つくば市農道
森と田畑に囲まれた路をライトで闇を裂くようにしてC-HRが進んで行く。
隣に座る林輔の様子を悠輝は横目で観察していた。
相変わらず沈黙し俯いている、暗くてよく判らないが先ほどと変わらぬ生気のない眼でボンヤリとしているのだろう。
見た目に変化はないが……
彼からはずっと不可解な気配を感じている、それが陽が落ちてから強まり始めた。
そろそろだな。
そう思った刹那、
「ううっ……うっ……くっ……ぐっ……グググ……」
輔が呻き声を出し始めた。
「鬼多見」
運転している天城が鋭い声を出す。
「止めろ」
彼女はブレーキをかけた。
真言を唱えようとしたが、それより早く輔は外へ飛び出した。
悠輝も直ぐに外へ出て輔を追う。
彼は体勢を低くしてまるで獣のように駆けていく、明らかに走りづらいはずなのに異様に速い。
「クソッ」
想定していた以上のモノが憑いている。出来る限り荒っぽいことを避けたかったが、そうも言っていられない。
走りながら己の中に存在する力の流れに触れ、そこから外界に繋がる精気を集める。これが験力だ。
験力を眼の前に集め、圧縮し、力の刃に変化させ解き放つ。
「裂気斬!」
「ギャヒ!」
輔の右脚に裂気斬は命中し逃げる速度が一気に落ちた。
その気になれば脚を切断することも可能だが、彼を傷つけたくないので威力はコントロールしてある。
「不動金縛り!」
輔の動きがピタリと止まる。
『不動金縛り』は非常に複雑な段取りを経て発動される呪法だ。しかも修験道では伝授は原則的に一人で、法眼は遙香に伝授したため悠輝は彼から不動金縛りのやり方を学んでいない。
悠輝は文献からそのやり方を知った。彼の考えでは験力はイマジネーションで変化させるもので、真言や呪法はイマジネーションを具体化させるために使用しているに過ぎない。
つまり強いイマジネーションがあれば一々真言などを唱える必要は無いのだ。
今までも簡略化して不動明王真言の『火界呪』で金縛りを発動させていたが、それでも瞬時に使うには長すぎる。悠輝は試行錯誤と努力の末に何とか呪法の名前だけで使用できるようになった。
輔の隣に立つと、フーッ、フーッと興奮した獣のような呼吸をしている。
なるほどな……
林輔に何が起こったのか解ってきた。
「鬼多見!」
天城が追いかけて来た。
「輔クンはどうなった?」
「取りあえず動きを封じたが、憑いているモノをどうにかしないとマズいな」
彼女は顔を顰めた。
「悪霊にでも取り憑かれてたのか?」
「もっとタチが悪い、これは式神だ」
悠輝は説明を始めた、『式神』もしくは『式王子』とは陰陽師が使役した霊的存在とされる。式神は念を込めた人形や呪符を使用する場合が多い。
「でも彼の中に憑いているのは魔物だ。何者か……って、誰かは明らかだが、魔物を式神にして憑けてよこした」
妖怪、妖魔、あやかし、そして鬼。そういったこの世ならざるモノを鬼多見家ではまとめて『魔物』と呼ぶ。
「簡単に祓えるのか?」
カルト情報には精通している天城だが呪術に関しては全くの素人だ。
「簡単じゃないができる。
が、やったら面倒なことになるな」
天城は眼をすがめた。
「どうなるのさ?」
悠輝は大きく溜息を吐いた。
「返りの風が吹く」
「なんだそりゃ? 専門用語を使いすぎだ、ボクにわかるように話せ」
『返りの風』とは呪詛を返し合うことだ。つまり壷内玄馬は林輔を素直に返す振りをして、悠輝を脅しているのだ。
「それがどうした、またつぶせばいいだろ? キミは『カルトつぶしの幽鬼』なんだからさ」
悠輝は天城を睨み付けた。
「返りの風はおれだけに吹くわけじゃない」
天城の表情が厳しくなった。
「明人クンたちも狙われる可能性があるのか」
悠輝は苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。
「だからって、このままにはしておけない……」
不動金縛りを長時間続けるのは危険だが、このまま智羅教に戻すわけにも行かない。
信者に式神を憑けるようなカルトだからな。
ベストは天城の言うように壷内玄馬を斃して智羅教を潰すことだ。
今まで悠輝が潰したアーク以外のカルトに異能力者はいなかった、そのため負傷者は出しても死者は出していない。しかし玄馬と戦うのは文字通り命がけになるだろう。
ほんの短い時間、会っただけなので彼の正確な力量が判らない。ただ、
弱くないのは確かだ。
壷内玄馬を気に入らない最大の理由がこれだ。
不動金縛りで荒い呼吸をする輔を見つめる。彼を助けてくれと頼んでいた母親の顔が脳裏に蘇った。
悠輝にはほとんど母親の記憶が無い。怖ろしい母の死に様を目撃してしまったため、自ら母親に関する記憶を封じていた。現在も多くの記憶は失われたままだ。
だからこそ息子を案じる母の姿に胸を打たれた。金銭面の不安を滲ませながら、何とか取り戻して欲しいと必死に頭を下げる姿に同情を禁じ得なかったのだ。
「やるしかないか……」
悠輝は輔に憑いている式神の強さを確認した。
不動金縛りが通じた時点で充分対処できるが、それなりに強い魔物を使役している。
こいつを呪詛返しすれば、それ相応のダメージが壷内に行くはずだ……
そこを襲撃しよう、確実に玄馬の息の根を止めなければならない。
こういうことを平気で考えている自分に心底ウンザリする。一昨年の事件以降、人命をいざとなると軽視するようになった。
「三瓶……」
「いい加減に覚えろッ、ボクは天城だ!」
名前を呼んだ途端、彼女は悠輝の話しを遮った。
因みに天城翔はビジネスネーム、本名は三瓶茂子だ。
「輔くんに憑いている魔物を祓ったら、智羅教に戻る」
面倒なので呼び名の件はスルーする。
「つぶしに行くのか?」
「やむを得ない」
「ハルちゃん、ハワイ旅行中だろ?」
悠輝は顔を顰めた。
「最悪の場合は法眼に頭を下げる」
天城はニヤリとした。
「さすが『カルトつぶしの幽鬼』、破壊のためならプライドも捨てるか」
心底嬉しそうだ、本当にこいつはカルト宗教を憎んでいる。
おまえと一緒にするな、と言いたい。もちろん彼もカルトは好きではない、いやハッキリ言って大嫌いだ。
しかし、天城のように片っ端から潰したいとは思っていない。理由は二つ、一つは正義を振りかざしても結局は暴力に過ぎないから、もう一つは今回のようなリスクを負うことになるからだ。
悠輝にとって何よりも大切なのは家族だ、正確には法眼を除いた身内だ。呪術師を敵に回せば返りの風で彼らを危険にさらしかねない。
複雑な思いを抱きつつ、彼は服の下に隠し持っていた法具を取り出し始めた。いずれも前もって験力を込めてある。
輔を囲むように独鈷杵四本を地面に突き立て、さらにその周りに塩で円を描く。
次に自分の人差し指の先を折りたたみ式ナイフでわずかに切り、出てきた血で輔の額に不動明王を表す梵字を書く。
「諸仏は世を救う者なり、於いて大神通に住じて、衆生悦びとなすが故に、無量の神力を現す」
呪を唱え終わると手に握っていた数珠の達磨を輔の額に押し当てた。
輔の後頭部から煙のような物が吹き出し、甲冑を纏った姿に変化していく。
「これが魔物?」
天城が言うようにその姿は、
神将か……
憤怒の表情で悠輝を見下ろし、手には矛を持っている。
式神にする際に玄馬は何か手を加えたのだろう、アークの事件で似たようなことをする芦屋満留という呪術師と戦った。
「裂気斬!」
験力の刃を神将めがけて放つ、先ほどのように手加減はなしだ。
神将は小手で覆われた腕で裂気斬を受けた、不動金縛りが効いていない。
林輔に憑いていた時は彼の肉体が枷になっていたのだ。
「三瓶、逃げろ!」
「ボクの名……」
「早く行けッ!」
さすがの天城も今度ばかりは慌ててその場を離れた。
神将が凄まじい勢いで悠輝に矛を突き出した。
悠輝は素早く避けて空中に駆け上がる。
神将は矛を投げつける。
身体をかすめ悠輝はバランスを崩した。
次の瞬間、神将は飛び上がり悠輝の足首をつかむと地面に叩き付けた。
「グッ」
とっさに作った験力のクッションでダメージを軽減する。
足首を握った腕を神将が再び振り上げようとすると、指が切断された。
グォオオオオオオオ!
悠輝は足首から裂気斬を放ったのだ。
彼は隠し持っていた数本の釘を取り出す。
「スパイクマシンガン!」
言葉通り釘は弾丸のごとく神将の顔面に突き立つ。無論この釘にも予め験力を込めてある。
グゥガガガガガ!
悠輝は両手で印を結んだ。
「これで終わりだ。
オン・インドラヤ・ソワカ!」
帝釈天真言を唱えて雷撃を放つ。
雷撃は釘に引き寄せられ神将の顔面が木っ端微塵になると、身体が炎に包まれ一瞬で灰燼に帰した。
「ったく、手こずらせやがって……」
肩や首を回す。見えない験力のクッションで身を守ったとは言え相当痛かった。
「さすがに頑丈だな」
離れた所で見物していたのだろう、天城が呆れたように言った。
「少しは心配しろ」
「なんだ、ボクに心配して欲しいのか?」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる。
「前言撤回だ、おまえは心配しなくていい」
天城と巫山戯ているヒマはない、輔の不動金縛りを解いたら智羅教道場に殴り込みだ。
「オン・バザラドシャコク」
略した解除の真言を唱えて指を鳴らす。
金縛りが解け、意識を失っていた輔は悠輝にもたれ掛かった。
「三瓶、肩を貸せ」
「キミはトリかッ、ボクは天城翔だ!」
文句を言いながらも輔を支えて悠輝と共にクルマへ向かう。
その時、悠輝のスマホが鳴った、朱理の着信音だ。
「よく壊れなかったな」
天城は持ち主同様に頑丈だと言わんばかりだ。
こんな時のために、ちゃんと衝撃吸収のケースに入れ強度の高いガラスフィルムを貼っている。
「どうした、朱理?」
〈おじさん、助けて……〉
この一言と姪の声から最悪の状況なのが解った。
「落ち着いて、状況を教えてくれ」
朱理の話を聴き終え、悠輝の頭にいくつかの疑問が浮かんだ。しかし、今は悩んでいる場合ではない。
「どうした、永遠ちゃんに何かあったのか?」
「ああ、それに御堂が危ない。
襲撃は中止だ、今すぐ稲本に戻る」




