」
「それは……まあ、たぶんないものねだりだろう。
俺の人生は、要約すれば「生きるための人生」だった。生きるために殺し、生きるために逃げて、その果てに殺されたのが谷津田久則だ。だから、そうじゃない人生に憧れてたんだろうな」
「いまはどう? 憧れてる?」
「そうだな……」
谷津田くんは少し考えて、
「その資格がない、という感覚は、やはり強い。俺は少し、殺しすぎた」
「律儀だね。まあ、そういうところが谷津田くんらしいけどさ」
わたしは笑って、
「じゃあちょっと提案をしようか」
と、切り出した。
谷津田くんは首をかしげて、
「提案? なにをだ?」
「志津の企みは、まだそれがなんであるかもわかってない。けど全部うまく行って平穏な日常がやってきたら、わたしはぜひやりたいことがあるの」
「それは、なんだ?」
「それは――」
わたしは、考えていることと、そして、谷津田くんにやってもらいたいことを告げた。
彼はしばらく考え、
「おまえ、頭おかしいよ」
と、笑った。
穏やかな、不思議な夜だった。
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時間は過ぎ、夜明け前。
「これが桃源領域。関内とその外を隔つ、禍つ壁ね」
「高杉はどう見る?」
「ん……まあ、こういうときにはこれの出番よ」
ケイの質問にわたしは言って、少し集中し、
「因果遡行!」
魔術の発動と共に、さまざまな情報がわたしの中に巡ってくる。
「……どうだ?」
「うん、わかった」
わたしはうなずいて、赤い結界の表面に触れた。
「まずこの表面は安全。触っても大丈夫。かなり堅いからまともな方法じゃ砕けないと思うけど、とりあえず健康被害はないわ」
「そりゃいいことだ。中身の黒い魔力霧は?」
「命の保証はできない。たぶんこれ、関帝とやらの一部分が霧の形になってるものよ」
わたしは言った。
「その本質は人間を食らって養分かなにかにするもの。となると、なんとなく志津の考えも想像できるわね。赤い壁はわたしたちの侵入を阻むというより、関帝の存在を外に出さないために志津が作った柵なんじゃないかしら」
「市民に平気で犠牲を出すほどの外道ではないということか。だが……」
「うん。逆に言うと、これだけ危険なものが隠れてたことを、志津は事前に理解してたってことよね」
わたしは、深刻なため息をついた。
「……高杉。考え込んでいるところを悪いが、結局これは抜けられるのか? 抜けられないのか? どっちだ?」
「ああ、ごめんね谷津田くん。答えを言えば抜けられる。なにしろこの赤い壁、黒い霧を燃料にして発動してる魔術っぽいから。だから――」
「だから?」
「圧倒的な攻撃力をたたき込めば、霧ごとしばらく空白ができる。その間に抜けちゃえば入れるよ」
「だが、入った後には出られない……?」
「簡単にはね。まあ、なにか方法はあるんだろうと思うけど、それは入ってみないとわからない」
わたしは言って、まわりの全員を見た。
小辻くん、ケイ、佐伯、谷津田くん。みな、それぞれの顔で、わたしを見ている。
「さて、ここまで計画立てて、作戦通り行動するだけって段になっておいてあれだけど。
このタイミングで、中に入りたくなくなったっていう人間はいる? 正直、無理強いはできない。なにしろわたしたちは、この中でなにと戦うのか、そして撤退はできるのか、それすらわからないからね。どうする?」
「俺は行く」
谷津田くんはシンプルに言った。
「僕は、高杉さんをサポートするのが任務ですから……当然、お供します!」
小辻くんは張り切って答えた。
「……ま、ここで引いて安全になる保証もないしな。
動いてもリスク、動かなくてもリスクなら、動いた方がマシだろうさ」
ケイは楽しそうに言った。
「やれやれ、世話のかかる奴らだ。となると、俺一人が逃げるわけにも行かんだろうよ」
佐伯はそんなことを言って、苦笑した。
「じゃ、開始しましょう。
みんな、入った後の当面の手はずは覚えているわね? まずは予定通り動くわよ」
言ってわたしは、拳をにぎって深呼吸。
「竜牙烈掌――!」
ばぎぎぎっ! という派手な音とともに、あたりの赤い壁と、黒い霧が、まとめて吹っ飛んだ。
「よし、全員突撃! 行くわよ!」
わたしの言葉と共に、みんなが走り始め……
五里霧中の中、情報を探りながらの戦いが、始まったのだった。
---next, renegotiation proofness.




