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亡霊と不死者の時間-Things separating ATHANATOI from ghosts-  作者: すたりむ
第二章:政治決着⇒政治決着?
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20.海辺の決闘、再演-seaside re-duel-(中)

 建前と本音、というものがある。

 意識と無意識、というのと、案外区別はつきにくいものだが。

 俺は谷津田久則だ。と思っている。それは間違いない。


 本当に?


 あれほど執拗に志津から「おまえは谷津田久則ではない。そう考えることは、死んだ谷津田久則への冒涜だ」などと言われ続けて、なにも気にならないのか? 俺は?

 意識は、つまり建前では、俺はそうだと答える。

 だいたい、あんな態度を取るのは志津くらいのものだ。俺がここ数日間、中華街で会って会話をしたのは、そのほとんどが椎堂恵瑠である。後は、島田とかいう助手がときどき志津との会話に混ざってくるくらいか。

 雑談相手として成り立っていたのは、椎堂恵瑠だけ。そして椎堂恵瑠は、俺を谷津田久則と呼び続けていた。

 まあ、そうでなくとも。普通に考えれば、他人にとって俺が谷津田久則かどうかなんてのは、どうでもいいことだ。谷津田久則の外見をして、谷津田久則の記憶を持っていて、谷津田久則にできることができるなら、他人にとってそれは谷津田久則なのだ。志津みたいな変わり者はそうはいない。

 おそらくは高杉綾子も、同じ理由で俺を谷津田久則と呼ぶのだろう。

 だから俺は気にしない。


 本当に?


 思考にノイズが混じる。

 いらいらが徐々に募る。

 俺は谷津田久則だ。俺が誰かなんていう哲学に、俺は興味がない。

 なんとむなしい言葉だろう。

 考えてみれば。

 今日この瞬間に俺の意識が途切れ、別の「自分が谷津田久則と思ってる誰か」が再起動しても、俺にはなにもできないのだ。


 そんな子供じみた妄想には意味がない?

 なぜ?

 実際に、そんな再起動の結果、死んだはずの谷津田久則がここにいるのに?


 志津の言葉は呪いのようだ。

 俺は谷津田久則で、哲学には興味がないなどとうそぶいていても。

 執拗に、毎度のごとく「おまえは谷津田久則ではない」という態度を貫かれて、なお平静にいられるのか?


 ……ああ、そうだ。認めよう。

 無意識には、あるいは本音の部分で、俺はそれを認めている。

 自分は谷津田久則ではないと認めている。

 では、高杉綾子は。

 あの男。風見大助。孤高の傭兵に「高杉綾子に会え」と言われたとき、俺が最初に思ったのは、嫌だな、という漠然とした感覚だった。

 高杉綾子と会うのは、嫌だ。


 なぜ?


 それはもちろん、俺が第二世代セカンド殺しの暗殺者として、第二世代セカンドを憎むよう徹底して教育を受けたから……

 ではない。

 そもそもそんな教育を受けたのは俺ではない、というのは、置いておくとしても。

 高杉の言う通りだ。風見とやり合ってはっきりわかった――俺はもう人間ではない。

 第二世代セカンドと同じ。いや、それよりも果てしないかもしれない……不死身の化け物、だ。

 人間が化け物を嫌うというなら、それは俺の受けた教育と整合性が取れる。「人の身で怪物を倒す」ことに特化した暗殺者、それが谷津田久則だったのだから。

 だが化け物が化け物を嫌う理由にはならない。

 だから高杉綾子に俺が会いたくなかったのは、たぶん。



「わたしは高杉綾子だよ?」


 この言葉を、聞きたくなかったのだ。


「……どうしてだ」


 ぎりり、と俺は歯をかみしめた。


「どうしてそんなことが言える! おまえだって志津から言われただろう、おまえは高杉綾子じゃないって! 何度も何度も! それは死人の名前で、おまえはそんなものとは比較にもならない不死身の化け物だって! なのに……!」

「あー。まあ、うん」


 高杉はあっけらかんと言って、ほおをぽりぽり掻いた。


「結局はその差なのかなあ。わたし、元から化け物って呼ばれてたから、あんまりショックないんだわ。そういうの」

「……それは、そうだろうな」

「それにまあ、どうでもよくない? わたしたちが誰かなんて。

 自分が誰か、より、なにをすべきか、の方が重要でしょ。高杉綾子が死んだとして、わたしが自分の身を守ることをためらう理由はないでしょ?」

「……それも、そうだろうな」

「なら、なにが問題なのよ?」

「おまえは、単に自分の身を守っていただけではないだろう?」

「うーん、まあ、そうね」

「周りの人間を守り、自分の立場を守り、あまつさえ――敵の命すら守った(・・・・・・・・)

 その余分がどこから来るのかと言っている。おまえはいったい……」

「あー、はあ、なるほどねー」


 高杉は気軽に言って、肩をすくめて、


「つまりわたしが悪役じゃないと困る(・・・・・・・・・)んだ、君は」


 ずきん、と。

 俺は、胸に意味不明な痛みが走るのを自覚した。


「……違う。そもそもそんな話をしていない。俺は」

「違わないでしょ? 要するに君はさ、わたしが嫌いな理由を理性で見つけられないから、嫌いな理由がある人間であって欲しいんでしょ? そうでなきゃ、わたしの方の事情なんてどうでもいいことだもんね?」

「違う」


 思いのほか、冷静な声が出た。


「それは違う、高杉綾子。俺は――谷津田久則は、生きるために人を殺してきた男だ。

 生きたいという自分の願望のために、生きたいという他人の願望を踏みにじってきた男だ。おまえが悪役だったとして、それをとがめる権利も、理由も、俺にはありはしない」

「よくわかんない。なにそれ?」


 高杉はゆっくりと、停止したエスカレーターをこちらに向けて登りながら、言った。


「だいたい理屈が合わない。そっちだってチカを守ったじゃない。なんの利害関係もないのに」

「あれは一時の気の迷いだ。忘れろ」

「無茶言わないで。君がいま話題にしてるのってそういうことでしょ。気が迷う余裕がある(・・・・・・・・・)のはお互いさま。なのにわたしが一方的に言われるのは不条理よ」

「…………」

「そしてだんだんわかってきた。たしかにさっきのは的外れだわ――君は要するにさ、自分にリミットかけてる(・・・・・・・・)のね」

「リミット?」

英雄に憧れてるの(・・・・・・・・)?」


 またこの言葉だ。俺は舌打ちした。


「関係ない。そもそも、俺やおまえが目指せる場所ではないだろう、英雄なんて」

「あら、それはなんで?」

「つい先日、藤宮千景に命を助けられた」


 俺は言った。


「彼女は敵と交渉し、俺を見事に守ってみせた。利害関係があるわけでもない俺を、戦闘能力のない彼女が、守ったんだ」

「初耳だけど、そこはお互いさまじゃない? 君だって彼女を守ったでしょう」

「俺は戦えたから、彼女を守れたから戦ったに過ぎない。でも彼女は違う」


 俺はため息をついた。


「よくわかったよ。ああいうのが英雄だ(・・・・・・・・・)。戦える俺には、戦えない彼女のあの勇気は出せない――なまじっか戦えるからこそ、戦える範囲で戦ってしまう俺たちにとって、そうでない人間が恐怖に立ち向かうときの困難など、想像もできない。

 だから風見とかいうあの傭兵の言う通りだ。俺は英雄にはなれない。そして、おまえも」

「それは英雄の定義違い(・・・・・・・)じゃない?」


 さらりと、高杉は言い返してきた。


「そういう英雄がいてもいい。だけどそうじゃない英雄がいてもいい。そうでしょ?」

「――……」

「わたしは英雄ではないし、英雄を目指してもいないけれど……それはそれとして、圧倒的な力で敵を蹂躙する英雄がいても、べつにいいんじゃない?」

「そんなものは俺の憧れじゃない!」


 俺は声を荒らげた。


「そんなことをすれば、できるのは死体の山だ。わがままのために一方的に他人を殺すなら、それは生きるために他人を殺してきた俺となにも違わない!」

「え? だって殺さなかった(・・・・・・)よ? わたし」


 みしり、と。

 にぶい音がして目をやると、俺の拳から血が流れていた。

 あまりに強くにぎりしめすぎて、爪が皮膚を破ったのか。


「公園の戦いでも、支部長の部屋でも、わたしは誰も殺さなかったよ? それは圧倒的に強いから(・・・・・・・・)できることでしょ」

「…………」

「わたしが目指すのはそういう世界。べつにわがままのために誰かに犠牲を強いてもいいけど、必要以上の犠牲は強いない。そのために必要なのが力だとすれば、わたしはためらいなく力を振るう。それが、高杉綾子の生きる道よ」


 気がつけば、高杉はもう、俺と同じ高さ――五階のフロアまで上がってきていた。


「だから谷津田くん。谷津田久則くん。英雄に憧れるなら、君が英雄になればいい(・・・・・・・・・・)

 これはそれだけの話よ。わたしがわがままのために力を振るって、それにもかかわらず誰も殺さなくて……なんていう、そんなことを気にするのはやめにしなさい。君が英雄になるかならないかに、わたしは関知しない。わたしだけじゃなく、誰も関知しないでしょう。もう生きるために殺す必要もない――」

「違う!」


 俺は吠えた。

 もう高杉との距離は10メートルもない。そこでいったん、高杉が立ち止まる程度の大声では、あったようだ。


「そうじゃない。そうじゃないんだ高杉綾子。俺は自分が英雄になりたいんじゃないんだ」

「なら、なにをそんなに苛立ってるの?」

おまえたちが(・・・・・・)英雄じゃないことにだ!」


 叫んだ。

 それこそが俺の、谷津田久則ならぬ俺の、真の不満であると信じて。


「ああくそっ、風見に苛立ってたのもよく考えたらこれだ! くそ、言えなかった自分に腹が立つ!

 なんでおまえたちは――俺とは違う、太陽の下を歩み! 十分な名声と力を得て! それでいて英雄じゃないんだ……! 風見は金のためにしか戦ってないし、おまえも身の回りのせこせこした状況を守るばっかりで、ちっとも英雄らしくない!」

「うわあ……なんて自分勝手な理屈……」


 高杉がドン引きしている。

 構うものか。そんなこと知っている。

 知っていてなお、我慢ができないのだ。

 自分が憧れる世界――英雄たちの世界への道は、とうの昔に閉ざされた。

 生きるための人生だった。それでしかなかった!

 他人のためなんていう優しい理屈が、通せるような人生じゃなかった!

 ならば! そんな人生ではなく!


「身も知らぬ他人のために戦える連中が。その権利がある連中が。そんな人生を送ってこれた連中が!

 俺の夢をゴミみたいに踏みにじって謳歌する、それが我慢ならないって言ってるんだよ! 高杉綾子!」

「……我慢ならない。そう。結局そこか。

 子供のかんしゃくじみてるけど、そういうことなら話に乗るわ。わたしもいい加減頭にきてる。なんの権限で、わたしの夢に指図するのよ、谷津田久則」


 鋭い目で、高杉は言った。

 俺はかぶりを振って、


「それはおまえの夢じゃない。高杉綾子の夢だ」

「わたしは高杉綾子だと言っているのよ」

「その傲慢、ここでたたき伏せる」

「上等」


 高杉は笑った。

 優美な、肉食の獣を思わせる笑みだった。

 そして。



 ――海辺の決闘は、ここに再演する。



--------------------



(是非もない、一撃で決着をつける!)


 俺は一歩踏み出し、

 ――次の瞬間、目の前に高杉綾子がいた。


「!?」

剛打撃スマッシュ!」

「くっ!」


 俺は首をひねって彼女の左拳をかわし、


竜牙烈掌ドラゴン・ファング!」


 ――続けて放たれた右拳が俺の腹を的確にえぐり、跳ね飛ばした。

 意識が一瞬、ブラックアウトする。

 すぐに元に戻ったが、その俺が感じたのは背中への激痛と轟音。


(壁に……たたきつけられて、くだけ……)

竜牙烈掌ドラゴン・ファング!」


 今度こそ。意識を失う間もなく、俺は激痛と共に身体が砕けるのを感じた。

 そのままなすすべなく飛ばされ、壁だかどこだかわからないところにたたきつけられ、壊し、貫通し、たたきつけられ、壊し、がれきに押しつぶされてようやく止まる。


「が、あ、あ……」

(油断した! 準備しているとは思っていたが――)


 俺がそうしていたように。

 会話が始まる前から、光の魔術でごまかした精霊刀を隠し持っていたように。高杉綾子もまた、装備術エクイップメントなりなんなり、用意してきているとは思っていたが――


(まさか、加速アクセル! あのゆっくりしたエスカレーターを登る動きは、それを悟らせないフェイクか!)


 その速度で油断していた俺は、10メートルをいきなり詰められ、後はなすすべもなく。

 最初の竜牙烈掌ドラゴン・ファングこそ護符による防御発動で切り抜けたが、二撃目は護符の再生前だ。防ぎようがない。

 いや、高杉綾子は、あんなタイムスパンで竜牙烈掌ドラゴン・ファングを連打できる怪物だったか……?


「驚いた。身体が原型をとどめている。

 エルから聞いていただけじゃなさそうね、君。どうやら再生機能が高いだけじゃなくて、防御力自身も成長している――そんなところまで、わたしと同じか」


 ぼやくような言葉に我に返ると、目の前に高杉綾子がいた。


「ランドマークタワーでやるっつったからね。とりあえずたたき込んでみたけど――どう? まだやる?」


 自信満々、意気軒昂。無傷の彼女は俺を前に、余裕たっぷりだった。

 ――ああ。

 そうだった。俺は化け物だった。


「この前、思ったんだ」


 声が普通に出たことに、自分でも驚いた。

 高杉は首をかしげ、


「この前って?」

「風見とかいうのとやり合ったときだ。思った――俺は化け物になった。だったら、化け物には化け物の戦い方があるんじゃないかって」

「はあ。え、え?」


 よくわかっていない高杉に対して俺は、まだ形を保っているかも怪しい顔をにやりと崩した。

 そして、世界に向けて、《《俺の不条理を宣言する》》。


加速アクセル加速アクセル加速アクセル加速アクセル加速アクセル加速アクセル加速アクセル加速アクセル加速アクセル加速アクセル……」

「……え?」


 高杉が一瞬、ぽかんとした顔を浮かべ。

 その顔つきが変わるより前に。


 俺の一瞬の突撃が、彼女の身体を跳ね飛ばしていた。

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