21.コーヒーと人生の共通点
琴美がリビングから立ち去った後も明美はソファーに座りぼんやりとしていた。
『人生もコーヒーのように砂糖と牛乳があって甘くなればいいのに』
さっきまで自分の前で座っていた同居人の言葉を思いだし、煙草を燻らせながら明美は嘆息する。
「確かに……人生は苦すぎるね」
コーヒーは多少苦くても味を変えることが出来る。けれど、人生は苦いからと言って変えることは難しい。その人を取り巻く環境。生活状況。金銭。果てには病気や障害といった予想もしない付属品がつく。人によってはその付属品によって幸せという甘さを得るかもしれない。しかし、実際にはその付属品によって更に人生は苦味を増す可能性もある。だから人生は難しい。煙草の煙を空に向かって吐き出し、明美はため息を吐く。実際に自分は今、言葉によって1人の子供の人生を変えてしまったかもしれないという重荷を抱えている。
『あんたなら大丈夫だよ』
自分が将来どうなるかも分からない中でかけた言葉によって少年は子供でいられる時間を奪われた。画面の中で、同年代の誰よりも必死に生きている。
「かと言って………父親と一緒に居て幸せになったかは分からないけどね」
そう呟いて、明美は自嘲する。あの家は貴史が10歳を迎える少し前から崩壊を始めていた。
「また仕事なの?」
休みの度に接待ゴルフに出かけるようになった夫に貴史の母親は冷たい目を向けていた。貴史の耳と目を通して見るそれらのやり取りからまだ幼い貴史には分からなくても明美は家庭内の不和を感じていた。
“あの時と同じ”
自分が離婚を切り出される前、自分の夫も貴史の父親のように帰りが遅くなった。そして、次に休みに仕事だと言って出かけるようになった。少しずつ壊れていく姿に明美は心がかき乱された。
帰らない夫。明らかに違う女の臭いがする衣服。その服を握りしめて鬼の形相をした自分。そこまで考えて明美は口元を歪めた。
ー神様は一体何を思って自分にこんな残酷な光景を見せるのだろうかと………
そんな歪んだ憎悪に満ちた感情のままに見ていた時にそれは起きた。
「貴史……どうしようか?お父さん…………出て行っちゃった」
家を出た夫に泣き崩れる母親を前にして立ち尽くす貴史の耳に明美は囁いた。
ーーあんたなら大丈夫だよ
泣き崩れる母親と暮らすのが子供に興味のなかった父親と暮らすよりも幸せになれる。そんな大義名分を掲げながらも自分が少年にあの言葉をかけたのは貴史の人生を考えたからではない。ただの自分の歪んだ前世の悔いからだ。子供の成長を見ることも出来ずに小さな部屋で死んだ自分を幸せにするために母親を支えろと言葉にした。
でも………
「あの子の幸せを願ったことだけは確かだけどね」
誰に告白する訳でもなく、明美は切なげに笑う。あの日、子供と別れて生活を送るようになってから今日まで自分はずっとあの子達の幸せを願い続けていた。そんな感傷から逃れるように明美は煙草に火をつけた。紅く染まる光を見つめながらほの暗く笑う。
「本当に……人生は厄介だよ」
コーヒーのように苦いからこそ、甘くて優しくなるようなものを見つける為に人は誰しも必死になる。誰かの人生の幸せよりも自分の人生の幸せを願う日もある。そんな様々なものが複雑に絡みあって溶け合わさって人生を形作るのだ。
「唯一コーヒーと変わらないのは一度混じりあったものを分けることは出来ないってことぐらいだね」
コーヒーも一度、牛乳や砂糖を入れてしまえば単体の時とは全く別のものが出来上がる。それが自分にとって甘過ぎても牛乳を入れすぎてしまって冷めてももう二度と同じコーヒーに戻ることはない。人生も一度経験したことをなかった事には出来ない。1人リビングで物思いに耽る明美はそう言葉にして薄く笑った。
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