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稲本団地中央広場 壱


 あかぼんてんまるを抱いたまま階段を駆け下り、集合住宅から飛び出した。


 眼の前には中央広場がある。昨日、悠輝と共に、ぬえを相手に戦った場所だ。


 広場の中央には先に表に出ていたあしみちが立っている。


「お嬢様」


 朱理は、頷いた。


 昨日から何度か「お嬢様」と彼女に呼ばれているが、どうも慣れない。


 前回とは違い空から式神が襲撃してくる気配は無い。


  でも、妖気は近づいてくる。


 鵺と迦楼羅は魔物をベースにしているせいか非常にそれに近い気配がした。今感じているのも同じだ。


 最初に朱理を襲った式神は魔物より動物に近い感じがした。因みに座敷童子は亜種の魔物といった感じがする。言うなれば『妖怪』だろうか。


 鬼多見では、魔物も妖怪も妖魔も、そして『鬼』も同じモノと考えている。事実、『魔物』を以前は『鬼』と呼んでいた。だが、苗字に『鬼』の文字が含まれることから、それを嫌った先代が呼び方を『魔物』に改めたのだ。


 法眼もそれに倣って『魔物』と呼んでいるが、『鬼を多く見てきた者はやがて己自身も鬼と化す』と鬼多見家の名の由来を伝える言葉からも判るように、彼らは自分たちが『鬼』に連なる者と考えていたようだ。


 朱理が式神の気配を探っていると、刹那が座敷童子と共に追いついた。


 梵天丸は座敷童子が気になり、低くうなり声を出したがすぐに止めた。昨日、遙香に叱られたのが効いているのか、それとももっと危険なモノが近づいているのを感じているからか。


「どこから来るの? これだけ気配を感じているのに……」


 刹那はキョロキョロと空を見回した。


 今度は朱理から満留に視線を向けた。正直、彼女は好きではないし、信用もしていない。それは刹那も同じだ。


 しかし、彼女は遙香と約束をした。いや、命じられたのだ、朱理と刹那を守れと。


 あの母の命令だ、逆らえばどんなことになるか判らない。予め満留に何かしら呪術をかけている可能性が高い。いや、間違いなくかけている、選択しなど初めから無いのだ。


「お嬢様ッ、来ます!」


 大きな揺れが朱理たちを襲った。


  地震……違うッ?


 地面が割れ巨大な髑髏どくろが姿を現した。


「うわッ」


「キャ!」


 刹那と同時に朱理の口から悲鳴が飛び出した。


「ガシャドクロ……」

  

 思わずという風に満留が呟いた。


 ガシャドクロは地面から這い出し、その巨大な姿を露わにした。十メートル以上は確実にある。


 朱理たちはガシャドクロに踏み潰されないよう、後退した。


「怪獣映画じゃないんだから……」


 半分呆れたように刹那が呟く。


「でも、これをやっつければ、壷内尊もきっと……」


 満留に視線を向ける。


「はい、大きなダメージを受け、恐らく呪術も当分は使えなくなります」


「それじゃ、姉さん、ボンちゃん……芦屋……さん、一斉に!」


「はい、お嬢様」


「満留と一緒なのは気に入らないけど、了解。

 ザッキーッ、お願い!」


 座敷童子が刹那の命令に従い、ガシャドクロに突進する。


 朱理も抱いていた梵天丸を放した。対抗心を燃やしたのか、座敷童子に負けじと勇敢にガシャドクロに立ち向かっていく。


 満留は呪符を取り出す。


「出でよガラスッ、きゆうきゆうによりつりよう!」


 呪文を唱えると、呪符は大きな三本脚の鴉となり、宙へ舞った。


「ノウマク・サラバ・タタギャテイ・ビヤサルバ・モッケイ・ビヤサルバ・タタラタ・センダ・マカロシャナ・ケン・ギャキ・ギャキ・サルバビキナン・ウン・タラタ・カン・マン」


 朱理も不動明王の火界呪を唱え、験力を両手で結んだ印に集める。


 ガシャドクロは梵天丸と座敷童子を踏み潰そうとするものの、二匹は素速く動いてかくらんし、さらに八咫烏が空中から攻撃を仕掛ける。


 大きなダメージを与えていないが、確実に足止めはされている。


 朱理は限界まで印に験力を集中させた。


れつだん!」


 激しい焔の塊が命中し、ガシャドクロはガラガラと崩れた。


「やった!」


 叔父の「験力はイマジネーションにより変化させられる」という言葉を参考に、祖父から学んだ本来の呪術を応用したのがこの『烈火弾』だ。まだまだ未熟な技なので、発動するまでに時間がかかる。そのため実践向きではないが、刹那たちがガシャドクロの相手をしてくれていたお陰で使うことが出来た。


「さすがッ、あたしの妹!」


 朱理は刹那とハイタッチをした。


「姉さんたちのおかげ……」


「まだです!」


 満留の引きつった声に振り返ると、ガシャドクロが映像を逆再生するように元に戻っていく。


「そんな……」


「当たり前だ、そんな子供だましでオレの最高傑作が斃せるものか」


 声のする方に視線を向けると、赤いシャツの上に漆黒のジャケットを羽織った男が悠然と公園に入ってきた。


「壷内尊……」


 喘ぐように満留が呟く。


 口元に軽薄な笑みを浮かべ、眼が何だか蛇を思わせる。毒蛇のイメージも湧くが、それ以上にタマゴを丸呑みにする映像が脳裏に浮かんだ。


「泥棒猫が、こんなところで飼われていたか」


 満留を一瞥すると、尊は嘲笑あさわらった。


「うるさい……お前に、そんなことを言われる筋合いは……ない……」


 満留は視線を尊から逸らしながら、小声で言った。


  そうか、このひとが怖いのはお母さんとおじいさんだけじゃない。

  もっと前から、壷内親子を怖れているんだ。


 彼女がどれほど酷いことをされたのか、朱理は理解した。


  どうして壷内尊はここに?


 いくら式神が強かろうと、使役している本人が殺られては意味が無い。


  何を企んでいるの……?


「残念だけど、あんたは飼ってもらえないわね。

 ダサくてかっこ悪いし、弱くてクズなんだもの。

 満留の方が、まだ可愛げがあるわ」


 露骨な刹那の挑発に尊が顔をしかめめた。


「大した霊力ちからもないメスがいい気になるな!」


「うわッ、聞いたッ? 今時、女子に対して『メス』だって! マジでキモッ!

 一〇〇パー、モテないわアイツ。トモダチもいなさそ~」


 汚物でも見るような蔑んだ眼を尊に向ける。


  姉さん、気持ちは解るけど、不用意に挑発しないで!


「言いたいことはそれだけかッ、御堂刹那」


「ナンであたしの名前知ってるの? ストーカー? それともDD? うわ~本気でヤバイんですけどぉ」


「その減らず口を今すぐきけなくしてやる!」


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