中央公園上空 参
魔人はのたうち回るのをやめ、全身を痛みで震わせた。
「オヤジを壊しただと? ウソだッ、オマエごときにそんなことが……」
「裂気斬」
「ギャッ!」
魔人の左耳と頬の一部が削がれた。
なに? この威力……
母が放ったそれは、悠輝の裂気斬とは次元が違う。遙香から流れ込んでくる験力は半端ではない、自分の内には感じたことのない強大で濃厚な力だ。だが不思議と暴走しかけたと勘違いしたときの、性的快楽は感じない。母が制御しているのだろう。
「う~ん、真言を唱えなくていいから楽かと思ったけど、悠輝の必殺技は威力がコントロールしにくいわ。もう少しで脳ミソを削っちゃうところだった」
「お母さん、あんまりエグい物を見せないでよ」
さすがに朱理は辟易とした。血液は黒すぎるし、見た目も人間離れしているので手脚を切断してもそこまでショッキングではないが、さすがに脳ミソが剥き出しになったら吐いてしまう。
「そうね、子どもに見せる物じゃないわ」
魔人の切断された手脚が自ら動いて元の位置に戻り、傷跡が消えていく。削られた頬も急速に再生している。
「ただ待っているのもヒマだから話を戻すわ。ウソだとしたら、何であたしがこうしているのよ」
「そ、それは……が逃げ出して来たんだ」
再生が進んだせいで痛みも和らいでいるのか、尊はもう震えてはいない。だが、玄馬については自信が無くなったのか、遙香が斃していない理由を見出そうとしている。それに彼女のことを「キサマ」とも「オマエ」ともハッキリ言わず、ゴニョゴニョと濁した。
遙香はその様子を鼻で笑った。
「自分を見てみたら? 何もできずにあたしに両腕と片脚を切断されて、耳も削がれたじゃない。
まぁ、でも安心しなさい、生きているわ。ただし、霊力を奪ったせいで、あんたの知っているパパじゃなくなっているけど」
「そんなことできるワケがねぇ!」
尊が叫んだ。
と、その時、
「そいつはおれの相手だ!」
朱理は己の中に再び悠輝を感じた。
「肉体に戻したはずなのにッ、どうしてまた来るのよッ?」
「決まってるだろッ、姉貴は玄馬を斃したんだ。なら、こいつはおれの獲物だ」
「なに勝手に決めてんの?」
「玄馬は智羅教共々おれが潰す予定だった。それを姉貴がやったんだから、息子の方はおれがやる」
「ダメよ、病み上がりは大人しく寝てなさい」
もうッ、いつものことだけど、こんな状況で……
朱理は内心頭を抱えた。肉体は遙香に支配されているから、自由に動かすことができない。
「オレをムシするなッ」
手脚を繋ぎ終えた尊が割り込んできた。
「今、取り込み中なんだから大人しくしてて」
ぞんざいに遙香が言う。
「オヤジもオレもキサマごときに……」
「遙香様だって言ってんでしょッ、烈火弾!」
焔の塊が放たれた。朱理と悠輝のとは違い、目映い光を放っている。
「ぎゃぁあぁあぁあぁあ!」
魔人は腹部を押さえて転げ回った。烈火弾が命中した部分が熱で溶け、タールのような黒い血が噴き出す。
悠輝が朱理を使って撃った烈火弾は、朱理一人でやるより短い時間で使えたが威力は変わらなかった。しかし裂気斬同様、母がやると、朱理と悠輝の験力を限界までシンクロさせた裂焔斬ですら足下にも及ばない破壊力がある。
余りにも強大な験力のため、魔人の能力を持ってしても打ち消すのはもちろん、ダメージの軽減もほとんどできていない。
「おいッ、おれの獲物だって言ったろ!」
悠輝が不満を言う。朱理は自分の中で延々と姉弟喧嘩を続ける二人にウンザリした。
「何言ってんの、どう考えたってあたしのでしょ。娘と担当タレントを疵物にされたのよ。何なら永遠はタレントなんだから三人分とも言えるわ」
「おれは尾崎さんから依頼を受けている」
「刹那が受けたんでしょ、あんたは代理。そして刹那の手に余る時には、本来あたしがやる契約になっている。あたしがいる以上、あんたの出る幕は無いわ」
「ぐッ……」
悠輝は反論できず言葉に詰まったようだ。だが、
「そうだッ、おれ自身がこいつの鵺に噛まれた!」
自分がされたことを、すっかり忘れていたようだ。自分のことよりも、他人のことを心配してしまう叔父らしいと言えば叔父らしい。だが、あれだけの大怪我を忘れているのは、まだ回復しきっていないからか。
「偉そうに言わない! 油断したあんたが悪いんでしょ。
だいたい、あんたはこのハルクの出来そこないに、ダメージを与えられないじゃない」
皮肉をタップリ込めた口調で遙香が言う。朱理の口を介して話しているので、彼女は自分が言っているような嫌な感じがした。
「おれだって与えられるッ。今すぐフルボッコにしてやるから、大人しく自分の肉体に戻れ!」
悠輝が朱理の肉体の主導権を奪い、のたうち回っている魔人に近づいていく。
「おわッ」
また、悠輝の存在が消えた。遙香が再び追い払ったのだ。
「まったく、邪魔して……」
ブツブツと文句を言いながら魔人を見下ろす。
「いつまで回復にかかっているの? 悠輝ならその程度の傷、五秒で治すわよ」
お母さん、いくらおじさんでも、あんなの当たったら死ぬから。
と、朱理は声に出さず突っ込んだ。
「クッ、キサマは念動が苦手なんだろぉ!」
先程、朱理と悠輝を苦しめた時より強力な念動波を魔人は放ってきた。
「ええ、苦手よ。あたしは相手の精神を支配したり破壊するのが得意なの。でもあんただって、お世辞にも上手いとは言えないわね」
遙香は魔人の念動波を己の念動波で受け止めた。
「それと、何度同じことを言われれば覚えるの……」
「待てッ、念動はおれの専売特許だ!」
悠輝がまた戻ってきた。その途端、一気に魔人の念動波を弾き返す。
「ぐぁああああ!」
魔人の巨体が後方に吹き飛び、広場から飛び出しそうになった。
ところがギリギリでピタリと静止すると、今度は空に向かって急上昇する。魔人の姿がみるみる小さくなった。どれぐらいの高さだろう、少なくとも数百メートルはあるはずだ。
朱理は呆然と空を見上げた。ふと気付くと、刹那と満留、それに梵天丸とザッキーまで広場の外から同じように上を向いていた。
「ぅわぁああぁああああぁああああああああ!」
声に視線を戻すと、魔人が凄まじい勢いで落下してくる。
激突し、地面が大きくへこみ、ドロドロとした黒い血の海が広がっていく。
「死んじゃったかな……」
さすがにこれでは生きていないだろう。
「ちょっと、いきなり割り込んできて、あたしの験力まで使うんじゃないわよ!」
「使おうと思って使ったんじゃない、とっさで切り替えらえなかっただけだ」
「じゃあ手出ししないで。何度も言うけど、コイツだけは譲る気は無いから」
「おれだって、コイツの生皮を剥いで八つ裂きにするまで、引き下がることはできない」
「いい加減にしてッ、どっちにしろもう終わったでしょッ?
二人とも、わたしの中から出ていって!」
耐えかねて朱理が叫ぶ。
「まだよ」
「そう簡単には殺さない、ちゃんと手加減した」
叔父と母が答えた瞬間、魔人がピクリと動く。
すると突然強い風が吹き砂埃が舞う。
朱理は思わず眼を閉じた。
これって、さっきわたしとおじさんがやった……
尊は朱理たちが行った作戦を真似たのだ。
攻撃が来ると覚悟し、朱理は身構える。
その時、梵天丸が激しく吠えた。
「遙香様ッ、尊が逃げます」
やっぱり煙幕……
「追わなきゃ!」
ここで逃がすわけにはいかない、また声優を殺すかも知れないのだ。
「だいじょうぶよ、印は付けたから」
不敵な遙香の言葉が、朱理の口から漏れた。




