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亡霊と不死者の時間-Things separating ATHANATOI from ghosts-  作者: すたりむ
第二章:政治決着⇒政治決着?
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19.対峙-confronted with-(後)

「やっほー支部長さん、お久しぶりね」


 軽口をたたきながら、わたしは支部長室の間取りを改めて見回した。

 縦に広い部屋である。いや、横幅もけっこうあるのだが、それ以上に奥行きがある。右側には書棚があり、左側には冷暖房器具の類が設置してある壁があって、そこにはさまれて長めの机があって、左側にはソファ、右側には椅子が三つほど、並べられている。

 これが応接用の机だとすれば、その奥にあるのが執務用の机だろうか。広い部屋の奥側にどでんとでっかい木の机があって、その後ろに、いま支部長が座っている椅子がある。そこから窓まではさらに三メートルくらいあるだろうか?

 とにかく広くて大きい。たいして広くない支部の敷地を、ずいぶんとぜいたくに使ったものだ。

 さておき。


「ああ、自分で言っておいてなんだけど、久しぶりと言うほど長く空けてなかったわ。いろいろあったから忘れがちだけど、前に会ったときから一週間も経ってないものね」

「なにをしに来たの?」

「あらせっかち。前に会ったときはあんな芝居打ってまで歓待してくれたのに、今回はずいぶんとつれないわね」

「当たり前でしょう。こちらはそっちのせいで、立場が吹き飛びかけて風前の灯火なのよ。よくもまあ、この状態でおめおめと顔を出せたものだわ」

「こちらは命が吹き飛びかけたのに、そっちは気楽ね」

「…………」


 支部長は沈黙した。

 わたしはゆっくりと部屋の中央、支部長がいる机の対面側へと移動しながら、肩をすくめた。


「心配しなくてもいいわよ。そこの扉のところに待機している片嶋さんがいるでしょ? 彼には、あなたに手を出さないって約束しちゃってるのよね。だから、この場でわたしがあなたの命を取る危険性は、考えなくていいわ」

「そもそも私は、そこの片嶋にはあなたを殺すように命じていたはずなのだけどね?」

「そう。人望ないのね」

「まったくよ。派閥のすべてが、私の切り離しにかかっている。

 それもこれも、あの谷津田がしくじるからよ……! あんな役立たずの愚図を斡旋してきたのは上だってのに、なんで私が責任を取らなきゃいけないのよ!?」

「そういうこと言うから人望ないんじゃない?」


 激昂する支部長に、わたしはのほほんと言った。


「それにそもそも、谷津田くんのせいじゃないでしょこれ。谷津田くんが死んだので手打ちにする予定が、翌日には手のひら返して攻撃してきたのはどこの誰よ?」

「ええ、そうよ。押し切れると踏んだ。それもこれも、上から与えられた『セカンド・パーティ』とかいう誇大広告傭兵どもが威勢のいいことを言ってたからね! なによあの使えないガキどもは!」

「それこそあんたが悪い。第二世代セカンドをたかが十人ちょっと寄せ集めただけで、このわたしに『たのしいうんどう』以上のことをさせられると、本気で思ってたの?」

「この、バケモノ……!」

「はいはい。言われ慣れてるわよ。

 ――そして不愉快だわ。そのバケモノを殺すために誠実に全力を尽くした谷津田くんを、あなたは侮辱するのね」


 少し、わたしの言葉のトーンが冷えた。

 支部長は激高して、


「役立たずを役立たずと言ってなにが悪い!」

「その口調が本性ってわけね。まあいいわ。

 ……そんな話をしに来たんじゃないのよ、わたしは。本題に入りましょうか」


 言うと、支部長の目に素早く、なにか計算めいたものが浮かんだ。


「本題、ね。いいわよ。なにが望み?

 私の権力は潰える寸前だけれども、逆に言えばまだ使える力がある。たとえば……そうね。あなた、梶原沙姫に勝ちたい(・・・・・・・・・)と思っているんじゃなくて?」

「…………」


 わたしが沈黙していると、支部長は醜く笑った。


「情報はあまりなかったけど、推察はできるわ。施設の首席でありながら、同じ施設で木っ端三下だった女に、すべてを奪われたんでしょう? 名声も、栄光も、憧れだった『漆黒の魔獣(ダーク・ビースト)』の隣も――思うところ、あるわよね?」

「…………」

「復讐したくはなくて? 全部ひっくり返したくはなくて? いくらでも機会は与えられるわよ。どうせ近いうちに『新生の道』は第七軍と戦争を始める。そうなったとき、あなたの望みを叶える機会をあげましょう。どうかしら? わたしたちの派閥に、改めて所属し直さない?」

「……ふう」


 わたしはため息をついて、


「片嶋さんが見ててくれて、本当によかったなあ……」


 と、本音をこぼした。

 支部長は意味がわからなかったようで、


「どういうこと?」

「話す気はないわ。そして勘違いしてる。わたしはあなたに利用価値を認めてない(・・・・・・・・・・)。わたしがここに来たのは、ただ単に、ひとつ聞きたいことがあっただけよ」

「なにを?」


 いぶかしむ支部長に、わたしは正面から、尋ねた。


「なぜ藤宮千景を巻き込んだ(・・・・・・・・・・)の?」

「…………」


 ぽかーん、という感じだった。

 たぶん、聞かれるとは想像もしていなかったのだろう。

 だがわたしにとっては、それだけが重要な質問だった。


「佐伯博孝が死んだのは、まあそういうこともあるでしょう。あいつ、なんか裏があったんじゃないかって気もしてたし。

 椎堂卿が死んだのも、まあそういうこともあるでしょう。あれはそういう世界の住人。殺されたことで四の五の言う気はないわ。

 だけど藤宮千景にはなにもない。彼女には徹頭徹尾、この案件に関わる裏がない。それにもかかわらず、あなたは彼女を、平然と巻き込んで、爆殺しようとした。わたしが少しにぶい動きをしてたら死んでたでしょうね。なんで?」

「言わなきゃわからないの?」

「だから聞いてるんでしょ」

「はあ……おばかさんね」


 支部長はため息をついて、


「そんなの、目くらまし(・・・・・)に決まってるじゃないの。あんまり人が少ないと、椎堂卿が警戒して隠れてしまうかもしれない。あなたもね、高杉綾子。だから確実に起爆時にこの二人にいてもらうために、ある程度の量のサクラ(・・・・・・・・・・)が必要だったのよ」

「……そのために、自派閥の職員だけに自宅待機させて、残りには支部へと来させたわけ?」

「ええ。まあ、全員死んでもいい連中だったからね」


 支部長はそう言って、けらけら笑った。


「そう。まあわかったわ」

「わかったのね。じゃあ取引の続きに――」

「いや、もういいわ。わたしは帰る」

「は?」


 目を丸くする支部長に、わたしは吐き捨てた。


「悪いけど、わたしの親友たる沙姫を木っ端三下などと呼ぶクズにこれ以上付き合ってられないわ。空気がマズくて死にそう。だから帰る」

「なにを……あなた、なにを!」

「だいたい、さっきから言ってるでしょう。わたしが聞きたかったのはさっきの質問だけ。そして答えは返ってきた。だからもうあなたは用済み。

 じゃあね。もう会うこともないでしょう」

「ぐっ……」


 支部長は一瞬、逡巡し、


「――殺せ!」


 言葉と共に、わたしの身体に幾筋もの攻撃魔術が刺さり。

 そしてそれらは、すべて貫通した(・・・・・・・)。そのまま部屋の壁まで飛んでいって爆散する。


「な!?」

「あのねえ」


 わたしはほとほと、あきれ果てたという感じでため息をついた。


「自分が幻術を使ってたら、相手が幻術使ってもわからないでしょ。幻術の気配があるのが当然なんだから。だから、幻術を最初から使ってたわたしが入ってきても、誰も気づけなかったのよ」

「ちょ、あんたたち、なんとかしなさい!」

『な、なんとかと言われても――!』


 わたし……の幻覚の側から、見えない誰かの声。

 わたしは無視して、


「だからさ。あんたはそれが致命的なんだって。プライドが高いせいか知らないけど、自分もやることは他人もやるはずって視点が抜けてる。

 権力者として一方的に攻められる身分だったらそれでいいかもしれないけど、それももう終わり。今度からは、あんたにうらみのある連中から追い立てられる立場になるんだから。そういうこと、注意しないとすぐ死ぬわよ?」

「ええい早く! いいから幻術を破壊しなさい!」

『りょ、了解しました! 偽也ダウト――!』


 誰かが叫ぶと同時に、ばきっ、と軽い音がして。

 そして、世界が塗り変わった。



--------------------



「な、なんだ!?」

「支部長、後ろです!」

「なんですって――え……?」


 机に面した椅子から背後、つまりは窓の方を振り向いた支部長と、それからわたしを暗殺しようとしていた数名の黒服の男たちは、どうやらそこで絶句したようだった。

 なにしろ、そこにいたのは予想だにしなかった人物。


「谷津田、久則……!? なん、生き、ひっ!?」


 彼は支部長の背後、2メートル弱くらいのところで、手を軽く伸ばして立っていた。


「……なるほど」


 谷津田くんは、冷静にうなずいた。


「『自分もやることは他人もやるはず』。聞いた時は、どの口が言うかと思っていたが……

 実際には、俺の行動は読まれていたわけだ。高杉綾子」

「読んでないわよ?」


 わたしは――谷津田くんのさらに後ろ(・・・・・)、窓の脇に寄りかかっていたわたしは、そう訂正した。


「ていうか、なんでそんなとこにいたの、谷津田くん? ああいや、念のために幻術を使って隠れながら支部を訪れたわたしを、幻術を使って尾行してきたことまでは、わかってるけどさ」

「俺か? 俺は単に、おまえが支部長の生殺与奪権をにぎろうとするなら、背後に回って首根っこをひっつかむだろうと思っただけだ。だからその後ろで待機していた」


 谷津田くんは言ってから、肩をすくめた。


「が、実際にはアテが外れた。これでおまえには二敗目か」

「勝った負けたの話、そこでする必要ある?」

「俺が支部長を守ろうとしていたならば、おまえの先制を取れなかった。そして先制を取れなければこの場では守れない。負けだ」

「……男の子だねえ、まったく。実際には、支部長を守る義理なんてもうないでしょうに」


 わたしが言うと、谷津田くんはうなずいてこちらを向き直った。


「そうだな。俺にはそんなものはない」

「だから勝ち負けなんて考えなくていいでしょうよ。というか、なんでついてきてたの?」

「読んでいたんじゃないのか?」

「だから読んでないってば。わたしはただ、ついてきてるかも(・・・・・・・・)って思ってただけだから。ホテルで、田中相手に幻術を発動させて隣の席で食べてたときから、もしかすると谷津田くんがいるかなあって。なんとなく」

「……なんだよ、なんとなくって」

「だからなんとなくよ。それでまあ、わかんないけど一応安全を確保しよう(・・・・・・・・・・)と思って、絶対に背後を取られない場所に移動してただけ。ほら、この窓の後ろ側って四階の外の空中でしょ?」


 こんこん、と窓をたたいて、わたしは言った。

 谷津田くんは憮然として、


「……で、おまえはどうする気だ?」

「どうって。そもそも谷津田くんの方こそ、どうする気よ」

「俺か。べつに目的はないよ」

「でしょうね。こんなクズ、守る価値もないし……逆にうらみにも思ってない(・・・・・・・・・・)でしょ、君は」


 わたしの言葉に、谷津田くんはうなずいた。


「ああ。俺が生きていたのはそういう世界だ。いつ不条理に殺されてもおかしくない世界――そういう生き方しかできなかった俺に、文句などあるはずもない」

「じゃあ、なんでここに?」

「実を言うと、おまえが支部長を殺すつもりなら、止めようと思っていた」


 谷津田くんは言った。


「が、どうもその気はないようだな。……梶原沙姫を侮辱されたときには、なにかやるかと身構えたものだが」

「うん。あれはたぶん、この場に片嶋さんがいなかったらぶん殴ってたわ」


 あはは、とわたしは笑った。


「でもまあ、その程度よ。こいつには殺すだけの価値もないし。わたしが確認に来たのは、チカが積極的に狙われる対象じゃないことだけ。それさえ担保できれば、後はどーでもいいわ」


 若干、勘ぐっていたのだ。チカの実家は、川崎でわりと有名な家らしい。だとすると、なにかの陰謀でチカの命が狙われた可能性だって、皆無ではない。

 が、今回の件については、杞憂のようだった。支部長にとってチカは、わたしやケイと比較すると、ただのそこいらの一般職員でしかなかったとわかった。だからここにもう用はない。


「谷津田くんは? どうするの?」

「…………」


 彼は真っ正面から、わたしの顔をみつめている。

 なぜだろう。

 その目が、ギラギラとしているように見えた。


「べつに俺に、どうこうする義理はここにはない」

「そうね」

「……だが、なぜだろうな。おまえを見ていると、イライラする」


 彼は言った。


「不条理、無意味であることは承知している。だが、いらつく。なぜおまえは、ここで支部長を殺さないんだ」

「……もうちょっと自分の中でまとめてからしゃべった方がいいわよ、谷津田くん。なに、支部長殺した方がいいの?」

「いや。殺そうとすれば、止める」

「おーけーおーけー」


 わたしは手をひらひらさせて、


「じゃあもう一回やりましょうか、決闘」


 と言った。


「……決闘?」

「うん。ほら、なんか田中が言うには、みなとみらいのランドマークタワーって取り壊し予定なんだって。

 だったら思いっきりあのあたりで暴れても、被害はないかなって。どう?」

「ひどい発想だ。そもそも、おまえみたいな怪物とまた俺を戦わせる気か」

「あら、怪物はお互いさま(・・・・・・・・)でしょ?」


 わたしが言うと、彼はぎり、とくちびるを噛んだ。

 わたしはうなずいて、


「決まりね。じゃあ時刻は今日の夕方、日暮れの頃としましょう。

 わたしはもう帰るわ。あなたも、無駄に出歩かないで帰りなさいな」

「待て! 貴様、生きて帰れるとでも、」

剛打撃スマッシュ


 ばっしゃあああん! と派手な音がして、窓ガラスの割れる音が、支部長の手駒の黒服さんの言葉をかき消した。


「なにを――」

「よっと」


 相手がなにをするより早く、ひょいっ、とわたしは、割れた窓から外に飛び降りた。

 すたんっ、と軽快に地面に着地して、それから歩き始める。


(やれやれ)


 思っていたのとはべつの面倒ごとを背負い込んでしまったことに肩をすくめながら、わたしはそれでも、笑っている自分に気がついた。

 ……どうやら。

 自分は思ったより、浮かれているらしい。



 決戦は今日の日没。

 ランドマークタワー。旧世代の栄光を象徴するその場所は、たったいまこのときから、約束された決戦場と化した。

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