21.死-death-(後)
佐伯のバイクが止まったのは、だいぶボロボロになった、昔は立派だっただろう商業ビルの前だった。
「ここは……?」
「『崩壊』前は、ヨドバシカメラっていうわりと有名な店が入ってたんだがな。いろいろあっていまはこうだ。まあ、安心しろ。地下は生きてる。ついてこい」
言って佐伯は、隣にあるビル(こちらは無傷)の中へと入って行った。
……正直、得体が知れない。
得体が知れないが、その得体の知れなさはたかが知れていた。なにが使えるかもわからない不気味な志津方山や、『椎堂計画』なんて都市伝説引っさげて登場した椎堂恵瑠などに比べれば、佐伯は『死んだと思ったら生きていた』程度の不思議しかない。
(いや、こいつはこいつで、たぶん面倒な背景を持っているんだろうけどな)
佐伯博孝。記録によれば二十四歳。
ごく普通の経歴を持つ、ごく普通の『新生の道』の職員に見える。経歴を洗っても、それ以外なにも出てこない。
そんなはずはないのだ。
あの椎堂卿は、横浜支部の情報課課長を二年も続けて生き延びた逸材だったが、その椎堂卿を一年以上サポートして一切の尻尾を出さないこの佐伯もまた、ただ者ではない。
なにしろ、この俺、谷津田久則もまた、支部長に言われてこいつの経歴を洗い直したくらいなのだ。支部長は、側近を叩くことで間接的に椎堂にダメージを与えようとしたようだったが、不発に終わった。
まあ、それでも。常識の埒外から来てるような連中と違って、佐伯は少なくとも《《こちら側》》の人間だ。
他を当たるより、いったん組むリスクは低い。そう考えて、俺は佐伯の後をおとなしく追うことにした。
地下は、がれきだらけの地上と比較して、思ったよりずっと整っていた。『崩壊』前の状況をほぼ保っているように見える。
「横浜駅の地下道は原則、市によって閉鎖されていたと記憶していたんだがな」
小さくつぶやく。と、
「少し外装が壊れていて、見た目がちょっと悪い部分があるんだ。だから市はここを閉鎖してるんだが、実際のところ危険はなくてな。
俺たちがこうして入っていっても、なにも言われないよ。そもそも地下道は入り口が多すぎて、本気で閉鎖するとなるとかなり大変だろうからな。市も、わりとどうでもいいと思ってるんだろ」
先導する佐伯が、解説してくれた。
俺は納得してうなずきかけ、
「……いや。問題はそれを、なんでおまえが知っていたかってことなんだが」
「情報課に資料があった。見てないのはおまえが注意してないからだ」
「……。なるほど」
言われてみれば、情報課の仕事を片手間にこなしつつ裏の仕事に精を出してた俺は、そういう「誰にでもアクセスできる情報」を漁ることはほとんどしていなかった。
そんなことを考えているうちに、俺たちはひとつの部屋の前にやってきていた。
「ここは……?」
「俺の城、と言うにはまあ、少し付き合いが浅いがね。隠れ家として使わせてもらっている。まあ、入って話そう」
「その前に聞かせろ。おまえ、あの場でなにをしてて、なんで俺を助けた?」
言うと、佐伯は肩をすくめた。
「ランドマークタワーが派手に崩壊したから野次馬気分で見に行ったら、おまえが変な化け物に追われていた。現場には他に何人かいたが、情報交換に応じてくれそうなのがおまえ以外にいなかったので助けるついでにいろいろ聞きだそうと思って連れてきた。以上だ。他に質問は?」
「……わかった。とりあえず入ろう。残りの疑問は中で聞く」
言って、俺は部屋の中に入った。
元は倉庫だったのだろう。壁は打ちっぱなしでめちゃくちゃ殺風景だったが、なんと通っている水道と電気があって、座り心地のよさそうなソファに、テレビまでついていた。
「これ、水道代とかどうやってるんだ?」
「ここ自体、つてのある市職員からの紹介でな。横浜市が整備し続けていた場所だそうだ。テレビはさすがに外から持ち込んだけどな」
「いや、待て待て。おまえ結局、どういう派閥でどこの元老の指示で動いてるんだよ。もういい加減隠す必要ないだろ。答えてくれよ、佐伯」
「元老ってなんだ? 支部長とかのクラスの上の話か? 俺は知らんぞ、そんなの」
応答に、俺は固まった。
「は? え……本気で言ってるのか?」
「おまえな。自分が裏でいろいろやってたからって、他人もそうだって思う癖はやめたほうがいいぞ。俺は付き合いのある人間も含めて全部オープンにしてる。そういう人間で、そういうやり方で生きてきた」
「い、いや、だがな。おまえのやることなすこと、素人とはとても思えない手際が多すぎるんだよ」
俺はしどろもどろになりながら言った。
「ていうか、それこそアレだ。おまえ、自分が死んだことを偽装して隠れてただろ。これが裏稼業のやることじゃなくて、なんだってんだ」
「ああ、それか。いや、俺も少しどうかとは思ったんだが、志津方山のことを最初からきなくさいと思っていてな。なにかあったとき、裏をかくための人員が必要だろうと思った。
だから適当に死んだことにして離れたんだ。結果として釣れたのがおまえってのは、予想外だったがな」
「……方法は? どうやって死体を用意した?」
「単純な細工だよ。ちょうど襲ってきた相手をぶん殴って気絶させてたんで、ペイント系の魔術を使って「血まみれの死体」に見えるように小細工をかけてな。あとほら、いつも椎堂課長が使ってたなんか変な弱い幻術あるだろ? あれを使って、知り合いには俺に見えるように印象を変えた」
さらっと爆弾発言をする佐伯。さっきから突っ込みどころしかない。
「実際には死体すらないわけだし、どうせあんな小細工すぐバレるだろうけどまあいいかと思ってたんだが、その後すぐ起きた爆弾テロで俺なんかどうでもよくなったみたいでな。知り合いの市職員に尋ねたら、死体の確認にすら誰も来てないそうだ。こう言っちゃなんだが、『新生の道』って馬鹿ばっかりなんじゃないか?」
「……バレたらどうする気だったんだ?」
「椎堂課長には、こういうことをするに当たって事前に了解を得る必要はないという言質を取ってる。というか、いま言ってて思ったが、課長がなんか小細工したのかもな。俺の葬式もやったって噂だし、さすがに『崩壊』前より簡素になったっつったって、葬式で死体がないってのは珍しいだろうしな」
「よくそこまでなんの連絡も取らずに連携できるな……ていうか、おまえも実は『椎堂計画』の関係者なんじゃないのか?」
「なんだその変な名前の計画。ああ、でもなんか予想はつくぞ。弱い幻術で印象を変えていたが、よく見ると椎堂課長にやたら似てる奴が職員にいたな。あんな感じで多重スパイしてたって話か?」
「おまえどこまで鋭いんだよ。たぶん当人が聞いたら泣くぞ」
得意げに椎堂計画だのセレンなんとかだのと語っていた椎堂恵瑠を思い返しながら、俺はうなった。
佐伯は肩をすくめて、
「ま、俺からの当面の情報はこのあたりでいいだろ? 次はおまえだ、谷津田。正直俺は死んだことにしたせいで情報網がかなり狭くてな。ランドマーク崩壊の前も含めて、俺が離れた後の一連の事件の情報、教えてくれよ」
「……わかったよ」
俺はうなずき、今日に至る一連の事件の経緯を話し始めた。
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「……なるほどねえ」
佐伯は言って、腕組みをした。
「おまえが死んで生き返って、支部長が爆弾テロして高杉に罪をなすりつけようとして返り討ちに遭って、んでおまえは高杉とよくわからん理由でランドマークで暴れ回った上にぶっ壊して、そしたら怪獣が出てきて高杉をぶっ潰して、さらに志津がよくわからんことを言い始めたと。まあざっとそんなところか」
「ざっとそんなところだ」
俺はうなずいた。
佐伯は渋面で、
「展開が早すぎる。俺が死んだことになってからまだ一週間だぞ? なんでここまで状況が激変してるんだよ」
「支部長と高杉、両方が決着を急いだからだろうな」
俺は答えた。
「支部長が爆弾テロなんかに走ったあたりから、それまで長考してた各部門が、どんどん早指しの将棋みたいに動くようになっていった。その挙げ句が高杉大暴れの末の敵傭兵一網打尽。そしてそこから間を置かずに今回の事件だ。
正直、展開が整理できてないのは俺もだよ。佐伯、おまえの分析能力で見てみてくれ。この状況は、いったいなにが起こっている?」
「おまえもだいぶ無茶を言うね、谷津田」
佐伯ははあ、とため息をついた。
「俺はそこそこ魔術は使えるが、理論については素人だ。関帝結界だの志津方山だの陰楼だの、そんなものは公式記録にあることしか知らないよ。ランドマークタワーの崩落からすぐ、魔力バランスが明らかに変わって、どうも関帝結界が消えたらしい。俺にわかるのはそれだけで、それ以上でもそれ以下でもない」
「……そうだな」
「だが、まあ」
佐伯は言った。
「それ以外のことについては、おまえの説明には違和感がボロボロあるな。というか情報課員だろおまえ。おかしいとか、思わなかったのか?」
「俺は情報課に所属してるだけの暗殺者だ。……いや、というか、それ以前の問題だろ。情報課ってスパイ組織じゃないか。これスパイ案件か?」
「あのなあ」
佐伯はあきれたように言った。
「スパイが全部ジェームズ・ボンドかなにかだと思ってないか、おまえ? 現実の諜報機関で最も重要な仕事は、仕入れてきた情報の整理と分析だぞ? 俺も当然、その能力を買われて情報課に入ってきたクチだ」
「じゃあ、おまえから見てどのあたりがおかしかったっていうんだ?」
「いや、課長だよ。椎堂課長」
「課長がなにか?」
「だからさ、おまえ、わざわざ行ったんだろ。支部長に会いに、横浜支部まで。なんでそのとき、椎堂課長が死んだか確認してねえの?」
「…………」
俺はきょとん、とした。
「な?」
「いや、『な?』と言われても……椎堂恵瑠は、明確に椎堂卿は死んだと言って……」
「おまえ、そのうさんくささ最大値の奴を信用してたの?」
「いや信用はしてないけど……そこを嘘をつく理由はないというか……」
「そんなわけあるか。相手の事情すらよくわかってないんだぞ。裏にどんな事情があるかなんてわからんだろ。というかそれ以前に、『相手も誤認している』可能性とか考えなかったのか?」
「……考えてなかった」
「素人だなあ。そんなんだから上に裏切られて死ぬんだぞ、谷津田」
「うるせえ。……じゃあ佐伯的には、椎堂卿は生きていると?」
「いや、そこまではわからん。むしろ気になったのは別のことだ」
「というと?」
俺の問いに、佐伯はため息をついて、
「高杉の方がどう考えていたか。ぶっちゃけ、あいつの方はことが終わった後で、確認していたんじゃないか? 支部長には聞けなくても、警備課の片嶋課長あたりになら聞けるだろう。椎堂卿の死体って確認したんですか、とか。あいつはやったんだろうか?」
「……わからない。俺はあのとき、あいつをその場で追うことはしなかったから」
「まあ、そこを責めることはしないけどな」
佐伯は言って、また腕を組んで考える態勢に入った。
「もうひとつ気になることがある。梶原沙姫だ」
「梶原沙姫……第七軍の?」
「ああ。ていうか、小辻って梶原の手下だろ? それに風見とやらも梶原から送られてきた援軍……という未確認情報がある。その梶原が手を伸ばしておいて、今回みたいにあっさり高杉を殺させるような失態があり得るのかね」
「それは……でも、関帝の情報は志津が独占していて、梶原には……」
言葉は自然と消えた。
梶原沙姫ならば。そう関係者全員に思わせるほどに、その名の意味は重い。
「もしそれが失態でないとなると、梶原が高杉を見捨てたことになる。が、これはあり得ないだろう」
「その二人の関係はどうなってるんだ? 俺は、あの二人が『輝きの滝』という第二世代養成施設の首席級だったという情報しか知らないんだが」
「ああ、その情報か。それ間違ってるぞ?」
「え?」
あっけにとられる。
佐伯はなんてことない口調で、
「なぜか楢崎も同じ勘違いしてたから、たぶん世間的にそういう評判なんだろうが……いや、梶原沙姫が『輝きの滝』の首席級だったなんて事実、存在しないぞ? むしろ在学中はずっと落ちこぼれだ」
「それは……え、なんで?」
「第二世代だからだよ」
佐伯は言った。
「なまじっかパワーが強いから、パワーだけを基準にしてしまうんだろうな。そして高杉は文句なく同世代で最強の魔力保持者だったが、梶原の方は、第二世代としての基準を満たすか満たさないかギリギリのところ。だからこそ、梶原が天際波白についていくという話を上層部は飲んだんだよ。落ちこぼれ一匹を代償に天際波白を始末できるならそれでいいや、ということだろ?」
「いや……けど……評判は……」
「そう。評判としては、梶原沙姫と高杉綾子があの施設のツートップ。最初は俺もその評判を知っていたわけだが、横浜に左遷されてきた高杉を見て違和感を覚えてな」
「なにがあったって?」
「いや、ほら、自分よりはるかに格が低い相手がちやほやされて、自分だけ左遷されるとか、首席の人間からしたら普通プライドが許さないだろう? なのに横浜に来た高杉からは、そんな様子は微塵も見られなかった。梶原について積極的に話すことはなかったが、つついてみれば褒め言葉しか出て来ないんだよ。だから俺はそれを聞いて、『なにがあったかはわからないが、高杉と梶原はそういったしがらみを越えた友人なんだろう』と判断した」
そう言って、佐伯は苦笑した。
「ま、憶測だ。だがこの憶測からすると、まだなにかありそうな気がしている。特に谷津田、おまえが戦ったっていう高杉は本物なのかね? 実は影武者だったりしないか?」
「どこの世界にランドマークタワーを一撃爆散できる影武者がいるんだよ」
「まあ、そりゃそうか。……しっかし違和感あるなあ。せめて関係者の誰かを追加で呼んでこれればもう少し推理できそうなんだが。おまえ、椎堂恵瑠って奴、拉致してこれない?」
「いや、そもそもあいつ自体が神出鬼没だったし……というか、さっきの口ぶりだとおまえ、あいつの正体、もうわかっているんじゃないのか? あいつは一体誰だったんだ?」
「それは――谷津田! 防御!」
「! 大盾!」
俺が叫んで盾が生まれると同時に、壁が爆散した。
破片がばちばちばちと盾に当たって爆ぜる。大きく舞い上がったほこりに、俺はげほげほと咳き込んだ。
そのほこりの向こう側から、声。
「おいおい、おだやかじゃねーなあ……人の拉致計画を立てた上に、その正体をべらべらと明かす気か? おまえらには良識ってもんがねーのかよ」
「まあ、ないな」
佐伯はあっさり返して、
「んでおまえが椎堂恵瑠か。やっぱり予想通りだったな」
言われたエルは、不快そうに眉をねじ曲げた。
俺は動かない。
――否、動けない。
なぜなら。
(なんでだ?)
(なんでここにこいつがいる?)
(なんでこいつが敵に回ってるんだよ、高杉――!)
「ふむ」
その男は、何事もなかったかのようにトレードマークの大鎌を担いで、エルの後ろに立っていた。
「どうする、雇い主。指示を請う」
「そーだね」
エルは楽しそうにうなずいて、続けた。
「とりあえず谷津田は確保。佐伯はいらないよ。殺しちゃって、風見」
「承知した」
男。風見大助は、そう言ってごく平然と、鎌を俺に向けた。
ここが死線だと、俺の全身を駆ける怖気がそう告げていた。
---next, XANADU.
【余談】
高杉が「6.」で感じた違和感の正体がこれです。
噂に流されず、手に入れられる情報を徹底的に分析した結果、佐伯「だけ」は、高杉と梶原の関係をとても正確に理解していました。
楢崎はそんなこと当然できないので、その差に彼女は違和感を覚えたのですね。




