31.一夜明けて
「暫く入院は必要そうだけど、大丈夫そうだったよ」
朝の挨拶もそこそこに幸哉は貴史の母親の事を気にしていた綾菜そう説明する。その言葉に優芽と一緒に自宅に居た綾香はホッと息を吐いた。
「じゃあ、叔母さんは命に別状はなかったのね。良かった」
「………そうだね」
綾菜の心底安心したと言わんばかりの表情に幸哉は目を伏せる。
『俺はお前達とは対等でいたかった。金がないなんて思われたくなかった。ただ、それだけだろ!』
ふとした瞬間に昨日貴史が発したその一言が幸哉の耳にこだまする。
“そんな事思った事もなかったのに”
自分の唯一無二の親友だと思っていたのは自分だけで貴史にはそうではなかったのかなと疑問が首をもたげる。我知らず、ギュッと拳を握るとその拳が温もりに包まれる。その温もりに顔を上げると心配気にした綾菜が自分を見上げている。
「綾菜………」
その気遣わしげな瞳を見た瞬間、幸哉は笑顔を作る。
「ごめん……ちょっと疲れてるみたいだ」
何でもないように装いながらその手を外す。その仕草に綾菜はハッとしたように目を剃らす。
「ごめん………幸哉、落ち込んでるように見えたから」
その言葉に幸哉は無理やり笑う。
「俺は大丈夫だよ。大変なのは貴史であって俺じゃないよ」
「幸」
「ほら、行かないと遅刻するよ」
通学路の途中で足を止めていた幸哉は綾菜を促して歩き出す。それに遅れて歩き出した綾菜は何か言いたげにしながらも幸哉の横顔を見つめる。それを無視するように幸哉は明るく振る舞う。
「そう言えば、優芽は大丈夫だった?」
泣いていた優芽を預けたのが気になっていた幸哉がそう口にすると諦めたように嘆息した綾菜が微笑む。
「最初はお母さんの所行くって泣いてたけど、幸が病院からお母さんは大丈夫だったって言うのを聞いてからは落ち着いた。家に1人で置いとけなかったから昨日は泊まってもらったけど大人しくいい子にしてたよ」
今日の授業の教科書を詰めた鞄と着替えを持って家を移動した時も“お母さん、大丈夫かな”と溢しはしたが泣きわめくことはなかった。久しぶりに優芽と一緒に過ごして、改めて妹が欲しいと思ったぐらいだ。夜は少しぐずぐず言っていたが朝は元気に学校に向かった。その言葉に幸哉は“そっか”と頷く。
「でも、塾サボって大丈夫だったか?」
優芽がいる間は何も言わないだろうが自分達との付き合いをあんまり良く思っていない綾菜の母親の反応が気になり、そう口にすると綾菜が肩を竦める。
「ま、多少は煩く言われるもかもだけど非常事態なんだから仕方ないし。」
その言葉に幸哉は苦笑する。
「迷惑かけたな」
「いいの。代わりの日に行くから大丈夫。それよりも貴史は今日は休みだろうし、学校が終わったら叔母さんのお見舞いに行こう!」
そう声をかければ幸哉は瞳を揺らしながら頷く。
「そうしようか」
「だね」
様子のおかしい幼馴染に綾香は寂しげに笑うと前を向く。
“幸哉、大丈夫かしら?”
浮かない表情で自分の隣を歩く幸哉に綾香はため息を吐く。幼馴染の自分にぐらい弱い所を見せたって自分は幸哉を不甲斐ないなんて思わないのに。いつも率先して悪戯や行動を起こす貴史と自分に振り回されながらもずっと後ろでどっしりとしていてくれる姿に綾香は安心を覚えていた。そんな幸哉は自分で何かを抱えると教えてくれることはない。今までにない様子が気になるものの綾香はせめてでも幸哉が明るい気分になれるよう明るく振る舞った。
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