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F棟504号室

 朱理は床に梵天丸を降ろすと部屋を出て、インターフォンの受話器を取った。


「はい」


〈永遠ちゃんかい? ボクだよ〉


「天城さんッ?」


 今まで叔父と電話をしていたはずだ。


「とにかく開けます」


 朱理は玄関を開けた。


「やあ! 久しぶり」


 スマホを片手に持った天城が立っている。


「お久しぶりです! 上がってください」


 朱理は彼女を茶の間に案内した。


 部屋に入ると悠輝と刹那、そして舞桜までがハトが豆鉄砲を喰らったような顔をした。


「おまえ、何で……」


「ゲッ、変態探偵!」


「天城さん!」


 悠輝、刹那、そして舞桜の声が重なった、唯一佳奈だけが取り残されている。


 舞桜は立ち上がり天城の前に立った。


「久しぶりだね舞桜ちゃん、元気だったかい?

 あれからいつもキミが出演しているアニメをチェックしてるよ、今度は『あやかし童子』の()()役だね。漢字は違うけど同じ名前だし、イメージにピッタリだ」


「うれしいです、ワタシのこと気にかけてくれていたんですね?」


 舞桜が頬を赤く染める。


「当然さ、キミのような美少女のことをボクが気にしないわけないじゃないか!」


「あ、ありがとうございます!」


「それより、今夜ヒマかい?

 再会を祝って食事でも……」


「三瓶、人の家でナンパするな」


 見かねたのだろう悠輝が天城を止める。


「キミはどうして覚えられないッ? ボクの……」


「それはいいッ。てか、何でいるッ?」


「ボクの力が必要になると思ってね、スタンバイしていたんだよ」


「舞桜ちゃん、あんな変態に関わっちゃダメ!」


 刹那は舞桜を自分の(そば)に引き寄せた。


「ちょっとッ、天城さんはワタシの恩人なんだよ!」


 舞桜を天城の魔の手から守ろうと刹那は必死だ。


「恩人でも変態は変態!」


「刹那ちゃん、ヒドいじゃないか。ボクは自分に正直なだけだよ」


「自分の欲望にでしょッ? 舞桜ちゃんにヘンなことしたらゆるさないから!」


「ボクがそんなコトするわけないだろ? ちゃんと手順は踏むさ」


「する気満々じゃない!

 おじさんッ、なんで呼んだのッ?」


 刹那の怒りが悠輝に向いた。


「そいつの情報収集能力、とくにアニメ業界の情報については何だって手に入れているからだ」


 ムッツリとした顔で彼は答えた。


「ま、そう言うことだから、刹那ちゃんも安心してこの名探偵の活躍を見守ってくれ」


「前もって言っておくが報酬は……」


 言いかけた悠輝を天城は手で制し、フッと微笑む。


「無粋なこと言うなよ」


 気取った仕草で舞桜を指し示す。


「舞桜ちゃんと再会できたんだ、それだけでも充分さ。

 さらに尾崎佳奈に御堂永遠、そして御堂刹那、今をときめく美少女声優たちのプライベートを垣間見られるんだ、こっちがお金を払いたいくらいさ」


「じゃ、一分間五千円ね」


 しらけきった表情で刹那が掌を差し出した。


「刹那ちゃん、相変わらず塩対応だねぇ」


 めげない人だな、と朱理は内心苦笑した。


「三瓶、いい加減にしろ」


「わかっているさ、それにボクの……」


「名前は変態探偵でしょ」


「刹那ちゃ~ん……」


 天城は大きく息を吐いた。


「ま、おふざけはこれぐらいにしておこう、佳奈ちゃんの表情もだいぶ明るくなったしね」


 天城の言葉に朱理は改めて佳奈の顔を見た。


  本当だ、さっきまでより元気みたい。

  天城さん、尾崎さんを元気づけるために……


「まぁ、事情は予想がついている。人気声優連続殺人事件と、この事件が始まった前後から降板した声優の代役、もしくは制作途中の変更で採用された声優を知りたいってことだろ?」


 悠輝は口元に笑みを浮かべただけだが、刹那と佳奈は驚いた顔し、舞桜は瞳を輝かせた。


  天城さん、験力を使ってないのにスゴい……


 彼女と同じことなら母や祖父もできる。しかし二人は異能力を行使して相手の思考を読んで行うのだ。


 天城は洞察力と推理力で人の心を読み、情報を収集し隠された事実を明らかにする。験力の存在を知っているからこそ、朱理は彼女の凄さを改めて感じた。


「その口ぶりだと、もう特定できているんだな?」


 天城は肩をすくめた。


「当たり前だろ、名探偵のボクに解けない謎はない。ましてやこれは謎ですらない、情報さえあれば誰にでもわかる」


「その情報、どうやって手に入れたのよ?」


 刹那がキツイ口調で()いた。未発表の情報も含まれている、不法な手段で収拾した可能性を疑っているのだ。


 天城はクスリと笑った。


「企業秘密さ、いくら刹那ちゃんでも教えられないよ」


 刹那は鼻を鳴らしただけでそれ以上追求しなかった。


「それで、誰なんだ?」


 悠輝の言葉に天城の顔から笑みが消えた。


「全てに共通している人間はいない、しかし頻繁に出てくる名前が三つある」


 天城はそこで言葉を切り、佳奈に視線を向けた。


「一人は尾崎佳奈、キミだよ」


 わかっていたことなのだろうが佳奈は再び表情を硬くした。


「あとの二人は……」


 その時、表から、バシッと何かがぶつかるような音がした。


 とっさに視線を向けると鴉が三羽次々に窓に向かって突進して来た。


 しかし、鴉は見えない壁に阻まれて窓に触れることもできない。


 呪術師の襲撃を予測した悠輝が結界を張っていたのだ。


「白昼堂々と襲ってくるとはな」


 不敵に微笑むと悠輝が立ち上がった。


「朱理、梵天丸が飛び出さないように抱いていてくれ」


 彼は窓を開け放つ。


「裂気斬!」


 鴉が三羽とも真っ二つになり、空中でかき消える。


 しかし魔物の、いや式神の気配は消えない、むしろ強くなっている。


「なにアレ?」


 最初に気付いたのは刹那だ。


 何かが空中を猛スピードで駆けて来る。


  あれは……(ぬえ)


 鵺とは頭が狒々、身体は狸、手脚は虎、尾は蛇という妖怪だ。


 鵺は視覚で認知できるのだろう、舞桜と佳奈が驚きの声を漏らした。声は出さないが天城も同じ方向を見つめている。


 つまり誰に見られても構わないと言うわけだ。


 悠輝が玄関から靴と立てかけておいた金剛杖を取ってきた。


「おじさん?」


 朱理は心配そうに、鵺の相手を独りでしようとしている悠輝を見上げた。


「念のため結界の維持を頼む」


 ちょっと買い物に行ってきてくれ、とでも言うような軽い口調で頼むと、悠輝は靴を履きながら窓から身を乗り出した。


「ここ、五階ですよ!」


 何も知らない佳奈が声を上げる。


「知っているよ」


 微笑むと彼は窓から飛び出す。


「だめッ」


 佳奈が悲鳴を上げた。


 しかし悠輝は重力を無視し、鵺へ向かって空中を駆けて行く。


「せっちゃんと付き合っていると、こういうの普通だから」


 舞桜が呆然としている佳奈の肩をポンと叩く。


 朱理は、あはは……と力なく笑った。たしかに自分を含め常識を逸脱したメンバーが(そろ)っている。


「ぜ、全然普通じゃありませんよ!」


 涙目で佳奈が抗議する。


「大丈夫だいじょうぶ、すぐなれるから」


 刹那がニッコリと微笑む。


「やっとわかりました、舞桜さんがわたしの話しをすぐに信じてくれたわけが……」


 溜息を吐きつつ佳奈がぼやいた。


「そ、だから心配することないわ、『座敷童子』なんてあたしたちにとっては珍しくも何ともないから」


「刹那さん……」


 佳奈の声に安堵を感じた。


  さすが姉さん。


 姉の拝み屋としての手腕に感動する。拝み屋が祈るのは依頼者の良い未来だと叔父が言っていた。


 拝んで欲しい人は何かしら問題を抱えているが、拝み屋にできることなどほとんど無い。(まれ)に人知を超えるモノが関わっていて、それをどうにかすることはある。だが基本的には依頼者のために祈るだけだ。祈る、つまり拝むから拝み屋だ。


 刹那は優秀な拝み屋だ、佳奈の心を救おうとしている。


 そしてもう一人の拝み屋は、皆を守るために式神に立ち向かっていった。


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