C-HR
悠輝の輸血が終わった頃、舞桜は天城の運転するC-HRでアパートがある板橋へ送ってもらっていた。
「ごめんなさい、遠回りなのに……」
稲本団地から舞桜の自宅までは七〇㎞ぐらい離れている。
「とんでもない、舞桜ちゃんと二人でドライブできるんだ、最高さ」
「ありがとう……ございます……」
舞桜は顔が火照って俯いた。
天城と二人きりでいると何だかドキドキする。正直、女性とこんな気持ちになるのは中学生の時以来だ。
舞桜は中学一年生の頃、部活の先輩に恋をした。もともと人気のある先輩だったので、それが恋だと気付いたのは彼女が卒業した後だった。
喪失感がとんでもなく大きく、高校生になって振り返ってそれが恋だったと理解した。
その時、舞桜は好きだった異性のクラスメイトに彼女がいることを知り、失恋した。その感覚と先輩が卒業した後に感じていたものが一緒だったのだ。
ワタシどうしたんだろ?
やっぱり天城が特別なんだと思う、彼女は格好いい。
そう言えば、せっちゃんが変なこと言っていたな……
「天城さん、今さらですけど、さっきせっちゃんが失礼なこと言ってごめんなさい」
「あぁ、『変態探偵』ってこと?」
「はい……」
「気にしてないよ、むしろご褒美だし……」
「え?」
後の方が聞き取れなかった。
「う、ううん、何でもない。
それより舞桜ちゃんの方こそ、また厄介事に巻き込まれて大変だね」
天城は話題を変えた。
「一昨年事件を起こしたとき、天城さんだけじゃなく、沢山の人に助けられました。だから誰かが困っていたら、今度はワタシが力になりたいんです。
って言っても、ワタシはせっちゃんを紹介しただけなんですけどね」
思わず熱く語って、恥ずかしくなり「テヘヘ……」と笑った。
「いいな、そういうの」
真剣な口調で天城が呟いた。
「え?」
「みんなが舞桜ちゃんみたいになれば、もっと世の中は幸せになるよ」
「そんな大したことじゃ……」
「いや、偉いよ。ボクなんか人の秘密を暴いて生活している」
「それって浮気調査のことですよね? でも、そこには愛する人に裏切られている人がいて……」
天城は悲しげに微笑んだ。
「たしかにね。だからこそなんだけど、そこにある感情は醜いものさ。もちろん誰も好き好んでそんな感情を持つわけじゃない、たいていは愛の裏返しなんだ。
愛があるから嫉妬や憎しみが生まれる、皮肉な話しさ」
「天城さん……」
「何か辛気くさい話になっちゃったね、ゴメンよ」
天城は空気を変えるように明るい口調で言った。
「いいえ、大事なことだと思います。
重い話題ついでじゃないですが、一つ聞いてもいいですか?」
「うん、声優連続殺人についてだね」
さすが名探偵、察しがいい。
「複雑だよね、舞桜ちゃんにとっては身近な人たちだから」
そうだ佳奈が憑きもの筋だったのも驚きだが、彼女は望んでそうなったわけではない。
むしろ自分の夢を犠牲にしても、誰かを傷つけることをやめようと必死だ。我が後輩ながら偉いと思う。
連続死と大怪我などで降板をした声優がいるアニメに、代役として参加している残りの二人はさらに彼女にショックを与えた。
「間違いないんですね……」
天城は無言で、ただしハッキリと頷いた。
どちらかが、最悪の場合は両方が犯人なのだ。
「そうですか……」
きっと彼女には両方か、どちらが犯人かも判っているのだろう。舞桜にはそれを確かめる勇気がなかった。
いずれ御堂姉妹が明らかにする。
それから重い沈黙が車内に降りた。
天城が何か話してくれるかと思ったが、彼女も口を開かない。明るい話題で誤魔化してもどうにもならないからだ。
舞桜も事実を受け止めようとした。役が付かないことの辛さは人一倍知っている。役を得るためにはどんなことでもしたくなる気持ちも理解できてしまう。表面上仲良くしていても、結局は皆がライバルなのだ。
でも、それだけじゃない……
本当の友達だっている、助けてくれる先輩もいる、何より大抵のアニメは複数の声優がいなければ成り立たない。
視線を上げるともうすぐ板橋だ。
天城さんとは次、いつ会えるんだろう……
また会いたいが、彼女の活動拠点は郡山だ。
「天城さん、恋人はいますか?」
言ってから、唐突に自分は何を言っているんだと思って慌てた。
「あ、ゴメンなさい! いきなり変なこと聞いてッ」
天城は少し驚いたようだが、すぐに微笑んで、
「ヘンなコトじゃないよ、ボクに興味を持ってくれたってことだし、嬉しいよ」
と言った。
「恋人は、いるよ。今は男が二人に、女が三人」
「えッ?」
今度は舞桜が驚く番だ。
「ジョ、ジョーダンですよね?」
「本当だよ」
悪戯っ子のような表情でクスクスと笑う。
嘘ではないようだ。
「それって……」
自分は今、どんな間抜けな顔をしているだろう。
「もちろん全員と合意の上さ。ボクは基本的に『来る者を拒まず去る者は追わず』だからね」
「はぁ……」
「理解できない?」
舞桜の顔を覗き込んで天城は不思議な笑みを浮かべた。
「まぁ、普通は理解できないのかなぁ」
「あ、あ、あの、ひょっとして、鬼多見さんも……」
「アイツは違うよ、腐れ縁の仕事仲間さ。
使えるヤツだけど、恋人にはしたくないなぁ」
「そう、ですか……」
何か言わなければと思い、また変なことを言ってしまった。
「ボクはね、人の心は自由だと信じている。だから恋愛も自由さ。
誰か一人に縛り付けられる必要はない。もちろん、ボクも誰かを縛り付けようとは思わない。
そんなの不可能さ。いくら頼んでも、たとえ暴力を振るったとしても、心を縛ることはできない。身体は縛ることはできてもね。
できるとすれば暗示や恐怖かな? いわゆる洗脳だね。でも、そんなことをしたら、そこにいるのは本当に自分が愛した人だろうか?
ボクには理解できないよ、本人の自由意志で好きになってもらえなけりゃ意味がない」
そう言って再び視線を舞桜に向けた。
天城が言っていることを彼女は理解できた。一昨年、天城に助けられた事件が、まさにそういった状況だった。
舞桜はイベントで郡山に行った際に、過去の写真をネタに元カレ、菅知巳に脅され、監禁されたのだ。
復縁を迫られたが、彼に対する想いは完全に枯れ果てていた。高校の頃、失恋したときに彼女を慰めてくれたのが菅で、それから仲良くなり交際に発展した。しかし、上京を切掛に別れ、舞桜にとっては過去の思い出になっていた。
あの時、舞桜が感じたのは嫌悪と声優としての居場所を守りたいという焦りだけだった。
彼がいくら舞桜に対する愛を口にしても、少しも心に響かず、むしろ気持ち悪いと感じていた。
「それは、解ります」
「まぁ、鬼多見の一族は例外だけどね」
ぼやくように言う。
「そうですね」
思わず苦笑してしまう。
空中で鵺と戦った悠輝、突然政宗と共に現われた紫織、そして永遠に憑依する遙香。彼女たちなら人の心も思い通りに操れるのかも知れない。
「愛ってさ、見返りを求めないものだって言うよね。親が子を育てるのもそうだし、ペットや動物、植物の世話をするのもそうだ。それこそ声優やアイドルを応援するのだって愛だよ」
「そうですね」
それほど多くはないが舞桜にもファンはいる、彼らにどれほど支えられているか。たまに自分だけのファンになって欲しいと思うこともあるが、他の声優のファンでもいいから自分も応援して欲しいという気持ちの方が強い。
「あまねく愛をって言うくらい、分け隔てなく広めた方がいいのが『愛』だよね。
なのに、どうして恋愛だけは一人に絞らなければならないんだい?」
「それは……相手を傷つけるから?」
天城は我が意を得たりと頷いた。
「そうだ。でも、お互いが同意の上ならどうだろう? 嫉妬せず、独占しないで性別も年齢も人種も、何にも縛られず自由に好きなだけ恋愛できたら幸せだと思わないかい?」
「えー、年齢はあるていど制限しないと犯罪の可能性が……」
今度は天城が苦笑した。
「そうだった。それが理由で、ボクは未成年には手を出さないよ。
でも、自分に責任を持てる大人だったら、ステキだと思わないかい?」
舞桜は黙り込んでしまった。
天城の言っていることは理解できるが、果たして自分は恋人を独占せずにいられるだろうか。
恋人が他の誰かを愛したら、やはり嫉妬してしまう。
「ワタシには……ムリみたいです……」
「それでいいと思うよ。誰もがボクみたいじゃないのは解ってる。というか、ボクは明らかにマイノリティーだ。
でも、マジョリティーが間違っているとは言わないよ。色んな考え方があるのは自然なことだから。
さっきも言ったけど、心を縛ることはできないからね。
ただ、舞桜ちゃんには、ボクみたいな人間もいるってことを覚えておいて欲しいんだ」
そう言って天城は舞桜を見つめた。
「天城さん……」
舞桜から視線を外し、天城は顔を前に向けた。
「板橋だ、もうすぐ着くね」
そうだ、あと少しで天城と別れなければならない。
「ワタシに教えてくれませんか?」
「ん?」
「天城さんの愛を……」
そう言って舞桜は天城の横顔を見つめた。
「理解できないかも知れないけど、理解したいとは思います」
天城は正面を見つめたまま、舞桜の手を握った。




