火事
「へっ、一丁上がりだぜ!」
燃えさかるネズミを背に、剣を鞘に収める仕草をとると、勝利のファンファーレが頭の中で鳴った。
俺、ちょっとかっこよくね?
てか、あちーな、オイ。
クルリと振り返ると、熱風でのけ反りそうになった。
「……やべっしょ、これ」
想定外の火力で道が塞がれている。
しかも、ツイてねーことに、こっち側は行き止まりだ。
あー、あの天井から垂れてるオイルのせいだわ。
「って、呑気に言ってる場合じゃねぇ! こっから脱出しねーと」
階段は一カ所しかないし、こっから逃げるには窓から飛び降りるしか無さそうだ。
ここが2階だったのが不幸中の幸いか。
窓の方に駆け出し、足を淵にかけた時、あることを思い出した。
ここの人を助けてあげて、というヒロハルのセリフだ。
「……上にいる奴らが火あぶりになっちまう」
いやいや、無理だろ。
上に行くには階段を使わなきゃならない。
つまりは、あの火の壁を突破するってことだ。
突破できりゃ、後は屋上まで誘導して、梯子で避難させればいいが、あのメラメラと立ち上る炎につっこむ勇気はねーよ!
その時、ゴウッ、と唸る炎が身に迫ってきた。
「くっ」
思わず腕で顔を隠す。
……時間がねぇ。
意を決して突っ込むか、ここから飛び降りるか。
「……!」
その時、もう一つの懸念事項に気が付いた。
もしこのまま炎が広がって、建物が燃焼したら、地下にいるヒロハルはどうなる?
火が消えるまでそこにいればいいが、燃えてる最中に蓋を開けたら丸焦げになっちまう!
上か、下か……
「くそっ」
俺は剣を放り投げた。
やけくそだ、剣が指した方に進む。
キイン、という金属音が響き、剣は窓の方を指した。
「……うらあああああーっ」
俺は、窓から飛び降りた。
恨むんなら、この剣を恨んでくれ。
俺のせいじゃねぇっ。
地面に降り立つと、ジーーン、と足のシビれが脳天まで伝わる。
歯を食いしばって、どうにかこらえると、俺は火の手が迫る前に、地下へと続く物置までダッシュした。
物置に到着すると、蓋を開けて叫ぶ。
「ヒロハルッ、こっから出ろっ!」
奧にいたヒロハルが、どうしたの? と質問してくる。
「火事だよ! モグも連れて、急げ!」
俺たちは、建物の外までやって来た。
火は階段から一気に燃え広がり、建物を丸ごと
飲み込んだ。
「……」
俺は、ただ見ていることしかできなかった。
煌々と燃えさかる炎が闇夜を照らす。
脱出出来た十数人のスラムに住む人も、固唾を飲んで見守ることしかできない。
「あんちゃん……」
「……わりぃ」
俺は、ヒロハルを直視することが出来なかった。
くっそ、体が2つあれば……
いや、せめて、あのキリウラの野郎が手を貸してくれてたら……
俺がやつの顔を思い出して、握り拳を固めた時だった。
正面の扉が吹き飛び、誰かが中から出てきた。
「っしゃあああーーーっ」
筋肉質でガタイの良い男が、数人を抱えて中から飛び出してきた。
「上には誰も残っちゃいねぇ! これで全部だ!
」
「さすがカスガさんだ!」
どうやら、このカスガと呼ばれた男が、中の人を救出したらしい。
わーっ、と喝采が起こる。
「ふーっ、でも、建物はもうダメそうだな……」
炭と化した柱が、倒れる音がした。




