17.海辺の戦闘-seaside battle-(前)
(ついてきてる、かな?)
夕刻。
スタジアムの東側の道路をゆっくりと横切りながら、わたしは心の中で思った。
無理して尾行を確認するような愚は犯さない。もちろん、街路にミラーなどがあればのぞき込むが、そんなのでわかるような簡単な追跡をしてくる奴はいなかった。
わたしは昨日の夕方、風見と会ったときに出会った相手のことを思い返す。
わたしと理堂播人、そして天際波白。この『三人』しか使えないはずの必殺術式――竜牙烈掌を、いとも簡単に発動させた第二世代。
当然ながら、わたしはそれについて、志津に尋ねていた。そんなことが可能なのか、それを尋ねるために。
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「――魔術使用時に『エグゼ』と言った?」
「ええ」
志津の言葉に、わたしはうなずいた。
「付加詠唱で術を強化するとしても、そんな文句は聞いたことがない。それにその後、『皆川式の魔術』が云々と言っていたので……わたしの知らない魔術形式かなって」
「ああ。それはexecuteという英単語の省略形だ。意味は『実行する』。
それを合図に魔術を発動させるとなると、私が知る魔術様式ではひとつしかないな。神崎式だ」
志津はさらりと、相手の正体を看破してみせた。
「どんな特徴があるの? 普通の魔術との違いは?」
「神崎式は、基本的にひとつの魔術を常に維持することから始める」
志津は淡々と、解説を始めた。
「我々が魔術を使うとき、自己領域内でまず起動するわけだが。神崎式の術者は、自己領域内に秘術流と呼ばれる、「魔術を実行するための補助演算機構」を常備している」
「魔術を使う魔術ってこと? でも……」
わたしが言うと、志津はうなずいた。
「普通、非効率だ。そんなことをして消費も、詠唱効率も、減るはずがない」
「じゃあ……?」
「だが異端の天才、神崎はそこでへこたれなかった。多段式魔術という発想を使えるものにするために彼が着目したのは、皆川式魔術の三段階目のステップ、つまりは投射だ」
「投射……準備した魔術を発動させるだけの手順よね?」
わたしが言うと、志津はうなずいた。
「そうだな」
「そんな無害な手順が、どういう理屈でジョーカーに化けたわけ?」
「その前に質問しておこう。東京圏の魔術系でも、身体強化魔術は特に簡単に使えると言われている。それはなぜだね?」
「それは……」
わたしは言葉に詰まった。
たしかにそう。それは魔術師の常識と言える。だが、なぜ?
「答えは簡単。自己領域だ。魔術師にとっていわば『自分の城』とでも言うべきこの領域の内部では、普通よりもはるかに簡単に魔術を使うことができる。身体強化は自己領域で覆われた部分だけを相手にすればいいから、容易に魔術を発動できるわけだ」
「じゃあ、それ以外は……」
「そう。大幅に効果が減衰する。実のところ投射という手順は、自己領域の中で好き放題作った魔術と、現実の折り合いをつける作業だ。この過程を経て、魔術のほとんどは、当初思ったほどには効果が出ないものに置き換わって、現実世界において発動する。
神崎が目を付けたのはここだ。自己領域の中だけで発動する魔術は、他の魔術よりはるかに効率がいい。だから、二段式に意味が出る」
「そうか。魔術を使う魔術は、自己領域の中でしか動かさなくていい。だったら効率は他と比較にならない!」
わたしは言い、志津はうなずいた。
「そういうことだ」
「具体的には、どういう手順で魔術を発動させるわけ?」
「そうだな。まず最初に秘術流を、使う魔術に合わせて調整する。これは拡張と呼ばれる。次に使いたい魔術の仕様を定め、それを秘術流に入力する。このステップを逆演算と言う。そして魔術の出力が返ってきたら、それを現実に投射しやすいように調整する。この手順は励起と言う」
「けっこうややこしいわね」
「その代わり、詠唱と投射は簡潔だ。なにしろどんな魔術でも、実行と叫ぶだけで発動する。投射による減算も極めて少ない。皆川式と違って簡易詠唱だの詠唱加速だのという、詠唱手順を簡略化するための煩雑な手続きはすべて無用だ」
「結局、効率的にはどうなの?」
「おおざっぱな傾向だけ言うなら、難しい魔術は簡単になり、逆に簡単な魔術は難しくなる」
志津は言った。
「だから留意するといい。普通の魔術師にとって神崎式魔術を使うメリットはさほど大きくない。難しすぎる魔術はそもそもどちらの方式かを問わず、魔力不足で発動できないからな。だが第二世代が使うならば、少しばかりやっかいになるかもしれん」
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「……とはいえ、具体的にどのくらいやっかいになるかは、教えてもらえてないのよね」
わたしはため息をついた。
仕方のないことではある。志津は魔法使いを自称しているが、その本質は応用者ではなく研究者だ。戦技魔術師、つまり『魔術を使って戦うこと』を専門とするわたしたちとは、魔術の見方が根本から違う。
そういう意味では、もうひとつの方……最後に介入してきた、あの爆発する陣地の魔術使いの方が、評価は容易だった。なにしろ、心強い情報提供者がいたのである。
わたしはそれを思い返す。
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「あの魔術か? あれは陣地作成というタイプの魔術だ。アリーナのチーム戦ではときどき見かける術だな」
言ったのは、なんと風見だった。
志津には心当たりがないということで、ダメ元で聞いてみたのだが……この男、傭兵だけあって、傭兵の手口にはそれなりに知見があるようだ。
「どんな魔術なの?」
「そうさな。本来の効果は装備術に似た、補助術だったと記憶している。つまり、指定した地点に『陣地』という付与効果を与える魔術だ。自分だけではなく他人にも効果があるが、その分派手な効果は出ない。まあ、地味な魔術だ」
「その地味な魔術が、なんであんなのになったの? ていうかなんで爆発したの?」
「まあ聞け。つまり最初は、『陣地作成』というのは味方を強化する魔術だったんだ。しかしそれは微調整が効かないし、無理して派手なことをしようとすればかえって弱体化させかねない。その上、場所を動かせないともなれば使い道はさらに限られる。
ところがあるとき、誰かが気づいたのさ。ならむしろ弱体化させる魔術として使えばいいじゃないか、とな」
「…………」
あ。なるほど。
「つまり、あの陣地構築という魔術のいまの使い方は」
「呪いやら弱体効果をまき散らす、対人地雷だ。あの爆発する陣はその中でも一番簡単なものだな。単に物理衝撃で吹っ飛ばすだけの、簡素な陣だ」
「もし複雑な陣が組まれていたら……」
「不意打ちでやられていたら、危なかったかもしれんな。
だが相手にも仕掛ける時間が足りなかったのだろう。陣と呼ぶからには、まず事前に仕掛けておかなければ発動できない。おそらくあのときは、我々が公園に集まるのが早すぎて、相手に満足な準備時間がなかったのだ」
「そう」
それは重要な示唆を与える内容だった。
「確認が二つあるわ。第一に、仕掛けた陣はどのくらい保つの?」
「俺も詳細は知らん。だがおそらくは、さほど長くは保たんだろうよ。もし保つならば、俺があの公園に誘導したチームなら、一日前から陣の準備をしておく」
「そうね。次に、仕掛けた陣が作動する条件は?」
「それも推測だが、おそらくは術者が合図した瞬間だろう。でないと無差別な相手に発動してしまう。先の相手は展開という語句を使っていたな? それが合図だ」
「なるほど……なるほどなるほど」
わたしはうなずいた。
「つまり、わたしが戦うべき場所は」
「そうだ」
風見もうなずいた。
「相手が予想できない場所。それが最良の条件だ。それ以外の立地は危険だ――なにが仕掛けられているか、わかったものではないからな」
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という、そんな話だった。
やはり風見はわかりやすい。わたしと同じ世界の住人だ。わたしと同じ戦術思考をして、必要な情報を整理して渡してくれる。
と、そろそろ見えてきた。
複雑な路地を曲がりくねりながら、わたしは確実に、その場に近づいていた。
――『新生の道』横浜支部。その建物に。
大使館的なポジションの建物、とかつて形容したが、もちろん大使館そのものではない。とはいえ、業務時間は厳密に定められており、その間、職員はいなければならない。
当該勢力の人間が助けを求めてきたら、応えなければいけないからだ。だから支部長は、少なくとも名目的には、必ずここにいる。
そう。だからこそ敵は、わたしを無視できない。
ここに近づいてきた、もしかすると害意を持って近づいてきたかもしれないわたしを、絶対に無視できない。
だから。
「よう。待っていたぞ、えーと……高杉綾子、でいいんだっけか?」
と、気安く声をかけてきた目の前の少年に、わたしは首をかしげた。
「ん? 誰?」
「おいおい、つれないなあ。もう顔合わせは済ませただろ? あ、でも俺、最後に陣を発動させただけだから見てないか?」
へらへら笑いながら言う少年。
……ふうん。そう来るか。
「で、結局誰なのよ」
「俺は大東涼真。しがない川崎の傭兵だよ」
「その川崎の傭兵さんが、わたしになにか用なの?」
「ああ。殺してこいって言われててな」
「誰に?」
「雇い主にさ」
まだへらへら笑いながら、男……大東は言った。
チャラい。見た目がちびっこいからというのもあるかもしれないが、とにかくチャラい雰囲気の奴だった。
耳にピアスとかつけてるし。今どきそれやる? とか思ったが、わたしはそちらには特に口を出さないことにした。
代わりに、
「雇い主ねえ。川崎の傭兵って、ギルドとかいうのを介して依頼を受けるって聞いたけど。依頼主がはっきりわからなくて、怖くないの?」
「おいおい。聞きかじりはやめとけよ。俺たちはギルドからの仲介で、依頼主とちゃんと会ってる。でないと怖くて受けられないだろ?」
「へー。ちゃんと支部長室で会ったの?」
わたしが言うと、彼は首をかしげた。
「支部長室であることが、そんなに重要なのか?」
「そりゃそうでしょ。他のところで会うなら、替え玉の可能性があるじゃない」
「あー。まあね。
だがご心配なく。ちゃあんと支部長室で、面通しして依頼を受けたぜ。相手は『新生の道』横浜支部の支部長様。支払いもいい上客だ。
あんたがなにをやったのか知らんが、権力者を敵に回すとはついてないねえ。支部長様は、なにがなんでもあんたが死なないと安心できないんだとよ。なにしろ、ほれ。第二世代の馬鹿力で建物ごと吹っ飛ばされたりしたら、さすがに身を守るのも難しいだろ?」
「うん。まあ、だからあんたが守りに出てきたってのは予想していたし、わかっていたけど」
「守り? 馬鹿言うなよ。俺はさ――」
「ところでさ」
わたしは相手の言うことを無視して、話題を変えた。
いや、もうぶっちゃけ、この相手のことはどうでもよかったのだが。ここまで話し込んで無視して帰るのもちょっと、気が引けたのだ。
「あんた、スマホって知ってる?」
「すまほ? 聞いたことねえな」
「『崩壊』前にあった通信端末なんだけどね。この前、録音機能がついてるって話を聞いてさー。それで試しに中華街仕切ってる研究者に掛け合ってみたらひとつ貸してもらえたのよね」
「はあ、だから?」
「だからあ」
わたしはけらけら笑って、言った。
「たぶん時間稼ぎのつもりで話してたんだろうけど、わたし、もう必要な音声データは手に入れたから。これ以上付き合う意味もないんだけど……まだそっちの準備、終わらないの?」
「……! 桂木!」
「対象術式の逆算開始! 竜牙烈掌、励起完了! 食らいやがれ――実行!」
「大盾!」
がぎゃあっ! という音とともに衝撃が爆ぜ、わたしの防御壁がひび割れて、貫通した衝撃でわたしは少しよろめいた。
……うわあ。これマジもんの完全詠唱の竜牙烈掌じゃん。
左手から突進してぶちかましてくれたこのちんちくりんな少女は、わたしの見込みだとMG水準比が600くらい。決して弱い第二世代ではないが……それでも、それがこの程度の手間でこんなものを撃てるとなれば、神崎式魔術とやらも馬鹿にできない。
とはいえ。
「へっ、やっぱりか! 涼真、あのときこいつが竜牙烈掌撃ったの、護符使ったはったりだ! 今回は使わなかったし!」
「はったりねえ……あんたたち、少しは世間を知った方がいいんじゃない? 見た目子供たちだからしょうがないとしても、知らないことが多すぎ」
「黙れやコラ! あたし達『セカンド・パーティ』は最強だ! その証拠をいまから――」
「あ、ごめん。迎えが来たわ」
「え? ――ぶべっ!?」
突如として、その少女が横になぎ払われ、地面をノーバウンドで5メートルくらい吹っ飛ばされて転がった。
すぐ起き上がって、
「テメエ! なにしやが……犬!?」
「桂木、陣だ! すぐ起動しろ!」
「そ、そんなん言われても――」
「うん。遅いよ?」
わたしはその犬……もとい。超巨大な白い狼に変身した小辻くんの上に乗って、悠然と言った。
「言ったでしょ。こっちは目的を果たしたって。
じゃあね、ちびっこたち。一応忠告しとくけど……ここで尻尾巻いて消えたほうが無難よ?」
「待て、逃げんのかコラ!」
「小辻くん、行くわよ!」
わたしの言葉に、小辻くんはおん、と小さく吠えて。
そして、全力疾走を開始。
(さあ、ついてくるかな。うまくついてきてくれたら……今晩で、カタがつくんだけどな)
わたしは後ろから浴びせられる罵声を聞きながら、小さくほほえんだ。
【補足】
ちびっこ達の戦術を解説すると、つまり一人が会話で囮になっているうちにもう片方が陣地を設置しまくり、頃合いを見て陣を一斉発動させて総攻撃という予定だったのです。
高杉が支部を訪れるタイミングが読めなかったので、そういう戦法に出ざるを得なかったのですが……完全に読まれていたので、高杉にとってはいいカモでしかありませんでした。




