竜を殺した女 2
往古──今より二〇〇〇年以上も前のことである。
原初、この世は未開の大地であったという。創世の神は、開拓民群として異界の学徒を招き、開拓民群は世を拓いた。
神話時代の幕開けである。
やがて、開拓民群は世界の限界を越えるため、創世の神を殺害。神格は開拓民群へと移り、彼らは開拓神群となった。
開拓神群は子を成し、世はさらに拓かれた。そして今より一〇〇〇年ほど前に、開拓神群全柱が神話の最終事業である【卒業式】を完了。
神話時代の終焉である。
それからさらに一〇〇〇年。つまり現在。
遥かな歴史に想いを馳せるダークエルフ種の女がいた。
ココ・カカオは、瞳を閉じ、考える。
──開拓神群は文化の祖だ。運動部族、文化部族、学術部族、そしてそれらを統括する執行部族。
それらの括りは、世界を拓く中で自然と形成された信仰と生き方だ。
ココ・カカオは執行部族だ。そうなったのは十八歳の成人式だったが、そう生きると決めたのは、もっと幼いころだった。
世界のために、平和のために生きたいと願い、神徒会教国の大学に進んだ。戸籍も移した。
大学では勤勉な態度と能力が評価され、【筆劔】の若手として採用が決まった。
そして、実直に働いてきたココ・カカオはいま、眼前に一本の鯖の押し寿司を置き、やはり世界と歴史について考えていた。
──歴史が繋がった先に私が生まれ、私の前にバッテラがある。これもまた歴史、か……。
たぶん違う。
☆
先日はジェネラル・ジークに見事にしてやられたココ・カカオであったが、伊達にエリートコースを歩んできたわけではない。外交官として、書類関係は特に得意だと自負しているし、昼間の仕事では辣腕を振るった。
結果、書類仕事の山が回って来た。そういうとこだぞ。が、なんだかんだココは真面目なので、気合いで切り崩していくのが、ここ数日の仕事であった。
さて、そんな風に執務室での仕事を終えたあとのことだ。この場合の『終えた』とは、仕事がなくなったということではなく、定時を迎えたという意味である。
「……酒飲みたい」
そんな中、ぽつりとこぼれた言葉は、秘書に耳ざとく聴きつけられた。
「お疲れですか?」
「仕事の量がな……。継続案件ばかりだから、どうせ終わらないのはわかっているんだが、気が重いというか……」
「それなら今夜、飲みますか? せっかくですし」
それはいいな、と思いつつ、
──今夜も調査があるんだよな。
【筆劔】のことは、同じ大使館の仲間すら、知るものは少ないのだ。秘密の時間外勤務である。
それゆえ、秘書にも言い訳が必要だった。
「すまない、予定があるんだ」
「あら、どこかへお出かけですか?」
「いや、『魔法少女りるりる☆るりこ』をシリーズ一気見してる最中でな。いまいいところで中断しているんだ」
秘書は一瞬無言になった。
「……え、アニメですか」
「動画サービス契約したんだが、なにか見ないともったいない気がしてなー。アニメ、いいぞ? 元気がもらえる」
「映画鑑賞とか、気分転換にはいいですよね」
「ちなみにいま魔法少女の才能がないからオペレーターやってる女の子が、遺伝子改造された天性の魔法少女に恋人の女の子を百合NTRされた挙句、軽く捻り飛ばされて「やめてよね。キミがボクに勝てるわけないだろ」って冷たく言われる回を見終わったところだ」
「元気もらえますか、それ!?」
「百合アニメは見てるとほのぼのするよな」
「ほのぼのしますか、それ!?」
「まあともあれ、そういう用事があるわけだ」
「プライベート、そんな感じなんですね……」
「意外か?」
ココは苦笑する。
「あいにく、オシャレな生活とは無縁でな。無趣味な女さ」
「あはは。まあ、私もオシャレとは言い難いところがありますので、おあいこです。神徒会官庁勤めのエリートは制服とスーツしか着たことがない……なんて陰口もあるくらいですし」
「失礼な悪口だよなー。さすがの私もジャアジとか着るぞ」
「色は?」
「真っ黒なやつと、あと高校の体育のとき着てたオレンジ色のやつ」
「どうあがいても芋ジャアジ……!」
ともあれ、
「近々、懇親会でもやろうか。せっかくだしな」
「そうですね。では、ココさんの歓迎会も兼ねて、パーっとやりましょう」
「歓迎会か。なんか催促したみたいで申し訳ないが、ありがたい」
「いえいえ、館のみんなも騒ぐ理由ができて、いい息抜きになりますよ。……あ、そうだ。ココさん、好物ってありますか?」
「好物……好物なぁ」
特にない。というか、基本好き嫌いがないのでなんでも美味しく頂ける性質だ。
だが、あえて言うならば、
「……魚かなぁ」
☆
もちろん、アニメは見ない。いや、見るには見るが、今日ではない。
今日は監視の日だ。
帝都に潜伏中の協力員エリレオ・スタブビルドから、引き継ぎを行う。
「ホシは?」
「ココさん刑事ものとか見ました? 普段ホシとか言いませんよね」
「見た。紅茶飲むバディもののやつ」
「あ、アタシもアレ好きです。カップリング妄想捗りますよね」
「そういう見方はしてない」
「シーズンごとにバディ変わるのって、ある意味ハーレムっすよね」
「そういう見方はしてない」
わからなくもないが。ともあれ、
「ホシですけど、行動パターンはいつも通りです。マンション出て、また城壁街のほうへ行きました。……鉄板ですねコレ」
「けっこういろんな店行くよな」
「ですねぇ。ラーメン屋多めですけど、こないだは立ち食い寿司でしたし。姉君が来ない日は、基本外食で済ますっぽいので。自炊しないんすかね」
「新たな情報だな。ジェネラル・ジークは自炊しない」
「アタシら公費でなにやってんすかね」
「言うな。確かになんというか……晩飯追い掛け回しているだけな気もするが、言うな、エリ」
「ていうか、監視したところで相手は刀一本で竜を切り伏せる猛将ですからねぇ。知覚範囲も相当広いですし。ココさんも一発目で気づかれてたでしょ?」
「……不本意ながらな」
「ココさんレベルの使い手でも気づかれるんですもん、アタシらなんか、モロバレですよ絶対」
それでも尾行を続けているのは、ジェネラル・ジークがそれを咎めないからだ。
最初は警告、そして挑発だと判断していた。おそらく、それは間違いではない。
だが、理由はどうやらそれだけではなかった。
「今日、同業者は?」
「いますよー。帝国軍部間諜に、ストーカーじみたファン、パパラッチ、あと国籍不明のグループがふたつ……気づけた範囲で、ですけど」
「気づかれてるか? こっちは」
「国籍不明のほう、たぶん気づいてます。それ以外は気づかれてないと思うっす」
「なんとも……自国の間諜にすら見張られているというのは、哀れと言うべきか」
「帝国も一枚岩じゃないわけですけど、その分かれた岩盤のどれにとってみても、ジェネラル・ジークっていうのは大きな爆弾だっつーことっすね。彼女の意見ひとつで、戦争推進派も、非戦派も、民意すらも、どう弾けるかわからない」
「だな。意思と自我持つ爆弾なんて、考えただけで恐ろしい」
恐ろしがられるほうは、たまったものじゃないだろうが……爆弾が人権を持っていると言うのは、この場合、厄介な話でしかないのだ。
「彼女自身、自国にすら見張られているのを知っているんでしょうね。だから、なにも言わない。摘発もしない。キリがないから。しかも各方面、ありとあらゆる勢力が目をつけている状態です。彼女がどこかひとつでも摘発すれば、それこそ、それが起爆スイッチになりかねない」
「……重ね重ね、哀れと言うべきかなんというべきか。英雄というのも、大変だな」
「大変さの一端を押し付けているアタシらが言うことじゃないすけどね」
「まったくだ」
ココは少しだけ眉をひそめて、笑う。嫌な仕事をしているという自覚があった。
☆
で、今日は居酒屋だった。
城壁街の入り組んだ道を行った先、その最奥にある地下への入り口。
【迷路区】と呼ばれるそこは、帝都の黎明期、なんか受肉して旅行に来た開拓神がノリで作り上げた、毎分毎時ランダムに城壁が入れ替わるという、最低なゾーンだ。
一見して無法地帯になりそうなものだが、そのあたり、帝都はうまかった。
入れ替わりの法則を見つけ、おおよそのパターンを特定。その中で、各所に軍部の詰め所を設置。治安の向上に努めると同時に、そこを根城にしていた無法者たち──つまり、迷路区を迷わず、惑わされず歩ける者たち──を、ガイドとして雇用した。
いまやここは、観光客向けの名店が立ち並ぶ、帝都でも屈指の観光スポットである。
ジェネラル・ジークは新人時代、このあたりの詰め所にいたことがあるという。勝手知ったる場所というわけだ。
入り組んだ城壁の一部をくりぬくようにして作られたテナント。その一部が、居酒屋だった。
海鮮寿司バールと、看板に書いてある。
「魚介系か。今日は運がいいな、私」
「魚好きっすもんね、ココさん」
入店するジェネラル・ジークに数分遅れて、店に入る。彼女は店の奥、カウンター席に一人で座っていた。いつも一人だ。友達いないのかこいつ。
──いや、友達がいても、それが弱点になるから、か。交友関係は広いが、親密にはなれない。強いものの宿命だな。
その在り方は、尊く、悲しい。
唯一、関係を保ち続けられるのは、彼女の姉くらいか。だが、その姉も、自衛に足る立場と能力──社長という役職、さらに、メディアを司る開拓神第十二柱の上位巫女としての権能。そういったバックボーンを得ているからこそ、彼女と並び立てる。
そうでもなければ、たとえ肉親でも彼女とは付き合いにならないのだろう。
ジェネラル・ジーク自身が、よくわかっている。
竜を殺した己が、もはや自分の意思すら関与できない爆弾であることを、だ。
テーブル席に案内される。案内してくれた若い女オークの店員がひとり、カウンターにいる恰幅のいいエルフが店長だろう。合計ふたり。
店内は柔らかな暖色のランプに照らされ、木目の床やテーブルがレトロな雰囲気を醸し出している。
「雰囲気いい店っすね」
「趣味がいいよな、あの女」
こっそりと話し合う。
いまの自分たちは、留学生っぽい変装で、ふるまいもそのように変えている。若いダークエルフ種とハーフリング種の女学生。ありがちだ。
「お飲み物は?」
「生二つ……でいいすか?」
「帰りもあるし、どちらかはノンアルにしておこう」
「うぃす。じゃ、生とウーロン茶で」
「かしこまりました」
帰りというのは建前で、ようするにどちらかは素面でジェネラル・ジークを監視するという話だ。
女性店員が去るのを見送りつつ、ハーフリング種の彼女がこちらを見やって笑った。
「じゃ、アタシが飲んで、パイセンが飲まないってことでいいすか?」
緊張。空気が凍る。
テーブルの上に、びりびりした時間が流れる。
一息いれて、ココもまた笑った。
「──それはどういう意味かな?」
戦の始まりであった。
☆
【筆劔】には、内輪でもめたときのための、伝統的な解決方法がある。
そもそも、【筆劔】の由来は開拓神第十七柱、秩序を司る神が作り上げた組織を前身としている。
伝統と格式。確かなそれらを持つ組織だ。
だから、当然、ある。
組織の内部、我と我をぶつけてでも争うときのための作法が。
「思えば──私は、これで勝ったことが、あまりない」
用意するものは、枝だ。この場合は、卓上にあった割り箸を使う。
それを割り、二本に分かれたうちの一本を、手に取る。
「我を通す、ということに慣れていないからだろうな。いつも諸先輩方には負けてばかりで……そう、いつも私は貧乏くじを引いていた」
「じゃあ今日も引いてくれるってことすか?」
「いいや、今日は私が先輩だと、そういうことだ」
「忖度しろと?」
「してくれて構わないぞ」
がしり、と。
組み合う。
後輩の箸、そして己の箸。
交差になるよう組み合わせ、その両端を両手でつまみ、引く。折れた方が負け。
それだけ。それだけだ。
「この平和な伝統には感謝している。──実力勝負なら、私が勝ってしまうからな」
「言いますねぇ、エリートは。でもパイセン──実地での経験なら、アタシのほうが長いんすよ?」
合図はない。
ただ、示し合わせることもなく。
始まった。
☆
ルールは二つ。
ひとつ、神に願わないこと。
ふたつ、神に祈ること。
「ぬ……」
「くぬぬ」
ぎし、と軋む。
所詮、木の棒だ。
角柱状に成型された細長いそれは、エルフやハーフリングの細い指でもたやすく折ることのできるものだ。
折れぬようにするのは、簡単だ。神に請い願えばいい。
より頑強に。
より強靭に。
優れた術者ならば、それこそ鉄のように固くすることができるだろう。
そして──ココ・カカオも、後輩たるエリレオ・スタブビルドも、優れた術者と呼べる程度には、己を鍛えている。
だが、それではこの遊技は、術比べになる。
そうではない。そうであってはならない。
強いものがただ勝つだけの世界ならば、【筆劔】は、その存在意義を失う。
「あ、ちょ、やばいやばい」
「ふぬぬ」
願わないとは、そういうことだ。
そして、ただ、祈る。
「折れませんように折れませんように折れませんように」
「ああああああ神さまお願い神さまお酒が飲みたいんですお願いお願い」
ひし、と木の棒に割れが入った。
ココのものに、だ。
その瞬間を見逃すエリレオではない。
「殺った……!」
エリレオの箸も、すでに目に見えてわかるほど曲がっている。
勝負を仕掛けるならば、いま。そう考えたエリレオの判断は正しい。
そのとき、神は最後の瞬間まで勝負を見つめていた。
ぱき、と。
決着の瞬間はあっけなく訪れた。
☆
インパクトの瞬間だった。
エリレオが見逃さなかったように、ココもその瞬間を見逃していなかった。
力がかかる瞬間に、ココは箸をエリレオのほうへと押し出し、手前へと転がした。
折れかけていた箸が、向きが変わることによって、その傷を合致、接合した。
衝撃の一瞬、その一瞬、ココの箸がエリレオの箸を上回った……というわけではない。
もとより、両者とも折れかけの箸だ。再び同じ状況でやれば、どちらの箸が折れるかはわからない。
そういう勝負だった。ココの小細工は、ほとんど意味を成していなかった。
だが、その日は、その一瞬は、その小細工を愛した神がいた。
それだけのことだった。
「よっしゃ酒だー!」
「ああくそ、このパイセン、後輩にやさしくねぇー……!」
折よく、女性店員がウーロン茶と生ビールを手にテーブルへと近づいてきて、首を傾げた。
「……折れてない方がビール?」
「そうです! 私です!」
「元気いいね、お客さん」
「はい! 酒が飲めるので!」
「くそう、くそう、神さまめ……」
「こっちがウーロン茶ね」
置いて、
「あ、お通し持ってくるから、少々お待ちください。あと、あんまり箸で遊ばないでね。いちおう、タダじゃないんで」
「あ、すいません」
カウンターへと戻った。説教されたいい大人ふたりは、軽くへこんだ。
まあ、ともあれ、ともあれだ。
「かんぱい!」
「かんぱいっす」
ふたりはジョッキをぶつけ合い、勢いよく煽り、
「──は。あー、生き返る……生きててよかった……」
一息。ココは生き生きした顔で、対面を見た。
ジョッキを口にしたままのエリレオが、固まっている。いや、よく見れば喉は動き、琥珀色の液体を嚥下している。
──様子がおかしい。
ジョッキに隠れてよく見えないが、真顔だ。
すさまじく、真顔だ。
「……どうした?」
答えない。答えないまま、彼女はジョッキを空にした。
ごとりとテーブルに置いて、やはり真顔のまま、彼女は言った。
「あちゃー、飲みきるまで気づきませんでしたけど、コレ、ウーロンハイですわ」
「いやおまえ絶対わかってて飲み干しただろ」
神は気まぐれだ。
☆
お通しは、ポテトサラダだった。
「サバ入りポテサラでーす」
「サバ?」
「マヨネーズの代わりに、焼きサバをほぐしたやつで和えてあるのよ」
「え、代わりになるんすか、それ」
「食べればわかるよ」
雑な説明である。
ともあれ、地味な見た目のそれを箸ですくって、一口。ほろりと、じゃがいもが口の中で崩れる。
──お。これ、いいな。
サバは油分が多い。焼いて、皮と身から染み出したそれが、崩したポテトに塩気とまろやかさを加えている。刻んで加えられているすっぱいものは、辣韭だろうか。舌にぴりりと来る刺激はなんだろう。
よく見ると、黄色味の強い茶色の粒が紛れ込んでいる。粒マスタードだ。
「なんか、普段食べてるポテサラとは全然違うすけど、うまいっすね、コレ」
「うん、うまい。サバって普段なにげなく食ってるけど、改めて見ると食材としてのポテンシャルかなり高いよな……」
「でもこれマヨの代わりにはなってないっすよね」
「うまいからいいんじゃないか? 健康にもよさそうだし」
「酒飲みながら健康語ります?」
「馬鹿野郎、酒は百薬の長だぞ。どういう意味か知ってるか? ン?」
「……あらゆるシャブの頂点に立つくらい依存性が強い?」
「くっそー否定できない。──すいません! 生もう一杯ください!」
あいよ、とカウンターの向こうから声が返ってくる。レスポンスが早いのは、いい店だ。
「つぎ、なに頼みます?」
「……まあ、いちおう調査のために訪れているわけだし」
声を潜めて、言う。
「あの女はなにを頼んだ? 同じのを頼んでおけ、調査の一助になる発見があるかもしれんし、それに──」
「それに?」
「基本的にハズレがないからなぁ、あの女のチョイスは。好みも近いし」
「なるほど……もうココさんホシと一緒に飲めばいいのに……」
妙案だ、と思ったが、立場上言わないでおく。
☆
女将軍は、リラックスした様子で酒杯を傾けながら、カウンターに立つ店員へ語りかけている。
「今日はサバ尽くし。そう決めて家を出たのであるが」
「へえ。今日はっていうか、今日も、でしょう」
「少し、違うのであるな」
苦笑する。
「このあと、少々寄るところがあるのでな。まあ、そういう意味である」
「あら。じゃ、腕を振るわせていただかないとね」
無言でカウンターの店主が右腕を上げた。
「頼もしい限りであるな」
「根っこが職人気質だからねぇ、このひと。ほんじゃ、注文は?」
「ふむ……では餃子。それから竜田揚げ……を、ネギ塩タレで。あと、バッテラをハーフ&ハーフで一本」
「あいよ。じゃ、少々お待ちくださいねっと」
「ああ。──あと、そうだ」
今しがた空にしたグラスを掲げて、言う。
「トマトチューハイをもう一杯頼むのである」
☆
餃子、竜田揚げ、バッテラ。
その三つが届き、卓上がにわかに彩りを持った。
エリレオはさっそく箸を伸ばす。まずは餃子からだ。しっかりした皮に包まれたそれを、口に運ぶ。
──あ。これもサバだ。
おもしろい。そう、素直に思った。
己の口元のほころびを実感する。にやけ面をしてしまっていることだろう。
餃子の実がサバだ。本来豚のミンチが担当すべきところを、サバが担っている。油分が多いとはいえ、豚と比べると幾分あっさりしているように感じるが、それがいい。白米よりも、酒に合う。そういう餃子だ。
サバそのものの持つ旨味とコク、風味が、後に引く。それをウーロンハイで流す。
竜田揚げも、中身はサバだった。アツアツサクサクで、旨い。口に入れ、歯を立てた瞬間、ざく、と音がする。薄い、軽くまとわせただけの衣の中には、これまたジューシィなサバがいる。
ごま油とあわせてあるのだろうか、ほんの少しだけ甘みのあるネギ塩タレがまたいい。口内が魚臭さに染まりがちなサバ攻めの中で、ネギのフレッシュさが輝いている。
極めつけは、
「バッテラ……これ、持ち帰りとかないんすかね。寮のみんなに食わせたいす」
「聞いてみればいいんじゃないか?」
聞いてみたらあったので、ハーフ&ハーフで二本頼んだ。
ともかく、
──こんな肉厚なサバ、なかなか見たことないっすよ。
酢で締めた生のサバが乗った棒生寿司も、焼いたものが乗った焼きサバ棒寿司も、酢飯とサバの身の分厚さが同じくらいあるのに、棒寿司らしいボリュームを保持している。
驚異的な肉厚さだ。それでいて身の締まったいいサバを使っている。
生寿司を口にする。
身の旨味が殴りかかってきた。そう、脂もさることながら、魚の身の味が濃いのだ。
けれど、しっかりと締めてあるので、生臭く感じない。サバの旨味と脂が口の中でとろけ、ともすれば濃くなりすぎるそれを、ほろほろと崩れる酢飯が受け止めている。
焼きサバ棒寿司は、焼いたことで溶け出た脂があるからか、きずしよりもサバの脂を感じる。これがまた、旨い。
ざくりと歯で噛み切る触感の生サバ、舌の上でとろける焼きサバ。
さっぱりと食えるきずし、こってりと味わえる焼きサバ棒寿司。
交互に食べていると、あっという間になくなった。
「……もう一本、いきませんか?」
「持ち帰りを頼んだんじゃなかったか?」
「ぐぅ。……じゃあ、今度オフの日はここで腹いっぱい食うことにします」
「そうしろ」
カウンターをうかがえば、あの女将軍が微笑みながら舌鼓を打っている。場所や食うものにあわせて、楽しみ方を変えている印象がある。今日は酒を楽しむ日だろう。
酒も相当進んでいる。いま飲んでいるアレは四杯目のはずだ。
──そういえば。
ココはふと、先ほどの会話を思い出した。女将軍と店員は、どんな話をしていただろうか。
「ココさん、次はなに飲みます? 甘いのもありますよホラ大学生らしいやつ」
「それもいいんだが……なあ、エリレオ」
「なんすか?」
「さっき、あの女将軍、寄るところがあるって言ってなかったか?」
「そういや言ってましたね」
「……ひょっとしてなんだが、コレ、久々に仕事らしい仕事になるのでは?」
「というと?」
赤ら顔の後輩に、同じく酒で火照った顔を寄せ、ささやく。
「つまり、あの女、飲んだ後に、深夜近いこの時間帯に、続けてどこかへ赴くということだろう?」
「……Oh」
ふたりして飲んでしまっているが、どうなるんだコレ。
☆
【ジェネラル・ジークの晩餐】
第二食『海鮮寿司バール・サバづくし 4500円(アルコール・税込み)』