2.青の世界-blues-(後)
「で、さっき大さん橋から見えていた船がアレだ。氷川丸」
「うわ本当だ、きれいな船っ」
ケイの言葉に、小辻くんは歓声を上げた。
わたしは適当にそっちを見る。
氷川丸と言われたその船は、なるほどいまの船と比べると圧倒的に優雅に見える。
青い空の下、青い海に浮かぶ船。
造船技術の差――だけではないだろう。外海を航行するに当たって耐熱性を必要としない時代の船は、やはり現代の船とは比較にならないほど華奢だ。
ポセイドゥンは触れた相手を燃やそうとする厄介な性質があるので、いまあれがエンジン積んで航行しようものならあっという間に火だるまである。
「あれ、乗れるんですか?」
「残念ながら。昔は観光地として公開してたんだがね。数年前にちょっとした事件があって、それから閉鎖されている」
「そっかあ……残念です」
ケイの説明にしょんぼりする小辻くん。
それはいいのだが、しかし。
「いいの、ケイ? 山下公園になんか顔を出して」
「ん、なんの話だ?」
「とぼけないでよ。ここがやばいってのは、うちの職員の共通認識としてあるでしょうが」
「へ、ふぉうふぁふぉ?」
「……まあ、チカは例外として」
たい焼きをほおばりながら疑問符を浮かべているチカから目をそらして、わたしは言った。
佐伯も肩をすくめて、
「俺も高杉と同じ認識ですがね。
……ここに来た理由ってなにがあるんです? まだ外人墓地とか元町商店街のほうがマシだったんじゃないですか」
「あのなあ佐伯。そのあたりは明確に『北』の領分だろ」
「そりゃそうですけど、騒ぎが起きる可能性は低いでしょう。治安も安定してますし。でも、ここは――」
「だから来たんだよ。治安が安定していない、『北』と『南』の領土境界線。まあ、横浜ではうちらのほうが北なんだが、その場所を見ることで小辻の横浜への理解を深めるのが今回の目的だ」
「まあ、いいっちゃいいんですけどね……危険じゃないですか?」
「大丈夫だよ。だって警備課の連中なんて、交代で毎日ここに来て見張ってるんだぜ。たぶん探せばいまもそのあたりにいるぞ」
「そりゃあ、彼らはそれが任務だし、日常なんでしょうけど……」
言いながら、佐伯はちらっとこっちを見た。
……失敬だなあ。
「なによ佐伯。その、いかにもトラブル起こして欲しそうな顔は」
「起こさないで欲しいんだよ! くそ、だから高杉だけはやばいっつーのに!」
「心外だなあ。わたしだってこっちから相手に喧嘩を売ったりしないわよ」
「まあ、ともかく。そんなわけで情勢を理解するための初歩の確認からだ。
小辻、簡単に質問するから答えろ」
「はい! わかりました!」
「まず、私達がさっきから言っている『北』とか『南』だが、この正式名称はなんだ?」
「わかりません!」
ずべっ、とケイがずっこけた。
「ちょ、ちょっと待て……ええと、あの、マジ?」
「はい! わかりません!」
必要以上に元気に、小辻くん。
「ええと、じゃあヒント。『南』の正体は『新生の道』という団体だ」
「あ! それ聞いたことあります! なんでしたっけ?」
「ははは、はははは……」
「ケイ、手が震えているわ。これを食べて正気に戻って」
「あ、ああ。助かるぞ芦屋……ってこれ激辛ホットドッグじゃねーか! 私が辛いの嫌いだって知ってるだろおまえ!」
「案外イケる」
言って芦屋はホットドッグをぱくりとほおばった。
……ていうか、ケチャップよりマスタードが多いせいで全体的に黄色いんだけど、それ。
「どこで売ってたの?」
「大さん橋を出たところのスタンド。私のお気に入り」
「あーあー、とにかくだ」
ぶんぶん、と首を振って、ケイはわたしに寄ってきた。
「おい高杉。こいつマジでスパイじゃないよな。自分の所属してる組織名を「聞いたことがある」レベルって、重傷どころじゃないぞ」
「ああ、言ってなかったっけ?」
「なにがだ?」
「書類上はどうか知らないけど。小辻くん、第七軍関係者」
「――ああ、なんだ。なるほど」
ケイは納得したようにうなずいた。
「そうか。ならばこの辺の事情には詳しくないのも道理か。
けっこう。では教えてやろう。小辻、まずうちの組織の名前は『新生の道』な。一発で覚えろ」
「あ、はい。わかりましたっ」
「うちの組織の名前はなんだ?」
「……し、新生の道ですっ」
「よし。若干タイムラグはあったが、覚えていることにしよう。
で、これは俗称として『南』と呼ばれている。いまの東京圏における二大勢力、その南側のものという意味だ」
「はー、なるほどー」
「で、次に『北』だ。これはもうひとつの勢力を指す。『再生機構』――正確には『さいたま再生機構』と言うんだが、そういう名前の連中が北ではのさばっている。いいな?」
「は、はい。さいたま再生機構ですねっ」
「うむ、よし。ところでうちの組織の名前はなんだ?」
「…………」
「新生の道な」
「あ、はいはい! 覚えてます覚えてます!」
「『北』の正式名称は?」
「さいたま……なんとかさいたまです!」
「……頭痛くなってきた」
「ファイトよ、ケイ」
うずくまりそうになるケイをはげますわたし。
「ま、まあともかく、そのふたつの勢力が覇権を握るべく争っているのがいまの東京圏の現状、というわけだ。ここまではわかったな?」
「なんで争ってるんですか?」
「ん、そりゃアレだよ。権力がある奴はより多くの権力を欲するって奴だ。べつに珍しい構図でもない」
「具体性がないです。もっと詳しく」
「……そう言われてもなあ」
ケイは困ったように視線をさまよわせる。
……珍しいな。こういう反応をケイが示すなんて。
「流れじゃないの?」
仕方ないから、わたしが助け船を出す。
「いろいろ流れで何度も衝突してて、いまさらお互い引けなくなってる。そういう話に過ぎないと思うけど」
「それじゃダメですよ」
「……仕方ないでしょ。争いが起こるのに、いつも明確な理由があるわけじゃないのよ。
必要なのは、その争いがいまとなっては不可避ってことだけ。戦いが始まっている以上、理由にいちいち文句を言っても――」
「それじゃダメなんです」
小辻くんが思わぬ強い口調で言ったので、わたしは言葉を中断。
彼は続けて、こう言った。
「それじゃあ、勝てるものも勝てません。理由を理解しないと、作戦だって立てられないでしょう」
「…………?」
勝てる?
どういうこと?
混乱するわたしに同調して、ケイが言った。
「おいおい小辻、なに言ってんだ。べつにこの戦いはおまえが戦って勝たなきゃいけないとか、そういう類のものじゃないぞ?」
「それはそうですけど、考えないと先生に怒られるんで」
「……せ、先生?」
ケイが面食らった顔になる。
わたしは、
(あ、そっか)
唐突に、言いたいことを理解した。
「それ、足柄新水道を作ったときに沙姫が言ったの?」
「あ、はい。そうですっ」
小辻くんはうれしそうに言った。
……ていうかこの子、この問答からすると、第七軍最古参の重鎮なんじゃないのか。
なんでそんな大物をここに……沙姫ちん、マジでなに考えてるんだろう。
「おいおい、どういうことだ高杉。説明してくれよ」
「小田原の話よ」
ケイの問いに、わたしは簡潔に答えた。
それ以上をここで解説する気にはなれなかった――誰が聞いているかもわからないところで、沙姫の凄烈な策謀を解説するなんて無謀は、わたしにはできない。
「今の話から類推するに、小辻くんは天際さんが小田原に行った直後から彼らと共に戦っていて、あの梶原沙姫の戦略思考をたたき込まれてるってこと。そういうことよ、ケイ」
「はい、梶原先生は僕の師匠ですっ」
嬉しそうに言う、小辻くん。
わたしは、混乱しているらしいケイはいったん置いといて、心からの忠告をすることにした。
「それはそうと、小辻くん」
「はい、なんです?」
「ここには梶原沙姫はいないってこと、ちゃんと考えといて。沙姫なら混沌とした状況を一手で逆転させちゃうかもしれないけど、わたしみたいな凡人だと状況を整理できるかどうかも怪しいのよ」
「はあ」
「てわけで、その考え方はほどほどにしときなさい。下手に深入りするといろいろ、後で困ることになりかねないから」
「いや、でも……」
「なにより」
わたしはほほえんだ。
「沙姫はあなたになにも伝えなかった。それは、当面必要なかったってことよ。違う?」
「……わかりました」
小辻くんはそう言って、しぶしぶ引き下がった。
わたしとしても、小辻くんの思考の果てになにがあるのかには若干の興味があったが、
「それはそれとして、なんか騒がしくなってるわね。ねえチカ……あら?」
話を振ってみたところに、我が友チカがいなかった。
「あれ、どこ行ったのチカ? ねえ佐伯、芦屋さん、どうなって……」
「きゃーっ!」
「チカ!?」
遠くから――ではない、意外と近くから聞こえてきたチカの悲鳴にわたしがばっと顔を向けると、
「ふはははは! 我輩は悪の秘密結社『新生の道』――『に逆らうやつはおしおき連合』大幹部、海賊キャプテン・ダーメ様であるぞーうしゃしゃしゃしゃ!」
「「「「「「ぎー!」」」」」」
「……うっわー。なにあの時代錯誤な悪役ステロタイプ。もはや時代劇?」
「おまえああいうの知ってるの? たしか『崩壊』時に四歳とかじゃなかったか」
「佐伯みたいな年寄りじゃなくてわるかったですねー。まあおぼろげだけど知ってるわよ。デパートの屋上とかでやってたアレでしょ、アレ」
そう。アレである。
海賊のなり損ないみたいなコスプレをした悪の大幹部に、ステロタイプな戦闘員たち。いわゆるアレだ。ヒーローショーというやつである。
なのだが。
「うちの名前を出すってことはあれ、『再生機構』の工作なの? でもそれにしては、なんか中途半端に変なクッション入れた団体名名乗ってたわよね」
「あいつらもあれでバランス取ってるつもりらしいぞ。けっこう苦労してるんだ」
「そう言うからにはケイ、あのショーの存在は前から知ってたってこと?」
「そりゃそうだ。私は情報課長だぞ?」
ふふん、と得意げに胸を反らして、ちびっこケイが言った。
「いや、最初はただのプロパガンダ演説だったらしいんだがな。なんかあっちの上側が集客ノルマを課したらしくて、客受けのいい方にいい方にと進んでいった結果あんな体裁になったらしい」
「なんかそれはそれで、身につまされる話ね……」
どこの業界にも無茶ぶりする上司っているんだなあ、と思っていると。
「さーそんなわけで観客席から人質を取ったぞうしゃしゃしゃしゃ! どーだこの素晴らしい巨乳のお嬢さん!」
「きゃーたすけてーたーのしー!」
「ってそこにいるのチカ!?」
「気づいてなかったのか……さっき戦闘員の皆さんがこのあたりにやってきて、嬉々として藤宮がついていったぞ」
佐伯の言葉に渋面になるわたし。
「いや、まずくない? なんていうか、正体がばれたらちょっと剣呑というか……」
「さすがに大丈夫だろう。所属を軽々しく言うほど藤宮は馬鹿じゃない」
「うっししし。しかしまだ足りないなー。もう一人くらい人質が欲しいなー。誰か希望の方!」
ばっ、とポーズをつけて海賊怪人が言うと共に、わーきゃーと我先に手を挙げる子供達。
「あー、やっぱけっこう人気なのねー。ああいうのにさらわれる役」
「はーい」
「って芦屋さんなんで手を挙げてるの!?」
「スレンダー美人のお姉さんが手を挙げてる! よし戦闘員ども、あそこに行ってきなさい!」
「ぎー!」
怪人の言葉に従い、戦闘員たちがこちらに向かってくる。
「おい、あの怪人、子供達よりも自分の欲望を優先させやがったぞ」
「とんだエロ怪人ね……ていうか、芦屋さん大丈夫? 行くの?」
わたしの言葉に芦屋さんは、無言でわたしの背中に回って肩をぽんとたたいた。
「いってらっしゃい」
「って意味わかんないんだけど!?」
「この展開が一番面白いと思って」
しれっと言う芦屋さん。……やばい。このひと、ブレーキ壊れてるタイプだ。
初めて知ったなー、と思いつつ、わたしはやってきた戦闘員に連れられておとなしくステージへと上がっていった。
遠くから佐伯が『頼むからなにもやってくれるな。頼むぞ!』というジェスチャーをしているのが若干気に障ったが、とりあえず無視。
「えへへー。綾ちゃんと一緒だー」
「むむう……いやこっちも美人だけど、人質というにはちょっと悪人面じゃないこの子? まあいいけど」
むかっ。
怪人の言葉にわたしは思わず拳をにぎりかけたが、視界の端で腕でバッテンを作る佐伯を見て若干落ち着きを取り戻した。我慢我慢。
『おおっとー、なんと『新生の道に逆らうやつおしおき連合』の悪の幹部は、無辜の市民をふたりも人質に取ってしまったー! これはいったいどうなるのか!』
司会のおねーさんが言って、場が子供たちの歓声や悲鳴で包まれる。こうやって見ると、三歳くらいの子はガチで戦闘員にびびっていて、めちゃくちゃかわいい。
『あ、そこのお姉さん。そんなに客席にらむと子供たちおびえちゃうのでちょっとだけやさしく、やさしくお願いします!』
ぴくっ。わたしの手が拳をにぎりかけたが、視界の端で必死にジェスチャーする佐伯を見て一応止めといた。
「わはははは! これではどちらが悪人かわからんな! しかし人質は人質なのでおとなしくしてもらおう、悪人顔のお嬢ちゃん!」
ぴぴくっ。わたしの手が拳を反射的に振り抜きかけたが、泣きそうな顔で止めようとしてる佐伯を見てかろうじて思いとどまって、
「しかしヒロインがこんな悪人顔じゃあ、ヒーローが助けても絵にならんなあ。やっぱりもう一人無難な人質を取るか……?」
ぶちっ。わたしの中でなにかが弾けた。
わたしはにっこり笑顔でぽんぽん、と怪人の肩をたたき、
「む、なにかねお嬢さん?」
「剛打撃」
「ごうらばっしゃー!?」
ずがんごんがん! と怪人が数メートル吹っ飛ばされて地面をバウンドする。
「誰が悪人面だこのエセ怪人! わたしに喧嘩売った以上、生きて帰れるとは思わないことね!」
「あ、綾ちゃん!? それはなんか演出的にまずいよ!」
はっ。チカの言葉にわたしは我に返った。
気がつけば、ショーの観客の視線は、全部わたしに注がれている。
……む、むう。仕方ない。かくなる上はこうするしか!
「ふ。手ぬるいのよ貴様! 我ら『真・新生の道に逆らうやつ八つ裂き連合』が、ヨワヨワで弱腰のあんたたちに制裁を与えに来てやったわ!」
『お、おおっとー! ここで意外な乱入者が出た! なんとかよわい人質に見えた女の子の正体は、新しい悪の組織の闇の女幹部だったー!』
あ、司会の子がノってくれた。よかった。
「お、おのれえ……」
よろよろしながら、怪人はなんとか立ち上がって、
「ショージャックとはいい度胸だな貴様! あと名前に八つ裂きはいかんだろう子供の教育的に!」
「手ぬるいのよアンタらはいろいろと! なんなら車裂きとかくし刺しとか石臼挽きつぶしでもいいわよ!?」
「やだこの女マジで残虐非道じゃん! おのれ悪党! じゃあちょっと展開巻いて、いまから正義の味方呼んでくるからちょっと待ってろ!」
言いながら怪人はよたよたと舞台の袖側に入っていき、ごそごそと着替えをすると、
「じゃじゃーん! 正義の味方マスカレード仮面、ただいま参上! 華麗に悪を葬ってくれるわ!」
「って怪人が衣装変えただけじゃないの!」
「ふはは人件費の都合である! とうっ」
言ってくるくるくる、と、衣装を変えてマスクを被ったさっき怪人だったおっさんが、華麗に回転ジャンプして舞台に復帰した。子供たちの歓声が上がる。
『来たー! 我らがマスカレード仮面、ここに参上です!』
「……質問していい?」
「なんであるか悪人面の小娘!」
「だから悪人面と……ってのは後にして。
さっきの怪人、あれたしか海賊って設定だったから、ほおにバッテン傷のシール貼ってたのよね?」
「ふはははなんのことだかわからんがそうだとも!」
「その傷のシール、取り忘れてるわよ?」
「…………。
ふんっ」
べりべりっ。ぽいっ。
「なんのことだかさっぱりわからんな!」
「人件費がないって悲惨ね……」
「ええい仕方ないだろう! そっちだって予算がないから対抗ショー開く計画がポシャったんだろう! スパイから聞いてるぞ!」
「あ、それわたしも椎堂課長から聞いてるー」
チカが後ろでのんきに言った。……そんな切ない話あったんだ。うちにも。知らなかった。
と、おっさんは小声になった。
「ふ……わかるぞ貴様。先ほどの剛打撃のキレ、あれはただ者が放つ技ではない。おそらくは名のある第二世代であろう!」
「あ、うん。まあね」
「だがしかーし! このマスカレード仮面はくじけない! なぜなら! 正義は悪に必ず勝つからだ! 悪人面の小娘に負ける可能性は万が一にもないと知れ!」
「ええいさっきから悪人面悪人面ってうるさいわねえ!」
わたしは吠えた。
「マスタードだかマスゲームだか知らないけど、いい度胸じゃない! わたしの目についた以上、生きては帰れないと思いなさいよ!」
「あ、そこはちょっと手心お願いします正義が勝たないとショーにならないんで!」
「……あ、そう」
いきなり卑屈になってささやいた彼に、わたしは仕方なくうなずいた。
「じゃあとりあえずばーんと見栄えいい技で行くからどーんと防いでね?」
「ふはは任せよ! 来い、悪党!」
『おーっと正義と悪の戦いが始まります! 果たしてどちらが勝つのか!』
きゃーっ、と歓声が上がる中、とりあえずわたしは手を前に突き出し、
「じゃあ小手調べ。魔法の矢、速射!」
わたしの手から現れた百発近い光の魔弾。それを見て、相手は目を細めた。
「ふははははマスカレードバリアーである!」
彼の目の前に青い防壁が現れ、ばちばちばちっ! と音を立てて魔弾が弾かれる。
わたしはそれを見て、へえ、と感心した。
「擬制百人隊――なるほど。口先だけの素人ではなさそうね」
「無論であるぞ悪人面の小娘! このマスカレード仮面に小手先の技術は通用しない!」
「でもそれ、魔力消費が大きい上に動かせない防御術じゃなかった? わたし実は、ここで待ってるだけで勝ち確じゃない?」
「その展開は盛り上がりに欠けるのでNGでお願いします! 華のある展開を!」
「しょうがないなー……」
わたしはてくてくてく、と相手のバリアーの前まで歩くと、息を軽く吸った。
意識を研ぎ澄まし、
「竜牙烈掌!」
次の瞬間。ぱがんっ、というどこか間抜けな音とともに、バリアーごとなんとか仮面の身体がぶっ飛んだ。
「はぎゃー!」
ずがん、ごん、がん! と十数メートル吹っ飛んで、バウンドしてさらに数メートル吹っ飛んで、そこでようやくおっさんの身体が地面に止まる。
『か、課長、大丈夫ですか!?』
思わず素に戻る司会のおねーさん。
わたしはふう、と軽く額の汗をぬぐって、
「いい運動したわー。久しぶり」
「綾ちゃん、かっこいいー!」
「ふ……しかしあれが最後のマスカレード仮面とは限らないわ。いつかまた第二、第三のマスカレード仮面が出て来ないとも――」
「我輩を勝手に死んだことにするようなモノローグは自重いただきたい!」
「うわ生きてた!? ていうかもう復活した!?」
思ったより頑丈でしぶとかった。意外。
よろけながら舞台に帰還したマスカレード仮面は、
「貴様いくらなんでもやりすぎだろーがっ! 竜牙烈掌とか街中で使って、子供が巻き込まれたらどーする気だ!」
「いやあ、なんかさっき剛打撃使っちゃったし、同じ技じゃ芸がないかなって思ってサービス精神で、ちょっと」
「サービス精神で使う技かー! ガチ戦争で使う技術はご自重いただきたい!」
「なによー。これでも手加減したのよ。本気で撃ったらあれ、余波で公園が半壊してるからね」
「知ってるから言ってるのだ!」
吠えたマスカレード仮面は、ずれたマスクの位置を直しながらにやりと笑った。
「ふ、しかしいまの技術で貴様の正体は特定したぞ、小娘っ」
「あらそう。べつに隠してないけど」
「ふーはははははっ! その余裕がいつまで続くかなっ!?」
マスカレード仮面はばっ! と指でわたしを指して、
「貴様、さては天際波白だな!?」
「……おいこら、おっさん」
わたしは半眼になった。
「む、違うのか?」
「違うに決まってるでしょーが! なんで第七軍の司令官が横浜にいるのよ!」
「では理堂播人か? いつの間に『新生の道』側に寝返ったのだ?」
「そいつは男でしょーが! ちょっとは常識を働かせなさい!」
「なんと! ではもう残ったのは一人しかおらぬ! この『崩壊』後の世界における七十二の秘術をすべて自在に使いこなし、組み合わせてあらゆる魔術を術具の助けなしで使役する、この世に三人しかいない最強の第二世代の最後の一人――」
彼はわなわなと指をわたしに突きつけ、
「高木綾子!」
「なんでそこだけ間違うのよっ!」
叫ぶと同時にわたしが放った右ハイキックが、男のこめかみを直撃した。
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「はー、楽しかったね綾ちゃん!」
「わたしは微妙だったけどね……なんであんな連中に悪人面連呼されなきゃいけないのよ。あいつらだって微妙面のくせして」
「いや、面の問題じゃなくて、おまえ普通に言ってることが悪人だったぞ、高杉」
「佐伯はうるさい」
ぐだぐだに終わったヒーローショーを後にして、わたしたちはいま、南の方へと歩いて移動していた。
「ええと、展開がいろいろよくわからなかったんですけど……誰が勝って誰が負けたんです? 結局」
「どうでもいいから気にしなくていいぞ小辻」
「わたしは面白かった」
後ろで小辻くんとケイ、それから芦屋さんが話しているのをなんとはなしに聞いていると、行く手からどーん、どーん、という音。
わたしは首をかしげて、
「あれ、今日って合同慰霊祭だっけ?」
「そうだよ。ていうか、それを小辻に見せるために移動してたんじゃないのか?」
佐伯が答えた。
合同慰霊祭。月に一度の行事だ。それはめっきり野球が行われなくなった、横浜スタジアムで行われるのが慣例になっている。
「ごうどういれいさい、ってなんです?」
「ま、これも知っておいた方がいいからね。
小辻くん、あなた横浜の事情はほとんどまったく知らないってことでいいわよね?」
「はあ。まあ」
追いついてきた小辻くんに、わたしは言った。
「いろいろ知るべきことはあるわ。たとえばさっきみたいに、南に行きすぎると敵対勢力の縄張りに足を踏み入れるとかいうのもそのひとつ。もうひとつ……中華街のことについて、あなたは知っておかないといけない」
「中華街……えっと、ごはんがおいしいところだったって聞いてますけど」
「まあ昔はそうだったのかもね。いまはちょっと、そういう雰囲気じゃなくなってるけど」
「なんでです?」
「それを見に行くのよ、これから」
「…………?」
小辻くんはハテナ顔。
ケイや芦屋さんはおろか、チカまで無口になった。
実際、ここから先は横浜の暗部――暗黒の歴史の話である。
犠牲になった人間の桁が違う。わたしたちも、軽々しくは話題にできない。
これはそういう話……
「……高杉。どうした? 遅れてるぞ」
「え?」
佐伯の言葉に、我に返る。
気がついたら、みんながもうだいぶ前に進んでいた。
わたしはあわてて追いつこうと足を早めて、
その視界が、ぐらりと揺れた。
(え?)
身体に、力が、入らない。
どうやら地面にたたきつけられたようだが、その感触もない。ただ、みんながこちらに駆け寄ってくるのが、足音でわかる。
なにが起こったのか。
なにが起ころうとしているのか。
そんなことを考える、そんな間もなく。
わたしは死んだ。
---next, the garden of hazes.
【魔術紹介】
1)『魔法の矢』
難易度:C- 詠唱:完全詠唱 種別:射撃 備考:追加呪文で変化あり
当たると弾ける光の弾を撃ち出す魔術。
単純なだけに、即時発動でも完全詠唱扱いである。が、威力が術者の魔力依存であり、上位の第二世代が使うとこれでも侮れない。
追加呪文で術の性質を変化させることができるという面白い特徴を持つ。今回高杉が用いたのは、多段の魔法の矢を大量に打ち出す『速射』。適当に使ってもペガサスなんとか拳くらいの威力が出る。
2)『擬制百人隊』
難易度:A- 詠唱:簡易詠唱 種別:防御
非常に強力な防御陣を敷く防御魔術。
動けない、魔力消費が高い、などの欠点があるが、それと引き換えに万全の防御を約束する。
難易度が非常に高く、これを使ったマスカレード仮面がただのオモシロ中年ではないことは確実である。……が、相手が悪すぎた。
3)『竜牙烈掌』
難易度:SS- 詠唱:簡易詠唱 種別:打撃
東京圏における最強の近接打撃魔術。触った部位を起点に破壊の魔力波動をまき散らし、なにもかもを吹き飛ばす。
簡易詠唱で使われることがほとんどであるが、完全詠唱で使おうものならそのへんの砦の防壁が一撃で爆散する威力である。当然、人間に使ったら跡形もなく消し飛ぶ。
……が、消費魔力が頭おかしいレベルであり、MG値1500はないとまともに使えない。術具の補助があればもっと弱くても使えるが、そこまでして打撃を強化するのならもっとべつの方法がある、など、微妙なところづくめである。結果として、この魔術は魔力が特に強大な第二世代の専有物になっており、なんの補助もなく使えるのは公式発表では三名のみしか確認されていない。
高杉綾子はその一人である。




