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3.天国とはどんな場所でしょうか?

「今日も疲れた~!」


バフンと音を立てて、シェアハウス内のソファーに琴美は体を預ける。その姿にクスクスと笑うのは今日の料理当番の高原聡子だ。


「お疲れ様」


「本当に疲れたわ~。毎日、毎日同じ仕事をしているとはいえ本当に疲れる」


聡子の労いに肌触りのいいクッションを抱えた琴美は疲れた表情で愚痴る。


ここは前世で『自死』………ようは自殺をした人間が集められ次の転生を決めるまで過ごす場所だ。場所の名前も知らない世界だが、人生を生き抜いた魂が次の転生までの時間を過ごす場所を天国というのならここは違う。生前に他者を傷つけたりした魂には別の世界があるらしく、そこは地獄というらしい。ここでは生前と同じように労働し、賃金として渡されたポイントを元手に生活する。それが神様の決めたこの場での在り方らしい。そして亡くなった時代も年代も関係なく、この場所の管理者である『神の管理者』に決められた場所で暮らすのだ。今、このシェアハウスで暮らすのは最近入って来た高原聡子につい、30年ほど前に来た佐藤明美。そして、勤続歴50年の自分だけた。


「私も同じ仕事だけどまだまだ未熟だからそんなに早く仕事出来ないけど。琴ちゃんはベテランだから、かなりの人を送り出すもんね」


ジューという音を立てながら肉を焼いていた聡子がカウンター越しに声をかける。それに凝った肩を揉んでいた琴美は肩を竦める。


「まぁね。人生設計課に勤務して50年にもなればベテランにもなるわよ」


「それは確かに……」


勤続50年は現代ではそうそうお目にかかれない。聡子の同意に琴美はため息を吐く。


「でも、前はもっと簡単だったのよ?楽だったのに神様の思いつきでここ20年ぐらいどんどん仕事は増えていくのよね……」


そう愚痴りながらも琴美はここに来てからの生活を思い出す。


『貴方方は罪を償う必要がある』


目の前から光が失われてどれくらいたったのか。真っ白い空間に響く誰とも知れない声に意識を取り戻せばそう告げられた。その声の主は今をもっても誰だかは分からない。それこそ神様かもしれないし、神の代理人かもしれない。意味が分からず立ち尽くす自分達に説明されたのは『自死は罪に当たる』というまったくもって意味不明の説明だった。自死が罪に当たると言うのなら自死が生まれない人生を神が与えればよいのだ。それこそ究極全ての人間が同じ顔で姿で、経済的にも恵まれて、戦争なんてなくて、親が子供を虐待するような世界を変えてしまえばいい。そんな自分の思いとは裏腹に気づいたら、神の代理人と名乗る相手から新しい人生を送るために旅立つ魂を送り出す『人生設計課』の職員として働くよう命じられた。不満はあったが他にすることもなく。毎日、毎日生まれゆく魂を見送るだけの仕事に就いた。あの当時は今と比べれば格段に負担は少ない時だったと思う。あの時代は今と違って皆が同じ経済的水準、あまり格差のない生活水準だったため貧富の差も少なかった。もちろん多少の差はあっただろうが人生に絶望を感じて死を選ぶものも少なかった。ただ見送るだけの簡易なシステムが戦後のベビーブームと第二次ベビーブームを支えたと言っても過言ではないだろ。


“それに比べれば今は大変よね………”


凝ってしまった肩を揉みながら琴美は嘆息する。


今はあの時代とは違い、物質的に豊かになった分格差が目立つようになった。また、少子高齢化社会である日本では生まれるより死んでいく人間の方が多い。自然の摂理で考えれば亡くなる人間多くなり、生まれる人間が少なくなれば魂を保管する場所が今より必要になることは分かる。場所を確保することがいくら万能な神様と言っても大変なんだろうか。思わず、神様事情を心配しながらも琴美は口を開く。


「前は生まれるタイミングで扉を開け閉めぐらいだったのに。最初は前世ポイント制に始まり、今では余ったポイントの有効利用として人生応援オプションまで導入されるんだものね。手間も時間も今までの倍はかかるわよね」


指折り今まで導入されたシステムを数えながら琴美は遠い目をする。ちなみに導入されたもののうまく行かずに導入が見送られたシステムも多々ある。その影響を受けるのは上の管理者ではなく現場の職員達だ。いくら神様の力を持ってしても魂の保管が難しいのかもしれないがもう少し神の力で頑張って欲しいとは思う。琴美の愚痴に聡子も料理しながらも頷く。


「そうなんですよ。前世ポイント制の説明だけなら慣れて来たんだけど、人生応援オプションまで説明してたら時間がかかっちゃって。今日も予定人数の送り出しに間に合いそうになかったのでベテランの方に助けてもらったんです。まぁ……今は昔みたいに自分の努力だけてなんとかなる時代ではなくなりつつあるみたいですしね。時間をかけたくなりますよね」


勤続歴20年の聡子は新しく導入されたシステムの説明にてこずっている事を暴露する。それに琴美が慰めの言葉を口にしようとした瞬間、別の女性の声が混ざる。


「だからこその人生設計なんでしょ」


「明美さん」


「お帰りなさい」


音もなくリビングの扉を開けていたのはこのシェアハウスでのもう1人の同居人佐藤明美だ。見かけは20代半ばの聡子と琴美と違い、30代の妖艶な美女は疲れた表情でリビングに入って来る。部屋で着替えずにそのままこちらに来たようだ。通勤着の黒い服と鞄もある。


「遅かったわね」


そのあまりに疲れた様子に琴美がそう声をかけるといつもの定位置に座った明美が前髪をかき揚げる。


「今日は残業もないし、早めに帰れるかな~と思ってたんだけどね。人生転生課の人間に捕まったのよ」


「ああ」


「お疲れ様でした」


明美の言葉に事態を察した二人は苦い顔で頷く。新しい人生に旅立つ魂を見送る人生設計課の人間とは違い、その名の通り新しい人生に転生することを促進する課に当たる。彼らは天国で暮らす魂達の転生順番を管理する職員でもある。ちなみに彼らは自殺し、人生設計課で働く面々をいかに転生させるかにも命を燃やしているのだ。神から仕事を与えられている以上、彼らもまた何らかの『罪』を犯し、罪を贖う為に仕事をしているのだろう。ただ、彼らが何の罪を犯したのかは知らないが……。


「本当にあいつらは五月蝿くてたまんないわ」


鞄を床に放り出して、うんざりした表情で話す明美に琴美は真剣に頷く。


「分かるわ。あの転生課の人間は転生させることに命を燃やしてるから」


人生設計課の人間は前世にトラウマを抱えている。その為、年季を終えて無事に転生する資格を得ても実際に転生する人間は非常に少ない。実際、琴美と明美は転生するのに充分なポイントを貯めており、いつでも転生出来るがまだ職員としてこの世界に居座っている。こんな自分達を転生させる事で転生出来るだけのポイントを貯めないといけない転生課の職員は隙があれば人生の良さについてプレゼンしてくれる。


「こちらとら生まれ変わりたいと思ってないのにいい迷惑よ。あ~、疲れたわ」


琴美のうんざりとした表情に自分もうんざりとした表情をした明美はキッチンで料理を作る聡子に視線を移す。


「で、そんな私の癒しの夕食は何?」


「今日は豚の生姜焼きよ。もう少しで出来るから……琴ちゃん、ご飯とかよそっちゃって」


「分かったわ」


「ビールが進むわね」


聡子の返しに今日一番の微笑みを浮かべた明美に琴美は肩を竦める。


「そうそう。嫌な事は美味しいものを食べて忘れるに限るわ。準備するから、明美さんも着替えて来ちゃって」


そう茶目っ気たっぷりに言えば、明美がソファーから立ち上がる。


「すぐに着替えて来るからキンキンに冷えた命の水(ビール)も冷蔵庫から出しておいて」


「はいはい」


そう言って部屋を出ていく明美の返しに笑いながらも琴美は冷蔵庫からビールを取り出してリビングの机の上に置くと次は手早くご飯を盛り付ける。


「よし」


三人分の茶碗に箸を揃えれば食事の準備は終わりだ。頬を緩めながら琴美は嘆息する。


ーーこれからも罪を犯した自分達は天国を知ることはないだろう


「お待たせ。出来上がり~」


今日の夕食のメインを作っていた聡子が3人分に分けた皿をお盆に乗せてリビングにやってくる。


「お、美味しそう~!」


着替え終えてリビングに戻って来た明美も夕食のメインに口元を緩める。死ぬ間際、自分達にはこうした家族段落すら許されない人生だった。互いに揃ったのを確認して、席に座って手を合わせる。


『いただきます!』


たとえ、これが仮初めの関係だったとしてもここでの生活が幸せだと思うぐらいに自分達は前世(過去)を恐れている。






だからこそ、琴美にとってそれはまさに青天の霹靂と言ってもいい出来事だった。


「そのオプション購入します」


「え?」


自分で進めた筈なのに目の前の“これから人生”の言葉に琴美は思わず、声を上げる。何度目を瞬いても自分の目の前に座り、ニコニコと穏やかに微笑む青年の姿は変わらない。今の発言が本当なら彼は自分が担当した中で初めてのオプション購入者になる。


「ほ、本当に買われるんですか?」


思わず、そう問い返せば穏やかに“これから人生”が頷く。


「はい」


お薦めはしても本当に買う人間が出るとは思っていなかった琴美が思わずあんぐりと口をあけて目の前の相手を見つめていると相手が複雑そうに笑う。


「やっぱりおかしいですかね?」


その表情にハッと我に返った琴美はふるふると首を振る。


「い、いえ!そんな事ありません。少し驚いてしまって………」


そう言葉にすると今までの人生を覚えていない筈なのに色んなものがないまぜになった表情で笑う青年はよかったと笑う。


「確かに…人生設計オプションって何だろうって思ったんですが…」


その言葉に琴美は人の良さそうな青年の姿をとる“これから人生”をまじまじとみる。


「他の人からしたからこんなことにポイントを使うなんて馬鹿らしいかもしれませんが僕はこの人生設計オプションを買おうかなと思います」


「………分かりました」


照れたように笑って答えるいつもとは違う“これから人生”に普段なら自分の人生でもないからとどこかなげやりで形で他人の人生設計に関わっていた琴美は胸がざわめくのを自覚する。そんな何とも言えない胸のざわめきを抑えながら琴美は目の前の“これから人生”に平素を装う。


「で、では改めてどちらのオプションを購入されますか?」


人生設計オプションとは言っても様々な種類がある。平素を装おって問いかけるとまたもや“これから人生”はのんびりと笑う。


「では貴方が先ほど進めてくれた“人生応援チアリーダー”をお願いします。恥ずかしいとは思いますが僕は凄く不器用だから、誰かに頑張ってと応援してもらわないと生きていくことなんて不可能かなと思って」


「………そうですか」


頭をかきながら照れたように笑う相手に琴美は言い知れぬ思いを抱きながらも視線をカタログに落とす。今まで多くの“これから人生”を送り出して来たが彼のように穏やかに笑う“これから人生”は初めてだった。動揺する気持ちを抑えながら琴美は冷静に言葉を紡ぐ。


「……では、人生設計は以上になります。他に何かご質問はありませんか?」


自分の手元にある人生設計書に承認者として自分の名前を記入すると琴美は顔を上げて目の前の“これから人生”を真っ直ぐに見つめる。その問いかけにこれから新たな人生に旅立つ“これから人生”は穏やかに笑う。


「はい、大丈夫です。ありがとうございました」


その言葉に琴美は息を吐くと目を逸らしながら立ち上がる。後はいつも通り、彼を送り出すだけだ。


「では、いってらっしゃいませ。よき人生を」


そう告げて琴美は初のオプション購入者を見送った。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです

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