家族
俺の心臓は跳ねた。
俺の勘違いじゃなきゃ、やるってのは、そういう行為のことだよな?
まさか、こんなとこで童貞を卒業しちまうのか!?
「ねえ、いこうよ」
チズルが、俺の手を引いてくる。
触れられて、俺は気が気じゃなくなった。
チズルは、顔は結構可愛いし、やりたくないって言ったらウソになる。
金があるんなら、別にいいか?
伝票をチラと見ると、5シルバーとかかれていた。
飯で5シルバー、チズルに5シルバーで、丁度10シルバーだ。
でも、本当にこのままついてっていいのか?
俺とこいつは、家族みたいな関係だって、ヒロハルが言ってた。
つまり、金で体を買うような関係じゃねえってことだ。
「行かないの?」
「どこに、行くんだよ」
チズルは、手の中に握っていた鍵を見せて来た。
「これ、とある宿屋のスペアキー。 これがあれば、空き室に入りたい放題ってわけ」
そんなもん持ってんのか。
それより、俺の中にある違和感を確認しておく必要がある。
酒でクラクラしてっけど、頭だけはシラフなのが救いだ。
「お前、俺がミナトじゃねぇっての、知ってんだろ? じゃなきゃ、いきなりこんな誘いはしてこねーはずだ」
「ヒロハルから聞いた。 だから、逆にいいかなー、なんて」
…………こいつ、そんな軽い奴なのか? だとしたら、毎日適当な相手見つけて、小遣い稼ぎしてんのか。
どうする?
ついてくか、やめるか。
「どうするの? こんな所でずっと立ってたら、変なんだけど」
「……一旦、外出っか」
俺は、5シルバーを支払って、外に出た。
「宿屋はこっち」
チズルは、完全にその気で先に歩いて行った。
俺は、考えが固まらないまま、チズルの後に着いて行く。
すっかり夜が更けており、人通りはない。
そのまま、路地に入り、ボロい宿屋の前に止まった。
チズルが、鍵で扉を開けようとした、その時だった。
俺の中に、一つの考えがよぎった。
……ヒロハル、あいつ、まさか!
「お前、ヒロハルに言われて、俺を引き留めに来たんじゃねーのか?」
「……」
チズルの手が止まった。
何も返答がないのは、図星か?
「ヒロハルから、俺のことを聞いたってのは、ヒロハルがお前に何か相談しに来たってことじゃねーのか? ミナトは、兵隊になるっつってた。 それをヒロハルは拒んでた。 だから、俺を引き留めるために、お前が人肌脱いだんじゃねーのか?」
5シルバー俺からふんだくれば、剣を新調することができなくなって、馬車の護衛をすることができない。
それはつまり、この街から出られなくなるってことだ。
俺が女にはまって、稼ぎを全部つぎ込んだら、永久にここから出れなくなる。
「ヒロハルには、あなたしかいない。 もし中身が別人の誰かだとしても、それは変わらないのよ」
チズルは、こちらに向き直って、真っすぐ俺を見つめた。
ヒロハル、馬鹿野郎……
「……別に、一人にするつもりはねーよ」
ぼっちの辛さは、俺だって良く分かってる。
「あいつも、連れていく」




