中央公園上空 弐
「大人しく死んでいればいい物を、死に損ないがいくら集まっても結果は変わらない! まとめて地獄へ送ってやる」
魔人が痺れを切らして近づいて来る。
「オン・バヤベイ・ソワカ!」
悠輝が風天真言を唱えると疾風が吹き、砂が舞い上がり魔人の視界を奪う。
「行くぞ!」
朱理たちが一斉に動き出す。
「コザカシイ!」
背後に迫った影に魔人が回し蹴りを喰らわす。
八咫烏は消滅するが、軸足に梵天丸と座敷童子が噛みつく。
魔人の意識が視線が下に向いた瞬間、死角から鬼多見悠輝が襲い掛かる。
「見えみえ何だよ!」
悠輝の頭部を鷲掴みにする。
「しまった!」
鬼多見悠輝がここにいるわけがない、これは彼の霊体だ。朱理の験力を利用し、一時的に彼女の身体を離れたのだ。
魔人が触れた瞬間、彼の姿は消え、尊の独鈷杵が一直線に飛んでくる。
その尖った先端が魔人の左目に突き刺さった。
「うぎゃぁあああああ!」
尊の悲鳴にかぶせて朱理の声で悠輝が真言を唱える。
「オン・インドラヤ・ソワカ!」
両手で結んだ印から雷撃が放たれ、独鈷杵に命中する。
「グァ!」
魔人が仰向けに倒れた。
「やった!」
刹那が喜びの声を上げる。
「昴みたいだったよ! キャスティングは間違ってないッ、鳴神昴に一番相応しい人間を選んだんだ」
駆け寄った彼女は妹をギュッと抱きしめた。
「昴……わたしが……?」
「そうだよッ。永遠以外に、昴を演じられる声優なんていない!」
満面の笑みで刹那が答えると、安心したように永遠にも微笑みが広がった。
「わたし、昴になれるのかな?」
「なれるもなにも、なったじゃない」
「姉さん……」
「だから叔父ちゃんも言っただろ、おまえが昴だって」
「うん!」
朱理の声には自信が満ちていた。
「お嬢様、刹那さん!」
満留の緊迫した声に、梵天丸と座敷童子は唸り始めた。
朱理も直ぐに気付いた、凄まじい妖気が横たわる魔人から放たれている。
「まだ生きてるのか……」
悠輝が舌打ちをする。
次の瞬間、横たわった状態からいきなり魔人は飛び上がり、眼にも留らぬ速さで満留と刹那、そして梵天丸と座敷童子を蹴散らした。
そして朱理は抵抗する間もなく、片手で首を掴まれ締上げられる。
「ぐぐぐぐ……」
息が詰まる。
「よくも……よくも……よくもッ、よくもッ、よくもッ、よくもッ、オレ様の顔を傷つけてくれたなぁ!」
更に指に力を込める。
「くッ」
悠輝が念動力で逃れようとするが、打ち消されてしまう。
「まだ死ぬなよ、一度殺したぐらいじゃ腹のムシが収らねぇ。オレを怒らせたコトをタップリ後悔させてやる!」
視界の片隅で刹那たちが藻掻きながら、立ち上がろうとしているのが見えた。
魔人もそれに気が付いたのだろう、片足で強く地面を蹴った。
衝撃波が発生し刹那たちを打つ。
「キャッ」
「うあッ」
「キャン!」
「ギャッ」
再び彼女たちは地に伏した。
「キサマらは這いつくばりながら、コイツが殺されるのを見ていろ」
尊が舌なめずりをする。魔人になっても蛇のようだと、窒息しながらも朱理は思った。
「先ずは眼を潰してやる」
魔人は人差し指をゆっくりと近づける。。
朱理は思わず眼を閉じた。しかし、魔人の力の前では彼女の目蓋など無いに等しい。
「朱理は傷つけさせない!」
悠輝が悪あがきをして念動力を振り絞るが、やはり通じない。
魔神の指が朱理の目蓋に触れ、徐々に力が加わっていく。
朱理は必死に悲鳴を噛み殺した。どんなに甚振られても、こんな奴に屈したりはしない。
しかし、目蓋に指がどんどん食い込み、圧迫された眼球の奥が痛い。
負けない……
お母さんが言ってくれた……わたしの心は負けないって……
肉体はどうなっても……心だけは絶対に負けるもんか……
お母さん、わたし負けないからね……
「うわッ!」
自分ではない、悠輝が悲鳴を上げた。
「それでこそ、あたしの娘よ」
え……?
「オン・メイギャシャニエイ・ソワカ!」
八大龍王真言を唱えると水を圧縮した糸が現われ、魔人の両腕を切断した。
身体を操られ、朱理は身軽に地面に着地する。
「ぎゃぁああああぁあぁああああ!」
魔人は両腕の切断面から、タールのような黒い血をドロドロと溢れ出させながら絶叫した。
験力が通じる……
「当然よ、あんな子供だましでお母さんの験力を阻めるわけないでしょ」
先程までとは比較にならない強大な験力と共に、今、彼女の中には母がいる。悠輝は遙香に追い出されたのだ。
「宇宙最強のママ兼マネージャーが助けに来たわよ。しかも、かなり機嫌が悪いわ」
のたうち回る、尊を見下ろす。
「マネージャー!」
「遙香様!」
刹那と満留が明るい声を上げ、梵天丸も嬉しそうに尾を振った。
「あんたたちは離れてなさい、でないと怪我じゃ済まないから」
刹那と満留は梵天丸と座敷童子を連れ、素直に公園から離れた。
「お、お母さん……」
一方、朱理は色々不安だ。
それにしても、どうして験力が魔人に通用したんだろう。
「そんなの決まってるでしょ、お母さんを怒らせたからよ」
何の迷いもなく答える母の言葉を聞き、要するに魔人が無効にできる上限を超えた験力を使ったということを朱理は理解した。遙香は、娘と弟を合わせたよりも圧倒的に強力な験力を使える。
「ゴロゴロしてないで、サッサと腕をくっつけなさいよ。一方的に痛めつけたら、いじめみたいじゃない」
あ、スイッチ入ってる……
「き、キサマがなぜここに?」
食いしばった歯の隙間から声を絞りだす。
「オン・メイギャシャニエイ・ソワカ」
今度は左脚を切断する。再び尊は絶叫した。
「誰に向かって口を利いてるの? 遙香様でしょ」
どっちが悪者かわからない……
「朱理」
「何でもありません!」
遙香は思い出したように付け加える。
「あ、言うの忘れてたけど、謝ってもゆるす気なんて微塵も無いから。
それとアンタのパパも助けに来ない、あたしが壊したわ。
だから、せいぜい死に物狂いで抵抗しなさい」
遙香はクスクスと笑った。




