穴のずれた五十円玉
「ですからねぇ、これは50円玉ですが、少し穴の位置がずれてるでしょう。ほら、そのレジの中にある50円玉をご覧なさい。確かにずれてるでしょう。こういう硬貨はねぇ、少し高めの価値があるんですよ。ほら、裏と表で絵柄というか表示面がずれてる100円玉は八万の価値があるんですよ。いくらかはわからないけどねぇ、きっと一万円は固いでしょう。700円の蕎麦を一万で払うわけだから、9300円の釣りをくださいよ。もしかしたら一万より価値があるかもしれない。だったらあなたは完全に得をするんですよ。ね、いいでしょう。」
先月、ご来店した方が50円玉で蕎麦代を払おうとしました。うちは中華料理屋なのに無理に作らせて(そのため、急に仕入れた蕎麦生地が余ったので期間限定で蕎麦を販売します。)お代が足りないと言ったら「これはただの50円玉ではない」の一点張りで、先ほどのようなことをおっしゃいました。疑って見たら、「では5000円でどうですか。」なんてふざけてるのか、と思ったが聞かないので、しぶしぶ5000円払ったんですよ。全部1円玉で。びっくりしました。なんせ一円玉が五千あるんですもん。
一円玉の束というんですか?あの、銀行で紙幣を両替したとき、プラスチックだかビニルだか知らないけど円柱状に集めたもの(一束20枚)が250ありましたからね(百ずつ箱に入れている)そのまま払いました。せめてもの抵抗です。客は舌打ちをご丁寧に58回して帰りました。帰る後ろ姿は重たそうでした。なんせ一円玉一枚で1グラム、それが五千だから、5000グラムで5キロ。そら重い。
でもね、受け取っ五十円玉は違和感があるんですよ。穴の位置が違うって言ったってなんか変なんです。秤で調べて見たら、受け取った方がモノホンよりはるかに軽いんです。僕ね、びっくりしましたよ、ニセ札はきくけど、偽硬貨なんてあるのかってね。でもなけなしの理科知識を使ってあの五十円玉を調べたら安い金属で、大量生産したらきっと一枚一円もしませんよ。(本物の五十円玉も製造費は五十もしなさそうだが)あとね、製造した年書いてありますよね、あれ見たら昭和23年とありましてね、五十円玉って昭和30年からなんですよ、発行開始が。それより前の本物の五十円玉がもしあってもきっとそれは穴の開いてないモノなんです。
以上の事から、まぁ自慢になるんですが、重たそうな客の後ろ姿を見て一瞬で閃いて声をかけたら目ぇひんむいて、さっさと逃げたんです。
でもうちは用心深いからね、高性能の防犯カメラを使ってて、音声も録れるやつで、小さめだからレジの機械の少し後ろにおいていてもバレないんですよね。
だからレジでの一部始終が映ってるしおまけに、さっさと会計を済ませたくて不満そうに待ってる客の顔さえもくっきりと映ってて、偽硬貨はとられてないし、料理作る側だから(さすがに流すけど)、基本紙手袋を着けて会計をするから指紋も客の方しかないはずですよ。
「…と言った中華料理屋の主人が交番を訪ねて来てね。容疑者として君が上がったんだ。本当かね?」
畜生、あの中華料理屋の主人め。
蕎麦は作らせてないだろ。作らせたのは、中華蕎麦。いわゆるラーメンだ。しかも全部十円玉だよ。
だから、はっきりと言える。
「いいえ違います。」
なにが言いたいかって言いますと、事実はしっかり話せってことです。