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9.高原聡子の人生

飲食の描写があります。


飲食は二十歳からです。ダメ絶対!

「なんでこれも出来ないの!」


今日も変わらずに始まった人生鑑賞会中、画面の向こうで自分の送り出した“これから人生”の兄を怒る母親に聡子はため息を吐く。


“また……怒ってる”


そのしつけが間違っているのかいないのかは子供のいない自分には分からないが母親の怒鳴り声と子供の泣き声は聡子に生前の人生を強く思い出させる。


ーー私もこんな風だったな


そう考えてしまうほど自分にとって人生とは常に誰かに怒られ、呆れられることが当たり前だった。


『どうして空気読めないの!』


『聡ちゃんはちょっとおかしいよ』


小さい頃からいつも思った通りの言葉を口にして周りから非難を浴びるのが常だった。


『また……お友達と喧嘩したの?』


頭から水を被ったようにずぶ濡れの姿で帰って来た娘を母親は呆れたように見下ろした。


『だって…………』


今日も思った通りの言葉を言えば友達はいつも白い目で聡子を見て来た。どう言えば母親に伝わるのかとぎゅっと握った拳はいつも痛かった。何も言えずに俯く聡子に母親は大きなため息を吐くのだ。


『いいから、早くお風呂に入って来なさい』


その諦めたような声音は普通の子供とは違う自分を抱えて母親もまた疲れきっていたのかもしれない。







「あんたって子は何回言えば分かるのよ!この馬鹿!」


「………お母さん…ごめんなさい…」


今日も泣きすぎて声を掠れさせながらも女の子は目を真っ赤にして謝っている。


“…………今日も泣いてるわ”


自分の送り出した“これから人生”を見つめながら聡子は今日もため息を吐く。あれから3ヶ月ほど経ち、自分達の送り出した“これから魂”はようやく幼稚園に通えるほどの年齢にまで成長した。家の中で簡潔していた世界が広がる中でこの少女は母親である女性に事あるごとに怒られている。


ー玄関の靴を揃えていない


ーー弟の面倒を見ない


ーーー当たり前のことを言うな


聡子から見れば些細なこと。なのに失敗する度に少女の母親はまるで重罪を犯したような剣幕で巻くしたてる。怒られて涙を流す少女はまさしく、昔の自分そのものだ。


「聡子は本当にダメね…」


3つ下の出来の良い弟が母親に可愛いがってもらえる横で自分は常に顔を俯かせていた。


「ごめんなさい……」


何が悪いのか分からず、拳をギュッと握っていると母親は呆れた表情で背を向ける。それは大きくなっても変わることはなく、常に人の目を気にして生きていくことは生きづらかった。何より自分は昔から相手の言う“空気”が読めない。自分では相手のことを傷つけないよう最大限注意しているつもりなのに傷つけてしまうのだ。


「はぁ………」


自分と同じように怒られる少女を見つめながら考える。人生設計を行う前と今とでは何が違うのかと。小さい頃から生きづらさを感じていた聡子が人生で1番で幸せを感じた瞬間はあの時。


「結婚しよう!」


そう彼が自分にプロポーズをしてくれた時、本当に嬉しかった。


「私でいいの………?」


小さい頃から誉められた事のなかった自分を認めてくれた唯一の人。不安気に問いかければ優しく笑う人だった。自分に自信がなくて引っ込み思案だった聡子に初めて声をかけてくれた男性。


「お前がいいんだよ」


その言葉に今までの人生が報われたような気がした。


「俺が稼ぐから聡子は家に居て欲しい」


その言葉に頷いて、会社は寿退職することにした。


「毎日、美味しい料理を作って欲しい」


その言葉に結婚までの日を指折り数えながら、料理教室にも通った。


「子供がのびのびと育てる暖かい家庭にしような」


“野球チームが出来るくらい子供を生んでくれよな?”という言葉に“そんなには無理よ”と寄りかかりながら甘く微笑んだ。


なのに………なのに………


「驚くかな…」


その日、ここ数ヶ月あまり連絡のとれない彼が体調でも崩しているのではないかと彼のアパートに訪れた聡子の瞳に移ったのは自分ではない女と笑い合う婚約者の姿。


「……ど……う……し……て……」


ひゅっとなった喉の奥からは壊れたラジカセのような声が漏れた。自分にいつも甘い瞳向けてくれていた彼が同じように後輩を見つめていた。そのまままるで恋人同士のように腕を絡めて彼の部屋から二人が出ていく姿に聡子は絶望した。


「お前が後輩を苛めるような女だとは思わなかった」


退職するために仕事の引き継ぎをしていた後輩から聡子先輩がきつく当たるという相談が2人の関係の始まりだったらしい。


「………そんな事していないわ」


別れて欲しいと告げる彼の言葉が耳を素通りする。一方的に糾弾する彼に漏れたのは諦めの意味を含んだ言葉。その後はどうやって別れ話をしたファミレスを後にしたのか分からない。ふらふらと歩いていた自分が最後に見たのは……目映い限りの電車のベッドライト。


そして、最後に聞いたのは耳をつんざくような警笛の音だった。


次に自分の記憶は真っ白な空間に響く男の声。


『貴方方は罪を償う必要がある』


全てを失って生きてきた聡子の耳に音が戻ったのはその慈悲もないその言葉を聞いた時だ。


ーーーどうして


あの日を思い出す度にその言葉が聡子の胸にせりあがる。


ーーーどうして私なの?


小さい頃から誰にも認められなかった私からなんで彼を奪うの?私以外にも同じような人生を歩む人間はたくさんいるのだから私以外の人から奪えばいいのに。なのにどうして自分だけ、こんなにも生きづらい人生を与えられてしまうのか。そこに素晴らしさなど一ミリの欠片もなかった。誰からも認められる事のない人生を歩んで来た聡子にとって人生は苦いものでしかなかった。


「はぁ………」


人生を生まれる前から設計したにも関わらず、昔の自分と同じような環境で育つ少女に我知らずため息が零れた。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。

誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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