ハナ
夢から覚めて、3日が経過した。
目が覚めたのは、スノーポイントにある病室のベッドの上で、肩に深手を負った状態だった。
医者からは、一週間は安静に、という指示だった為、初日、2日は大人しくベッドから動かなかった。
それでも、退屈に負けて、3日目は紙とペンを借りて、執筆活動を試しにしてみることにした。
「……」
どう足掻いても、作文みたいになっちまう。
夢ん中で、俺の物語、読者、みたいなワードが出てきたのを覚えてて、これは作家になれっつー啓示だと思ったんだが。
「……ちょっと、取材すっか」
俺は、病室から抜け出して、ある人物の場所を目指した。
向かったのは、スノーポイントのハナのいる工房だ。
チズルの話だと、メタル通りから枝分かれした場所にある「日陰雑貨」っつー店にいるらしい。
路地裏をブラブラしていると、その看板を発見した。
「……ここじゃねーか?」
こじんまりとした店だが、確かに、立ててある看板には、日陰雑貨と書かれている。
「入ってみっか」
ノブに手をかけ、扉を半分開けた時だった。
「バカヤローッ、そんな商品に、いつまでかけてやがるっ!」
突然、怒鳴り声が聞こえてきた。
おいおい、お客に聞かれたらどーすんだよ。
……ってか、もう俺に聞かれちまってるし。
とりあえず、中の様子を確かめてみる。
「いらっしゃいませー」
若い女性の店員だ。
怒鳴り声以外は、別段変わりない。
俺は、今の声について質問してみた。
「さっきの声、裏からっすか?」
店員は、苦笑いを浮かべて、答えた。
「ビックリさせてしまったら、申し訳ありません…… 先日、新しくバイトで雇った子がいたんですが、その子、職人をやりたいとのことでして」
雑貨屋に並んでいる商品は、全て職人の手作りとのことだが、ただでさえ男が多数を占めるこの業種で、何も知らない、しかも女が飛び込んで来たとなれば、並大抵の苦労ではないと言う。
「まだ1週間も経ってないですけど、続くかどうか…… 職人さんも、わざと厳しくして、様子見してるのかも知れませんね」
「……そうなんすか。 ちょっと知り合いでして、昼とか、会えます?」
「お昼はちゃんとあるので、その時間にもう一度来て頂ければ」
「分かりました。 あざす」
俺は、昼時にもう一度、ここを尋ねることにした。
「はぁ~」
昼休憩に入り、ハナと合流することが出来た。
弁当を2つ買って、公園のベンチで並んで食べることにしたが、早速、ため息が漏れた。
「結構、しごかれてるみてーだな」
「……こんなつもりじゃ無かったんだけどね。 職人の世界って、甘くないわよ」
ハナは現在、この街の伝統工芸、マトリよし子という、いわゆるマトリョーシカの製作をやらされているらしいが、とても店頭に並べられる出来ではないらしい。
「彫りが雑とか、素人以外だとか、入ってまだ一週間何ですけど、って感じ。 まあ、最初はすぐに自分のお店出せるんだろーなって、浮かれてた部分はあるんだけどね」
卵焼きを口に運びながら、呟く。
「そんな凹むなって。 HANAブランドの弓、つくんだろ?」
「……続くか分からないわよ。 でも、もしお店を出せるとしたら、もう名前は決まってるのよね」
「どんなだよ?」
「日向弓店、かな。 いつか、日陰から出て日向で働きたいって意味」
ハナは、スラム出身とは違うが、いつか日の当たる場所で、自分の力で生きていきたい。
そう思っている。
その気持ちは、俺には良く分かった。
「ぜってー、へこたれんなよ」




