決意。
綺麗なその蒸気機関車は俺を少し上から見下ろしている。
ピッカピカに磨かれたその車体はまだあまり走っていない事を表していた。
全長はどれくらいあるだろうか。見た感じは12,3メートルはありそうだった。
この汽車でもといた世界に戻れるというのか。
「これで戻れるんですか」
「うん!早く乗った乗った!」
はいはい、言われなくとも乗りますよ。乗らせてもらいます。
中に入ってみると、ここは本当に電車の中かと思うくらい充実した車内だった。
床は当たり前のように絨毯で、ライトはオシャレなシャンデリアに壁にはちょっとした古代の洒落たろうくく型のライトもついていた。照明は明るすぎない程度で、なんだかリラックスできるいい場所だった。だがなぜだろう
しかし国公立高校だからと言ってなぜこんな汽車があるのか。それだけが疑問として残った。
そして、列車は走り出す。
列車が光の羽衣を纏って外に出る。その姿はまるで龍のようだった。
俺の目の前には何か現実世界には無いものがあった。窓越しだけど、それは美しくて少し怖く感じられた。 綺麗な姿をした剣がいくつも刺さっているのが少し向こうの方に見えたのだ。
それをレッド先生に聞こうとしたその時、もうすでに、元の世界に戻っているのに気づいて、聞くことを忘れてしまっていた。
「へい、到着!」
「ありがとうございます」
そう礼を言って帰ろうとしたとき、レッド先生に引き止められる。
「葵君!ちょっと待って!これを持って行くんだ」
レッド先生の手を見てみるとそれは薄い石版のようなものだった。
「なんですか?これ?」
「これはねスレートと言う携帯端末なんだ。部員はこれをもち歩くのが鉄則でね」
「へぇー」
スレートと呼ばれるその携帯端末はまるで石版のようなものだったが、よーく見てみると、液晶があった。まぁよく見ないでも見えるが。
へぇーといいながらこれはまずいと心の中で呟く。
そう。俺は現実世界に帰ったらこのまま逃げれると考えていたのだ。
俺は異世界の事を信じていないわけでは無かったが全てを鵜呑みにするわけにもいかない、そう考えていた。
しかし、どうやらそれは甘かったようで・・・。
透かさずレッド先生は続ける。
「帰る時間になったら、スレートで緊急転送するからね。んじゃ。自由に行動して良いよ!」
「は、はぁ」
まず何をすればいいかも分からないのにどっか行って来いなんて、、、まてよこのままだったら。
おじいさんに心配されて警察に届けを出されて・・・。これはまずい!
葵はレッド先生にひとつお願いした。
「先生!お願いです!僕のおじいちゃんのところまでその電車で連れて行ってくれませんか?」
レッド先生はこちらの方に振り返ると、まさか葵が声をかけるとは考えていなかったのだろう、少し驚いていたがすぐににこっと笑って、
「うん、もちろんいいよ!時間はあまり無いからすぐに向かわないとね」
俺はすぐに車両に乗り込んだ。どういう風に言い訳をするかも考えなければならない。
今はそれだけしか考える事が出来なかった。
さっきからどれくらいの時間が経っただろう。 おそらく、30分くらいは走っているような気がする。
あいにく車両には時計が無かった。なぜだと先生に聞くと、部員は自分で時計を持っているらしい。なぜ自分専用だけなのかとも聞いたがいろいろ事情があるからだ、と茶化された訳でもないが、少しイラっとした。まあいい。この配達部とやらの意味不明部に所属している変態野郎にでも聞こうと思った。そうすると不思議とイライラが収まった気がした。
列車はカタコトといわせながら走って・・・いない。さっき気がついたがこの列車、浮いているのだ。
ますます意味不明だ。列車が浮いている、車輪が無い列車を持っているなんてどんな部活なんだ。たとえ国立でもそんな異常な部活を作るはずが、作れるはずがないと、葵は思った。
俺が分からないなぞが二つほどある。まず、この部活はなぜ存在しているのか。存在する意味があるのか、だ。現実の私たちが住んでいる国、日本では主にコンビニエンスストアが受け取った荷物、もしくは配達会社に直接届いた荷物ををいろんな配達業者が配達するというのが普通である。それを担当するのが配達部。という事だと思うがそれを踏まえたうえで今、考えられる理由は高校の部活でやらなければならないという理由があるからだ。しかし、そんな理由が全く想像出来ないのだ。この国の自治体は動けないという事なのだろうか。まぁ少なからずこの学校は国公立なので国は動いている事は分かった。
二つ目はなぜ俺が異世界に特待生扱いで入学させられそうになっているか、だ。なぜ俺が選ばれたか選ばれる必要があるのか。別に葵でなくても良いではないか。さっきさせられそうなんて言ったがもう入学させられているのだ。しかし、心当たりはあった。俺は体操や新体操が得意な青年だった。葵の父が葵が物心付く前からそういうことをさせていたのだ。おかげで前屈をしてみると手が全て地面に付くまでの柔らかさだった。もしかするとそこが気に入ってもらえってみごとに急に夏休み前日に白髪の女の子に騙され(?)、拉致られてしまったのか?でも、どこから見てたんだ?謎を考えるとまた謎が浮かんでくる。
キリがないと思い、考えるのをスッとやめる。考えてもしょうがない。ふと、小さな窓から外を眺めてみる。いつもの見慣れた景色だった。だがいつもの電車とは違い、意味不明だけども乗り心地のいい電車だった。ゆれないのだ。少し不思議だが、葵は結構好みだった。まだ着かないのかと聞いたがまだだという。まぁ無理もない普段なら4時間以上かかる所を45ほどで到着するというのだから我慢するしかない。しかし、この列車の存在を私鉄の会社が知ったらどうなるだろうか。なんせ、リニアモーターカーよりもはやいのだから、のどが出るほど欲しがるだろう。
先ほど手渡されたスレートというタブレットを少しいじってみる。初期設定を済ませた後、頭にほんの数ミリの小さな部品をつける。これは脳の信号を読み取る機械で、パスワード要らずなのである。しかし、今はパスワード解除、それだけしか読み取れない。今後、国が国家プロジェクトとして、改良版を製作するそうだ。これが完成すれば、このタブレットはもう画面を見るだけ、いやもしかしたら見なくてもいいのかもしれない。その時、一つのメールが届く。題名は「配達部入部概要の説明」。
国家プロジェクトが早く完成して欲しいと思っていたが、なぜか悔しい気持ちになった。自分が生きていた世界ではまだ実現する事が出来ない事が出来るかもしれないというところまでこの世界は進んでいるという事。受け止めなければいけない事実。日本は世界最先端を行く国でこの世界ではそれ以上の先へ進んでいるのだ。その中でもトップなのだ。それで葵はこれ以上の技術はないという状況に甘えていたのだ。なぜその先を見なかった。なぜ今作れる物で満足できるのか。俺は自分の考えが常に甘い事を反省する。そして、世界は常に動いているのに自分は止まっていることに少しがっかりする。技術は日々進歩しているのだ。それを認められない自分が嫌いになる。
果たして自分はどれだけ対応する事が出来るのか。ふと脳裏をよぎる。あの日から、いつも怖がってばかりいた。なるべく、誰からも反感を持たれないようにいつも端っこでうじうじしてた。反感を持たれたらもう生きれないんじゃないかっていつもおどおどしてた。誰とも、とは行かなかったが、なるべく避けてきたつもりだ。でも俺はもう高校生。こんなのじゃいつまで経っても変わらない。いや、変える勇気がないのだ。
俺が異世界にいることに何の意味があるのか。なぜ異世界転移させられなければいけないのか。
探さなくちゃいけない。そして、俺はこの世界に戻ってこれるのか。そう考えたが、自分はこの世界に何の悔いがないことに気付く。
いままでなんのためにいきてきたんだろう
その疑問は俺の胸をぎゅっと締め付ける。今までの人生で教わってきた事はこの世界がなんと残酷な世界なのだろうかということだった。一度は天国にさえにも見えたのにどうして。
この残酷な世界を捨ててしまって生まれ変わりたい。何度もそう思った。宇宙のどこかにこの星よりも美しく、綺麗で、暖かい世界があってほしい。何度もそう願った。でも、あるはずがない。生き物というのは、一つだと何も起きないが、二人、三人と人数が増えていく事により、醜い争いが起きる。必ず。それが世界の理だった。俺には変えられこない事だった。それを知ったのは、たぶん俺が小学校のころだったけ。
オレハアノセカイデウマレカワレルダロウカ
そんなくだらない疑問は俺の奥底の固い金庫の中に閉じ込めてしまう。叶いっこないからだ。
その時には、メールの文章を読み終わっていた。 結局、俺は異世界でも同じ道をたどるのかな。
俺はスレートをしまう。
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少し時間が経ち、俺はじいちゃんの家についていた。家の門の前で改めて腹をくくる。
門を潜ろうとするときに上方から声が聞こえてきた。
「おー!おかえりー!葵!」
この声は俺のいとこの薺。もちろん、女の子。スタイル抜群。眉目秀麗。成績優秀。何を取っても完璧。と言いたいところだったが、もちろん彼女にも、欠点がある。それはおっちょこちょいな慌てん坊というとろだ。なんとも些細な欠点だと思う人がいると思うが、許してくれ。彼女の欠点を見つけられずには居られなかった。どことなく俺と似ていたりもする。近所のばあちゃんに言われた事もあった。まぁ血がつながっているのである程度は似ていても不思議では無い。
不思議ではない理由はもう一つある。親が双子なのだ。
これでは似ていても当然だろう。おっちょこちょいなのも俺に似ていたりするが、人には欠点があるものだ。俺はそこまで気にはしなかった。
結構薺には気に入られている。おかげで俺の数少ない話し相手にもなってくれた。俺からは積極的に絡む事はなかったが、薺の方からくるのだ。
「どうかしたの?」
「うん、ちょっとね。じいちゃんいたら呼んでくれる?」
「オッケー!」
そういうと、薺は奥の方へと消えていく。
急に家の中が騒がしくなる。ドタドタドタっと音が聞こえてくるのだ。
「葵ー!よー来たなー!!うれしいぞ!」
「じいちゃん、俺今日から友達の家に泊まることにしたから」
そういい終わった瞬間に、祖父の体がピタッっと止まる。
彼はしょんぼりしていたがすぐにこちらの方を向き、近づいてくる。
彼は自分の手を俺の前に差し出してくる。
「握手だけしていいか」
「・・・いいけど・・・」
そういって硬く握手する。彼の手は本当に多くの物を見てきたり、体験してきた、偉大な手だった。
俺もいつかこんな手になれるだろうか。わからない。だが、やるしかない。そう決めたはず。
悔いはない。彼との握手はそれを助長するかのような今までにしたことのない、気持ちの込もった握手だった。
「がんばってな。また、ココへ来いよ。いつでも俺はお前の味方。それは薺や、おかあさんそれにお父さんだって一緒だぞ。それを忘れるなよ。」
「わかってるよ。もう、いつもそればっかりだな。ほんとに。」
おじいちゃんとはいつも家に帰る直前に握手をする。
いつも数々の困難を乗り超えてきたのだろう、本当に頼りがいのある、かっこいい手だった。
いつのまにかこれが結構楽しみな時間となっていた。
すぐその場から離れたかった。でも、離れたくなかった。
俺の手の中から彼の手がスッと抜けていく。
じゃ、また そう告げた後、薺のところに向かう。薺は門の前にいたからだ。
「またいつでも来てね。って葵にそんな友達いるんだ」
「うっせぇよ。お前は一言余計なんだよ。達也だよ」
「あぁー達也君かぁ。葵には釣り合わないよ。」
「お前なぁ、ワザとだろ。」
ふふーんと薺は知らないフリをしている。まったく、困ったやつだ。
「じゃあな、また」
「うん、いってらっしゃい・・・がんばってね!」
その時の薺はなんと言っていいかわからないような感じだった。何か、胸の奥に持っているような、そんな感じの表情をしていた。
それで、俺はじいちゃん家を後にした。そして、流れ作業で列車へ戻る。
「レッド先生。ありがとうございました。もうこの世界ですることはありません」
「オッケー!じゃ、戻るよ」
そういうとまた帰路へと列車を動かし始める。俺は元の席へと戻ろうと奥に進む。
俺は足を止める。
そこには見た事もない、制服を着た女の子が座っていた。
スレート:葵が転送された国が作った、次世代型タブレット。目立たないように、岩石を使用したデザインになっている。首に小型チップをつけ、ペアリングをする事で脳で考えた事をスレート本体に送信できる。ただ、現在、発売されているのはパスワードを解除することしか出来ない。機能は現代とあまり変わらないが、この先、取り出さなくて、画面を見なくても、脳に情報が送られてくるようになり見なくても良くなる。と政府は発表している。もし、これが発明された時は、優先的に配達部に支給されるとも政府が発言している。