稲本病院
御堂刹那は診察を終え、鬼多見が輸血している病室へ向かっていた。
ハァ、やっぱり痕は残るか……
式神にやられた背中の傷は、永遠が施してくれた呪術の甲斐もあり傷口は完全に塞がっていた。しかし、傷痕は残ると言われた。
鏡で見せてもらうと醜い筋が二本、右肩甲骨の辺りから左脇腹に向かって伸びていた。
もうビキニは着れないなぁ……
今までもさほどビキニを着ていたわけじゃないし、誰か見せたい相手がいるわけでもない。もっと言えば仕事でもそんな需要は無く、今後もあるとは思えない。
それに傷の場所が思ったより下だったので、ワンピースの水着なら傷跡をほぼ隠せるはずだ。
でもな……
やっぱりショックだ。永遠を助けたことに後悔は無いが、誰かに責任を取ってもらいたい。
ダレに……?
ふと鬼多見の顔が脳裏に浮かぶ。
刹那は慌てて頭を振った。
なんで、おじさんッ? だいたいおじさんは早紀お姉ちゃんと……
そう言えば、二人はどうなっていいるのだろう? 昨日は好恵だけではなく、早紀も稲本に来たと永遠が言っていた。
気にしない気にしない。
多分、脳がバグっただけだろう、この二日間で色々なことがあったのだから無理もない。
刹那は足を速めて鬼多見がいるオペ室の前に急いだ。
オペ室の前に並べられた長椅子に、刹那より先に診察を終えた永遠が佳奈と一緒に座っていた。
「姉さん」
刹那に気付き永遠は立ち上がると駆けよった。
「怪我の具合はどう?」
不安げに刹那を見上げる。
「平気よ!」
努めて明るい声で答える。
「たしかに痕は残るみたいだけど、それほど目立たないって」
「本当?」
永遠は実際に傷を見ている、そう簡単に納得はしない。
「うん、ビキニはムリだけど、ワンピースなら傷跡は隠せると思う」
泣き出しそうな顔を永遠はする。
「それよりあんたはどうなの? あたしは背中だから隠しやすいけど、肩だとタンクトップでNGになりかねないわ」
困ったような顔を永遠はした。
「わたしも痕は残るって言われたけど……」
「ちょっと見せて!」
刹那は咄嗟に妹の襟元を引っぱり、肩を剥き出しにした。
「ね、姉さんッ、服が伸びる!」
「そんなモン、経費で買ってあげるからッ」
抵抗する永遠を刹那は完全に無視した。
彼女はブレーブ期待の新人だ、今後の活躍次第で事務所の方針も変更される。つまり声優部門の存続および拡大は永遠にかかっているのだ。
プロダクションブレーブは女性タレント専門の事務所で、刹那が声優になるまで声優部門は存在しなかった。すぐに無くなるともっぱらの噂だったが、永遠が所属したことで一気に流れが変った。
演技はまだまだで、儚げなかわいらしさもずば抜けているとは言えない。しかし永遠には何物にも代えがたい華がある。本人はまったく自覚が無いが、それが人を惹き付けるのだ。
ここで永遠に何かあったら刹那は責任を取って引退しなければならない。いや、一生拝み屋としてタダ働きだ。
傷跡は両肩にあったが、右肩はよく見なければ判らない程度で、左肩もそれほど目立ちはしない。公私においてほぼ問題にはならないだろう。
刹那は安堵の溜息を吐いた。
「よかった……」
「もうッ、だからほとんど目立たないって言おうとしたのに。
姉さん、時々おじさんみたいになる」
永遠が頬を紅くし涙目で言う。
鬼多見と似ているなんて心外だ。
「ゴ、ゴメン、お姉ちゃん、取り乱しちゃって……
それでおじさんは?」
「まだ輸血が終わらない。それにお母さんが紫織のところへ行くって」
「どういうこと?」
永遠の表情が硬くなる。
「たぶん、向こうで何かあったんだと思う」
紫織が襲われたのだろうか。鬼多見は病院で再度襲撃されるのを恐れていたが、相手は邪魔した紫織を先に始末しようと考えたのかも知れない。
「そんな……」
「おじいさんがいるから、だいじょうぶだと思うけど……
お母さん、かなり頭にきてるみたいだったから何をするか……」
「そっちが心配なのッ?」
永遠は眉根を寄せて刹那を見上げた。
「姉さんだって知ってるでしょッ? ウチのお母さんがどんなにキケンか!」
遙香がどんな人間か改めて思い返してみる。
「ん~……マネージャーがマジギレしたら何が起こっても不思議じゃないわね」
彼女の心配は間違っていない。
「なによ、人をアンゴルモアの大魔王みたいに」
永遠の口調が変り、遙香の姿と被さる。
「マ、マネージャーッ? い、いいえ、別に、あたしは……」
ってか、アンゴルモアの大魔王ってなに?
言葉の意味は判らないが、オソロシイものなのは間違いない。
「輸血が終わったみたいです」
佳奈の声に救われた。
尾崎さん、ナイス! 偶然かも知れないけどありがとうッ。
「間に合ってよかった、これで面倒なことにならずに病院を出られるわ」
救急隊員が来たときから輸血を開始するまで、永遠に憑依した遙香が関係者の心を操作して怪我の原因を追及されないようにした。出るときも同じようにするつもりだ。
鬼多見がストレッチャーに乗せられてオペ室から出てきた。
「おじさんッ」
永遠が駆けよる。
「すぐに病院から出るぞ」
と不機嫌に言うのが聞こえた。
どうやら意識が戻っている。良かったと言うべきか、面倒なことになると思うべきか刹那は悩んだ。




