19.対峙-confronted with-(前)
それにしても、今日はいい天気だ。
「それで結局、いまの情勢はどうなってんのさ?」
田中の言葉に、わたしはふと我に返った。
いまは少し遅めのランチタイム。泊まっているホテルのレストランである。
同じくこのホテルに泊まっている小辻くんは、残された仕事……具体的には、わたしや小辻くんの本来の家に変な罠が仕掛けられてたりしないか、横浜市の職員さんと一緒に確認する作業に出かけている。
わたしはもうちょっと面倒な仕事に朝からかかりきりだったので、ここは普通に手分けをすることになった。元より、よほどの戦力や、戦力以外の陰謀が絡んでこなければ、わたしに護衛がいる状況にはならない。
敵主力が降伏したいま、わたしと小辻くんが固まっておかなければならない理由は特になかった。
さておき。
「そもそもなんであんたがここにいるの? 田中」
「そりゃ、中華街、僕の権限じゃ入れないもん。横峰さんの付き添いとか、会議って名目とかがあればともかく」
ぷくー、と頬をふくらませて、田中。
まあ、それはそうだろう。
そもそも田中は、横浜市の職員ですらない。政治闘争に敗れ三浦を追われて、捲土重来のために横浜に潜伏しているだけの人間だ。
戦闘ができるわけでもない。魔術の研究に秀でているわけでもない。魔王の息子という肩書きと、持っている人脈を無視してしまえば、こいつは実のところ、ただの子供でしかないのだ。
とはいえ。
「エルが接触してこなかった? 必要なところと情報を共有しとくってのは、あいつが言い出した役割なんだけど」
「エルって椎堂恵瑠とかいうあいつ? あんなの信用できるか」
「あははは……そうね」
苦笑する。
田中は肩をすくめて、
「というか、結局今回ってどういう話だったのかな。
途中まではなんか、陰謀と権謀術数っていう、僕らの分野の話だったんだけど。最後があまりに力押しだったんで、僕ら必要だった? って感じになっちゃってるんだけど」
「そりゃ、力押しで解決できる環境まで追い込めたのはみんなのおかげだもの。当然、必要でしょ」
「まあ、僕とか横峰さんはいいけどさ。でもあのなんとか仮面さんとか風見とか、がんばって出てきたのに一切活躍してなかったよね」
「なに言ってんの。マスカレード仮面は相手を逃がさないために必要だったし、風見はむしろ大活躍でしょ」
「え? 風見、なんかやってたの?」
きょとんとする田中に、わたしは言った。
「川崎の情報源。傭兵しか知らない情報や、例の『パーティ』とやらの能力が割れたのは彼のおかげでしょ。おかげで、めちゃくちゃ対策しやすかったわ」
「……なるほど。納得はできる。
できるけど……あの風見を『単なる情報源』として扱った人間は、さすがに僕、初めて見たよ」
「強いから、ってこと? なら考えを改めなさい。強い人間を戦力として以外に使えない人間は、大成できないわよ」
わたしは言いながら、風見をよこした人間のことを思い浮かべていた。
つまりは、沙姫ちんである。いや、そうと決まったわけではないが、まあたぶんそうなんだろう。
東京圏最強の大軍師、梶原沙姫の視点で考える。風見はどういう人物か?
無敵の最強傭兵に感じるだろうか? 否。沙姫の横には天際波白がいる。彼女という比較対象の前に、風見がそんな戦力だとは思えないだろう。
だから梶原が風見を選んだのは、単に一人で身を守れるから。おそらく、政治的な理由で一人しか援軍の都合をつけられなくて、最も死ににくい人間を選んだのだ。川崎の傭兵達、彼らの戦術情報をわたしに渡すための、メッセンジャーとして。
……まあ、実は風見には今後、もっと大きな仕事があるのだが。それは伏せておく。
「ていうかー、こっちは商売あがったりだよ。戦力を動かして実績を作るつもりが、ほとんど活躍しないうちに君に手柄を独り占めされてしまった。どさくさにまぎれて横浜に対するアドバンテージを作るつもりだった僕の戦略は台無しさ」
「その読み違いのフォローまではできないわよ。……ていうか、あんたたちみんな、『新生の道』の元エースを舐めすぎ」
わたしはジト目で言った。
あはは、と田中は笑って、
「で、最初の話に戻るけど。いまどうなって、なにが起こってる?」
「『再生機構』には、松山さんに頼んで声明を出してもらったわ。今回の件の顛末をできる限り客観的に述べた上で、『必要あらば我々には高杉綾子を賓客として受け入れる用意がある』って言ってもらった」
「攻めたねー」
田中は言った。
「それを言われちゃったら、ことはもう『裏』だけに秘匿できる問題じゃない。『新生の道』本部と第七軍が争っているのは『裏』の話。だけど『再生機構』は、『新生の道』の『表』の敵対組織だもんね」
「そういうこと。この事件はもう、ケイが言ってた『元老』達の話し合いで収まるレベルじゃなくなってる。エース級の第二世代が不祥事でライバル組織に引き抜かれようとしている、という話なんだから、裏事情をなにひとつ知らない連中まで騒ぎ出すわ」
ここまで話がこじれれば、まあ、現実的に考えて支部長の首は保たないだろう。さしあたり、第一ラウンドの勝利は確定した、といったところだろうか。
そう。第一ラウンドである。
次の支部長がわたしの味方とは限らないのだ。引き継ぎまでに、可能な限り横浜支部の内部を掌握して、安全を確保する必要がある。しかも、ケイのサポートなしで、だ。
頭が痛い仕事だ。けど、やるしかない。
「で、風見と横浜市のひとたちにいまお願いしているのは、残党狩り」
「残党狩り? え、でもあの十三人で全員じゃないの? みんな降伏して捕まったよね?」
「そりゃ『セカンド・パーティ』とやらは、あれで全員よ。けど、その前から活動して、雑用をこなしてた木っ端傭兵たちがいるでしょ。
いまの支部長がもう政治的にダメだとしても、最後に一花咲かせようとか言ってなにか小細工をするかもしれない。そしてわたしや小辻くんは身を守れても、非戦闘員はそうではない」
具体的には、チカとエル。この二人を、こんなタイミングで失うのは絶対に避けたい。
と、そこでわたしはふと、疑問に思った。
「そういえば、田中はこっちにいつまでも首を突っ込んでて大丈夫なの? あんたの本命は三浦を取り戻すことでしょ。そのための陰謀とかをがんばらなくていいの?」
「がんばってるさ。だからここにいる」
「? ここになにがあるの?」
「君がいる。高杉綾子」
「なにそれ。ひょっとして、三浦を攻めるためにわたしをスカウトする気?」
「やっぱ君、根本的なところで思考が脳筋だよね」
田中はあきれたように言って、
「そもそもね。もう三浦を奪える力はあるんだよ、僕には。なんのために雌伏してた川崎から、横浜へ移ってきたと思ってるのさ?」
「へ、そうなの?」
それは意外な話だった。
「だいたい、三浦から僕は指名手配されてるんだよ? それが平然と横浜を闊歩できてる時点で、いまはもう三浦より僕のほうが影響力が大きいってことに気づいてもらわないと」
「まあ、それは言われてみればそうだけど。でも、ならなんで、さっさと取り返しちゃわないの?」
「そりゃもちろん、どさくさに紛れて『新生の道』に横から奪われないための工作をしてるからだよ」
「……あー」
たしかに、それはあり得る。
三浦は、三浦半島の南端であり、東京圏から『外』への貿易航路を持っている唯一の場所である。
が、陸地としては『新生の道』の勢力圏としか近接しておらず、あまつさえ、最接近している横須賀は『新生の道』の本拠地だ。
かの『魔王』田中信三が作った独自の魔術システムと、独自の流通システムをにぎっているから、かろうじて独立できてはいるが。本来なら、真っ先に『新生の道』から狙われてもおかしくない立地なのである。
「じゃあ、ここにいるのはその下準備ってこと?」
「そう。『新生の道』の動きを牽制するために、次に『新生の道』横浜支部の権力をにぎるであろう高杉綾子、つまり君との縁を深めておく。そういうつもりで来てる」
「ふうん。わたしもだけど、あんたもなんか大変ね」
わたしが言うと、田中は少しだけさびしく微笑んだ。
「本当だよ。本来ならこんなことやりたくなかった。三浦の面倒ごとなんて姉に任せて、親父みたいにどこかに隠棲しておきたかったんだ」
「でも、やるんだ?」
「ああ。残念ながら、姉には政治家としての資質がない。いまはかろうじて運営できているが、放っておけば近いうちに三浦は破綻するだろう。
それを止められるのは僕しかいない。だから僕は三浦を奪取するんだ。――姉にはできないが、僕の才覚なら三浦を生かせる。そのためになら、なんだってやる」
田中はいままで見た中で一番真剣な目をして、そう言った。
わたしは、相手を試すように尋ねた。
「その結果、実の姉が戦争に巻き込まれて、下手すれば死ぬわよね。その覚悟もできてるの?」
「当たり前だよ。それに順序が違う。僕は姉を処刑する」
きっぱり、田中は言った。
「三浦から外に出てよくわかった。『魔王』の血脈と人脈は、あまりにも使いやすい。情に任せて生かしておけば、必ずや姉は三浦にとっての脅威になる。殺さなければならない」
「…………」
「だからこそ、少しだけ悲しいんだ。
あの姉は。僕と仲違いして捕らえ、でも結局は優しくて殺せなかった姉は……だからこそ、政治センスが壊滅しているわけだけど。僕はそれを殺さなければならないんだ。憎しみもうらみもなく、ただ単に邪魔だという理由で。それが……ほんの少しだけ、悲しいな」
田中は、澄み切った目でそう言った。
わたしは、はあ、とため息をついて、
「そっちはそっちで大変なのね」
「そりゃあそうだ。『裏』の世界に生きてる連中なんて、誰だろうとみんな訳ありさ。君もここまでで実感しただろ?」
「そうかもね」
わたしは言って……会話しながら食べていたビーフシチューをようやく食べ終わって、外を見た。
「それにしても快晴ね。頭に来るくらい」
「横浜の晴れは嫌い?」
「いつもは嫌いじゃないけど、こう、やることが多いときに見るとムカつくわ」
「僕は好きだよ。ほら、このあたりから北を見ると、空気が澄み切ってるおかげで、ランドマークタワーが見えるじゃないか。ああいう大きな建物、好きなんだよね」
「ランドマークタワーって、あの、みなとみらいで一番高い建物?」
たしか七十階を越えるとかいう、めちゃくちゃでっかいビルだったはずだ。
「ああ。昔は展望台があって、それからホテルがあったみたいだね。ホテルのレストランは、豪勢にもホテル部分の最上階にあって、そこから横浜港が一望できたんだって」
「いまはやってないわよね」
「それどころか、取り壊す予定だって聞いてるよ。『崩壊』直後にいろいろあったのに加えて、それからメンテナンスをまったくしてないから、放っておくと危ないんだって」
「ふうん……」
それはなんだか、たしかに少し寂しい気がしないでもない。
まあ、でも。
「いいんじゃない? また建てればいいのよ」
「『崩壊』後の技術じゃ無理でしょ、あんな立派な建物。いまじゃ『新生の道』支部のあんなせこい建物を建てるのが精一杯なんだぜ? 不可能だよ」
「だったら、また技術から作ればいい。失伝したとはいえ、一度は人間ができたことでしょう? 必ず二度できるわ」
わたしが断言すると、田中は目を丸くした。
「……なるほど。そういう見方もあるのか」
「ええ。だから」
わたしはほほえんで、言った。
「簡単に不可能とか、決めつけないほうがいいわよ? 三浦を安定させつつ、姉を生かす方法……探してみても、いいんじゃない?」
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考えておくよ、という投げやりな返事を受けて、わたしはホテルを出た。
「わははははは、マスカレード仮面F、そのFはFOREVER、すなわち永遠のヒーローな、あいたぁ!?」
「……そういえば、このホテルは公園のすぐそばだったっけ」
改めて聞くと松山の声は、だみ声のくせにやたら通る。公園に入ってなくとも、あいつの言葉だけははっきり耳に入ってきて、とてもウザい。
さておき。
「こちらの用事を済ませちゃわないとね。このためにわたしは、みんなと別行動を取ってるわけだし」
んー、と伸びをして、歩き始める。
山下公園から道なりに北側へと向かうと、右手に大さん橋を見つつ、左手にはものすごく立派なレンガ造りの建物が出てくる。これが昔の神奈川県庁の旧庁舎で、歴史的建造物なのだが、いまは記念館になっている。
観光客でも立ち入りできるその施設を左手にさらに北上すると、今度は立派なビルが左手に見える。これは神奈川県庁の新庁舎だったところで、ここがいまの横浜市庁舎だ。
そこをさらに北に行くと、神奈川県庁の第二分庁舎。それがあったところに出る。
かつて『崩壊』のときに破壊された分庁舎跡に作られたのが、我らが『新生の道』横浜支部の建物である。
技術レベルが『崩壊』によって退化した後に作られた建築物だったビルはただでさえボロかったが、爆弾テロに遭ったのを無理やり継ぎ接ぎしたからだろう。もはや廃墟に近い外観に見えた。
それでもまあ、建物の正門だけはきっちりとした扉を残している。
わたしはその正門に近寄り、
「剛打撃」
ぱぁんっ、と、柘榴が弾けるようなあっけない音を立てて、扉が吹っ飛んだ。
そしてわたしは同時に銃撃を受け、当然ながらなんともない。
「前は言い忘れてたけど……」
わたしは、その銃弾を撃ってきた相手に顔を向け、
「その呪銃。もうひとつ欠点を挙げるなら威力不足じゃない? 魔術で防ぐまでもない。撃たれるだろうな、と思ってただけで、わたしの自己領域の防御力で弾けるレベルよ、それ」
「…………」
あっけにとられているのは、例によってこいつ――楢崎である。
呪銃にスペアがあるのは予想していたし、それがわたしに効かないのも予想していた。まあ、予想通りだ。
「んで、まだやる?」
「……えっと、いや、その」
「積極的に殺し合いたいんなら殺してあげるけど、そうじゃないならやめときなさい。あんたの攻撃なんかじゃ、どうやってもわたしは殺せないわ」
言って、わたしはすたすたと勝手に支部に入る。
楢崎は呆然とそれを見送った。
階段を上がっていくと、踊り場に片嶋さんがいた。
「ああ、どうも。お久しぶり」
「お帰りください」
片嶋さんはわたしの挨拶を無視して、きっぱり言った。
「またつれないわね。なんで?」
「いまのあなたを支部長に会わせるわけには参りません」
「よくわたしの目的が、支部長に会うことだってわかったわね」
「茶化すのはやめていただきたい」
片嶋さんは厳しい顔で言った。
「いま、あなたと支部長が会えば、必ず殺し合いになります。それは我々には容認できない。どちらにとっても、不幸な結果になります」
「大丈夫よ」
わたしは言った。
片嶋さんは首をかしげて、
「大丈夫とは?」
「わたし、今回は一人で来たから、守る人間がいないの。
なら、戦う理由もない。挨拶したらすぐ帰るわよ」
「…………」
片嶋さんは少し沈黙して、
「挨拶、ですか」
「うん。ちょっとだけ、聞きたいことがあって。用が済んだらすぐ帰るわ。それではダメ?」
「……もし支部長の身に害が及べば、我が派閥はあなたを敵と見なします。その覚悟はおありか」
「ないない。そんな覚悟ないよ」
わたしはぱたぱたと手を振った。
「ないから、危害も加えない。少なくとも支部長室ではね」
「支部長室では、とは?」
「帰ろうとしたわたしに追いすがってまであちらがこっちを殺そうとしてきたら、さすがに正当防衛でしょ」
言ったわたしに、片嶋さんは少し考え、
「わかりました。ただし、支部長室まで同行させていただきます」
「いいわよ」
言って、わたしはさらに階段を登る。
最上階の奥に、『支部長室』と書かれたプレートが貼ってある扉がある。
そこにわたしは赴き、扉を開けた。
果たしてそこには。
「……来たのね」
前に会ったときと同じ声。同じ顔。
だが明白に憎悪と敵意を込めて、支部長――花小路貞夫が、そこにいた。




