23.復元-repair-(前)
「いやー、こっちの部屋あんまメンテしてなくてさー。一応ガスコンロとやかんは用意してるからお茶は出せるけど、冷蔵庫が長い間電源切りっぱなしでね。なーんも入ってないんだわ」
言いながらわたしは、淹れたお茶をテーブルに並べ始めた。
この場にいるのは、ケイと佐伯、小辻くんに、それからなんと谷津田くん。面白いメンツが集まったものだ。
その谷津田くんは、さっきからなんか難しい顔をして黙り込んでいる。
「どしたの谷津田くん。便秘?」
「喧嘩売ってるのか?」
谷津田くんは、ジト目でそう言った。
「ていうか、もう取りつくろうのも面倒なんで直球で聞くけど、おまえ俺の目の前で死んだんじゃないのかよ。なんで生きてるの?」
「あー、やっぱわたし死んだの? なに、誰に殺されたの?」
「なんでわくわくした声で聞いてんのこの女、やだ……っていうか、覚えてないのかよ」
「そりゃあそうよ。だって――」
わたしは肩をすくめて、
「谷津田くんの目の前で死んだ高杉綾子とわたしは、「べつの高杉綾子」だからね。わかるわけがないでしょ」
「……はあ?」
「あーそうだ、谷津田くんさ、そういうことならちょっと身体チェックさせてよ。さすがに距離が離れすぎてて、記憶の共有ができてなくってさ。たぶんわたしは死ぬ前に、記憶情報だけ君にくっつけといてると思うんだよね」
「いや、まず説明しろよ。べつの高杉綾子ってなんだ?」
「説明したいのは山々なんだけどね」
わたしは肩をすくめた。
「たぶん志津に聞こえる。いま音声でネタばらしは、ちょっとしたくないかなって」
「……どうやって? こんな距離が離れた、それどころか相手に場所が割れてないところの音声を、どう盗聴してると?」
「あー、うん。推測なんだけどね」
わたしはぽりぽりと頭を掻いて、
「まず、志津の研究所、あそこの近くで一度わたしは、『再生機構』の島田さんとドンパチやってるの。そのときに魔力状況を大幅に荒らすような全圧型の大魔術を使っていて、周辺の繊細な魔術構造は余波でほぼ全部吹っ飛んでるわ」
「うん、それで?」
「その前後でわたしは、志津の研究所の魔術に関係する仕掛けを、あらかた調べてる。だけどなにも怪しいところはなかった。志津の盗聴魔術がどれだけすごいものだったとしても、見つからないようにしようとすれば繊細になって、ささいな外部からの干渉で壊れちゃう。そうすると仕掛け直したりする作業でなにか影響が出るはず。それがなかったということは、志津はわたしを盗聴していないと考えるのが一見自然に見えるけど……わたしは疑ったのよね」
「疑った、というと?」
「いや、その事件が起こる『前』には志津、わたしたちが会話しているところに参加してこなかったのよ。なのに『後』になって、楢崎が訪ねてきて話しているところにはちゃっかり同席してたわ。名目上、「ただの好奇心だ」とか言ってね。これ、盗聴できなくなったから直に聞きに来たって考えるのが自然じゃない?」
「……なるほど。だがどうやって? 盗聴魔術は最初から検知できなかったんだろう?」
「うん。だけどまあ、べつの環境魔術、たとえば空調魔法とかそういうのもいくつか吹っ飛んでいたから。その中にあるなにかが、盗聴を成功させるための鍵だったんじゃないかなと思う」
「だが、それはおまえが寝泊まりしていた志津の研究所内の話だろう。この部屋にそんな仕掛けは――」
「少なくとも仕掛ける方法はあるのよ。そしてわたしは、だったら仕掛けられてるだろうと見ている」
「……どうやって仕掛けるんだ? だってこんな場所、志津は知らないだろ?」
「うん。だから横浜市の建物全部に仕掛けてると思う」
わたしは端的に答えた。
「ほら、建物を整備するとき、インフラとして当然のように使う魔術ってあるでしょ? 初歩の空調とか、水回りの殺菌とか、そういうの。志津、その魔術の規格策定に横浜市経由で横入れして、バックドアみたいな感じでそういう魔術仕組んだんじゃないかなって。だからここにもたぶん、それが仕掛けられてる。また近場で大魔術を使えば余波で壊せるだろうけど、できればいまここでそういう悪目立ちをしたくはないわね。なにが来るかわからない」
「しかし、それだと最初の疑問に戻ってしまうだろう。盗聴というのは大量に行いすぎると、どんな情報が重要だったのかがわからなくなって効果がなくなるものだ。大量の人員を動員して整理するならともかく、志津方山一人だけでは……」
「そこがポイントでね。志津の盗聴魔術は環境魔術と融合してるって言ったでしょう? つまり、すべての箇所で魔術によって音を録音してるのよ。そして実際に音声を聞きたければ、その場を指定して再生すればいい」
「なるほど。このアジトは遠からず敵にバレると、高杉はそう考えているのか」
横からの佐伯の言葉に、わたしはうなずいた。
「たぶんね。だから一通り休んだら、ここはすぐ引き払って違うところに行くわ。でもまあ、いまはともかく、必要最小限の情報の共有が先でしょ。相手方にバレても構わない情報は山ほどあるんだし。
てわけで、谷津田くん。身体探らせてもらってもいい?」
「……まあ、いいけど」
しぶしぶ、という感じでうなずいた谷津田くんの肩にわたしは手を触れ、
「よし、回収」
ビー玉ほどの、青く輝く魔力の塊を取り出した。
「……それが、おまえの記憶だと?」
「そう。ただ、すぐに解凍するのはちょっとまずいわね。このわたしと違って、『あのわたし』は谷津田くんと戦う前に志津と会ってる。そのときになにか細工をされた可能性があるわ」
「結局、時系列的にはどうなるんだ? 「このわたし」と「あのわたし」とやらは、どこで分岐した?」
「んー……そのくらいならしゃべってもいいか。じゃあ、わたしが覚えてる限りのことを、この場で話すわね」
言ってわたしは、こほんと咳をした。
「まず、支部長室に殴り込んで谷津田くんと会話したわよね。あのタイミングでは、わたしは「このわたし」だったわ」
「うん。それで?」
「で、支部長室の窓ぶち割って脱出した後、谷津田くんが普通に横浜支部から出てきたのを物陰から見て、その後でわたし、また中に入ったのね」
「……そんなことしてたのか。なんのために?」
「片嶋さんに聞こうと思って。ケイの死体を確認済みかどうか」
わたしは言った。
「いや、エルってぜんぜん信用できないやつだったじゃない。それ以前に、エル自身がどこまで状況を把握してるかも怪しかったし。だからとりあえず確認しておこうかなって。案の定、ケイの死体は未発見だったそうよ。それっぽく偽装された死体はあったけど、ケイではないことを確認済みだって」
「……結局、疑ってなかったのは俺一人か」
「まあ、あの爆弾テロ以降、小辻くんからやたらシャープな助言が何度も来てたから、裏にケイがいる可能性を疑ってたってのもあるけど」
「ええ!? バレてたんですか!?」
と、小辻くん。素直でよろしい。
「だからわたしはその後、小辻くんにありったけの現存する情報を与えた上で、「あのわたし」と入れ替わった。その後のことはまったく知らないわ。たぶん予定通りなら、「あのわたし」は志津に会ってランドマークタワーでの戦闘許可を得て、その後で谷津田くんと戦ったんじゃないかと思うけど。合ってる?」
「……たぶんな。志津と会ったかどうかまでは、俺は確認していない」
「で、その後なにがあったの?」
「それは……」
言って、谷津田くんは、ここまでの出来事をわたしに話してくれた。
わたしは、ふむう、と腕を組んだ。
「関帝。関帝ねえ。よりにもよってすごいのが出てきたのね」
「志津方山がそう呼んでいるだけだがな」
「うーん、なるほど。そしていま、桃源領域とおぼしき謎の結界が、関内エリアを包んでいると。中は見えない?」
「見た感じじゃ、通り抜けられるかどうかも不明だった。赤い外壁とどす黒いもやに覆われてて、中の様子はまるで見えない」
「……ま、とはいえ、中身全部がそれではないでしょ。きっと内側まで入っちゃえば、普通に人間が動ける世界があると思うわ」
「なんでそう思う?」
「え、だって志津が作ったんでしょ、その結界?」
わたしは言った。
「ならそのバックである横浜市は、少なくとも了承してたと思うのよ。都市計画、特にランドマークタワーの取り壊し工事にはすでにゴーサインが出てたわけだし。それに路面電車の設計だって志津側が操作しないと、魔法陣として使うなんて無理でしょ」
「まあ、そうかもしれんがな。高杉」
言ったのは、ケイだった。
「しかし、「いいように操られていた」可能性はないか? 担当者が完全に洗脳されて、なにをやっているかわからないまま横浜の破滅のスイッチを押してしまった可能性も……」
「まあ、可能性を言い出せば、そもそも志津の目的がわからない現状ではなんでもありなんだろうけど」
わたしは認めて、それから続けた。
「ただ、『ランドマークタワーは関帝結界の重心だ』って情報を、谷津田くんは志津から聞いていたのよね?」
「ああ、そうだ」
「志津はそれを隠していなかった。なら、横浜の上層部がそれを知らないってことはないと思うのよね。たぶん中華街まわりで昔なにが起こったかって情報も、箝口令が敷かれているだけで、彼らは理解していたと思うし。『関帝』がランドマークタワーに封じられていたってのも、志津だけじゃなくて横浜市上層部は把握してたんじゃないかな」
「なるほど。にもかかわらずランドマークタワーは取り壊しが決まっていた。つまりこの展開は志津と横浜市の既定路線で、高杉と谷津田はそれを早めただけということか」
佐伯は言って、お茶を一口すすった。
わたしはうなずいて、
「だからまあ、志津だけが生きていられる超空間になってたりはしないでしょ、いまの関内は。最低でも、ちゃんと魔術の心得がある人間なら生き延びられるだけの環境にはなっているはずよ」
「……志津の目的は、なんなんだろうな」
ぽつり、と言った谷津田くんの言葉に、わたしは少し考え、
「なんにせよ、谷津田くんがキーになると思うのよね」
「俺が? なんで?」
「だって志津、明らかに谷津田くんの身柄を手に入れたがっているでしょ?」
「……まあな」
谷津田くんはうなずいた。
と、横から佐伯が口を開いた。
「どちらかというと俺は、相手方の優先度が気になるんだがな」
「ん、優先度? なにそれ?」
「いや、最初は志津方山、谷津田を一人で……かどうかまでは確定してないが、ともかく表立って自分から拉致しに来ていただろう。だが、二回目はそうではなく、芦屋と風見に任せた。つまり、志津は少なくともこのタイミングでは出てこれない。そういうことだよな」
「まあ、そうね。それも重要な手がかりになるわね」
エル……ではなくて、芦屋さん。彼女が敵側だというのも、なんとなく示唆的だ。
風見についてはノーコメント。
「正体不明の『関帝』に、志津の優先度。それから『関帝』と谷津田くんがなんかリンクしてるって情報。このあたりが現在使える情報かしらね。
そういえば谷津田くん、その『関帝』とのリンクはいまでも続いてるの?」
「たぶん」
谷津田くんは答えて、
「……だが、本格的に探ろうとすれば相手にもこちらの情報が伝わる気がする。あまりやりたくない」
「了解。じゃあそこはいったん置いておきましょ。
とすると、桃源領域と『関帝』の関係についてが、あるいは鍵になるかもね。ケイ、なにか知らない?」
「んー、そうだな」
ケイは腕組みをして、
「私が調べた資料のうち、記憶にあるのはそう多くない。もっと精査すればなんとかなるかもしれないが、横浜支部の資料室だからなあ。いまからアクセスするには、いったん桃源領域に忍び込まなきゃならん」
「うーん、そうか……」
わたしはため息をついた。
「知識がどう見ても足りないわね……」
「さすがにこれだけなにもわからんと、どう対処していいかもわからなくなるな。そもそもこれは我々が対処すべき事象なのか? さっさと横浜から逃げ出すべきでは?」
「本気で言ってないのがダダ漏れよ、ケイ」
「そうか? 私は七割くらい本気で言ってたんだが」
ぼやくケイに、私は笑った。
「知ってるわよ。ケイ、どうせこの場を逃れるにしても、その場合のリスクの評価をしておきたいんでしょ?」
「まあなー」
ケイも笑った。
「だから最低限、情報を集めなきゃ方針も定まらん。我々に必要なのは一に情報、二に情報、三に情報だ。なにしろ情報課だからな」
「それが言いたかっただけでは?」
「なんだよ佐伯。じゃあおまえの意を汲んで五はおっぱいでいいよ」
「誰の意を汲んでなにを考えたらそうなるんすか。だいたいこの部屋におっぱい担当いないでしょ」
「はっはっは。そういうはっきり言うところ好きだぞ佐伯。他で言ったら身の安全は保証しないけどな」
つるぺったーんな胸を張って、ケイ。
わたしはどうでもいいのでスルーしつつ、
「ともかく情報かあ。せめて過去に、桃源領域が展開してた頃の生き残りとかいないかなあ。経緯がわからないと志津がなにをしようとしているかがどうしても……」
「ん? それならいるぞ」
「え?」
わたしはぽかーんと口を開けて、発言主……佐伯を見た。
佐伯は平然と、
「たしか旧神奈川県警本部の一室を改造して、そこに軟禁されてるはずだ。名前までは知らないが」
「ちょ、ちょっと佐伯。そんな重要情報どっから持ってきたの!?」
「いや、前々からいざというときのために横浜市の職員達とコネクションを持っててな。そこからの情報だ。私的なコネだったし裏も取れてないから、課長にすら報告してないけどな」
「そういや、死んだことにしたときに横浜市側のコネを使ったとか、さっき言ってたっけ。へー、そうなんだー……」
わたしはうんうんとうなずいて、
「ただのおっぱい星人じゃなかったのね。やるじゃない佐伯」
「褒めてもらっておいてなんだが、なんでおまえも課長も俺をおっぱい星人ってことにしたいの? なに、胸がないコンプレックスを俺で発散してるの?」
「ないよそんなコンプレックス。だって大きい胸って戦闘に邪魔なだけでしょ?」
「……つくづく戦闘民族だなおまえ。人の心とかあるの?」
ジト目で言う佐伯はいったん放置して、わたしは考える。
「まあ、どっちにしても、関内地区への侵入は不可避って感じになってきたわね、こうなると。わたしは最初からそうするつもりだったけど、みんなの利害が一致してるのは悪いことじゃないわ」
「……いや、待て。高杉、おまえ関内に侵入するつもりだったのか? なんで?」
いぶかしむ谷津田くんに、わたしは肩をすくめた。
「いや、なんていうか不手際っていうか、予想外でね。関内地区に取り残されちゃってる子がいるのよ。谷津田くんも知ってるでしょ?」
「! あ、まさか!?」
「そう」
わたしはため息をついた。
「藤宮千景。あの子が、あっち側に取り残されちゃってるんだわ。だからなにがなくとも、一度は侵入して彼女を取り返さないといけなかったのよ」




