6.長すぎる人生を三人で
「明美さんの言ってたいい案ってこれだったんだ……」
今朝、仕事の時間が迫っていたために明美の考える案を詳しく聞けないままに出勤した琴美は目の前の光景に目を瞬かせる。そんな琴美を他所にリビングのソファーに座った明美はすました表情で微笑む。
「そうよ。1人がしんどいなら皆で見ればいいんじゃない?」
そう言って笑う明美の前にある机の上にはつまみやお菓子の袋に酒が小山のように積まれていたのだった。
ーー時間は少し巻き戻る
仕事を終えて部屋に帰り、夕飯を食べる所まではいつも通りだった………違ったのは夕飯が終わった後ぐらいから。
「ああ…そうだ。琴ちゃん、この後なんだけど用意が出来たらリビング集合でいい?」
ご飯も終わり、今日の皿洗い当番の聡子が台所からかけた言葉に今からの予定を思って憂鬱気な表情を晒していた琴美は驚きながら振り返る。
「え?」
思わず、そう声を上げて驚いたまま相手を見つめていると皿を洗い始めていた聡子がこちらを見て笑う。
「あ、もしかして聞いてなかった?」
「何が?」
そう問い返すと聡子が“ふふふ”と笑い、何も言わずにリビングでTVを見ている明美に問いかける。
「明美さん、まだ言ってなかったの?」
「もちろんよ。サプライズの方が面白いじゃない」
聡子の言葉を受けてようやくTVから視線を2人に向けた明美はニヤリと笑う。その意味が分からず、不可解な表情を作った琴美は首を傾げる。
「どういうこと?」
2人はこれから何が起こるのか分かっているようだが自分にはさっぱりだ。頭に疑問符をのせる自分に2人は意味ありげに笑う。それに更に眉を寄せる琴美に嘆息した明美はもったいつけるように腕を組む。
「今朝、言ってたじゃない。長すぎる人生をどうにかしないとって………」
「それは…そうだけど…」
明美のいきなりの言葉に琴美は戸惑った表情を見せる。その表情に明美は嘆息する。
「とにかく、いつも通りに準備をしたらリビングに集合よ」
明美の言葉に目を瞬かせた後、琴美はため息を吐いた。
「さ、座って。座って」
少し前のやり取りを回顧していた琴美を明美が促す。その言葉に一抹の躊躇いを抱えていた琴美はため息を吐くと諦めに近い気持ちで中に入ると席に座る。リビングではバタバタと聡子が準備の為か動いている。無言でそれを見守っていると準備が終わった聡子がリビングに入ってくる。
「ごめんなさい。お待たせして」
「いいのよ。気にしないで」
「うん………大丈夫」
聡子の言葉に明美がヒラヒラと手を振るのとは裏腹に緊張した面持ちで琴美は頷く。そんな琴美の硬い表情に気づいた聡子は心配気に顔を曇らせる。
「琴ちゃん、ごめんなさい。嫌だった?実は…琴ちゃんが最近浮かない表情をしてるのが気になってたの。それで明美さんに相談したら理由が分かるかもって言われて………」
申し訳なさそうな言葉に琴美は慌てて首を振る。どうやら明美だけではなく、聡子にまで心配をかけていたらしい。
「こっちこそごめんなさい。心配をかけてたなんて思わなくて」
「ううん!私が本当は直接聞ければ問題なかったの」
「気にしないで!」
「私は嬉しいけど、琴ちゃんが嫌だったら申し訳なくて………」
「聡ちゃん………」
「琴ちゃん」
互いに謝り続けようと息を吸った時、“パンパン”とその場を収めるように明美が手を叩く。
『明美さん』
音の発生源を振り返ると明美が呆れた表情をしている。
「謝り合戦しても仕方ないでしょ。ほら、本題に戻るわよ」
そう言われて顔を見合せた聡子と琴美が頷けば明美はさてと肩を竦める。
「実はこの前、琴ちゃんに“これから人生”の人生を見てみたらって進めたじゃない?」
明美の言葉に後押しされて自分の見送った“これから人生”の人生を見ることを決めた琴美は頷く。
「そうだけど…………それは別に明美さんのせいじゃないわよ」
相手の言いたいことが分からずに戸惑いを隠せずにそう告げれば明美はニヤリと笑う。
「ま、それは横においといて。実は私にも出たのよ」
「何が?」
自分の言葉の意味が分からず、琴美が眉を寄せるのに明美は自身の持ち込んでいたタブレットを琴美の前に押し出す。
「決まってるでしょう。神様が哀れな神の愛し子の為に作った人生設計オプションを選んだ奇特な魂よ。実はは琴ちゃんに見てみてみたらって進めた手前、自分は見ないって卑怯なんじゃないかと悩んでてね。だから、琴ちゃんが嫌じゃなければ長すぎる人生鑑賞に是非とも私も参加させてくれない?」
「明美さん…」
「私も是非とも参加させて下さい!」
「聡ちゃん!」
それまで黙って聞いていた聡子も明美と同じように自分のタブレットを琴美の前に差し出す。
「私にも新しいオプション購入者が来ました。でも1人では見る勇気がなくて躊躇ってたんです」
「私も琴ちゃんがまさか本当に見るとは思わなかったから見るつもりなかったんだけど………琴ちゃんが見るんなら一緒に見てみてもいいかなと思ってね」
「明美さん………」
明美のいたずらっ子のような表情を前に琴美は今にも泣き出しそうな顔で2人に笑いかける。
「もちろんですよ。長すぎる人生も3人なら見ていけるかもしれませんもんね」
そう言いながら笑いかけると明美と聡子は“絶対に大丈夫よ”と頷いた。
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