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亡霊と不死者の時間-Things separating ATHANATOI from ghosts-  作者: すたりむ
第一章:殺人事件⇒殺人事件?
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7.失敗-mistakes-(後)

 そして夕刻。


「結局あの作業、終業までかかっちゃったわね……」

「けっこうな大仕事だったな。読み上げとパソコンへの打ち込みを担当した藤宮も疲れただろう」

「ていうか、あのパソコンって課長の私物なの? いいなー、あたしもほしいなーパソコン」

「あれ、いくらくらいするの? たしか三浦からの船便で取り寄せるか、十五年前から東京に残ってるおんぼろ中古で我慢するかの二択になるのよね?」

「中古ならギリギリ買えるかも……でもやっぱ、いつ壊れるかわかんないんだよねー。船便は車並みの値段だから、個人の娯楽じゃまず無理ー」


 なんてことを話しながら、わたしと佐伯とチカは疲れた顔で支部から外に出てきた。


「で、わたしはこれから中華街行くけど、二人はどうするの?」

「途中まで同じ方向だから、綾ちゃんにご一緒するよー。佐伯センパイは?」

「俺は……」

「当然一緒に来るでしょ?」

「な、なんでだよ」

「いや、わたしだけならいいけど、チカ一人で帰らせるのは怖いじゃない。最近物騒だし」

「……まあ、そうだな」


 そんな会話もあって、一緒に帰路につくことになった。


「なんか、物騒なことになっちゃったよねえ」


 帰り道、チカが言った。


「情報課のみんな、ぴりぴりしちゃってるし。オフィスにもなんか、居づらい感じ」

「そうだな」


 佐伯もうなずく。


「やはり、高杉の事件が尾を引いているんだろう。なんだか底知れない、不気味な事件だと。だからみんな、不安になっているんだ」

「ケイは内部犯だって断言してるのよね」


 わたしは言った。


「それも大きいわよね。いくら情報課がスパイ組織だって言っても、たいていの職員さんは情報整理の要員だし。内部に裏切り者がいる(・・・・・・・・・・)なんて状態は普通じゃないわ。早く解決しないと、どんどん不安は大きくなるわよ」

「とはいえ、焦りは禁物だぞ。

 高杉はなんでも、性急に解決しようとする傾向があるからな。それは相手方の過剰反応を招く危険性がある。追い詰めすぎてこちらが痛い目を見るのでは、意味がないこともある」

「なによ。お説教のつもり?」

「説教と言えるほど、具体的な話じゃないさ。ただ、そう……忠告だ。おまえはなんか、未だに戦場で生きてるようなところがあるからな。わざわざ平和なところで、波風立てることもないだろう」

「珍しいですねー、佐伯センパイが綾ちゃんにそんな優しい言い方するなんて」

「……藤宮に言われると地味に傷つくな。俺、そんなに普段とげとげしいか?」

「ノーコメントにしておくわ。

 さて……じゃあわたし、こっちだから」


 中華街の方を指して、わたしは言った。


「ちゃんと佐伯はチカを送っていくのよ?」

「わかってるよ」

「送り狼とか言って変なことしちゃダメよ?」

「うるせえ。さっさと行け!」

「あはは。綾ちゃん、また明日ねー」


 他愛のない会話。

 そうして、わたしたちは別れた。



 別れてしまった。



--------------------



 中華街の入り口……と言っていいのだろうか。明確に陰楼(かげろう)が出てくるところとの境界には、横浜市の警官が立っていて、交通を制限している。

 だが、中華街として被害を受けたのは、その範囲だけではない。

 その外側も、事件が起きたときにはひどい被害を受けたそうだ。結果として、中華街の外縁数百メートルには、かつては栄えていたであろう街並みだけが残り、人の居住は禁止されている。

 まあ、浮浪者なんかはときどき巣にしていることもあるらしいが。定期的に巡回している警官ともめごとになることも少なくないとか。

 とはいえ、数百メートルである。

 直進路ならば当然ながら、入り口が視界に入る距離。普通に歩いていても十分もかからない距離。そんな距離を、


(……これだけ歩かされている(・・・・・・・)時点で、仕掛けてくる気満々……ってことかな?)


 おとといに続いてまた幻術。だが、こちらの幻術使いは、少しばっかりやっかいそうだ。

 わたしはため息をついて立ち止まり、


偽也(ダウト)!」


 ばきっ! と音がして、周囲の光景がまるごと剥がれる。と同時に、わたしは視界の端にとんでもない速度で肉薄する影を認め、


鏡影化(エンシャドウ)!」「――偽也(ダウト)

(読まれた!?)


 影にもぐろうとしたわたしの身体が地面に追い出される。わたしは対応を迷い、


「……跳躍(ジャンプ)!」


 逃げの一手を選んだ。重力加速度をごまかし、空中にでたらめに大跳躍する。


加速(アクセル)加速(アクセル)……!」


 空中にいるうちに、次の手をにらんで重加速(ダブルアクセル)。そんなことをしながらも、わたしは背中に走る怖気におののいていた。


(――なんだ!?)


 いまの逃げは、セオリーではない。本来ならば範囲攻撃で牽制しつつ隙を見て近接するのが、わたしの好む定石だ。

 だが、ヤバい(・・・)という直感が、その定番を制止した。

 この相手は……

 考えているうちに、わたしの身体は三階建てとおぼしき、無人の雑居ビルの屋上にきれいに着地する。相手の様子を見ようとして、


「っ、大盾(アーク・シールド)!」

「無駄だ」


 がぎぃぃぃ! とひどい不協和音がして、わたしの防御魔術を精霊刀が押し進んでいく。防げてない!


「ちっ……」


 わたしは屋上から跳躍して地面に落下。――すると見せかけて、途中の窓に向けて拳をたたき込み、


隠し戸(ヒドゥン・ドア)!」


 空間を歪ませ窓と自分の位置関係を180度回転させて部屋の中に転がり込む。当然そんな無茶をすれば窓は粉々に割れるが、


打ち返しの矢(ターン・アロー)!」


 わたしの身体に降り注いでいたガラスが、一斉に外に向けて吹き飛んでいく。

 これで、わたしの後を相手が追ってきていた場合には大けが確定。そうでない場合には――


「っ、竜牙烈掌(ドラゴン・ファング)!」

「……――圧壊刃(プレス・ブレード)


 ぐしゃああっ! と、空気が歪んだ。

 相手の、こちらを建物ごと押しつぶそうとする上から下への攻撃と、わたしの手による下から上への破壊衝撃が拮抗して、一瞬だけ膠着状態を作り出したのだが。

 さすがに膠着で終わりはしなかった。わたしがいるのは建物の二階だっただろうか。そこから上が爆発的に吹き飛び、青空が見えるようになる。

 わたしはそれを確認して、窓から脱出、路上へと転がり出す。

 ――心臓が、ばくばく言っていた。

 この前まで、わたしは自分が背後から不意打ちを受けて死んだことを「不覚」だと思っていた。

 だが、それは大きな思い上がりだったかもしれない。

 なにしろ、いままさに目の前に出てきた、黒い覆面を被りシルエットのわかりにくいゆるいローブのような服を着た男は――


「追撃してくると思っていたがな。……思ったより気弱か?」


 ――たぶん、正面からわたしと戦えるレベルの、第二世代(セカンド)専門の暗殺者(・・・)だ。

 わたしは、ふん、と息を吐いて、


「正確な位置がわからない状態での大規模砲撃なんかで倒せる相手だとは思ってないわよ。

 近接戦が得意なのね。小田原出身?」

「答える義理はない」


 男はそう言って、光を雑に束ねたような形の魔術の刃――精霊刀を構えた。

 この恐るべき魔術は、第二世代(セカンド)だろうとお構いなしに切り裂き、突き抜け、殺してしまう、いわば第二世代(セカンド)殺しの近接兵器だ。

 対抗するには、こちらにも武器が必要だ。そう感じたわたしは、小さく深呼吸をして、


「装備、幻想火薬庫ファンタズマル・ストレージ


 ぐい、と身体から魔力が吸い上げられる感覚に、上がりかけた悲鳴を飲み込む。

 こんな技を使うのは本当に久しぶり。川崎の傭兵が好んで使う装備術(エクイップメント)、そのわたしなりのアレンジだ。

 さあ、どう出るか――


「っ、とおっ!」


 がきぃ! と、突進から繰り出された精霊刀の突きを、わたしの手のひらが弾く。

 その不条理に、男は驚いた……という風でもなかったが。

 即座に彼は身を翻し、ものすごい速度で走り去っていった。


「…………。

 あれ?」


 想定外。

 ここまで簡単に逃げを選ばれるとは、本当にまったく、思ってなかった。

 ここからどうやって、完全詠唱(フルコーラス)竜牙烈掌(ドラゴン・ファング)をたたき込んでやろうかと、手ぐすね引いて待ち構えていたのだが……


(うーん……?)

「高杉さんっ」

「え?」


 聞き慣れた声に振り向くと、そこには。

 頭から血を流してぜーぜー息を吐いている、小辻くんの姿があった。


「うわ! なによ大けがじゃない、大丈夫!?」

「こんなのつばつけとけば治ります! そんなことより、高杉さんこそ誰かに襲われませんでしたか!? 大丈夫ですか!」

「大丈夫、だけど……」


 ――ひょっとして、駆けつけてくる小辻くんの気配を察して逃げ出した?

 だとすれば、待ちを選んだのは戦術ミスだったかなあ、とのんきに思っているわたしに、


「そんなことより、大変なんですよ、高杉さん!」

「なにが?」

「だから――」


 小辻くんはそこでいったん言葉を切って息を吸い、


「情報課の職員が、無差別に襲われてるんです!」



--------------------



 そして、わたしが駆けつけたときには、すべてが終わっていた。


「佐伯センパイが、ここに隠れろって……あとちょっと、警察が来るのが遅かったら、あたしも……」


 泣きながらそう言うチカを抱き寄せながら、わたしは路地の奥を見ていた。

 夕景の横浜。頭に来るような赤い色が支配する、ごく平凡な路地裏。

 そこに、死体がひとつ、転がっている。

 検死だなんだで近寄ることは許されていないが、見間違いようがない。


 ――佐伯博孝。

 彼は、ここで暴漢に襲われ、死亡した。


(……っ。わたしのミスだ)


 考えが及ばなかった。

 襲われるのはあくまでわたしで、他に懸念はないと、無自覚に決めつけていた。

 だからこれは、わたしのミスだ。


「あ、綾ちゃん! くちびる、くちびるから血が出てる!」

「え?」

「大丈夫!? 綾ちゃんも襲われたんだよね! 大丈夫だったの!?」


 泣きそうな顔で言ってくるチカに、わたしは小さく、首を縦に振った。


「大丈夫よ、チカ。わたしは大丈夫」

「でも……」


 少し食いしばりすぎて、くちびるが破けただけ。

 だけど、これでわかったことがある。


(これは、わたしだけの戦いじゃないんだ)


 ぎり、ともう一度歯をかみしめて、思う。



 この日。

 わたしは初めて、本気で戦う理由(・・・・・・・)を手に入れた。






---next, modus ponens.

【魔術紹介】



1)『鏡影化(エンシャドウ)

難易度:B+ 詠唱:簡易詠唱(ショート) 種別:幻術

 使用者の身体を地面の影に溶け込ませる……ように見せかける魔術。

 実際には幻術のため、相手の攻撃を上に逸らす効果と視覚をごまかす技の複合魔術である。とはいえ、水平に繰り出したはずの攻撃が当たらず、下から襲ってくると錯覚されるため、奇襲効果はなかなか高い。

 が、今回の相手は、そうして高杉が「近寄ってくる」ことを選択することを完全に読んでいた。


2)『跳躍(ジャンプ)

難易度:C- 詠唱:簡易詠唱(ショート) 種別:身体強化

 文字通り高く飛び上がるだけの魔術。重力加速度を操作する、と言えば聞こえはいいが、要するに上に持ち上がる力を常に発生させて飛びやすくするだけである。

 が、それでも他の身体強化系よりははるかに難しく、この系統にしては異例な程に難易度が高い。実は字面の難易度よりさらに高い問題があって、それは魔術を打ちきるタイミングである。着地直前に打ち切らないといきなり普通に落下しはじめて、地面にクレーターを作るオチがついてくる。高杉みたいな第二世代(セカンド)ならともかく、普通の人間は死ぬ。

 この問題があるせいで、案外、この魔術の使い手は少ない。


3)『隠し戸(ヒドゥン・ドア)

難易度:C+ 詠唱:簡易詠唱(ショート) 種別:歪曲

 相手と自分の位置を回転させて位置交換する魔術。忍者屋敷の隠し扉みたいにくるっと回るイメージからこの名がついた。

 ただし、あまり大きくない無機物相手でないと魔術の力的には作用しない。高杉レベルの魔力でごり押ししても、設置されている窓を動かすという無茶くらいが精一杯である。もちろん、通常の魔術師にはこんなことはできない。


4)『打ち返しの矢(ターン・アロー)

難易度:B+ 詠唱:簡易詠唱(ショート) 種別:防御

 元々は、やってくる遠距離攻撃を軌道修正して跳ね返す魔術。これが魔力効率が案外よいので、東京圏ではうかつに高位の魔術師に対して遠距離攻撃をすることは自殺行為になっている。

 なお、矢返し結界(ターニング・アロー)というまったく同じ効果の魔術があるが、これは違う人間が発明してべつの場所で広まっただけで、つまりは名前が違うだけの同一物である。


5)『圧壊刃(プレス・ブレード)

難易度:A 詠唱:簡易詠唱(ショート) 種別:刀技

 精霊刀展開時のみ使用可能な魔術。精霊刀の攻撃力を斬撃ではなく打撃に変えて相手に打ち出す技。

 高位の戦技魔術師が使えば、その力は建物ひとつを打ち崩すほどのものになる。……が、さすがに竜牙烈掌(ドラゴン・ファング)に打ち勝てるほどの技ではない。当たる方向がよかったので一瞬耐えたが、本来ならば正面から激突すれば一方的に蹂躙される程度の火力しか出ない技である。


6)『幻想火薬庫ファンタズマル・ストレージ

難易度:S 詠唱:完全詠唱(フルコーラス) 種別:装備

 高杉綾子の装備術(エクイップメント)。同系統の魔術をさらに強化した専用魔術。

 その効果は、仮想弾薬庫を生成し、その弾薬によって魔術のサポートをすること。弾薬庫の弾薬をひとつ生贄化(サクリファイス)するたびに莫大な補助効果が生まれる。高杉は主にこれを詠唱の短縮に用いていて、本来ならば第二世代(セカンド)の防御能力を圧倒できるはずの精霊刀を指先で弾けたのは、この魔術によって強力な防御術を無詠唱で使ったためである。

 高杉ほどの魔力があるから成り立つ技であって、通常の魔術師はおろか、第二世代(セカンド)であろうと通常ならば使うと数発で弾切れしてまともに魔術すら使えなくなる。これはただただ莫大な魔力を持つ高杉だからこそ使いこなすことができる、彼女の本当の切り札である。


7)精霊刀

難易度:A+++ 詠唱:完全詠唱(フルコーラス) 種別:斬撃

 物理・魔術防御を突破することに特化した斬撃武器を生み出す魔術。

 その性質から簡易詠唱(ショート)だとまったく威力を発揮できず、したがって完全詠唱(フルコーラス)での運用が当然とされる。また、第二世代(セカンド)を殺すのに特に向いているため、使い手は逆に第二世代(セカンド)でないことが多く、必然的に、詠唱短縮(スタンピード)はほとんどされない。正式な詠唱を以て発動されることがほとんどである。

 取扱注意で、剣としてただ振るだけの動作に細心の注意が必要である。失敗すると手首がもげる。とても使いにくい魔術であり、しかも対単体戦闘限定であるため、使用者は多くないし、そもそも使用者を育てることも難しい。

 が、それでも。この魔術は、凡人が第二世代(セカンド)という超人を殺すことができる、本当に数少ない選択肢の一つであり、それだけで特筆に値する。

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