14.もうひとりの暴君-another tyrant of tempest-(前)
それはそれとして、わたしたちにはねぐらが必要である。
「うちの研究室には、かつて小辻氏に貸し出した部屋と、君の部屋くらいしかゲストルームがない。快適さを考えると二人が限度だ。
他の建物? そうだな。まあ、無理だ。基本的にこのへんは元・料理屋街だぞ? 厨房はあっても、寝床を探すのは一苦労だ。それに横浜の上層部は、外部関係者が中華街内部でわたしの管理下にない建物に滞在することを嫌がるだろう」
という志津の言葉から、二人、この中華街に置いて、残り二人は外でねぐらを捜すことになってしまったわけである。
もちろん外に出るのはわたしと小辻くん。チカとエルは、襲われたら自力では対処できないし。
「とはいえ、家に帰るわけにはさすがにいかないわよね……」
「なにが仕掛けられてるかわかりませんからね。爆弾とかありそうですよね」
「爆弾で済めばいいけどね……無関係な死体と、殺人の証拠がご丁寧に並べてあって、わたしの帰還と同時に警官が突入してくるとか、そういうのの方が嫌じゃない?」
まあ、そういうわけで、家に帰るのはしばらくはお預け。
「となると、ホテル暮らし。それと着替えをいくつか調達しないとね。『新生の道』の勢力圏で動くのにはリスクがあるから、そうすると元町商店街かな?」
「僕は横浜には来たばっかりで、あんまり地理は詳しくないので……お任せします」
「そうね。案内してあげる。とはいえ……その前に、やっぱ挨拶に行くべきかな?」
「? どこにですか?」
小首をかしげる小辻くんに、わたしは笑いかけた。
「仕切ってる連中の根城に、よ」
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「ていうわけで、一応挨拶に来たわ。よろしく」
「気軽に言ってくれるものだな、おい」
わたしの言葉に渋面で応えたのは、例の松山とかいう課長である。
ここは山下公園から少し陸側に行ったところにある、かつて合同庁舎があった場所に建てられた『再生機構』の横浜支部である。
正確には、『再生機構』は旧政府の後継者を自称しているので、『横浜支部』という名前は使っていないのだが。とはいえ、『横浜市庁舎』なんて名乗ったら、現在統治中の横浜市に対して角が立つ。その結果、この建物は『横浜庁』などという、いまいち立ち位置がよくわからない名前で呼ばれていた。
さておき。
「島田くんからの紹介状を持ってきたのはよかったが……下手をすると大事だったのだぞ。今回の件、まだ私は報告書すら書いていないのだ。この状況で『新生の道』の第二世代がうちに乗り込んできたなどというのは、冗談では済まされん」
「ええ。まあそう思ったから、島田さんに紹介状書いてもらって、ついでにわたしは名乗らないでおいたんだけどね。小辻くんもロビーに待たせてるし。
ていうか、ここは来客のMG値の簡易検査とかしてないのね。不用心じゃない?」
「我々『再生機構』の魔法技術は稚拙だからな。魔術の知識自体が上層部に足りていないから、リスク管理ができていないのだ」
「あー。まあね」
そう。『再生機構』の魔法技術は、だいぶ遅れている。
本来なら旧政府系、腐っても東京圏の最大勢力のはずである彼らが、我々『新生の道』に遅れをとり続けた最大の理由が、そこ。『旧来の秩序を守る』というお題目を掲げて、新しい技術である魔術を学ばなかった代償として、彼らは多くのものを失った。
そこでふと、島田さんの言葉を思い出す。
「でも、その魔術の研究機関、作ったんでしょ? 島田さんは『賢人機関』って呼んでたけど」
「ああ。なにを隠そうこの『民生課』も、名前と関係なく、その『賢人機関』の出張所のような扱いの部署でね。つまるところ、私がこの『再生機構』横浜庁の、魔術関係の取りまとめ役、ということだ」
「じゃあ、MG値の検査とかを省略してるのは、あんたの責任になるわけ?」
「そこは私の責任にされても困る。稟議を通さない上の責任だ」
憮然として言う、松山。このひともこのひとで、わりと苦労してそうだ。
「それで、なんの用だって?」
「ああ、うん。実はわたしと小辻くん、このへんのホテルに泊まる予定なのよ。中華街に泊めることができる人数には限度があるって話で」
「なるほど。トラブル防止のために、報告に来たといったところか」
「そういうこと」
わたしが言うと、松山はそこでにやりと笑った。
「だがそれだけではないな?」
「……まあね」
「先の会談、横峰氏は市議会議員の役職もあるし、志津方山の紹介でもある。横浜市への影響力は申し分ない。
だが『再生機構』側において、私の影響力がどのくらいあるかは未知数だ。ちゃんと上と話を付けられるかどうか、直接見に来たというわけかな?」
「ま、否定はしないわ」
言いながらわたしは、あたりを見回した。
「課長室なんてものがあるのね」
「他と合同では不都合も多くてな。不満かね?」
「不満はないけど、うちの課長より待遇がいいなって思って」
「『賢人機関』の人間は、予算も含めて別枠でな。まあ、その分、べつの締め付けも多いのだが」
軽く胸を張りながら、松山は言った。
いまわたしと松山は応接セットの机のソファで向かいあって話をしているのだが、部屋の奥には立派な木の机もあって、一人に与えられた部屋としては破格である。支部長室と言われても納得できるくらいだ。
松山は肩をすくめて、
「それより、先ほどは突っ込んだ話ができなかったからな。少し話をしておきたいと思ったんだが」
「あら、なに? ていうか、疲れてるから早く帰りたいと言って先に席を立ったの、あなたじゃない?」
「そりゃあ疲れているだろう。ヒーローショーをあれだけ滅茶苦茶にされたら」
「あー……そういう……」
「いまも正直、疲れているのだがね。しかし当人が来た以上、絶好の交渉チャンスだ。横浜市の邪魔も入らんしな」
「……言っとくけど、横浜が激怒するような手伝いはできないわよ?」
念のために牽制として言っておく。
左右の靴の罠がある。相手はわたしに対して無茶な提案はできないはずだ……と思うものの、田中のようなイレギュラーの存在を見るに、そう簡単にはいかないかもしれない。
(どうする? ここで『具体的な要求』をされた場合、わたしはどう対処するのか……)
逡巡するわたしに、松山は真剣そのものの表情で、
「是非! またヒーローショーに出てもらいたい! 高杉綾子!」
「…………」
「いやいやいや待て無言で拳を固めるな怖いから! ていうか、条件はクリアしているだろう! 横浜市もそのくらいの要求、笑って受け入れてくれるはずだ!」
「それはそうかもしれないけど。……え、マジ? 本気?」
「いやここだけの話、マジでおまえの乱入回の評判がよくてな。ここのところ、お約束多めでつまらないと思われていたらしく、そこにあのアクシデントなのでアンケートの結果が出るわ出るわ」
「そういえば島田さんも、そんなことを言ってたけど……」
「すでに衣装も用意しているんだ。実は内密にオファーする予定だったのでな。悪の女幹部らしくちょっと露出度高めで胸をこう強調したボンデージでうわ危なっ!?」
「殴るわよ?」
「拳を振り抜いてから言うな!」
「やだなあ。わたしが『殴る』って言ったら、それは竜牙烈掌たたき込むって意味以外にあるわけないじゃない」
「マジでご勘弁いただきたい! ていうかそんなに嫌!?」
「あんた、わたしの胸が見えないの? どう強調してもこれじゃ貧相すぎてギャグにしかならんでしょうが。それとも嫌味?」
「いやそうは言うがな。尻のラインはわりと見れたものだと思うぞ?」
「どーらーごーんー……」
「やめろやめろ! 『新生の道』の第二世代が『再生機構』の建物で攻撃魔術ぶっぱとか、たとえ死者が出なくても明日の朝刊一面レベルの大惨事であろうがっ!」
あわてて止める松山に、とりあえずわたしは挙動を止めた。
拳をにぎったまま、
「とにかく! やるなら相応の待遇にして! あとできれば第三の敵を用意して共闘路線!」
「う、うむ。不本意だがその方向で少し調整しよう。あまり露骨にやらなければ大丈夫なはず……」
ぶつぶつ言う松山を見て、わたしは本来の目的を思い出した。
「で、結局『再生機構』側との調整は大丈夫なの? ていうか、いざとなったときに戦力、出せるわけ?」
「そちらは問題ないと断言しよう。
権力については見ての通りだ。『賢人機関』の出先であるここは内部的にかなりの権力を持っているのでな。戦力については……」
「ついては?」
首をかしげて問うわたしに、松山はにやりと笑った。
「あの戦闘員役のスーツアクターども、本来の業務はなんだと思う?」
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「いやー……まさか「ヒーローショーのスーツアクター」名義で戦技魔術師の一群を横浜にこっそり潜入させてるとはねー……『再生機構』も侮れないわー」
外に出て伸びをしながら、わたしはしみじみと言った。
小辻くんは首をかしげて、
「すごいんですか? それ」
「いやあ、だってこの横浜って、『新生の道』の本拠地である横須賀砦からすごく近いじゃない。こんなところに『再生機構』が戦力を送ってきたら、『新生の道』側は大問題にしてるはずなのよ。なのにその形跡がない」
「見落とし……ですか」
「あるいはケイは知ってたのかもしれないけどね。少なくとも、外交的な問題にはなってない」
そう。外交的な問題になってない。これは意味深だ。
横浜にそれだけの戦力があるということは、『再生機構』は任意のタイミングで、『新生の道』の本部にテロ活動を行えるということだ。
それを見逃した。まあ、単純に見逃しただけならばよいが、もし意図的に見逃していたならば……
(いかんいかん、いまそんなことを考えても仕方ない)
「ともかく、松山さんがすぐそこにあるホテルの部屋を押さえてくれるってさ。連なった二部屋にしてくれるそうだから、今後はそこを拠点にすることになるわね」
「じゃあ、僕たちは予定通り、買い物ですか」
「そういうこと。すぐそこに首都高の高架があるわ。横浜だと魔力嵐にさらされてないからきれいなままよ。そこをくぐれば、元町商店街ってわけ」
「僕、そっち側は初めて行きます……初日に課長から南には行かないように言われてたから、避けてたんですけど」
「まあ本来はね。いまは危険度が南北で逆転しちゃってるけど。
ともかく、まずは仕入れに行きましょ。下手すると長期戦になるし、先立つものも必要だものね?」
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で。迷いました。
「なんか坂がやけに多いな、とは思ってたけど……どこよここ!?」
「僕に言われてもわかりませんよ……初めて行くって言ったじゃないですか」
「うあー、うっそでしょ。地図見た限り、迷うような立地じゃなかったのに!」
墓地を横手に通る登り坂の途中で、わたしはうなった。
小辻くんは、そんなわたしを見てふむ、と首をかしげ、
「地図、いまも持ってます?」
「持ってるけど、現在地は不明よ?」
「それでいいです。貸してください」
「……?」
よくわからなかったが、わたしは小辻くんに言われるまま、ポケットから地図を出して彼に手渡した。
小辻くんはそれを広げて、
「…………。
ん、わかりました」
「え、わかったって、なにが?」
「ほら、ここです。外国人墓地っていう名前がついてるでしょ?」
「あ、ホントだ。……うわ、商店街を完全に突っ切って反対側じゃない。なにやってんだわたしたち」
恥ずかしいミスをした……と思ったのだが、小辻くんは首を振った。
「違いますよ高杉さん。これ、ミスじゃないです」
「え? ていうと?」
「僕たちシェイプシフターには、「地形の探知」能力が備わっているんです。ここがどこだかわかったのも、それと地図を照らし合わせてのものなんですが……その能力から返ってくる少し遠くの信号が、地図と、一致しません」
「…………。
どういうこと?」
「わかりません。幻術ではないですよねこれ。新しい魔法技術でしょうか?」
小辻くんが言う。
幻術ではない。それは間違いないだろう。幻術を見極める方法など、山ほど研究されている。既存の幻術では、わたしと小辻くんという、専門家二人を同時に騙すのは不可能だ。
だが、この横浜には、志津のような専門家もいるのだ。
彼の『魔法のような魔法』ほどではないにせよ、知られていない魔術でわたしたちの地理感覚を騙し、こちらに誘導することは、不可能ではないのかも……
「どうします? 高杉さん」
小辻くんの言葉に、わたしは答えた。
「まずは……公園、行こうか」
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港の見える丘公園。
それは、外国人墓地からさほど遠くないところにある、文字通り港が見える高台の公園である。
元町商店街からは南東に行ったところにあるこの公園は、山下公園と違ってわりと治安が落ち着いていることもあり、いまだにデートスポットとして一定の地位を得ているなんていう話をチカから聞いたことがあるが……さておき。
わたしがそこに行きたかったのは、視界を確保するためだ。
わたしたちを迷わせた技術がなんであるかをつかめない以上、まずは視覚が正しく機能するかどうかをチェックしたい。
高台から横浜を一望してみれば、違和感が出るかどうかくらいはわかるだろう……と思ったのだが。
(失敗したかな……)
公園の最上部には、人の姿はほとんどない。
正確に言えば、わたしたちを除けば一人しかいない。
その一人が問題なのだ。
――寒気がする。
見た目は筋肉質の、背が高い健康的な男に見えるが……わたしの目には、刀に手をかけた武士のようにも映る。
べつに武士の要素がある外見はしていない。足はなんのへんてつもないジーパン、上もシャツを着ているし、髪の毛も短く刈り込んでいて、サングラスで目を隠している。どちらかというとハリウッドのアクション映画あたりに出てきそうな絵面だ。
だが……寒気がする。
こいつはただものではない。
その男は、わたしたちが公園に入ってくるなり、静かに視線を向けてきた。
いまもそのまま。
「高杉さん……どうします?」
「まあ、話すしかないわね」
言ってわたしは、彼に近寄ろうと歩き出し、
「待っていた」
男が口を開いたので、即、足を止めた。
……彼我の距離は十メートルといったところ。立ち話には向いていない距離だが、やむを得ないか。
「待っていた? なにを?」
「ここにおまえが来るのをだ」
「へえ。おもしろいじゃない。どういう仕掛けかはわからないけど、わたしに用事があるってわけ?」
「いや、ない」
「は?」
わたしは首をかしげた。
男は軽く肩を鳴らして、
「俺はただ、道に迷ったから人が来るのを待っていた。それだけだ。他意はない」
「……あんたね。それだけのことにそういう意味深な言葉遣いをするの、やめなさいよ。敵だと思うでしょうが」
「さて。敵でないとは、まだ決まったわけではないが……」
「何者? どこの所属?」
わたしの問いに、男は簡潔に答えた。
「所属など知らん。名前は風見大助――またの名を『暴風の暴君』と言う。ごくありふれた、川崎の傭兵だ」




