朱理の部屋
強力な霊力が妖力にぶつかるのを感じ刹那は眠りから覚めた。
霊力……いいえ、験力ね。
妖力は河原で永遠を襲った魔物のモノに似ているが遥かに強い。
でも、鬼多見さんほどじゃない。
妖力を持った者はどこかへ去って行った。
なにがあったの?
隣の部屋に数人入ったのが判った、恐らく舞桜たちが来たのだ。
刹那はベッドから身体を起こした。まだ万全とは言えないが、朝よりもだいぶ楽になっている。
背中がつっぱる……
そう言えば傷がどうなっているか確認していない。
お嫁にいけないかな……
今はまだ確認しない方がいい、精神が参っている状態で舞桜たちの話しを聴くわけにはいかない。
刹那は傷のことはあえて無視し、掛け布団の上に乗せていたカーディガンを羽織って部屋を出た。
いい香りがする、豚汁だろうか。
「姉さん、起きてだいじょうぶ?」
大きなお椀に汁をよそう手を止めて、永遠が心配そうな顔をする。
「だいぶ良いから平気。
それより、いい匂ね。豚汁?」
「ううん、すいとん」
すいとんを食べたのはどれぐらい前だろう。
「あたしの分もある?」
「もちろん! 茶の間で待ってて、舞桜さんと尾崎さんも来たから」
「うん、気が付いた。なんか厄介なのが憑いて来たみたいだけど」
茶の間の襖を見つめる。
「それが尾崎さんの憑きものみたい。おじさんが頭突きで追い払ったけど」
「ず、頭突き?」
永遠は渋い顔で頷いた。
「その直後に尾崎さんもおでこが痛いって言って……」
なるほど、だいたい解ったわ。
恐らくそれが憑きものと憑きもの筋の関係なんだろう。
刹那は襖を開けて中に入った。
中に居た三人の視線が刹那に集まる。
「せっちゃん、もういいの?」
舞桜も永遠と同じ顔をする。
「うん、いらっしゃい。
あなたが尾崎佳奈さんね?」
舞桜の隣に座っていた少女が立ち上がり頭を下げた。
「初めまして、御堂さん」
申し訳なさげに佳奈は頭を下げた。
「初めまして。御堂はもう一人いるから刹那でいいわ」
「御堂じゃなくて真藤だ」
不満げに鬼多見が言う。
「ナニ言ッテンノ?」
裏設定をあっさりバラすな!
「部屋を確認したら御堂って名前が無かったから、永遠ちゃんに連絡して確認したんだよ」
舞桜が申し訳なさそうに告白した。
「あ、ここマネージャーの部屋だから。いま永遠と二人で……」
ん? 舞桜ちゃんと尾崎さんが生温かい眼であたしを見てるぞ。
「気付け、隠しているとややこしいことになるから朱理に全部説明させた」
「え?」
鬼多見の言葉に思わず眼が点になる。
「おじさんッ、そういうことはちゃんと事務所を通してよ!」
「おまえを姪にした覚えはない」
冷静なツッコミが余計に腹が立つ。
「だからッ、あたしのおばさんは永遠のおばさん! 永遠のおじさんはあたしのおじさんだって言ってんでしょッ!」
クスクスと舞桜が笑い出し、佳奈は二人のやり取りに戸惑った顔をしている。
「せっちゃん、鬼多見さんと本当に仲がいいね」
「「よくない!」」
鬼多見と言葉が被った。
「息もぴったり!」
舞桜は爆笑し、ついに佳奈も笑い出した。
「あの、お食事の準備ができました」
すいとんをのせたお盆を持った永遠が、おずおずと入ってきた。
「永遠ぁ~、お姉ちゃんをおじさんがいじめるよ~」
刹那の言葉に彼女は苦笑した。
「おじさん、姉さんは病み上がりなんだから優しくしてあげてってば」
「大丈夫だ、もう回復した」
「だから何でおじさんが言うのよ!」
「もう、二人とも恥ずかしいからいい加減にして! 舞桜さんと、尾崎さんがいるんだよ」
うっ、また叱られた……
妹に叱られると精神的ダメージが大きい。
「冷めないうちに食べて」
永遠に促され大人しくすいとんを食べる。暖かさが身に染み、団子の歯ごたえが最高だった。
「ううっ、永遠の愛を感じる。お団子の歯ごたえ最高!」
「おじさんにうるさく言われながらこねたから」
嬉しそうに永遠がはにかむ。
その表情に思わず脳みそが溶けそうになるが、言われた言葉が引っかかった。
「おじさんと作ったんだ……」
なんか、敗北感……
悔しいので団子にかぶり付いた。
「アツ!」
「姉さん、気をつけて」
永遠が水を汲みにキッチンへ立ち上がった。
「御堂、落ち着け、すいとんは逃げない」
「わかってるわよ!」
鬼多見の指摘にさらにムカついて答えると、また舞桜と佳奈に笑われる。
和気藹々(あい)とした遅いランチタイムが過ぎていった。