12.靴-shoes-(前)
翌日。支部の前でわたしは、奇妙な物体を見つけていた。
「なにこれ?」
拾い上げて見てみる。
白い陶器の破片のようななにかに、びっしりと黒い文字が書き込まれている。
「高杉さん? どうしました?」
「あ、小辻くんは先に行ってて。ちょっと考えることができた」
「はあ……じゃあ、情報課で」
一緒に出勤してきていた小辻くんを先に行かせて、わたしはその物体をながめ、次に落ちていた場所を見た。
(ここに落ちたということは、ここらへんに立ってて……)
次いで、わたしはそこからちょっとだけ移動して、地面を見る。
(やっぱり。仏教系の門の魔術? 攻撃者に仏罰をカウンターする系かな……)
「これだと血しぶきとか落ちててもおかしくないんだけどなあ……安全装置が働いて、その間に防御側が撤退した……?」
なるほどなるほど。
(うん、よくわからん)
とりあえずそう結論づけて、わたしは支部へと足を運ぶ。
「お」
「あ」
ドアをくぐると、今日の守衛は楢崎だった。
昨日の今日でわたしと当たると気まずい彼は、今日は奥に引っ込んでいると思ってたのだが、
「なに。今日も当直なの? あんた実はけっこう酷使されてない?」
「だよなあ。あんたからも課長に言ってくれよ、高杉さん。もうちょっと休みよこせってさ」
「やだよ。それよりはいこれ、昨日使ってた呪銃の破片。こういうの掃除し忘れちゃだめよ?」
わたしがそう言って破片を渡すと、楢崎は渋面になった。
「マジかよ……きれいに片付けたはずなんだがなあ」
「なに、昨日ここに襲撃とかあったの? 相手は逃げた?」
「なんで楽しそうに聞いてるのか知らんが、まあ、当たらずとはいえ遠からずだ。今日の当直はその懲罰」
「あらまあかわいそうに。でもこの銃、なんで拳銃なの? ライフルとかの方がマニ施条が有効に働いて威力が出そうなのに」
「知らん。試作品だからだろ。上からは使用感のレポートを提出しろって言われてるんだが、あっさりぶっ壊れちまって困ってる」
「ふうん……」
「どうかね高杉さん。戦闘のプロから見て、この武器の感想とかあるかね? レポートの足しになるならなんでもいいぜ」
「戦闘のプロは引退したつもりなんだけどね」
「……昨日のアレでそれを言うか?」
若干引いた感じの楢崎の言葉は無視して、わたしは少し考えた。
「まず、魔術のモチーフを仏教で統一してるわよね。威力は出るけど、対策しやすすぎない? 表の形跡から見ても、たぶん経文を模した魔術でカウンター食らって、防御機構でかろうじて本体破損だけで済んだってところじゃないの?」
「あー、やっぱそういう感想になるのか……」
「あと呪いが発動するタイミング、これたぶん「当たった瞬間」よね? つまり当たらないと発動しないわけで、拳銃の精度でそれはきつくない?」
「まあ、そうなんだが、銃弾が敵を自動追尾する機能があるって聞いたぞ。当たりやすいんじゃないか?」
「そりゃあるでしょうよ。だけど至近距離だと、銃弾が速すぎて補正が間に合わない。かといって遠くだと、拳銃の炸薬じゃ届かなくなっちゃう。相手が都合よく適切な間合いを取って戦おうとしてくれるならいいでしょうけど、逃げに走られたらなんにもできないわよね、これ」
「……うん。まあ、そうな」
「ただし」
わたしは言った。
「相手がわたしじゃなく、使用者が谷津田くんなら、サブウエポンとしてはそこそこ使い物になったかもね」
「……どういう意味だ?」
「精霊刀をメインに据えて、近距離を嫌った相手が距離を取ったところをずどん。これならまあまあ特性を活かせるかなって。
わたしは近距離戦得意だから、関係ないけど」
なにしろわたしには切り札、竜牙烈掌がある。精霊刀使い相手でも躊躇なく踏み込むスタイルは、わたしと天際さんの二人に特有の戦い方だ。
「わたしからは以上よ。参考になった?」
「そうだな。ありがとよ。文字数稼ぎにはなるだろ」
「そりゃよかった。じゃあね」
言って、わたしはその場を離れた。
頭の中では、冷静に状況を計算している。
(たぶんあれ、もうひとつの切り札があるなあ)
実際には。わたしの言ったこととは逆なのだ。
呪銃を見て中距離を嫌って距離を詰めに来た相手を、べつの魔術武器でずどん、とやる作戦だったのだろう。
ということは逆に、昨日楢崎とあそこでやり合った相手は、そこまで読んで逃走を選択したということになるのだが……
(そんな腕利きいるの? 怖いなあ。一瞬で武器の設計思想を読み、相手の戦術に還元して、類推して整理して、即座に逃げを選択する……なんて、それこそ谷津田くんレベルじゃないと無理じゃないの)
やだなあ、と思いながら、わたしは情報課のオフィスへと向かった。
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「あれ? 小辻くんは?」
情報課のオフィスに来てまずわたしが言ったのは、それだった。
あたりを見回しても、先に行ったはずの小辻くんがいない。
というか、ケイもいない。
もうちょっと言うと、不自然なまでに出勤してる職員が少ない。もう始業時間が近いのに。
「ねえ、みんなどうしたの? なんか連絡とかあった?」
手近にいたチカに話しかけると、チカは小首をかしげて、
「いや、なんか、わかんないんでいま、小辻くんが調べてくるって言って出て行ったんだけど……なんだろうね?」
「ケイまでいないじゃない。あいつからも連絡、なかったの?」
「いや、課長は理財課に行くって言ってたよ? なんかふーみんと打ち合わせだって」
「ふうん……?」
なにか引っかかるものを感じる。
(探知魔術でも使って探るか? でも……)
「あ、高杉さん!」
振り返ると、小辻くんがそこにいた。
「小辻くん。なにか情報はあった?」
「支部に爆破予告があったそうです。それが連絡網の一部にしか回ってなくてこんなちぐはぐに」
「はあ?」
わたしは眉をひそめた。
あり得ない。爆破予告で今日は閉じるというのなら、支部は警備課の人間が閉鎖しているはずだ。
だが、そうだとすれば。
「探知魔術……はまずいわね。あれを起爆スイッチにする仕掛けを見たことがある」
「僕もそれが気になって……どうしましょう?」
「……仕方ないわね。とりあえず、切り札のひとつを使ってみる」
わたしは言って、集中する。
これから使う魔術は、本来わたしではなく、『月読』理堂播人が得意とするとされる魔術――を伝聞で聞いたわたしが、わたしなりに再現したものである。
その効果はなんと、ごく短時間であるが未来予知を行うというもの。
……言うほど精度は高くなく、せいぜいが占いレベルの効果ではあるが、
(探知魔術を使ったら爆発するかどうか。このくらいなら、それなりによい精度の占いができるはず!)
いつものように魔力を全身に巡らせ詠唱短縮。全身の魔力を計算機のように変換し、わたしが認識する現状のあらゆる要素を意識、無意識を問わずに総動員して入力、数秒後の未来の結果に置換する――
「因果遡行!」
――瞬間。
わたしは見た。
「小辻くん、チカ頼む!」
「え、高杉さん――!?」
とっさにわたしは飛び出し、支部の壁に猛ダッシュ。
(間に合うか!? くそ――)
「大盾!」
魔術が発動した。その瞬間。
大爆発が、支部の建物を揺るがした。
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「……っ、やってくれた、わね!」
毒づいて、わたしは軽く咳き込んだ。
やっと視界と聴力が回復してきた。さっきまで、自己領域の防御判断によって、過度に強いと判断された音と光をシャットアウトされていたのである。
後ろを見ると、わたしの指示を忠実に聞いた小辻くんが、手を生体盾の形にしてチカを守ってくれていた。
そして、爆風が来ることを予知した瞬間に、そちらに突っ込んだわたしが防御魔術を展開したのが幸いして、情報課オフィスへの攻撃のダメージは大きく減衰されていた。
……だけどこれは……くそ!
「チカ、小辻くん! いったん出るわよ!」
「あ、はい!」
「待って綾ちゃん、課長が……!」
「悪いチカ、時間がない! 爆弾がこれ一発とは限らないの!」
そう。その可能性がある以上、ここにはいるべきではない。
ケイが生き残る算段を自分で立てていた可能性に賭けるしかない。わたしはそう判断した。
小辻くんがチカの手を取って走り出すのを確認して、わたしはその後を追う。
一階出口では、楢崎がおろおろしていた。
「お、おい高杉さん、ありゃなんだ? 一体……」
「ついてきたら殺す」
簡潔に答え、呆然としている楢崎を置いて外へ。
「どこに行きます、高杉さん?」
小辻くんの言葉に、わたしは答えた。
「隣の建物。上に、市民が使える喫茶室があるわ。そこに行きましょ」
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わたしたちの所属する『新生の道』横浜支部が、神奈川県庁の第二分庁舎跡に建てられたというのは、前に述べた通りである。
なぜ第二分庁舎が壊れたのかについては、詳しいことは調べていない。どうせきなくさいことがあったのだろう。
その隣の建物がなにかといえば、もちろん第一分庁舎なわけだが。ここはいま、横浜市によって接収され、市庁舎の一部として機能していた。
その上の方の階には喫茶スペースがあって、横浜市民なら誰でも……というか、市民でなくても使えるようになっているのだが。
「ここは横浜市の管轄する土地。その中でも最重要区画よ。当然、『新生の道』の人間が簡単に手を出せる場所じゃない。当面の安全を確保するには、ここが一番でしょ」
「それはそうですけど……」
小辻くんは少しとまどってから、
「つまり高杉さんは、この爆破騒ぎも『新生の道』の内部犯だと考えているわけですか?」
「そうよ」
わたしは断言した。
連絡が不揃いだった――のではない。意図的に、爆破予告の情報を与える人間を選別したのだ。殺したい相手、あるいは殺しても構わない相手だけを始業時間直前に支部に集め、爆殺するために。
そんなことができるのは支部長しかいない。つまり、
「休戦協定は破られたわ。いえ、最初から油断を誘う罠だったのかも。ともかく、この展開は昨日までと地続きよ。油断したわね、わたしたち」
「なら……どうするんです?」
「…………」
わたしはちら、とチカの方を見た。
情報課、つまりスパイ組織に属しているとはいえ、チカはあくまで普通人である。そうとう動揺しているのではないか……と思ったのだが、彼女は落ち着いた顔で注文した紅茶を飲んでいた。
「うん。あたしは大丈夫だよ、綾ちゃん」
「そう。わかった」
それが強がりでも、いまは助かる。
しかし。
「ケイと連絡が取りたいけど、無理かな……生きているかどうかもわからないし」
「課長……理財課にいたよね。大丈夫かな」
「まあ、いまは考えても仕方ないわ。こちらの予定を立てましょ。場合によっては、かなり長期間の潜伏を強いられることになるかもしれない。長期戦を覚悟した方がいいわ」
わたしが自分に言い聞かせるように言うと。
「悠長だな、高杉綾子。『敵』はそんなに待ってはくれないぞ?」
聞き覚えがない、声がした。
視線をやると、そこにはどこかで見たような……しかし、明確に違う相手が立っていた。
彼……いや、彼女? 中性的でどうにもわかりにくいが、しかし明らかにケイとそっくりの顔で、女性にしては高めだがわたしよりは若干背が低いそいつは、勝手にわたしたちのテーブルの席に座ると、にやりと笑った。
「直接会うのは初めてだな。なるほど。ケイの言ってた通りの外見だ」
「……誰?」
「私の名前は椎堂恵瑠」
そいつは、男か女か微妙に判断しかねる低めの声で、そう名乗った。
「かつて『新生の道』の奥底で行われた、人体調整を用いたスパイの量産計画――『椎堂計画』によって作られた個体、その最後の一人だよ」
【魔術紹介】
『因果遡行』
難易度:SS-- 詠唱:完全詠唱 種別:特殊
短期間、具体的には数秒間の後の未来予知を行う魔術。精度はあまり高くないが、他の手段では絶対に知り得ないことを知ることができる可能性を持つ。
厳密に言うと、この魔術は術者の知見と周囲の状況を入力して、あり得る可能性を精査して最もあり得そうな結果を返すという、コンピュータの演算のようなことを行う魔術である。したがって術者の知見が根本から間違っていたりすると当たりにくくなる。
TRPG的に表現するとこの魔術は「使用判定に成功すると、次の行為判定を「行って、結果を見てから」それを行うかどうかを選択できる。ただし使用判定の難易度はGMしか知らないため、成功したかどうかをPLはロール後に判別できない」という効果だと思うと、比較的わかりやすいだろう。




