稲本団地空中
悠輝は宙を駆け、鵺へと向かって行った。相手も凄い勢いで近づいてくる。
デカいな。
動物を組み合わせた異様な姿だが、どのパーツも実際のものより遥に大きい。全長は五メートルぐらいありそうだ。
鵺は想像の産物だが、式神は人のイマジネーションによりその姿を与えられる。昨日戦った神将もそうだし、芦屋満留が使ったアメノウズメもそうだ。
神将より強力か……
近づくにつれ、その力も伝わってきた。ただの式神ではない、こいつも魔物をベースにして造られている。
それにしても真昼に、しかも姿を隠そうともせず式神を送り込んでくるとは正気を疑う。すでに団地の住民がザワつきだしている。
それともそれが狙いか……
住民たちに返りの風が当たらないようにするために、悠輝は周りに意識を配らなければならない。
クソッ、これでしばらく稲本団地に近づけなくなるかも知れないな。
鵺と空を駆ける悠輝の姿がリアルタイムでSNSで拡散されるだろう、まったくやりにくい時代だ。
悠輝は金剛杖を構え、鵺に突き出す。
鵺は巨体に似合わぬ身軽さで躱すと、鋭い爪で悠輝を引き裂こうとする。
彼も紙一重で躱す。
「裂気斬!」
今度は避けようとせずまともに受けるが、わずかに傷が付いただけで鵺はほぼダメージを受けていない。
一筋縄ではいかないか。
それも想定内だ、悠輝は金剛杖の上の部分を握り抜刀した。この金剛杖は仕込み杖になっている。
験力を刃に込め鵺に斬りかかる。
鵺も虎の爪で悠輝を切り裂こうとする。
「タァ!」
刃は鵺の肩を斬りつけたが深手ではない。
一方、鵺の爪を悠輝は鞘で防ごうとしたが木っ端微塵になり、左腕に爪が掠り三本の傷ができた。
「くッ」
再び間合を取り、仕込み刀を八相に構える。
鵺が激しい勢いで突進してくる。
悠輝は八相の構えから仕込み刀を投げつけた。
「裂気斬!」
仕込み刀は鋼の裂気となり、激しい勢いで回転し鵺に向かう。
この勢いでは避けられないと思いきや、鵺は信じられない動きで刃を躱す。
仕込み刀は意思があるように動きを変え、勢いもそのままに鵺を背後から切り裂いた。
痛みを感じないのか、傷をものともせずに鵺は悠輝をかみ殺そうと牙を剥いて襲い掛かる。
悠輝は鵺よりも素速い動きで懐に飛び込み、首に腕を絡ませ噛まれるのを防いだ。
鵺は彼を切り裂こうと藻掻くが、身体の構造と悠輝が邪魔で思うようにならない。
仕込み刀が回転を止め、刃を鵺の顔面に向けて一直線に向かっていく。
ガガッ。
仕込み刀は見事鵺の口の中に刺さった。痛みを感じずともこれでしばらくは牙を防ぐことができる。
悠輝は腰のベルトに差しておいた独鈷杵を抜き取ると、渾身の験力を込めて鵺に突き立てる。
「ノウボウ・タリツ・ボリツ・ハラボリツ・シャキンメイ・タラサンダン・オエンビ・ソワカッ、怨敵調伏大元帥明王!」
独鈷杵を通じて式神の中に大元帥明王真言の呪力を注ぎ込む。
鵺の身体がグラリと空中でバランスを崩し急降下する。
激しい衝撃が身体を貫くものの、鵺と験力で創ったクッションでダメージを最小限に抑えた。
鵺にとどめを刺すべく立ち上がり、口に刺さっている仕込み刀に手をかける。その瞬間、視界の隅で周りの状況も把握する。
悠輝が落ちたのは稲本団地の中央にある広場だった。
人払いの呪を前もって仕込んでおいた甲斐があり、周りには誰もいなかった。しかし住民が部屋からカメラを向けるのまでは、悠輝の験力では防ぎようがない。
彼は鵺から仕込み刀を抜き、とどめを刺すべく身構えた。
とその時、おぞましい力を感じ鵺から咄嗟に飛び退く。
次の瞬間、自分がいた場所を炎の帯が横切った。
悠輝は炎の出所に向け仕込み刀を投げつける。
「裂気斬!」
験力を込めた刃が炎を吐いた巨鳥の首を刎ねた。
ところが胴体と分離した首が宙を泳ぎ元の場所に戻る。
こいつ……
どうやら鵺よりも強力な式神だ。
しかも打ったのは別の呪術者だと悠輝は確信していた、この呪力の気配はハッキリと判る。
壷内玄馬。
昨日は神将で今回は不死鳥。いや、金色のこの姿は迦楼羅か。
迦楼羅は再び火を噴いた。
「オン・メイギャシャニエイ・ソワカ!」
水神である八大竜王真言を唱え水の壁を作り出す。
水の壁で迦楼羅の炎を防いでいると鵺が立ち上がり襲い掛かる。
悠輝は振り下ろされた爪を咄嗟に避けてしまった。
そのせいで背後にあった植え込みが燃え上がる。
しまった!
「オン・バロダヤ・ソワカ!」
今度は水天真言で水の塊を植え込みにぶつけ火を消す。
火事を出せばどれだけ被害が出るか判らない。迦楼羅だけでも厄介なのに鵺の息の根を止めていなかったため、かなり不利な状況だ。
F棟504号室
鬼多見が鵺と縺れるようにして、刹那たちがいるF棟の前にある中央広場に落ちた。
永遠が小さく声を漏らし、舞桜と佳奈は完全に悲鳴を上げたが、天城だけは冷静に見つめている。
刹那も眼を見張ったが悲鳴はかろうじて抑えた。これでも永遠の姉だ、ここで動揺を見せるわけにはいかない。
案の定、鬼多見はすぐに立ち上がり鵺にとどめを刺そうとした。
ところが突然金色の巨鳥が現われ彼を狙って炎を吹く。
鬼多見は素速く避け、手にしていた仕込み刀を巨鳥に投げつけた。
刀はブーメランのように回転しながら巨鳥の首を刎ねるが、首は再び胴体に戻る。
なに、あれ……
余りの出来事に今度は誰も悲鳴すら上げない、名探偵の天城も顔を顰めた。
刹那も唖然としてしまった。
あんなのどうするのよ……
永遠が茶の間から飛び出そうとする。
「待ってッ、どこに行く気ッ?」
刹那は彼女の手を掴んだ。
「放してッ、おじさんを助けなきゃ!」
「言われたでしょ、結界を維持しろって」
「でも、あんな化け物、おじさん独りじゃ……」
「あんたが行っても倒せないでしょッ?」
一瞬、永遠は言葉を詰まらせ考え込む。
「でも……わたしは火に強いから盾ぐらいにはなれる……」
決意を秘めた眼差しで刹那を見上げる。
「なに言ってんのッ? そんなことしても、おじさんは喜ばない!」
「違う、おじさんを喜ばせたいんじゃない。わたしは守られるんじゃなく、誰かを守れる自分になりたいの!」
「永遠ちゃん、気持ちはわかるがボクも賛成できないな。あいつに任せよう」
「そうだよ、行っちゃダメ」
天城と舞桜も永遠を止めようとする。
「永遠、厳しいことを言うけど、万が一おじさんがやられたらここを守るのはあんたしかいないんだよ。
あたしじゃ結界の維持はできない。誰かを守りたいなら、ここに留まってみんなを守って!」
永遠の瞳に動揺が現われた。改めて部屋にいる一人ひとりの顔を見つめる。
「姉さん……」
再び視線を窓に向ける。
鬼多見は巨鳥が吹いた炎で燃えた生け垣の火を呪術で消しつつ、鵺の攻撃を躱している。
「おじさん……」
永遠はギュッと眼を瞑った。
「お母さんが帰って来るまで数時間はかかる。おじさんがやられちゃったら、たぶんわたしじゃ持ちこたえられない……」
喘ぐようにして永遠が言う。
「なに言っているの?」
「ごめんなさい、こうするしかないの!」
永遠は刹那たちを振り払うと、茶の間から飛び出す。
梵天丸がいち早く後を追う。
「永遠!」
刹那も後を追おうとした。
「ダメだッ、行ったらキミは殺られる」
天城が彼女の手を掴んで止めた。
「放してッ、永遠が!」
「ボクらでは彼女を止められない」
「でも!」
「キミは判っているだろ? ボクらは永遠ちゃんに以上に足手まといだ」
刹那は抗うのをやめた、そしてまた無力感に襲われる。
あたしに力があれば……
涙が溢れそうになり窓の外にいる式神を睨み付けた。




