表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡霊と不死者の時間-Things separating ATHANATOI from ghosts-  作者: すたりむ
第二章:政治決着⇒政治決着?
35/64

18.亡霊の時間-the time of ghosts-(前)

 俺、つまりは谷津田久則が中華街に来て、三日が過ぎた。


 自由は、あるようでなく、ないようである。

 中華街の中であれば、調査のための決まった拘束時間を除いては自由に歩いていいことになっている。

 だが、中華街の外に出ることは、完全に制限されていた。

 まあ、それはいい。俺の本来の立場、暗殺に失敗して身寄りのない暗殺者というものを考えれば、ぜいたくを言えるはずもない。

 ただ……いまいち納得いかないのが。


「つーわけでさ。さすがに音声ファイルに証人付きともなると、相手方も無視できなくてな。『新生の道』の本部じゃいま大騒ぎよ。

 高杉はあれで、『新生の道』のエースとしての名声も立場も人望もある。それに無実の罪をなすりつけた挙げ句に謀殺しようとしたとなれば、もうこれは主流派と言えども擁護は無理だ。近いうちに支部長は更迭される。それで、この馬鹿騒ぎも終わりだろうさ」

「なあ、椎堂恵瑠」

「なんだよ。谷津田久則」

「おまえ、なんで俺の部屋にいるの?」


 俺が言うと、椎堂恵瑠はきょとん、として、それから爆笑した。


「ははは! たしかに!」

「たしかに、じゃねえよ」


 ジト目で言う。

 なんでか知らないが、あれから妙にこの得体の知れない女になつかれている俺である。なんの琴線に触ったのかがわからなくて、ひたすら不気味だ。

 ……そうは言いつつ、いま高杉綾子のまわりで起こっていることの情報をほとんど横流ししてきてくれるこいつは、まあ、便利ではあるのだが。


 支部長が爆弾テロを用いた冤罪事件まで作って、椎堂卿を暗殺した上で高杉を追い込むなんてことになっていたのは、想定外も想定外。

 俺の予想では、手駒の主力だった俺を失った支部長はそうそうに逃げを決め込むと思っていたのだが、代替戦力のアテができた、ということなのだろう。

 その代替戦力がなにか、というのも、この椎堂情報から割れている。『セカンド・パーティ』……十三人の第二世代セカンドからなる傭兵部隊。俺はそんなものの存在を知らなかったので、隠していた戦力だったか、あるいは俺が死んだのと入れ替わるようなタイミングで契約したグループだったのか。

 俺が仕切っていた頃に貸し与えられた戦力は、もっとチンピラみたいな、悪く言えば打たれ弱い、よく言えば無理をしない(・・・・・・)タイプの傭兵達だったのだが、彼らは違ったようだ。


「支部長もまた、無茶をしたものだな……」

「結果論だろ? まあ、『セカンド・パーティ』は良くも悪くも派手な戦力すぎた。小さな勢力だったら一人でも切り札になり得る第二世代セカンドが、十三人! そりゃあ気も大きくなるものだろうさ」

「最悪の読み違いだ。その戦力は高杉と最も相性が悪い(・・・・・・・・・・)


 俺は言った。

 椎堂は面白そうに、


「へえ? そうなんだ」

「ああ。仮に俺がいまでも支部長の下にいたとしたら、なんとしてもその戦力を高杉に当てるのだけは避けるように進言しただろう。他の使い道はあるが、高杉に当てるのだけはダメだ」

「なんで?」

「そもそも、第二世代セカンドというのがなぜ強いか、おまえはわかってるのか?」

「通り一遍はね」

「言ってみろ」

「馬鹿みたいに高い魔力ですっげえ攻撃力の魔法を連発し、逆にこちらの攻撃は銃弾だろうと魔術だろうとまるで効かない。うまく効くだけの攻撃を揃えたところで、異常なまでの再生能力で身体が半壊した状態からでも再生する。不死身にして破壊の化身――そいつが第二世代セカンドだ。間違いないよな?」

「そうだな」

「それで? それがなにか?」

「だからさ」


 俺は肩をすくめた。


「いまおまえが言った第二世代セカンドの強みのうち、高杉に通用する(・・・・・・・)ものがひとつでもあるか?」


 言うと椎堂は一瞬きょとんとして、それからまた爆笑した。


「わはははは! たしかに!」

「……前から思ってたが、おまえって意外と笑い上戸だよな」


 俺はジト目で言った。

 まあ、つまりはそういうことだ。

 馬鹿みたいな攻撃力の魔法。高杉の防御には効かない。

 馬鹿みたいな防御力。高杉の攻撃の前には紙。ついでに、高杉は対第二世代(セカンド)用の戦闘訓練も受けていると思われるので、さらにタチが悪い。

 馬鹿みたいな再生力。高杉の火力の前になんの役に立つって?

 つまりは、高杉は第二世代セカンドにとっての第二世代セカンドみたいな、とにかくヤバい奴なのである。そしてそれに対し、『セカンド・パーティ』の面々は標準的な第二世代セカンド――付け加えると、自分が強いことを利用してゴリ押しするタイプの、つまりは格上相手の戦闘訓練(・・・・・・・・・)を積んでいない連中ばかりだったのだろう。

 俺にとってもカモだが、高杉にとってはさらにカモだ。遊び相手にもなるかどうか怪しい。

 と、椎堂はふと、笑いを収めた。


「ま、笑い上戸なのは椎堂英なんだけどな。私はただのコピー品だ」

「そう言うがな。椎堂卿は少なくとも、そんなに笑わないタイプだったぞ」

「あれは『椎堂計画』最大の失敗作(・・・)だ。そもそも背丈が合ってない時点で失格だよ」


 言われて、思い返す。

 たしかに、『椎堂計画』の本来の目的である「代わりになる」というのを遂行するにしては、椎堂卿は特徴的すぎた。

 背丈だけではなく、おそらく人格も。

 昼行灯と馬鹿にされ、仕事を不定期にサボりながらも、抜け目なく、ずるがしこく、自分の立場を守るために全力で行動する様を、俺もずっと監視していた。

 ……あれが失敗作だというのは意外だったが、俺はそこには深入りしないことにした。

 代わりに、


「まあ、せっかくだ。愚痴に付き合え」

「お、なんだ? 恋の悩みか?」

「馬鹿言え」

「藤宮なら紹介してやるぞ。身体張って守ったんだし、あっちの覚えもいいだろ」

「俺の人生の話だ」

「恋だって人生だろ」

「しつこい」


 うんざりと俺は言って、それから勝手に話し始めた。


「まあ、俺自身の経歴はたいして面白くもないものだ。小田原の戦災孤児で、少年兵として徴用された。戦争が終わったら用なしになって、このままだと始末されるってので脱走。裏社会を転々として最終的に『新生の道』主流派の暗殺者として横浜支部に所属することになった」

「うん。まあそうだろうな」


 椎堂はうなずいた。

 俺は続けて、


「で、最初は椎堂課長の監視を任されていた。不審な点があった場合、処刑できるだけの証拠が挙げられそうなら上に報告。挙げられそうにないなら暗殺しろという命令だったな」

「不審な点はなかったのか?」

「どれもこれも、たいしたことはなかった」


 俺は言った。


「椎堂卿が『椎堂計画』のエリートだっていうなら、完全に擬態されてたってことなんだろうな。俺にとって椎堂課長は、単に所属する派閥が違うだけの、抜け目がなくて隙がない、けど普段はぐうたらして仕事をしないだけの課長に過ぎなかったよ。裏でなにかをやってる形跡もなかった」

「そりゃあないだろうね。裏でいろいろやってたのは私だし」

「……まあ、いまからすれば、そういうことなんだろうな」


 椎堂卿の側に、誰にも気づかれない状態で椎堂恵瑠がいたのなら、椎堂卿を観察しているだけではなにもわからないだろう。


「そうこうするうちに高杉綾子が横浜に来た。あれはおまえらが裏で手を引いたのか?」

「そこまで私たちの手は長くないよ。高杉が横浜に来たのは、第七軍と近すぎる高杉を前線に放置しておくことを嫌った、おまえの上にいる誰かの仕業だ。

 ま、後方支部で引き受け先を探していたときに、うちで引き取るように上司に進言する、くらいのことはやったがね。それ以上の手は出してない」

「まあ、ともかく、それで俺の仕事は増えた。高杉の監視が増えて……しばらくして、暗殺計画を練ることになった」

「高杉にはなんの裏もなかったはずだがな。なんでそうなった?」

「単に強すぎたからだよ。それ以外に理由はない」


 なんて身勝手な理由だろう、と思うが、憤慨は特にしなかった。

 それほどまでに、高杉綾子は恐るべき戦力だったのだ。主流派、つまり第七軍と戦うことを考えている派閥が、特にその兆候がなくとも、第七軍に彼女が加わる前に殺すべきだと考えるほどに。

 おそらくいま、支部長はそれを身をもって理解しているだろう。『セカンド・パーティ』などという木っ端戦力で、あの怪物に勝てると思い込んだ馬鹿の末路だ。


「やがて小辻が派遣されてきた。それで計画は決まった。第七軍に接触される前に殺し、その罪を第七軍に被せる。これしかないと上は考えていたし、俺も考えていた」

「そして暗殺は成功したが失敗した(・・・・・・・・・)


 椎堂の言葉に、俺はうなずいた。


「ああ。暗殺に成功したはずの相手が、ひょっこり翌日職場に出てきたときには、俺もさすがに腰を抜かしたよ」

「ふんふん。それで?」

「そこから先は、知っての通りだ。リカバリしようと躍起になって、でも無理で、追い詰められて、最後は味方に粛清された――それがこの俺。谷津田久則という奴の人生だったわけだ」


 最後の数日は、もうどうしようもなかった。

 情報によれば、高杉綾子が蘇ったのは、あの志津にすら未知の現象が発生したためだという。そんな奇跡が起こってしまったのでは、俺の手には負えない。その時点でゲームオーバーだ。


「なるほど。だいたいわかった。で、結論としては?」

「――……そうだな」


 俺はこれまでの人生を振り返り終えて、ふう、とため息をついた。


「生きるための人生だった」


 総括としては、そういうことになる。

 少年兵として戦ったのは、生きるため。逃げ出したのも、生きるため。裏社会を渡ったのも、生きるため。暗殺者として『新生の道』の暗部に加わったのも、生きるため。

 最後の、高杉綾子の暗殺失敗のリカバリを必死でやってたのも、全部生きるためだ。そうしないと死んでしまうから、必死で生きようとあがいたのが、谷津田久則という男の人生だった。


「だが、なぜだろうな。思い出せないんだ」

「なにが?」

「なんで生きようとしてたのか。その理由が」


 俺は言った。


「必死で、生きて、生きて、生き延びるために、戦って、逃げて、殺してきたわけだが。

 なあ、俺はなんで、そんなに生きたかったんだ? それだけが、まったく思い出せないんだ」

「……いまは、生きたくないのか?」

「…………」


 言われ、俺は胸の内を探ってみる。


「どうだろうな。わからん」

「だが、死にたくもないんだろう?」

「当たり前だ」

「それを当たり前だと言えるなら、『生きたい』という願いも当たり前じゃないのかね?」


 椎堂は肩をすくめた。


「この世にはいろいろ楽しいことがある。まあ、苦しいことだってあるがね。たとえば単純に、まだ今日はおいしい夕食を食ってないから、というだけでも、生きる理由になるだろう?」

「夕食を食ったら、今度は朝食か?」

「そうだよ。ああ、それにほら、音楽とかな。あのバンドの新曲が聴きたいとか。あの小説の続刊が読みたいとか。横浜には映画館もまだあるし、新刊の漫画は少なくなったが、昔のおもしろい漫画なら図書館や市井に山ほどある。どれもこれも――ささやかであっても、生きる理由たり得るものだ」

「そうだな」

「なんだよ。簡単にうなずくじゃないか。だったら、なにが疑問なんだ?」

「うん、まあ、つまりな」


 俺はうなずいて、言った。


俺は殺し屋なんだよ(・・・・・・・・・)。その快楽を他人から奪う側だ。だったらせめて、他人より強い生きたい理由がないと、つじつまが合わない。そうじゃないか?」



--------------------



 知るか、自分で考えろというもっともな言葉を残して椎堂が出て行った後、俺はなんとなく散歩したくなって、外に出た。

 俺に与えられたこの部屋は、志津の研究所の隣にある、かつては店だった場所を改造して作られたとおぼしき居室である。

 二階より上もあるようだが、俺が住んでいるのは一階。希望すれば上の部屋も空けてもらえるかもしれないが、そんな気も起こらなかった。

 元より、俺はそのへんに淡泊なのだ。


(……淡泊すぎて、だから生きる理由なんてのに惑う)


 はあ、とため息をついて、俺は歩き出そうとして。


「――……」


 高杉綾子がいた。

 すぐそこの路地でなにか話しているようだったが、聞き取れない。俺はなんとなく、俺の身体が彼女の位置から見えないように、建物の影に隠れた。


(なにをやっているんだろうな、俺は)


 べつに、俺が中華街にいることを、高杉に隠しているわけではない。

 それ以上に、高杉にとって俺は、もはや敵ではない。俺にとっても、高杉と敵対する理由などない。

 だというのに、なんとなく嫌だった(・・・・・・・・・)。だから隠れた。

 どうやら高杉は、風見とかいう傭兵と話しているようだったが、すぐに会話は終わったらしい。挨拶をして、去って行く足音が聞こえた。

 俺は軽く息をついて、


「なにをしている?」

「!?」


 振り返ると、目の前に一人の、いかつい男がいた。

 大柄で筋肉質だが、不思議と痩身に見える体躯。ただ立っているだけで抜き身の刀を思わせる、不気味で恐ろしい男。


(この男が、風見――『暴風の暴君タイラント・オブ・テンペスト』風見大助)


 名前は聞いたことがあった。

 裏稼業にいると、川崎の傭兵の話は頻繁に聞こえてくる。『死なない殺し合い』を見せる異界興行施設、『アリーナ』。その花形競技である一対一の決闘競技の話となると、放っておいても情報は集まるものだ。

 その競技における絶対王者は、『全撃必殺』の異名を持つ。放つ攻撃がすべて不条理にも必殺の威力を持つため、そんな異名がついたのだとか。

 その『全撃必殺』に唯一食らいつき、長い間名勝負を繰り広げてきた不動のライバル。それこそが、『暴風の暴君タイラント・オブ・テンペスト』。


「おい。どうした? 呆けるようなことか、俺が聞いたことは」

「……いや。なんでもない」


 俺は否定した。

 どのみち、こいつと俺に接点などない。会話をするだけの理由もないだろう。


「ふむ。たしか、谷津田とか言うのだったな」


 だというのに。こいつは会話を続けてきた。

 俺は若干うっとうしく思いつつ、


「なんで知っているんだ?」

「椎堂とかいう女から聞いた。どうも、情報の受け渡し役を気取っているようだな、あの女は」

「……迷惑な。俺とおまえらには、なんの関係もないだろう」

「そうだな」


 風見はうなずいたが、


「が、雇い主の潜在的なリスクを評価するのも俺の仕事だ」


 と、俺を見ながら、言った。

 殺気やら敵意やらが籠もった目ではない。

 なのに。



 なんだか、イライラする。



「リスク、ね。……で、俺はどんな評価だ?」

「そうだな」


 風見は静かにうなずいて、


「ここで殺しておいた方が無難だと、俺の直感は言っている」


 と、言った。

【はしがき】

 というわけで、谷津田くんによる前回の解説でした。

 一般論を言うと、第二世代(セカンド)が最もやっかいな点は、「対策しないと勝てない」点に尽きます。決して無敵ではないのですが、戦い方を工夫しないと絶対に勝てないのが第二世代(セカンド)です。

 ところが、高杉さんレベルになるとそのへんの第二世代(セカンド)なんて蹴散らす対象でしかないわけで、立場が逆転するわけです。そして、『セカンド・パーティ』は高杉さんの情報を持っておらず、対策すらしてこなかった……となれば、負けるはずがないのです。これが、高杉さんが圧倒できた理由でした。

 じゃあなぜ、支部長は高杉さんの情報をちゃんと渡さなかったのか? これは次回以降の本編で解説します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ