16.予兆-sign-(前)
さて、状況を整理してみよう。
わたしたち、正確に言えばわたしと小辻くん、チカ、及び椎堂恵瑠の四名は、支部長の陰謀によって『新生の道』横浜支部への爆弾テロに巻き込まれ、挙げ句その濡れ衣を着せられそうになって中華街に退避。
対抗するために各所と交渉した結果、横浜市と『再生機構』からの協力を得ることに成功。しかしそこで田中大五郎――三浦の落胤、『暴風の暴君』の二つ名を名乗る少年がしゃしゃり出てきて、なんか横浜の支援を仕切るとか言い出した。
まあ、その問題はいったん棚上げ。その後、外のホテルに泊まるためにわたしと小辻くんが元町へ繰り出したところ、敵とおぼしき連中に遭遇。途中、小辻くんの支援に雇われたという傭兵、またも『暴風の暴君』と名乗る風見大助という男を味方につけたわたしたちだったが、敵の魔術攻撃によってチカが中華街から誘い出されそうになり、そこを襲撃してきた敵に、なんとあろうことか死んだはずの谷津田くんが助けに入って事なきを得た。以上が昨日のあらすじである。
……まとめてみても、なんともまとまりがないのだが、仕方がない。これだけのごっちゃごちゃなことが、たった一日で起こったのである。たぶん、わたしが生まれてからいままでで最も忙しい日だったのではなかろうか。
ともあれ、敵の攻撃があったことは確かだし、味方もくせ者揃いだ。だからこそ、整理して対策を練る必要があるだろう。そして、抜本的に状況を改善するための妙案が、浮かんでくればいいのだが……
いまは。それどころでは、なかった。
「た、高杉さん、もう……それ以上は……!」
「はあ、はあっ……小辻くん……合図を」
「でも!」
「いいから!」
わたしは言って、目の前の相手をにらんだ。
その名は暴風の暴君。その武器は鎌。その体躯には無駄がなく、そしてその戦闘論理は機械にも似て、一切の隙がない。
雑に使えば加速すら隙になる――それほどの相手。こいつ相手に「無駄な一手」は、即、死につながる。
風見大助。川崎の傭兵。
わたしは、この男を……倒さなければならない!
「始め!」
「韋駄天!」
小辻くんの言葉と同時に、わたしは前方に向けて倒れ込むスレスレの低さで突進した。
相手は、構えた鎌を踊るように振るって、
「死の舞踏、陽」
「小盾!」
がぁん、という、金属と金属が激しく衝突するような音がして、ふたりともたたらを踏んだ――が、韋駄天の効果が残るわたしの方が、前に進むには速い!
「――む」
「剛打撃!」
ががぁん、と、また非生物的な音とともに、わたしの拳が鎌の表層に炸裂。ふたたび態勢が崩れる二人だったが、今度もわたしの方が立ち直りが速い。加えて、
(崩れすぎてる。これなら飛び込める!)
「てりゃあ!」
踏み込む。狙うは最も当てやすい位置である、体幹中央部、つまりはみぞおち付近。当ててしまえばどうとでもなる――なのに。
「……――」
その手が空を切った。刹那、わたしは覚悟を決めた。
「竜牙烈掌!」
「死の舞踏、陰」
わたしの掌底が今度こそ相手の胸板に炸裂するとほぼ同時に、鎌の内側がわたしの身体に引っかかって――
……という寸前で、ふたりともぴたりと動きを止めた。
「…………」
「…………」
「どう見る?」
「難しい判断だな。……そちらは?」
「これ、両方とも死んでた可能性が一番高いわよね」
「そうだな」
「引き分け?」
「そうしよう」
言われて、わたしはぺたん、とその場にへたり込んだ。
「くっそー! 今度は勝てると思ったのにー!」
「これで二十一戦十四勝六敗一分だ。分けを無視すれば、かろうじて勝率七割をキープできた、といったところかな」
すました顔で、風見は言った。
……いや本当に、この男、冗談じゃないほど強い。
この先、荒事もあるだろうし軽く模擬戦でも、と持ちかけたのだが、相手から提示された二十一戦で勝てたのはたったの六戦。
こっちだって、元『新生の道』のエースだってのに。強さがデタラメすぎる。
「いやいや、十分すごいって」
声が聞こえて、振り向いてみると、そこに田中がいた。
「なに、あんた見てたの?」
「途中からね。……いやあ、驚いたよ。いくら第二世代、いくら例の三強の一角とはいえ、対策もなしにアリーナ一対一の第二位を相手するなんて。正直、一勝すらできないと思っていたよ?」
「あらそう。喧嘩売ってるの?」
わたしがすごむと、田中はぺろりと舌を出して小辻くん(開始の合図役)の後ろに隠れてしまった。
さておき、田中の言うこともわからないでもない。
風見の強さとして、あの馬鹿でかい鎌……精霊刀亜種を自在に使いこなすところは派手だが、本質はそれではない。
そもそも、あの鎌を使おうが使うまいが、この男は異常に隙がなく、そして異常に隙に敏感なのだ。
死線が見えているとでも形容したらいいのだろうか。密着に近い位置から拳をたたき込んですらかわされた、というのは、一例に過ぎない。遠くから圧倒しようとしてもあっという間に近接され、そして近接されてしまえば、不可思議なほどに避けにくい軌道であの鎌が振るわれる。
鎌の能力は、二つに分けられる。ひとつ目、精霊刀としての力だが、こちらは『鎌』だけに、内側にしか作用しないらしい。つまり、よほど近づかなければ危なくはない。
問題はもうひとつ。鎌の外側、つまりは刃がついていない方だが、こちらをこの男は打撃武器として使用している。
精霊刀の切れ味をそのまま打撃に転化しているというその攻撃力は、無詠唱で食らっても対策していないとわたしが吹っ飛ばされるほどで、『死の舞踏』とかいう名の詠唱強化と共に振るわれたら深刻にすごく痛い。
いや、すごく痛いというのは、わたしだからそれで済むのであって、普通の魔術師が食らったらたぶん無詠唱でも内臓が複数破裂、詠唱ありなら打撃だけで身体がちぎれ飛んで死ぬだろう。その威力があるせいで、近づかれたら対策しなければならない。
そしてその対策にわたわたしているうちに、気がついたら内側の刃が届く致命的な距離まで近寄られてる――というのが、典型的な負けパターンだ。
まさに怪物。と思ったのだが。
「二つ、訂正がある」
と、冷静に風見は言った。
「ひとつ目に、そもそも今回の模擬戦のルールは俺にとって有利だった。この条件で六回も負けたことに、俺は驚いている」
「ルール? そうなの?」
田中はわたしに聞いてきたが、わたしは首をかしげた。
「ルール、そんなにそちらに有利だっけ?」
「そのはずだが」
「この模擬戦のルールって、『装備術なし。攻撃は寸止めで、有効打と双方が判定したら勝負あり』ってだけだったわよね。それがなにか?」
「実を言うとな、ルールによっておまえの性格を判定する心づもりだったんだ。高杉綾子」
「え?」
性格?
「このルール、一見すれば客観的に見えるが、実は交渉の側面が強いだろう。負けていてもゴネれば引き分け、あるいは勝ちにすらできる可能性があるルールだ」
「うん。そうかもね」
「俺はそれで最初の数戦、意図的に勝敗判定を厳しめに設定した。どのくらいゴネてくるかを見るつもりだったのだが……おまえは、一切否定しなかったな」
「え、まあ。うん。そうかな」
そういえば微妙だと思ったこともあった、気がする。
「でも模擬戦って鍛錬でしょ? 鍛錬で言い訳しても仕方ないと思って。確実に勝ったと思えたタイミングではちゃんと勝利したと認めてもらえたから、そのラインでいいかなって」
「……ということだ、田中。こういう相手だったからこそ七割で済んだ。実際の俺の体感は、五分よりはかろうじてマシ、だったよ」
「ふうん、そんなものかー」
田中は気の抜けたような声を上げて、それからにやりと笑った。
「じゃあアレと比べたらどうなんだい? あの『全撃必殺』となら?」
「タイプが違いすぎて比べられんよ。まあ……遭遇戦だったら、奴でも危ないのではないか?」
「へえー、そりゃすごい! 大絶賛じゃないか!」
「? あれ、全撃必殺って、塩崎さんですよね? 風見さんって知り合いだったんですか?」
と、これを言ったのは小辻くんである。
風見は首をかしげて、
「むしろ、そちらは知っていたのか?」
「あ、はい。だって塩崎さん、いま第七軍に所属してますし……」
「ええー!? あのチャンプ、第七軍にスカウトされたの!? マジで!?」
「……おまえがそこで驚くのは珍しいな。川崎では大騒ぎだったぞ?」
驚く田中に風見はそう言って、
「そしてそこが二番目の訂正箇所だ。塩崎は川崎の傭兵をやめた。そして俺も、それでやる気をなくして一対一競技からは離れてな。いまはランク外だ」
「わんおんわん……って、アリーナの話?」
「そうだ」
わたしの言葉に、風見はうなずいた。
川崎は荒れ地の中のオアシスみたいな大都市で、観光名所もいろいろあるが、その中でも飛び抜けて有名なのが『アリーナ』と呼ばれる異界である。
その中ではあらゆることが虚構になる。そんな性質を持った異界に手を加え、『中で死んでも生き返れる』ようにして、平和裡に殺し合いを見世物にしているのが、『アリーナ』。傭兵達にとっては、腕を見せつけて名を上げる絶好のチャンスであり、人々にとってもまたとない娯楽なのだとか。
そのアリーナ、ワンオンワンという名前からすると一対一の決闘競技なのだろう。そこで第二位ということは、風見はやはりそうとうな強者なのだ。そして、塩崎というのはさらに強いらしい。
「どのくらい強いのかしら、その塩崎って。ちょっと興味あるわ」
「それこそ、そこの小辻に聞けばいい。話の文脈からすると、おまえも第七軍所属なのだろう?」
「え……そうは言っても、僕は百鬼夜行だから彼とは所属違いで、あんまり話したこともないですよ。もちろん戦ったこともないですし……早見さんとはときどき喧嘩してますけど」
「あー、あんたたちの隊長よね、早見って。強いの?」
「強いですけど、さすがに塩崎さんは腕っ節で入ってきただけあって、喧嘩だと普通に彼の方が強いですねー」
小辻の言葉に風見はうなずいて、
「まあ、あいつはおおざっぱなようでいて対策を怠らないタイプだからな。それこそ第七軍に入ったきっかけ、天際波白に挑んだ試合でも、なかなかしぶとく善戦していたしな」
「えっとちょっと待って。いま脳が理解を拒むような発言を聞いたんだけど」
「天際波白への挑戦か? 俺も無茶だとは思ったが」
「……アリーナでやったの?」
「まさか。川崎を訪れた彼女の車を襲撃して、タイマン辻試合だったよ。
俺もさすがにあきれたが、そこは塩崎だ。周到に用意した戦術で大いに天際波白を苦しめていたな。まあ最後にはさすがにタネが尽きて敗北したが……どうした?」
「信じられない……なんでその人、それでまだ生きてるの……?」
わたしは頭を抱えた。
天際さんと辻試合とか、聞いただけで血の気が引く行為である。そんな残虐ショー、参加はおろか見たいとも思わない。
一方で田中は、わたしと逆の意見を吐いた。
「くぅー、見たかったなあ! 天下無双の『全撃必殺』と、伝説の『漆黒の魔獣』の辻試合! くやしい!」
「俺は逆に、田中が見ていなかったのが意外だったがな。テレビカメラも回っていたから、あのとき川崎にいた人間の大部分は見たことがあるはずだぞ?」
「川崎にはここんところ行ってないんだよー。横浜でいろいろ忙しくてね。それに誰かさんと二つ名が被っちゃったせいで、やりにくいったらありゃしないしさ」
「それはこちらの台詞だ」
風見と田中のやりとりを聞いて、わたしは首をかしげた。
「そういえば二人とも『暴風の暴君』って名乗ってるのよね。付き合ってるの?」
「気色悪いからやめて!」「おい、言っていいことと悪いことがあるぞ」
二人から異口同音に抗議され、わたしはあははと笑った。
「ごめんごめん。でもなんで? 二つ名屋とかいう話を、前にちょっとだけ聞いたけど」
「ああ。川崎には『二つ名屋』を名乗る盲目の女性がいてな。魂の本質を見抜き、運気が向上するぴったりの名前をつけるという触れ込みなのだが」
「僕が行ったら、『え、昨日も来ましたよね。またですか?』っていきなり言われたんだよね」
田中はそう言って、肩をすくめた。
「ひどいと思わない? 魂が他人とは思えないレベルで似てるって言うんだ、その女。そしてあろうことか、『じゃあ同じ名前でいいですね。そうしましょう』って! ひどいと思わない!?」
「へえ……魂が似てるのね、あんたたち。前世の恋人とか?」
「そんなわけあるか!」「おい、侮辱はやめろ」
またも二人同時。かえって仲よく見える。
「あはは。まあいいわ。……それで、そういえば田中はなんでここに? 用もないのに中華街に遊びに来るほど、暇でもなければ思慮が浅くもないでしょう?」
「ああ。もちろん。
志津さんの使いっ走りだ。対策会議をするから来いってさ、高杉さん」
「わたしだけ?」
「さあ? 僕が呼んでこいって言われたのは君だけだよ。
どうしてもその二人を連れていきたいって言うなら止めないけど、志津さんは嫌がるんじゃないかな。椎堂恵瑠さん、だっけ? あのひと、こっそり参加しようとして断られてたし」
「あー……まあ、それはしょうがないわね」
というか、エルを追い出すのは当たり前だろう。未だにわたしも、あいつを純粋に仲間だとは信じていないし。
「おーけー。じゃあ小辻くんと風見は自由時間ってことで。昼にまた会いましょ。
あと風見。例の件はよろしくね」
「承知した」
風見がうなずいたのを見て、わたしは歩き出した。
田中はその後をひょこひょことついてきながら、
「例の件って?」
「野暮用よ。
しかし風見って変わってるわね。川崎の傭兵ってみんなああなの?」
「いや、さすがにアリーナ最上位層をサンプルにするのはどうかな……僕の認識では、川崎の傭兵っていうのは、昔の創作に出てきた『冒険者』が一番近い印象だよ?」
「冒険者? なにそれ?」
「『崩壊』前のファンタジー系創作に出てきた概念さ。ギルドから依頼を受けて、魔物退治したり、事件を解決する何でも屋みたいなひとたち。川崎の傭兵もそんな感じだ」
「ふうん……」
わたしにはあまり、想像できない世界だった。
ただ、いまの田中の言葉に、重要な情報が含まれていたことだけは認識しておく。
(ギルド、ね)
つまり、川崎の傭兵が受ける依頼には、『ギルド』とかいう仲介業者がいるのが普通、ということだ。
風見が、依頼主を知らないと言っていたのは、そういう意味では普通。
昨日警察に捕まった、エルを追っていた傭兵連中も、『ギルド』を介して依頼を受けただけで、依頼主のことは知らない可能性が高い。
谷津田くんで失敗した『襲ってきた奴を尋問して解決』という策は、今回も機能しそうになかった。
「ていうか、さ」
にしし、と田中は笑った。
「なによ?」
「ずいぶんと風見のことを疑ってるようじゃないか。模擬戦なんて口実で戦力をさらけださせるとは、君もなかなかずる賢いね?」
「…………」
わたしは立ち止まった。
「ん? なに?」
「あ、いや。ごめんごめん。続けて」
「……もしかして、完全に見当違いだった?」
「んー、そうね。採点するなら10点くらい? 100点満点で」
「え、マジ? ていうか、もしかして君、マジのマジで『純粋に戦ってみたかった』とかいう、風見みたいなこと言うの?」
「いや、そこまでではないけど……ただ、さ」
わたしは肩をすくめた。
「引退したつもりの『戦闘の専門家』、再開しないわけにはいかなさそうだから。だったら、肩慣らしくらいはしとかないと、って思ってね?」
【追記】
話の中に出てきた『全撃必殺』塩崎誠一については、【銀砂の港の策士たち】をご覧ください。ほぼ時系列的には同時期の話です。
田中の予測に対して高杉が「10点」と採点している件については「一応自己紹介を兼ねて」技を見せるという側面があったからです。ただし、戦闘について素人の田中はわからなかったと思いますが、高杉も風見もぜんぜん本気を出してはいませんし、奥の手は温存していますし、そのことを互いに正確に認識しています。その意味で、「20点もあげられないな」というのが高杉の言い分です。
【魔術紹介】
1)『韋駄天』
難易度:E 詠唱:簡易詠唱 種別:身体強化
名前の通り、前へ進む速度を上げる魔術。
速度が上がる、ということは、体当たりの威力も上がる、ということで、極めて単純ながら攻撃魔術の側面も持つ。が、その使い方をする人間はほとんどいない。もっと言うと、より汎用的な加速の方が圧倒的に強いので、使い手自体があまり多くない。
が、単純な瞬発力だけならばこの魔術の方が上。今回のように隙のない相手に対して「暴力的な魔術威力で相手の防御をこじ開けて突撃」という戦術を取るならば、有効な魔術と言える。




