13.暴風の暴君-a tyrant of tempest-(前)
「はあ、はあ……」
息を乱しながら、走る。
追ってくる相手は、もう身を隠す気もないのだろう。複数の足音が後ろから聞こえてくる。
「間に合うか……!? ああもうっ! なんで私が、こんなことしなきゃならんのだっ!」
毒づいて角を曲がろうとしたところで、ひゅんっ、と後ろをなにかがかすめた感覚があった。
想像したくもない。石か投げナイフか、それとももっとヤバいなにかか。確認している時間はなかった。
「助けてくれ……!」
叫ぶ。
「助けてくれ!」
叫ぶ。前方にいた人々が、確かに動いた。
「どうしました!」
「ヤバい奴らに追われてる! 助けてくれ!」
「なにが……なんだおまえらは!?」
駆けつけてきた男達の後ろに隠れて、それでやっと相手の姿が視認できる。
見た目的には普通の一般人に見える格好。ひとりはのっぽで、ひとりは太っちょ。
だがナイフを手に持って殺気立って走ってきていたら、そりゃあ『なんだおまえらは』である。普通に怖い。
「ぐ、ヤバいぜ兄貴! 警官だ!」
「くそ、深入りしすぎたか……撤退だ!」
「待て!」
警官の制止も聞かず、彼らは即座に後ろを振り向き、走り出そうとして――
そして硬直した。
後ろからこっそり追ってきていたわたしに、そのときになってようやく気づいたのだ。
「一応、確認しておくけど」
わたしは特に面白いとも思わなかったので、真顔のまま雑に言った。
「前門の警官、後門の高杉綾子。この場合、どっちの突破が容易だと思う?」
「――! くそ、やっちまえ!」
「貴様ら抵抗するか!」
というわけで、彼らはわたしから逃げるように転進、警官たちに襲いかかり、乱戦になった。
そして――
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「迷惑だ」
志津は、特に迷惑そうでもなく、淡々と言った。
わたしはけらけら笑って、
「まー、そう言わないでよ。志津だって困るでしょ? わたしがこのタイミングで、横浜から追い出されたら」
「そこを否定できないのは辛いところだがね。君は貴重な研究サンプルだ。
しかし……よくもやったものだ。おとりとして戦闘能力のないそちらのお嬢さんが襲われながら中華街へ来て、入り口を守っている警官と戦わせる。そうして、横浜市をそちらのいさかいに強制的に参戦させたわけだ。私は気にせんが、上役はたぶん頭を抱えるだろうな」
「だろうね」
若干げっそりした感じで言ったのは、その戦闘能力のないお嬢さん――つまりは、椎堂恵瑠である。
あの喫茶室での会話の後。わたしたちは意図的に『新生の道』横浜支部の近くまで戻って、そこからバラバラに行動を開始した。わたし一人と、エル一人。後はチカと小辻くんのペアという三組に分かれたのだ。
そして当然尾行してきた支部長の手の者を、わたしがまず半殺しにして放置。
残りのうち、エルを追っていた二人を意図的に横浜市警にぶつけ、横浜市を巻き込んだ。
巻き込まれた横浜市は、この件について調査せざるを得なくなる。味方に付けるのに一歩前進、というわけだ。
その分、相手の心証は悪くなるだろうが、この際手段は選べないということでひとつ。
「まさか合流直後に、いきなりあんなハードワークやらされるとは思わなかった……こっちは策士キャラだってのに、なにしてくれんだこの高杉綾子」
「まあまあ、しょうがないでしょ。わたし相手じゃ敵も深追いは絶対してこないだろうし、そうなるとああいう筋書き以外は無理だったじゃない?」
わたしがあっけらからんと言うと、エルはふてくされるように黙った。
一方、志津は肩をすくめてから、
「まあ、こちらはさして大きなもめごとにはならなかったが、問題はあちらの方だ。大騒ぎだったそうじゃないか」
「そうですよ本当に最悪! ていうか高杉綾子、なんでよりによってあんたはうちのショーにアクシデントを次から次へと運んでくるのよー!」
「あ、島田さん、いたんだ。やほー」
「やほー、じゃないっ! どうすんのよこの下手人二人っ! 抗議するために連れてきたんだから!」
「あ、ただいまです。高杉さん」
「やほー綾ちゃん。楽しかったよー」
ちょっとすすけた感じのスーツを身にまとった、どことなく疲れた顔の島田さんに連れられて、ぴんぴんした小辻くんとチカが姿を現した。
「おかえり、小辻くんとチカ。エンジョイできたようでなにより」
「なにより、じゃない! なによこの子、でっかくて白い狼に化けてチンピラ引き連れてうちのヒーローショー台無しにしてくれて!」
「ん? 小辻くん、化けたの?」
「いや、藤宮さんの足だとどうやっても追いつかれる感じだったんで……背中に乗せて走るために、四足獣形態にシフトしたんですよね」
こともなげに小辻くんは言った。
シェイプシフターなのだから、人間以外の形態にも化けられることは知っていたが……でっかくて白い狼、ときたか。
ちょっと見たかったなあ。残念。わたし、大型犬とかけっこう好きなのよね。
「ところで、街中でいきなり変身しても服とか破れないの?」
「体内に保存しとくんです。コツつかめば簡単ですよ」
「へえ……」
「そこ、なごんだ感じで話さない! ああもう、予定してたブラックパイレーツ一味とマスカレード仮面Dの決戦が台無しになったじゃない! このために二週間も会議で煮詰めてシナリオ練ってたのに!」
「観客は大丈夫だった?」
「そこの白い狼が子供達にめっちゃ人気でマスカレード仮面どころじゃなくなった……」
「……あ、そう」
そっかー。子供、動物好きだもんねー。
まあ、ともかくこれで『再生機構』もあの連中と事を構えたわけだ。
わたしの計画は順調に推移している。くっくっく。
「悪い顔をしているところを恐縮だが」
志津が淡々と言った。
「つまるところ、君は最終的になにがしたいのかね? 『新生の道』の内部抗争に横浜市と『再生機構』を巻き込みたいという意向はわかるのだが、具体的になにをしたいのかがよく見えてこないのだが」
「もちろん、その二勢力を味方に付けて、『新生の道』の横浜支部を奪還したいのよ」
「……ふむ」
志津は少し考えて、
「リスクの評価はしたかね? それぞれの勢力がなにを考え、潜在的にどんな問題がありうるか」
「わたしとエルはたぶん、両方とも同じ見解だと思うけど?」
「こういうのは言語化するのが重要なんだ。椎堂恵瑠とか言ったな、そちらはどう考える?」
「……そうだな」
エルは少し考え、それから口を開いた。
「まず、横浜市については、そもそも横浜でもめごとが起こってほしくはないだろう。
横浜は莫大な人口と、安定した魔力環境からなる大きな商業圏として独立した地位を獲得している都市だが、軍事力は心許ない。『新生の道』の内部抗争なんかに巻き込まれて、結果として『新生の道』が本格的に侵略してきたら大惨事になってしまう。できれば関わりたくない」
「だろうな」
「したがって横浜市の対応としては、高杉を積極的に横浜から追い出すということがあり得る。捕らえて突き出すのは戦力的に難しくても、それならできるからな」
「ふむ。『再生機構』についてはどう考える?」
「こちらは逆に、高杉綾子という強力な第二世代を味方に付け、あわよくば手に入れる千載一遇のチャンスだと思うだろう。したがって彼らは、積極的に亡命を勧めてくる可能性がある」
エルの言葉に志津はうなずいて少し考え、口を開いた。
「問題なのは両者の利害が一致していることだな。彼女が『再生機構』に亡命してしまえば、横浜市にとっても、『再生機構』にとっても得になるわけだ。『新生の道』だけが損をする形になるわけだが……しかし、君はそちらを選びたくないのだろう?」
「うん。まあね」
「なにか対策でもあるのかね? そういう流れにならないような、対策が」
「一応ね。
ところで志津、それから島田さん。横浜市の上層部と、『再生機構』の偉いひと。その二者と同時に会談する機会、どのくらいの時間で作れる?」
「え、ええ?」
島田さんはうろたえた。
「そんなこと言われても、私の一存じゃあ『再生機構』の上なんて動かせないし……」
「あのなんとか仮面のひとでいいんだけど。小梅さんだっけ?」
「松山! 松山課長です! 誰よ小梅ってグレード下がってるじゃない!」
「そうそう。そのひとでいいわよ。すぐ動かせる?」
「それはまあ、『高杉綾子が会いたいと言っている』なんて言えば、課長はすぐ動くでしょうけど……」
「決まりだな」
志津が言った。
「決まりって?」
「今日の昼過ぎ、中華街の視察に横浜市の市議会議員が訪れることになっている。それなりの有力者だ」
「……じゃあ、昼過ぎに?」
「ああ」
志津はうなずいた。
「松山課長とやらにもお越しいただくといい。会談の場をセットアップしよう。それでよいのだろう?」
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志津から会談の場としてあてがわれたのは、中華街の中、昔はレストランだったところを改装して作ったとおぼしき会議室だった。
部屋にあるのは、ごく普通のオフィス机と椅子とホワイトボードだけ。なのだが、内装がレストランの頃のままなので、少し落ち着かない。柱に竜とか巻き付いてるし、少なくともただの会議室には見えない。
が、それについて文句を言える立場ではないので、わたしは特になにも言わなかった。
「さて、我々と会談をしたいという話だったが。高杉綾子殿」
言ったのは、志津が紹介してくれた横浜市の市議会議員――横峰というひとである。
外見でしかわからないが、老人である。車椅子に座っているので、そうとうなお年なのだろう。横に少年が控えていて、部屋に入ってくるときには彼が車椅子を押してきていた。
「島田くんからだいたいの情報は聞いている。『新生の道』の内部対立に巻き込まれ、居場所を失ったそうだな?」
と、こちらは松山。マスカレード仮面の中の人だ。
前にはへんな仮装した格好しか見てなかったから気づかなかったが、普通のスーツを着て髪を整えていると、けっこうなイケオジである。島田さんが熱を上げるのもまあ、わからないでもない。
「そういうこと。わたしとしては、不当にこちらを害そうとする『新生の道』横浜支部の現上層部を放置しておけないわ。とはいえ、だからといって暴力で解決するわけにもいかないし――」
「それ以上に、相手方が追撃するのにまず対処せねばならん。そういうことか」
松山が腕を組みながら言った。
横峰もそれにうなずいて、
「その点では、先手を打ったのは良策であったな」
「あら、なんのこと?」
「隠す必要はない。横浜市警が、そちらの関係者を追う暴漢と戦闘になった報告は受けておる。推測だが、『再生機構』の方も同様なのではないか?」
「うむ」
松山は威厳を持ってうなずいた。
「あれをやられた以上、我々『再生機構』は捕らえた悪漢の取り調べをせざるを得ないし、それが『新生の道』に関わるものであると知れれば、問い合わせをせざるを得ない。そして――」
「そのプロセスの間、『新生の道』側から高杉殿を引き渡せという要求があったとしても、差し止めざるを得ん。時間稼ぎではあるが、悪い手ではなかったな」
「それはどうも」
「その上で問おう、高杉殿。――なぜ、『再生機構』にさっさと亡命してしまわんのだ?」
横峰は、鋭い目でこちらを見ながら、言った。
まあ、当然聞かれると思っていたので、わたしも特にあわてず、用意していた答えをそのまま返した。
「そのくらいだったら第七軍を頼るわよ、わたしは」
「……ほう」
「……ふむ」
二人とも、ごく冷静にいて、それでいて無反応ではなかった。
(なるほど。この発言を正確に理解するだけの人間ではあるわけだ、二人とも)
そう。第七軍を頼った結果どうなるか、それが理解できない人間ではない。
そして、第七軍を頼るのはできれば避けたいというわたしの意図も、理解できない人間ではないわけだ。激昂して怒鳴り出したりしなかったのが、その証拠である。
「わたしが第七軍を頼れば、まあたぶん戦争が始まるわよね。『新生の道』本部と第七軍の内戦。そして第七軍のいまの根拠地は横浜の北で、本部は横須賀だから――」
「巻き込まれるな。横浜は火の海になる」
松山が言って、横峰もうなずいた。
「そうならなかったことには、一人の横浜市民として、心からほっとしているよ。……それで、そうしなかった理由は?」
「まあ、わたしだって、戦争の火種になんてなりたくないし」
わたしは肩をすくめた。
「わたしの望みは、横浜で仲間たちと、楽しく平和に暮らすことなの。だけど支部長は、わたしを排除しないと満足しないみたい。なら――」
「我々の外圧を使って、支部長を追い出して『新生の道』横浜支部の実権をにぎるというわけか」
「そういうこと。他の選択肢よりは、この三名の全員が納得できる結末になると思うんだけど、どうかしら?」
言うと、横峰と松山は、共に少しだけ沈黙した。
「ひとつだけ確認したい」
先に発言したのは、松山だった。
「なに?」
「どうして我々『再生機構』に話が持ってこられたのか、そのあたりがわからん。同時会談する意味もよくわからんしな。
支部長を更迭まで追い込む程度なら、うまくすれば横浜の力だけでも可能だっただろう。困ったら我々の手を借りるという手もあるが、それを踏まえてもいまこの場で、私が呼ばれた理由がよくわからん。よかったら、教えていただきたい」
「それは簡単なことよ」
わたしはほほえんだ。
「言ったでしょう? わたしの望みは、横浜で平和に暮らすこと。だったら、事態が収まった後に、横浜にいる勢力とはそれぞれ仲よくやりたいわけ」
「む……」
「だから、仲間はずれにしないで、最初から呼ぶことにしたの。状況が終わった後で、改めて仲よくするための土台としてね」
「なるほど……」
松山はそう言って、少し考えた後、
「こちらは了解した。細かい話は後日詰める、でよいな?」
「ええ、それで構わないわ」
「では、失礼する。正直、今日は少し疲れていてな。帰って休みたい」
言って松山は立ち上がって、部屋から退出した。
「さて、では我々も帰るとするか……」
横峰はそう言って後ろに控える少年をうながしたが、
「横峰さん」
その少年が、口を開いた。
声変わりはしているが、若干の幼さが残る、しかし芯が通った感じを覚える不思議な声だった。
「すまないが残りたい。いいかな」
「……ほう?」
横峰は、少し面白そうな声を上げた。
「ここで君が動くか。面白い。そんなに彼女は逸材かね?」
「ええ、まあ」
「ならば私だけで帰るとしよう。夕刻までには戻りたまえ」
言って横峰は、車椅子を――スイッチを入れて、電動車椅子を動かして、退出していった。
「……あれ、電動だったんだ」
「まあねー。その分実は重くて、僕が動かしているふりをするときに苦労してる」
「そう。で、あんた誰よ。わたしになんの用?」
「なに、ちょっと面白くてさ。君、うまいこと、両勢力を手玉に取ったね?」
「人聞き悪いこと言わないでよ。わたしは……」
「僕の名前は田中大五郎」
わたしの言葉をさえぎって、彼は名乗った。
「またの名を『暴風の暴君』。もし知っていてもらえたら……いろいろ楽で、助かるんだけどね?」




