14.もうひとりの暴君-another tyrant of tempest-(後)
「川崎の傭兵?」
わたしは不審げに聞いた。
「なんの自己紹介にもなってないわね。傭兵って、それ、つまり雇い主次第で敵にも味方にもなるって意味じゃない」
「まあ、そうだな」
風見と名乗った男は、特に感情を見せずにうなずいた。
「俺たちはそういう稼業だ。他に聞きたいことは?」
「……『暴風の暴君』っつったわね。ついさっきも違う人間にそう名乗られたんだけど、流行ってんの?」
「ほう?」
そこで初めて、風見は少しだけ愉快そうに顔を緩めた。
「では田中もいま横浜にいるのか。面白いな」
「意図的に同じ名前を名乗ってるわけ?」
「いや。俺の名字が昔のヒーローの名前と被っているらしくてな。『V3』などというあだ名を付けられてうっとうしかったので、改名のために二つ名屋というところに入ったわけだが……」
男はそこまで言って、ふう、とため息をついた。
「ともあれ、いまはそんな雑談をしている時ではないようだ」
「……そうね」
「狙われる心当たりは?」
「それなりに。あんたは?」
「それなりだ」
互いにまだ信用していないながら、薄々わたしも、そろそろこの風見という男が当面の敵ではないようだと思い始めていた。
こいつはなんというか、そういうタイプなのだ。
戦うべき時には堂々と名乗りを上げて踏み込んでくるタイプ。少なくともいま、後ろを向いた瞬間に殴りかかられる可能性は少ない。
あえてわたしの知り合いで近いタイプの人間を探すなら……天際さんが、一番近いかもしれない。
「幻術ではないよくわからない術で、迷わされたわ。あんたも?」
「ああ。迷わされた以上、意図持つ誰かが接触してくるのだろうと踏んで待っていたが、どうやらおまえたちも迷子のようだ」
「術の正体に心当たりは?」
「一度だけ、伝聞で聞いたことがある。名前は驚くべき迷路。名前通り、大異界『驚異の迷宮』の構造解析から派生した、『道に迷わせる』ことに特化した術式だとか」
「最新研究ってわけ?」
「百地当真の『パーティ』の成果だそうだ。あそこにはラグ・プリズンが参加している。装備術の開発に成功した大天才――となれば、我々の常識外のことが起こせても不思議ではあるまい」
「百地当真……また品川調査隊か」
わたしは舌打ちした。
百地当真というのがわたしの知る百地当真であれば、志津の元同僚である。第一回品川調査隊、伝説の六人のうちの一人。
そりゃあヤバいことが起こるはずだ。
「まあ、敵の手段はわかったわ。目的はなにかしら。少なくとも敵の目的はわたしたち三人ってことよね」
「さて。我々がなにかに巻き込まれたという可能性もあるのでは?」
「それはないんじゃないかな?」
「なぜそう思う?」
「この公園、デートスポットだって聞いてるわよ」
「……ああ、なるほど。いまは誰もいないな」
風見はうなずいた。同じ理解に達したのだろう。
「あの、なんでここがデートスポットだと、可能性が絞れるんです?」
と言ったのは、小辻くんである。
わたしは肩をすくめて、
「まだいまは夕方でしょ。デートスポットなら人がたくさんいていい時刻よ。なのにここにいるのは三人だけ。明らかに、選別が行われている。仕掛け人の目的はこの三人でしょ」
「おまえたちが仕掛け人でないなら、そうだな」
「あら、まだ疑ってるの?」
「いや。実を言うとその可能性はほぼないと見ている。一応念のために聞いておくが、そちらにいるのは小辻みそらで間違いないな? おまえは高杉綾子か?」
「ええ、そうよ」
わたしは言って、それから一息。
「じゃああんた、第七軍に雇われてるわけ?」
「雇い主の素性は知らん。代理人を介しているからな。だが、俺が今回請け負ったのは小辻みそらの支援だ」
「え、え? 僕の支援なんですか?」
「ああ。そして小辻みそらが高杉綾子の支援任務を受けていることも聞いている。以上が俺から開示できる情報になるが、なにか質問はあるか?」
「……ま、ゆっくりできる状況になったら、もう少し細かく聞かせてもらうわ」
わたしは言って、それからあたりを見回した。
「誰も来ないわね。罠に獲物がかかったってのに」
「あるいは、目的は我々ではないのかもしれん」
「というと?」
「時間稼ぎだ」
風見は言った。
「我々を隔離し、その間になにかことを成そうというのであれば、説明はつく。その間、我々はここで脱出できず、というわけだ」
「……だとすると、猶予はあまりないわね」
「だろうな。この規模の術を長時間維持できるとは思えん。迷わせる規模が大きすぎる」
風見の言う通り。
たとえばここをデートスポットとして目指していたカップルたちは、いまごろたどり着けずに途方に暮れているだろう。
数十分であればさほどの問題にはならないかもしれないが、夜になるまで維持したりすれば、苦情が入って警察が捜査開始、とかなりかねない。そしてたぶん相手はそれをいやがるだろう。
となると、相手の目的は最初から数十分の時間稼ぎ。
「おまえたちが隔離されている間、襲撃されたらまずい場所は?」
「中華街」
「ではそこに向かうか」
「できるの? 相手の魔術、正体すらわからないのに?」
わたしが問うと、風見は真顔で答えた。
「歩いてるから迷うのだ。ここには天井はないぞ?」
「……空でも飛ぶつもり?」
「べつに優雅なクルーズが必要なわけでもない。なんのために俺が高台に来たと思っている?」
「いや、こっちにはその発想はなかったわ。つまり加速と跳躍だけで、区画ごと離脱するってわけ?」
「問題あるか?」
「まあ、たしかにそれはいい解決策だとは思うけど……」
「高杉さん!」
小辻くんが突如上げた悲鳴に、考えるより先に身体が動いた。
「竜牙烈掌!」「竜牙烈掌、実行!」
どぎゃっ! ――と、空気が爆ぜた。
同規模の攻撃魔術が相打ちになった結果、発生した衝撃波で両者ともにたたらを踏む。
わたしの背後から、突如として駆けつけてきて殴りかかってきたそいつは、振り返りざまのわたしの攻撃と自分の攻撃を相殺され、悲鳴を上げた。
「うっそ、これ皆川式で撃てるの!? どういう規模の第二世代だよ!」
「そりゃどうも。……そちらは違う形式の魔術? わたしは詳しくないけど、幕張の関係者かなにか?」
「は!」
相手、たぶんまだ十五歳にもなっているかどうかといった外見の女の子は、わたしの言葉を鼻で笑った。
おかっぱ頭の髪の、半分から左側を黒、右側は赤く染めてるという、えらく個性的な外見である。着ているものはなんか英文入ったTシャツにホットパンツのみ。まあ間違いなく第二世代だろう。
「なんでもかんでも幕張の手柄にすんなよ! あたしは、」
「業を収奪せしむる死神の刃、出でよ」
風見が前に出た。
その手にはどす黒い、禍々しい魔力を放つ大鎌。鎌の形をしているが、あれは精霊刀の亜種だとわたしの直感が訴えている。
そしてその前に出る体制のまま、風見は不自然なまでになめらかな動きで相手の間合いに入ると、
「!? 大盾――」
「死の舞踏、陽」
「ぶべら!?」
展開した防御魔術をものともせずに、相手をぶっ飛ばした。
(……って、なにそれ!?)
火力が異常である。いくら精霊刀亜種であろうと、第二世代の使った大盾を問題にせず吹っ飛ばすというのは尋常ではない。
谷津田くんの精霊刀ですら、わたしの大盾をすぐに突破することはできなかったというのに……と、いまはそれは後!
「せいっ!」
「ふぎゃあー!? 助けて涼真!」
吹っ飛んだ相手を、小辻くんが即座に追撃。悲鳴を上げた彼女に対して、
「爆散陣、展開!」
「うわ、危なっ!?」
「小辻くん、引きなさい!」
言いながら今度はわたしが前に出て、拡大していく光る陣地に無理やり身体をたたきつけ――
大爆発が、あたりの空気を震わせた。
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「なんとか降りてこれたわねー」
わたしは気楽に、元町商店街の光景を見ながら言った。
小辻くんは、わたしと違ってちょっとだけ焦げた前髪をいじりながら、
「しかし驚きましたね。あの迷わせる魔術、切れるとあんな風になるんですね」
「誰も異常だと思っていなさそうだったな。……その認識妨害まで含めての魔術か。やっかいだな」
と、これを言ったのは風見である。
爆発によって、おそらくあたりに隠し通せる限界を超えたと悟ったのだろう。敵は速やかに撤退し、直後、カップルとか親子連れとかが大挙して公園の中に現れたのだ。
その全員が、爆発音には少し驚いていたが、自分の行動の不自然さについては特に気に留めていないようだった。風見の言う通り、そういう認識を作る魔術、だったのだろう。
となると、幻術よりは、限定的な精神操作魔術に近いものなのかもしれない。今度からは、その方向で対策を練る必要があるだろう。
さておき。
「脱出しようとしたとたんに攻撃してきたわよね。やっぱりわたしたちの足止めが目的だったのかしら」
「どちらにせよ、急いだ方がよさそうだ」
風見が、ぽつりと言った。
わたしもうなずいて、
「ええ。相手がなにを考えてるのかわからないけど……相手が予定してるよりは時間を稼げなかった可能性が高い。いまからなら止められるかも」
「僕、変身しましょうか? お二人を乗せればたぶん早いと思いますけど」
「魅力的な提案だけど、遠慮しておくわ。これ以上大騒ぎを市街地で起こすのは横浜市に嫌がられそうだし。
加速で走って行きましょう。それで間に合わなければ、どのみち間に合わないわよ」
小辻くんの言葉にわたしはそう答えて、それから少し真剣な目で、
「いま敵が中華街になにかする理由があるとすれば、たぶん目的はエルでしょうね。
横浜市と対決するリスクを高めてでも強攻するというのは予想外だったわ。終わったら、リスクの再評価をしなければならない」
「今日は本当に、盛りだくさんですね……」
「そうよね。朝は爆弾テロに巻き込まれ、昼は横浜市と『再生機構』と三者会談、夕方はこれよ。もう勘弁してほしいわ」
うんざりした口調で、わたしは言った。
が。最大の衝撃は、その後に待ち構えていたのである。
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「綾ちゃん!」
中華街、北の出入り口。
南にある元町とは反対にある箇所にいたチカは、走ってきたわたしを見つけると駆け寄ってきた。
「チカ! 大丈夫、無事だった!?」
「あたしは無事! 警官さんたちは怪我したけど、でもそれより――」
チカは言って、そちらを指さした。
門である。おそらくは志津のとっておきの防御魔術でも発動したのだろう。あたりの地面は黒く焼け焦げている。
死体の類はないが、警官の何人かが怪我をしている様子で、倒れている人を担架で運ぼうとしている最中、で、……
「え?」
わたしはまたたきした。
倒れている警官、それを助けている人々、指揮を執っているのは島田さん。
そんな光景の中に一人だけ、異物のようにこちらを見ている男がいる。
男というか……少年、と言うべきか。
かつて職場にいたときのように、隠す必要がなくなったからだろうか。彼はわたしと戦ったそのときのように、そのときのまま、険しい目をわたしに向けていた。
「谷津田くん……?」
わたしが声をかけると、彼はふいっと目を逸らし、走って路地へと向かっていった。
「その、今回の暴動、発端はあたしで。なんか精神操作? っていうのをかけられてたらしくて、中華街から誘い出されて襲われそうになったんだけど。
それを守ってくれたのが、谷津田くんで。戦っているうちに警察とかあの島田さんって助手のひとも出てきて、勝てそうにないって思った敵が逃げ出したところ、なんだけど……」
(……チカが、襲われた? なんで?)
わたしはてっきり、狙われるならあの怪しいエル――椎堂恵瑠の方だと思っていたのだが。
いや、それはもうどうでもいい。
それよりも、明らかにおかしい。
「なんで。どうして谷津田くんが、まだ生きていて、しかも中華街にいるの……?」
つぶやく言葉に、答えは返ってこなかった。
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【魔術紹介】
1)『驚くべき迷路』
難易度:SS- 詠唱:- 種別:精神操作
広域に指定された対象の精神に干渉して、「道を迷わせる」魔術。
本文中では触れていないが、藤宮千景に対して作用したのも同種の魔術である。
道を迷わせる、つまり特定の場所に誘導したり、逆に遠ざけるといったこと「しかできない」という制約はあるが、極めて広範囲に作用して発動できる特徴がある。
なお、通常の皆川式でこの魔術を発動する手順はまだ研究されていない。そのため、詠唱も知られていない。
2)『死の舞踏』
難易度:A+++++ 詠唱:完全詠唱 種別:斬撃/打圧
川崎の傭兵、『暴風の暴君』風見大助の十八番にして代名詞。
精霊刀の魔術をカスタマイズした、いわゆる「精霊刀亜種」に分類される魔術。通常は「威力を代償に使用難易度を下げる」方向にカスタマイズするのだが、風見は自身の超絶技巧を頼りに「威力を保ったまま使用のバリエーションを増やす」という極端な方向に改造している。
鎌という道具は本来武器ではなく、したがって見た目よりはるかに使いにくい。刃がついているのは内側であり、そちらで引き切るのが本来の使い方なのだが、間合いが非常に狭い。逆に外側は一見して刃に見えるが切れないため、ただの鈍器以上のものにはならない。
風見はそれを「外側を鈍器として使う『陽』」と、「内側を刃物として使う『陰』」に分けて、使い分けている。当然ながら、単純に武器として使いにくいのは相変わらずではあるが、陽の攻撃力が馬鹿にならず、警戒して固まった相手の懐に飛び込んで陰を繰り出す戦法は極めて洗練されていて、現役の川崎の傭兵でこれをいなせる者はほぼ存在しない。
3)『爆散陣』
難易度:A+ 詠唱:- 種別:陣地構築
踏み入ると爆発する陣地を構築する魔術。
この「陣地構築」というタイプの魔術自体が非常にレアなものだが、これはその中でも特にレアで、事実上「敵も味方も入らせない」ことでしか機能しない。用途としては陣地としてではなく、対人地雷として使うのが普通である。




