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亡霊と不死者の時間-Things separating ATHANATOI from ghosts-  作者: すたりむ
第一章:殺人事件⇒殺人事件?
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1.再起動-reboot-(前)

(……なにが起きた?)

(なにが起きたのか、それはわからないけれど――)

(わたしの心臓は、まだ鼓動を打っている)


 ゆっくりと、目を開ける。


 暗い部屋の中だ。明かり取りの窓はあるようだが、べつの建物にさえぎられているのか、ろくに日が差してこない。

 それでも、あたりが見えないほど暗くはない。いま試しに持ち上げてぐーぱーしている両腕も、普通に見える。

 どうやら、ベッドに寝かされているらしい。近くの机にデジタル型の置き時計らしきものが見えるが、角度の関係で時刻は見えない。起き上がって見てみようとして、わたしは顔をしかめた。


「っ……痛」


 頭が痛い。

 それはまあ仕方ないとしても。


(幻術? いや、それにしては……)


 心臓を貫かれた感触。それから胴をなぎ払われた感触。

 そのふたつはとても、とてもリアルな感触だった。地面に倒れるところまでは覚えてないけれども。

 身体を見ると、着替えさせられている。誰のパジャマかは知らないが、男物に見える。サイズはあまり大きくない。わたしが痩せ型でなければ、着せられなかったかもしれない。

 ――うーん。


(よく、わからないな)


 精霊刀。

 精霊刀に違いない。わたしのような強大な第二世代(セカンド)の防御を、不意打ちとはいえ易々と貫ける魔術は、精霊刀以外に考えにくい。

 けれど精霊刀で心臓を貫かれたならば、わたしは間違いなく生きていない。

 いや、二撃目の胴体はいいのだ。胴を両断された程度(・・・・・・・・・)の傷なら、わたしの自己領域の自動回復(リジェネレーション)が直してしまっているはずだ。

 だが一撃目はダメだ。

 心臓はダメだ――仮に心臓を貫いたのが普通の徹甲弾などであれば再生もできるが、精霊刀の攻撃力は相手の魔術構造まで打ち壊す。おまけに、『心臓を貫いた』呪術効果による死の呪いまでついてくる。

 あれで心臓を貫かれて生きている生物は、この東京圏にはいないだろう。……いや、噂の魔竜(ドラゴン)とかなら生きてたりするのかな? わからないけど。

 どちらにしても、わたしのカテゴリーは第二世代(セカンド)。超人的な魔力を有する、しかしカテゴリーとして『人間の魔術師』に属する者だ。当然、限界というものがある。死の呪いによって停止すれば死ぬ。それに耐えても、血液が急激に脳から失われれば意識が止まり、意識が止まれば自己領域が止まって、自動回復(リジェネレーション)も止まって、最終的には死に至る。

 相手がわたし――この高杉綾(たかすぎあや)()を狙ったというのであれば、奇襲で心臓を破壊するのは合理的だ。

 ……のだ、が。


(じゃあなんでわたし、生きてるんだろ?)


 首をひねる。

 まあ、いい。現状では、考えても仕方がないことだ。

 いまは別のことを考えるべきだ――たとえば、この部屋の持ち主は敵か味方か、とか、そういう類のことを。


(探知魔術を使う必要は……ないか)


 わたしは思う。

 上級の魔術戦で安易な探知魔術は逆効果である。探知というのは、基本的には逆探知されるものだ……それに。

 この相手なら、探知魔術など使う必要もない。


 わたしはするすると、音を立てずにベッドを抜け出す。すでに、身体がどこも拘束されていないことは確認済みだ。頭痛も、まあ、さっきほどひどくはない。

 だからわたしは、


加速(アクセル)加速(アクセル)――」


 重加速(ダブルアクセル)を発動させ、勢いをつけて。

 扉に向かって体当たりをかましながら、


剛打撃(スマッシュ)!」


 爆轟一閃。扉が吹っ飛ぶ、と同時に、


偽也(ダウト)!」


 ばあんっ、と周囲に破幻振動がばらまかれる――まあこれは余分で、幻術の気配はなかったが、ついでだ。

 そして即座にわたしは棒立ちになっている相手の背後を取り、


「動くな」

 と言って、首をわしづかみにした。

 相手はあわてた顔でばたばた手足を動かしながら、


「ちょ、え、なんですか! 敵襲ですかっ」

「いいから質問に答えなさい。あなたは誰? 見たところ、シェイプシフターのようだけど」

「な、なんのことだかさっぱりわかりませんっ。僕は書類上は立派な人間ですよっ」

「…………」


 書類上は、って。そんな大見得切るやつ、初めて見たわ。


「書類なんてどうでもいいわよ。どこの勢力所属? 『新生の道』か『再生機構』か、それとも別勢力か。ほらさっさと答える」

「し、『新生の道』です……えと、たぶん」

「たぶん?」

「はい。たしかそんな名前の書類が……あの、書類探してきていいですか? 正直、横浜は今日からなんで、いまの自分の所属がよくわからないんで」

「……まだダメよ」


 そうか。ここは横浜だったのか。

 白々しく、考える。実際はわかっていたことだ。

 15年前の『崩壊』以後。東京圏でこんなに安定した魔力状態を保っているのは、わたしの知るかぎり横浜だけだ。


「書類上の所属が『新生の道』だとして、わたしが聞いてるのは本当のあんたのボスなのよ。おら、吐きなさい。早く」

「ほ、本当のボス……?」

「いないとは言わせないわよ」

「ええと、たぶんそれは梶原(かじわら)先生のことですか……?」

「はい?」


 梶原。梶原先生。


「梶原、何?」

「だから梶原沙姫(さき)先生ですよぉ。高杉さんとお知り合いって聞いてたんですけど」

「…………」


 知り合い。まあ、知り合いではある。

 てことは。


「あんた、百鬼夜行ハンドレッド・ドレッズのメンバー?」

「あ、はい。そうですっ」


 ちょっとうれしそうに言う、彼。

 ……おいおい。なに考えてんだ沙姫ちんよ。


「えーと、横浜に来たわけは……?」

「はい。護衛ですっ」

「護衛……?」

「そうです。高杉さんの身に危機が迫っているという噂があって、護衛に僕をですね」

「あんた、わたしを守れるの? すごく弱そうだけど」

「しし失敬ですね! これでも僕は、天際(あまきわ)さんから『おまえは訓練だとまあまあ強いな』と言われたこともあるんですよっ」

「…………」


 いかん。本格的にダメそう。

 まあ、とはいえこの時点でこいつが敵の可能性はかなり低く、また敵だとしてもさほど格が高い相手ではなさそうだ。

 なので、わたしはとりあえず、つかんでいた首を離した。

 相手……見た目はごく気弱そうな、ごく普通の人間の少年に見える(ただしその正体はシェイプシフター。身体を自在に変形することで有名な魔物だ)彼は、首をさすりながらうめいた。


「あいててて……もう、なにするんですかいきなり。あのドア壊しちゃったら、敷金から弁償しなきゃいけないんですよ」

「鍵がかかってるかもしれなかったし」

「かけてませんよっ。確認くらいしてくださいっ」

「敵に拉致されてたんならそれどころじゃないでしょ。ことは一刻を争ってたんだから」

「うー。ああ言えばこう言う」


 ぶすーっといじけた顔で、彼。

 ……実を言えば、敵に捕まった可能性はかなり低く見積もっていたのだが、言わないでおこう。


「で、結局どういうわけでわたしがここにいるか説明してくれない?」

「それは倒れてたからですよ」

「倒れてた? 路上に?」

「はい」

「場所は?」


 言われて、彼はわたしが倒れていた場所を地図を持ってきて示した。


「ここです」

「……わたしの記憶とは合うわね」


 うなる。

 ということは、あの感触は幻覚じゃなかった……?


「服はどうなってた?」

「それが、ボロボロでした」

「ボロボロ……?」


 待て。それはおかしい。


「修復してなかったってこと?」

「そうみたいです。……えと、一応回収してきてますけど、見ます?」

「見せて」


 言われて、彼は脱衣所らしきところにわたしを案内した。


「これです」

「…………」


 わたしは服をかごから取り出し、眺めてみた。

 心臓の位置に破れた跡。

 そして上着が胴で輪切りにされた跡。

 どちらも、わたしの記憶どおりだ。


「これ、わたしを回収したときに脱がしたの?」

「そんなわけないですよ……気絶してる高杉さんの身体を背負ってこの家まで来て、家の中で着替えてもらったんです」

「でも普通、わたしが無事なら服は自動回復(リジェネレーション)で復活するんじゃないの?」


 わたしは言った。

 自己領域、という名前の防御・回復フィールドは、なにも自分の身体だけを覆っているわけではない。

 熟練した魔術師ならば自分で変形することもできるのだが、普通はそうではなく、あいまいに「ここまでが自分だな」と認識しているあたりに発生する。

 そして人間というものは、自分の肉体と服を、普段から意識して分けて考えたりはしない。

 だから攻撃されても服だけ弾けることもないし、破けても再生するのが普通、なのだが。

 しかし問われた彼は、肩をすくめて言った。


「僕に聞かれてもわかりませんよ。僕はただ、倒れてた高杉さんを拾ってきただけなんですから」

「そういえばあなた、名前なんていうの?」

「あ、はい。()(つじ)みそらですっ」

「小辻くんさ、わたしが倒れてたとき、わたしは怪我してた?」

「いえ。そういう風には見えなかったですけど……」


 小辻くんは首をかしげた。

 ……うーん。


「ところで、なんで僕がシェイプシフターだってわかったんです?」

「形態維持魔力がでかすぎるのよ、あんたたち。熟練した魔術師なら、言われなくてもすぐわかるわ」

「そ、そうだったんですかっ」

「……まあ、人間相手でなかったことで、貞操の問題を気にしなくてよかったのは僥倖だけどね」

「? なんの話です?」

「こっちの話よ。

 ……あーもう。ぜんっぜん状況わっかんないなー。頭は痛いし、なんなんだか」

「提案なんですが」

「? なによ」


 言うと小辻くんは、ちょい、ちょい、とテーブルを指さし、


「朝ご飯にしません?」


 ――そこには、いい加減冷めてきているトーストと目玉焼きの姿があった。

【魔術紹介】



1)『加速(アクセル)

難易度:E+ 詠唱:簡易詠唱(ショート) 種別:身体強化

 文字通り、身体を加速させる魔術。重ねがけ可能。

 魔術の難易度自体は極めて簡単。ただし、熟練していないと制御できないほどの速度で動いてしまい、結果としてあまり強くなれないこともしばしば。

 よって、魔術は簡単なのに訓練していないと使いこなせないという、微妙にめんどくさいポジションになっている魔術である。このため、愛用者もさほど多くはない。


2)『剛打撃(スマッシュ)

難易度:D 詠唱:簡易詠唱(ショート) 種別:打撃

 東京圏における打撃魔術のデファクトスタンダード。極めて簡単ながら、かなりの攻撃威力を叩き出す。

 物理防御、魔術防御の両面に対応しており、どちらの防御もそこそこ抜いてくれる。普通の術者相手ならこれが入った時点で勝負が決まってしまうほど。

 特に強大な第二世代(セカンド)である高杉のこの魔術は、全力で放てば戦車だって一撃でおしゃかにしかねないヤバい威力である。


3)『偽也(ダウト)

難易度:C- 詠唱:簡易詠唱(ショート) 種別:魔術制御

 幻術を解除する魔術。幻術自体、いろいろと面倒な魔術だが、この偽也(ダウト)が非常によく普及していることでさらにその価値が下がっている。

 ほとんどの幻術はこれを近くで使われた時点で崩壊するが、たまにとんでもない強度でこの魔術を拒絶するものもある。ただ、そうとう儀式を重ねて強化しないと無理だし、幻術かどうかを見極める手段はべつに用意できるので、やはり実践的かどうかと言われると疑問が残る。

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[良い点] ローファンでカッコいい設定全開なところ。 [気になる点] 設定全開過ぎて読者を置いてけぼりにしている所。 [一言] TwitterのRTから来ました。 ちょっと、武器や魔法についての情報は…
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