18.亡霊の時間-the time of ghosts-(後)
「直感だって?」
「そうだ。直感が告げている。谷津田久則は、ここで殺すべきだと」
「面白い。川崎の傭兵は、直感で人を殺すのか?」
俺の挑発的な物言いに、風見は一切迷わずうなずいた。
「そうだ。どんな場合であれ、必要であればそうするのが川崎の傭兵だ。どんな三下でも、それは変わらん」
「……物騒な話だな」
皮肉すら通じないことに、俺はいささか鼻白んだ。
(なんのつもりだ? こいつ……)
改めて観察してみると、風見という男は、実に威風堂々としていた。
ごく平然と胸を張り相手を見る。その風貌には、これから自分がなにをしようとなにひとつ後悔などないのだという、誇りと自信に満ちている。
俺のような、裏社会を生きる人間の目ではない。
むしろ高杉綾子に近い。表社会を歩き、大手を振って歩いて生きてきた人間の目だ。
なのに。
(なぜ俺は、こいつに嫌悪感を抱いているんだ?)
「先ほど俺と高杉が話していたとき、身体を隠していたな。なぜだ?」
平然と……無神経に聞いてくるこいつに、俺は直接答えなかった。
代わりに、
「おまえは……人殺しを、どう正当化するんだ?」
なんて言葉が、口をついて出た。
風見は表情こそ変えなかったが、小さく首をかしげた。
「なんの話だ?」
「だから、おまえは俺を殺そうとしているんだろう。良心の呵責とか、ないのか?」
「ないな」
さらりと風見は言った。
「一切ない。……ふむ。その問いを聞くに、おまえは逆のようだな。殺すことにためらいを覚えている」
「そりゃあ……そうだろう。殺しがいいことだなんて、思わないよ」
「なぜだ?」
「……当たり前じゃないのか?」
「当たり前ではないだろう。ああ、そうか。おまえは戦士ではなく暗殺者だったな。ならばこの感性の差は、単にその差だろう」
風見はあっさりと、まったく感情を見せずに言った。
……なるほど。言われてみれば、そうかもしれない。
一方的に相手を殺そうとする暗殺者と違って、この男は『名乗りを上げて殺し合う』世界の住人だ。
つまり、殺す側と殺される側は、対等なのだ。お互いに命を差し出して奪い合うならば、それはある種の契約と見なせる。
恨みっこなしの契約だ。
俺には決して届かない世界でだけ成り立つ、高潔な契約だ。
「英雄に憧れているのか?」
いきなりそんな言葉を風見に投げかけられ、俺は我に返った。
「なんだって?」
「だから、英雄だ。ヒーローと言ってもいいぞ。ほら、なんだったか、横浜だと公園でショーもやっているんだろう。たしか名前はマルガリータ仮面だったか?」
「いや、そんな奇天烈なものに憧れた覚えはないが」
「だが子供の頃、『崩壊』前を体験しているなら、似たような番組がテレビでやっていただろう。ああ、おまえの年齢だと、幼すぎて覚えていないかもしれんな」
「……なんで、そんなことを?」
いきなりヒーローの話に飛んだことを不審に思って、問うと。
「経験だ。過去、俺を前にしてそういう苛立った顔をした人間は、だいたい例外なく俺にそういうことを期待している」
「…………」
「考えてみればわかるだろう。いかにアリーナで無双と騒がれようと、いかに観客を魅せようと、いかに観衆に讃えられようと――傭兵はしょせん、金を対価に戦うものだ。ヒーローなどではない」
「わかってるよ、そんなことは」
「……なるほど。おまえを少し観察して、わかったことがある」
「なんだ?」
言うと、風見は珍しく小さく苦笑して、
「おまえには、将来の夢がないのだな」
淡々とした言葉だった。
なのに。――それは、なんというか。
避けようもない致命的な一撃、としか、形容しようのない言葉だった。
「…………」
「そして、だからこそ俺には理解できる。
――ああ。俺の直感は正しかった。おまえはここで殺すべきだ」
言って、風見は手を軽く横にかざし、
「業を収奪せしむる死神の刃、出でよ――」
「……!? 祝福を受けし原始の刃、出でよ!」
風見の手には、黒く輝く禍々しい鎌が。
そして反射的に、俺もこの手に、精霊刀を呼び出していた。
「『暴風の暴君』の銘を以て捨てた旧い字だが、いまはあえて名乗ろう。
我が名は風見。『V3』――風見大助。おまえを殺す者だ」
「ふざけるな……!」
こうして。
戦いは、突然に始まった。
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「加速、加速、加速!」
即、三重加速を発動させ、俺は大きく相手から距離を取った――はずだった。
その目の前に、風見がいた。
「!? 早っ……」
「無駄だ」
「ごはっ!?」
大鎌の表面部で殴られ、俺の身体が数メートル吹っ飛ばされて、倒れかかってかろうじて踏みとどまる。
(なんだ!?)
「地を縮める相手は初めてか? 川崎ではさほど珍しくないが……」
淡々と言って、風見は鎌を大きく振りかぶった。
「鏡面舞踏!」
「死の舞踏、陽」
「がっ!?」
次の瞬間、俺は発動しようとした幻覚を鎌に砕かれ、その鎌を身に受けて吹っ飛んだ。
今度は十数メートルだろうか。腹を打たれた激痛に苦悶しながらも、倒れるところで受け身を取り、素早く起き上がる。
目の前に風見がいた。
「ば――!」
「死の舞踏、陰」
――とっさにかざした精霊刀が後ろから迫り来る相手の刃を捕らえたのは、どんな僥倖だったのか。
そのまますぐに精霊刀を大上段から振り下ろしたが、相手は素早く距離を取って、
「装備、加速摂理」
瞬間、怖気が走った俺は、とっさに懐中の護符を五個使って大盾を無詠唱で発動させ。
そしてその盾を、まるで発動を予知していたかのように迂回して走った刃が俺に打ち付けられ、衝撃で俺はたたらを踏んで、
「死の舞踏、陽」
下からすくい上げるような一撃をかろうじて精霊刀で受けるも、威力の差で弾き飛ばされ。
そこにぴたりと密着するように――まるで舞踏のように踏み込んで来た風見の手のひらが、俺の腹に添えられて。
次の瞬間、貫くような打撃が俺の身体を打った。
「ぐっ……ごっ……!」
(横隔膜! だが不自然だ、魔術でもないのにこの拳、俺の防御を――)
「死の舞踏、陰」
悶絶している暇はなかった。俺がしゃがみこんだすれすれを、相手の鎌が刈り取って通過していく。俺は精霊刀を
「死の舞踏、陽」
――構えようとした精霊刀ごと、横薙ぎの一線に払われてぐらりと身体が揺れ。
そこにふたたび踏み込んできた風見の掌が、俺の腹をしたたかに打ち付けた。
「ご、ばぁ……っ!」
吐いた。
吐瀉物を盛大にまき散らし、倒れそうになる俺に、
「死の舞踏、陽」
頭から縦に、杭打ちのように鎌がたたきつけられて、俺の身体は地面に落ちて跳ねて飛んで落ちて倒れて、
「死の舞踏、陰」
腹を切り裂かれて、盛大に血しぶきを舞わせながら、それでもかろうじて間一髪で致命傷を免れて転がり回った。
「が、はあっ……!」
隙が、ない。
この言葉の意味を俺は、いままで取り違えていた。
反撃をされずに打ち込める隙がないとか、そんなレベルではなくて、この男は。
そもそも、なにをする隙もない。
飛んでくる攻撃は基本的に致命傷。牽制ですら、食らえば悶絶して行動を見失う。そしてこの男は一切無駄がなく、機械的と言ってもいい精度で、次の致命傷を放ってくる。
こちらから能動的に行動する隙は、最初の一秒だけしかなかった。おそらくはその瞬間に『詰み』が確定していたのだろう。
怪物。
この男は、間違いなくあの高杉と同格か、あるいはそれ以上の怪物だ。
……そんなことを考えてから、ふと、相手の攻撃が止んでいることに気づく。
「なん、だ?」
「ふむ。なるほど」
風見はそう言って、ふたたび鎌を振りかぶり……
そこに、一瞬の隙があった。
いや。隙とは言いがたい。俺はいま倒れて、かろうじて四つん這いで荒い息をしているだけの状態だし、精霊刀を届かせるにも距離が足りない。
風見があの不可思議な歩法で踏み込んでくるまでの時間は、一秒もない。詠唱では間に合わない。
かといって護符で魔術を発動するにしろ、攻撃も防御も通用する気がしない。
……本当に?
本当になにも通用しないのか?
風見の強さの根本を崩す一手は、あるじゃないか。
そう。風見が常識外の歩法と完全な戦闘論理でこちらを詰ませるというのなら。
こちらはその定石を崩す戦術の専門家じゃあないか――!
(加速!)
ぐわあっ、と身体にかかる負荷が大きくなる。
背中に強烈な風圧を感じて、そして熱を発して身体が裏から焦げ始める。
それでも。
それでも。護符を使った無詠唱の一手。この一手によって、たしかに俺は、あの鎌の射程から抜け出した――!
「遅い」
「ぐっ!」
鎌を持ってさらに踏み込み、たたき込んできた風見の攻撃を精霊刀で受け止め。
「加速、加速――!」
六重加速という常識外。
その速度で俺は、風見からいったん50メートルほど距離を取ると、精霊刀を構えてただがむしゃらに突進した。
その往復、たった一秒強。
刹那だったが、俺はたしかに見た。
突進してきた俺を見た風見が、ふ、とかすかに笑みを浮かべ。
そして俺は、なすすべなく吹き飛ばされた。
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「が、うが……っ!」
ひゅーひゅー、と、息がこぼれる。
いまの一撃は右胸に受けた。おそらくは、肺が片方潰れたのだろう。
甘かった。
六重加速による突進攻撃。風圧と魔力の干渉によって燃えながら、燃え尽きる流星のような速度で放った俺の一撃は、読まれていた。
読まれていれば、あとはタイミングを合わせるだけである。風見は――身を翻しながら、炎の矢のように襲いかかってきた俺を鎌でなぎ払った。
さすがの風見も、この速度では詠唱まではできなかった。だから鎌は強化されていなかったが、単純にこちらのスピードが速すぎて、カウンターとしての威力が尋常ではなかった。
身体がバラバラになるかという衝撃を受けて、俺は燃えながら倒れている。
ああ、ちくしょう。
なんてことだろう。
生きるための人生だった。
生き延びるため、少年兵として戦って、そこから逃げ出して、暗黒街を駆け回り、暗殺者になった。
そして死んだ後、こうして蘇って、しかし生きる理由を忘れてしまった俺は。
なんでだろう。このとき、とても楽しかった。
生きている感じがした。
だから、それで満足。
最後の最後になって感じる感情が生きている実感だと言うのなら、それも人生としては、悪くない。
ああ、けどくそ、悔しいな。
もう一度やれば勝てるのに――
「……そこをどいてもらえないだろうか」
冷静な風見の声を聞いている自分に、そこではたと気がついた。
「ダメです」
「俺はそこの男を殺さなければならない。傭兵が殺さなければならないと言う意味を、あなたは理解しているだろう?」
「……つまり、なにがあっても殺す、という宣言ですよね」
「そうだ。傭兵は必要があれば殺す。逆に、必要もないのに殺すのは傭兵ではなく殺人者だ。正しき傭兵が殺すと判断したときは、必要があるときだ。そして必要がある限り、傭兵はなにがなんでも相手を殺す」
視界が定まらない。血を失い、肺を失い、身体が燃えて、うまく見えない。
声も、かろうじて聞こえているような感じだったが、しかしそれでも、その女の声には聞き覚えがあった。
「でもあなたには殺せません」
「…………」
「このひとを殺すためには、あたしをどかさないといけません。そしてあたしはどきません。となれば、あなたはあたしを殺すしかない。けど――」
「……悪辣だ。川崎の大君が一人、藤宮の一族を敵に回せと俺に言うのか」
「そうなりますよね? そしてそうなれば、いまの雇い主に迷惑がかかる。そうですよね?」
「…………」
「あなたには殺せません。引いてください、『V3』」
凜とした声は、まるで別人のようだったけれど。
(…………。
ふじみや、ちかげ……)
「貸しをひとつ、と理解してよろしいか」
「承りました」
「ふう……やはり、直感は当たりだったな。引き延ばすべきではなかった」
風見はそう言ってため息をつき、鎌を消した。
「それと、『V3』は廃業した。いまの自分は『暴風の暴君』と名乗っている」
「そうでしたか。……覚えておきましょう」
「では俺は失礼する。
が、その前にひとつ、谷津田久則。おまえにひとつ忠告しておこう」
ようやく目が見えてきた。
俺をかばい立てしている藤宮千景。そしてその前に立つ風見大助が、見えてきた。
「これが真実だ。俺たちはしょせんこういうものだ。
拳や剣ではなく、心と言葉によって争いを治める者こそ、英雄の銘に能う。そこの彼女のようにな。俺やおまえではない。どれほどの声望を得ようと、どれほど自由に振る舞おうと、どれほど功夫を積み上げようと――しょせん殺しの技などに頼っている俺たちは、英雄には値しないのだ。だから、俺は『V3』の名を捨てた」
わかってるよ。
という言葉は、声にはならなかった。まだ肺が壊れていて、まともに声が出ない。
だが意図は伝わったのだろう。風見は軽くうなずいて、
「――それでも。なおおまえが諦め切れないのならば、高杉綾子を追え」
などと、不思議なことを言うのだった。
「な、ぜ……だ……?」
かろうじて動くようになった喉から、声を出す。
「二日前の戦いは聞いているだろう?」
「ふつかまえの、たたかい……」
「あれを見て俺も、思うところがあった。それだけだ。
おまえに役に立つかどうかはわからんがな。世の中は広い。俺の知見を越えたところに手を届かせようとする者もいる」
と、そこで風見は……この男にしては珍しいのだろう。やや不器用な笑みを浮かべ、
「それに俺も、興味がないわけではない。
いまのおまえが高杉綾子を見たとき、果たしてなにを思うのか。肯定するのか、それとも否定するのか。少なからず面白い。見るに値する」
言って、今度こそ風見は、その場を去って行った。
俺は――俺は。
すでに火も消えて、火だるまだった身体も表面は大部分が回復しつつある。
(こうしてみると、俺も大概、バケモノだな)
ふと見ると、藤宮は風見を見送った姿勢のまま、その場に突っ立っていた。
「……なんで助けた?」
俺は言った。
我ながら無愛想な言い方だと思ったが、聞かずにはいられなかったのだ。
べつに仲がよかったわけでもない。それどころか最後には敵対すらしていた俺のことを彼女がかばう理由が、本当に、まったく、これっぽっちも浮かばなかったからだ。
彼女が沈黙していたので、俺はさらに言葉を募ろうとして、
「!?」
がばっと抱きつかれた。
「なにを……」
「うわああああああんっ!」
彼女は――泣いていた。
泣きじゃくっていた。
「怖かった! 怖かったっ! すごく、すっごく怖かったようっ!」
「…………」
わんわん泣きながら俺にすがりついてくる彼女を見て、俺は。
(ああ、そうか)
得心がいった。
俺の問いは無駄だった。
おそらく俺は、なにが理由であろうと、彼女が俺をかばった理由を、真の意味では理解できないだろう。
だって彼女は、非戦闘要員なのだ。
俺は風見に勝てなくて、殺されかかった。けれども俺は、風見のことがちっとも怖くなかった。
俺にとって、それは当たり前のことなのである。兵士として鍛えられ、暗殺者として活動したこの身体は、死への恐怖はあっても、それに抗う力を身につけている。
戦える相手なのだ。だから、そこに恐怖はない。力及ばなかったとしても、事前に覚悟できていることだ。
けれど、彼女は違う。
藤宮千景という女の子は違う。彼女は……話によればおそらく、川崎に強力な人脈を持っていたようだが、力づくで殺されそうになったらなにもできないのだ。
それは怖いだろう。恐ろしいだろう。
――にもかかわらず、彼女は真っ正面から風見と交渉し、俺を救ってみせた。
その勇気を。俺みたいな奴に、理解できるはずがないのだ。
戦えてしまう俺には、だからこそ到達できない。
(なるほど、風見の言う通りだった。彼女は英雄で……俺はそうじゃない)
いまだに泣き続ける藤宮の背をさすりながら、俺は考えた。
……では、高杉綾子は?
風見は彼女に、なにか違うものを見出した。それはなんだ?
(どうやら……あいつの思い通りに動くしか、なさそうだな)
ぎり、と俺は、歯を食いしばった。
---next, confronted with.
【補足】
戦闘で風見が見せた技は、一見して不可思議に見えても、実際には魔術ではなく、ただの武術です。
縮地法で距離を詰め、寸勁と浸透勁を組み合わせて魔術防御を貫通する掌底を打つくらい、彼ほどの達人にはわけないのです。
そしてこの理合は高杉のような第二世代にもある程度は通用するので、それが高杉ですら風見に苦戦した理由になります。案外、防ぎにくいのです。
【魔術紹介】
1)『加速摂理』
難易度:D 詠唱:完全詠唱 種別:装備
風見大助の装備術。その効果は、身体機能の全体的な上昇と、判断力を補助する各種機能の詰め合わせである。
不条理なほどに強いライバル・『全撃必殺』の異名を持つ相手に対抗するために彼が選んだのは、ただただ自分の武を最も有効に機能させる、それだけの装備だった。
ある意味で最も風見らしい装備。風見ほどの達人が使わなければほぼなんの役にも立たない。




