2.人生設計は計画的に
ーー人は死んだらどこに行くのか?
それは生きている人間にとって永遠の課題にと言っていいだろう。そして悲しいことに人は生きている間にそれを知ることは出来ない。
だから、人は『死』を恐れるのではないだろうか………
「こちらとかはいかがですか?」
一点の曇りすら許されないほど真っ白な異空間の中、これまた上下のすら分からないに場所に浮かぶようにして二人の人間が机を挟んで向かい合わせに椅子に座っていた。顔はどちらも同じで鏡に写したようなそっくりな姿がそこにあった。唯一の違いを上げるとしたら対面して座る二人の表情ぐらいだろうか。戸惑うような不安げな表情を晒す青年とは裏腹に人好きするような笑顔を浮かべた青年は机の上に広げた『カタログ』を指差して説明する。
「こちらは前世ポイントが高くないと選ぶことすら出来ない超レアな人生設計となっております。もちろんその名もハイリスク、ハイリターン!人生全て運任せ。夢の人生も夢じゃない!でも、その分毎日が波瀾万丈です!コースになります」
今、目の前の青年と同じ姿になって居るのは50年前に入水自殺し、神様から自死の償いとして仕事を命じられた三橋琴美だ。
ーーそう………ここは必ず人が生まれる前に“人生設計”を行う場。
生まれる前の転生者に不安を与えないようにとの気遣いからか職員が頭から被る黒いローブが相手の姿を魂に合わせて変化させる。だが、残念ことに彼らは生まれる前なので名前も性別もまだない。そのため今、彼らがとっている姿は彼らの魂が一番最後にとった姿である。
「いや………普通な人生を求めてるんで」
自分と同じ姿の青年が“いい笑顔”で進めてくる人生設計をまだ若い姿の青年は丁寧に辞退する。自分が死んでから生まれるまでにどれぐらいの時間がたっているのか分からないがそんな波瀾万丈な人生設計を進められても困るというのが本音だ。
「ははは……そうですよね」
自分の進めた人生設計を即座に否定され、琴美は肩を落とす。いつもこの人生設計を選択出来るほどに前世ポイントを貯めた魂達に自信を持って進めているのに残念な事にこの人生を選択した魂はいない。自分の目の前に座る彼もまたこれから人生決めて転生していく魂の1人だ。そのため、琴美は“これからの人生を生き抜く魂”である彼らを“これから人生”と呼んでいる。
「貴方は前世ポイントが高かったので、ハイリスク、ハイリターンの人生設計でもやっていけるかと思ったんですが…」
そう言いながらも諦めきれずにカタログをパラパラと捲っていると目の前の“これから人生”が首を振る。ちなみにこの仕事の助けになるようにと与えられる資料には“これから人生”の前世が記載される。それによれば燃える建物の中から人を助けようとして不幸にも亡くなってしまった彼に与えられた前世ポイントは人生カタログの中でも高い前世ポイントを有するハイリスク・ハイリターンのコースが選択出来たるほど高ポイントだったのだ。それを知り、思わず高揚して進めてしまったが確かにハイリスク・ハイリターン人生をやるのが自分だったら耐えられない。
「……本当にこちらのコースはイチオシだったんですがね……」
それでも諦め切れずに“これから人生”を見据えて至極残念そうに言えば“これから人生”はいやいやと突っ込んでくる。
「どういう加算方式か知りませんけど、人生はローリスク、ローリターンが一番でしょう」
前世でもきっと真面目に生き抜いてきただろう“これから人生”がそう溢す。その姿に琴美はニッコリと満面の笑みで“これから人生”を見つめて口を開く。
「人生はそうかもしれませんね。でも、あなたは幸運なんですよ。前世ポイントがないとまず人間にすら転生出来ませんからね」
「はい?」
琴美に危うくその名もハイリスク、ハイリターン!人生全て運任せ。夢の人生も夢じゃない!でも、その分毎日が波瀾万丈です!コースを進められそうになっていた“これから人生”は目を瞬く。その反応に琴美は営業スマイルを向ける。
「前世ポイントは神がお与えになります。その為、そのポイント数によって次に転生出来る段階が決まります」
すっとどこからともなくラミネートされた紙を取りだし、“これから人生”に説明する。
「神が認めるほどのポイントがない場合は虫や微生物。次が両生類。鳥類。哺乳類。そして最後に人間と続きます」
「は、はぁ……」
琴美の説明を怪訝そうにしつつも前世真面目だった人柄がよく判るように彼は紙を覗き込んで聞いている。
「貴方はその中でも特に高ポイントを有されました。よって人間への転生が許された方になります」
琴美の営業スマイルと言葉に複雑そうな表情で紙を見つめていた“これから人生”はしばらく沈黙すると顔をあげてくる。
「……ちなみに前世ポイントの加算方式が気になるんですが………」
その質問にも動じることなく琴美は営業スマイルで答える。
「もちろん前世ポイントは人生の通過ポイントをいかに鮮やかに生き抜いたかによって決まります」
「さも当然のように言われてますが、“鮮やか”ってなんですか?」
真面目を絵にかいたような“これから人生”の問いかけに琴美は更に微笑む。
「それは神のみぞ知る加算方式です」
「何で、急に非公開なんですか!」
琴美の言葉に“これから人生”が突っ込んでくるがスルーだ。勤続50年を舐めるなだ。
「どこの世界でも同じかと思いますが。一下っ端に分かることなんてないんですよ」
「はぁ……」
さっきまで“ハイリスク、ハイリターン!”コースを進めていたとは思えない言い訳に“これから人生”は目を瞬いてため息を吐く。とりあえず、謎の加算方法だが追究を諦めて“これから人生”は目の前の机に広げられた人生設計カタログに改めて視線を落とす。呼ばれたと思ったら真っ白な空間にいきなり机と椅子。そして人好きする笑顔を浮かべた相手の前に引き出された自分に向かって言われたのは“たった一言”
ー人生設計のお時間ですー
そもそもこれから人生が始まるのに何を設計すると言うのだ。にらんでも笑顔を崩さない相手に“これから人生”はため息を吐く。だじゃれではないが色んな意味でこれからの人生が生まれてもないのに不安になる。
「ま、いいです。教えてもらっても仕方ないんで」
妙な前向きさで“これから人生”は広げられたカタログに忙しなく目を走らせる。そこには“容姿普通 10ポイント”や“容姿 整う 50ポイント”など自分の人生を設計する上で必要なあらゆることが書かれており、それを選択するために必要なポイント数もあらかじめ横に書かれている。不思議なのはカタログを初めて見る筈なのになぜか理解できるところだ。
「ん………容姿は普通でいいんで頭がいい方がいいです」
普通と書かれたものを選んでいくと自分の頭の中でチャリチャリと音が鳴り、前世で貯めたポイントが減ってゆく。それが理解出来るのも不思議でしかない。
「あ、やっぱり普通の家庭を止めます」
選択を取り止めるとチャリンとなって前世ポイントが戻ってくる。是非、来世は“鮮やか”を目標にしたい。それからもあれこれと選んでいくとずっとそれを見守っていた相手が嘆息する。
「見事にローリスク、ローリターンてすね」
「悪いですか?」
その言葉に“これから人生”は真顔で問いかける。確かにを絵に描いたような平凡な人生設計を行ったとは思うがこれが自分には一番必要だと思うのだ。その言葉に琴美はいいえと首を振る。
「あなたの人生ですから。お好きになさってください」
「もちろんです。人生は平凡が一番なんですから」
無責任な案内人から目を離し、“これから人生”は自分の人生設計を再確認する。今の自分には前世で何をしてどのように生き抜いたかなど覚えていない。それでも“魂”に何度も前世を重ねると確かにこびりついてくるものもあるのだ。自分に一番大切なのは“生きる”こと。そう考えて顔を上げると目の前で自分と同じ顔をした相手が穏やかに微笑む。
「是非、悔いのないようにお決め下さい」
「はい」
老成したような雰囲気すら漂わせる相手に“これから人生”は頷く。それを確認して琴美は最終確認に入る。
「では“人生設計”は以上になりますがよろしいでしょうか?」
「そうですね………後2ポイントなんで選べそうにもないですしね」
手で開かなくても自分が見たいと思ったページが一番最初に表示される不思議なカタログを前に“これから人生”は肩を竦める。その様子に彼の意志が硬いことを確認して琴美はふと思い出したようにとカタログを示す。
「なら、人生応援オプションはいかがですか?」
「なんですか?それは?」
前の人生設計時には聞かなかったオプション名に“これから人生”は目を瞬く。それに自分と同じ姿の相手は待ってましたと言わんばかりの笑顔で再びカタログを指し示す。
「はい!人生応援オプションは生きづらいこの世を少しでも生きやすくをモットーに作られた人生にはそんなに必要でもないけどあったら嬉しいオプションです。今回から導入されました」
「はぁ………」
これから人生を生きに行くのにその前から“生きづらい世の中”と言われて“これから人生”は生きる気力を少し削がれる。そんな“これから人生”の胸中も知らず、琴美はオプションの一覧をなぞる。
「私としましてはこちらとかお薦めです」
指し示されたオプションに視線を落とした“これから人生”はそこに踊る文字に眉を潜める。
ー人生応援チアリーダー
特に人生必要なさそうな名称から顔を上げて琴美をみやる。
「これなんですか?」
“これから人生”の問いかけに満足そうな琴美はよくぞ聞いてくれましたと頷く。
「そちらのオプションは“人生応援チアリーダ”となります。オプションとして格安の前世ポイントでご利用頂ける!なんと!人生のここぞと言うときの踏ん張り時をちょっぴり支えてくれるオプションです」
「はぁ………」
その言葉に“これから人生”は生返事を返す。そんな興味なさそうな相手に琴美は熱弁を振るう。
「人生には誰でも“頑張れる”けど誰かに“応援”して欲しい!そんな時が必ずあります」
「はぁ………」
あんまり興味がないという雰囲気を醸し出す“これから人生”を前に琴美はオプションのよさを述べる。
「人生には受験、結婚、出産など……自分で頑張れるけど誰かに応援して欲しい!そんな時が必ずあります。そんな時、このオプションがあれば人生の節目を必ず乗りきれます」
「で、どんな効果が?」
“これから人生”の冷静な突っ込みに琴美は更に熱を込める。
「もうだめだ!それでもやるしかない!みたいな時に無意識に自分は大丈夫だと信じ込めます」
「人生にそんなに“自分は大丈夫”と無意識に思い込まないとやってけないイベントが盛りだくさんな時点で平凡じゃないでしょ」
「ちなみに男性に転生されればプロポーズもサービスされます。草食男子にとって結婚は一大イベントですからね。晩婚化に対して女性には二回まで無意識大丈夫が自由にご利用頂けます」
「無視!!無視なの!」
自分の突っ込みを鮮やかに無視された“これから人生”は疲れたようにため息を吐くが笑顔を崩さない相手に首を振る。
「とにかく、そんなオプションいりません。ポイントは繰り越しでお願いします」
「かしこまりました」
“これから人生”の人生初めての決断に肩を竦めると琴美は椅子から立ち上がる。それと同時に椅子と机が消える。それから目の前の“これから人生”に恭しく一礼するのが琴美の流儀だ。
「では、いってらっしゃいませ。よい人生を 」
その言葉を最後に自分の背後にある扉を示す。すると閉じていた扉が“ギイッ”という音とともに開き、“これから人生”は旅立つのだ。
ーそしてー
扉が閉まるとと同時に妙齢の女性がそこに立つ。
「人生設計のお時間です」
新たに“これから人生”を迎えた三橋琴美は営業スマイルを浮かべて振り返る。自分の耳には耳障りな妙に甲高い声で新しい“これから人生”を迎えるのだった。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字脱字がありましたら申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。