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13.俺には名前も知らない誰かの声が聞こえている

「どうして貴史はあんなに鈍いの!」


幼馴染第2号が1つ前の筋で別れてすぐに横を歩く綾菜が吠えた。


「まぁ、そう言うなよ」


綾菜から貴史が好きだと告白されてから数えるのも嫌になるぐらい恋愛相談を受けて来た幸哉は苦笑する。出会ってから早16年。どこに行くのも常に一緒の自分達。そんな3人一緒に出掛けるのが自分達には当たり前でそのうちの2人と一緒に出掛けるなんて仲間外れみたいになるのが嫌……とか考えてそうな幼馴染第2号に思いを馳せながらも幸哉は綾菜を諭す。


「そもそも部活の買い出しとかじゃなくて2人でどこか行きたいっていう言えばいいんじゃないの?」


ぶつぶつと貴史への不満を呟きながら歩く綾菜に言えば驚いたようにこちらを向く。


「その手があった!」


「気づいてなかったのかよ」


幼馴染のその反応に突っ込みながらも普通に笑えるようになった事にホッとする。綾菜は中学生時代、自分達と仲が良いことを理由に酷いイジメを受けていたのだ。物が隠される事は日常茶飯事でその度にいつも悔しげに唇を噛みしめていた。もちろん傍に居る時は守ったし、綾菜が1人にならないようにと貴史とも相談した。


『高校は違う場所に行くぞ』


そう言い出したのも貴史。勉強が苦手で下から数えた方が早かった貴史が猛勉強して自分達と同じ場所を目指した。


『何で、お前が俺たちから離れないといけないんだよ!だったらお前が俺達と居てもイジメられない場所を探せばいいんだよ』


酷いイジメを理由に自分達から離れたいと思うと切り出した綾菜は怒った貴史が発した言葉に惹かれたのだと思う。


『分かった。私、負けない』


泣きわめいて、もう嫌だと取り乱していた綾菜の瞳に光が戻ったのはそれからだ。


「………まぁ、アイツが鈍いのは元からだよね」


横を歩く幼馴染からの声に幸哉は視線を戻す。視界の端で“よし!”と拳を握る少女は可愛い。そう感じた幸哉は自分の不甲斐なさにこっそりとため息を吐く。


ーーー俺って何でこんなにも不甲斐ないんだろう


本当は誰よりも綾菜の事を好きな自信はある。なのにこの関係が崩れるのが嫌で告白すら出来ていない。そんな事を自分が考えているとは知らない幼馴染はいつもの分かれ道に来るとこちらを笑顔で見上げてくる。


「幸哉、いつもありがとうね。私、頑張るね!」


「ああ………」


「じゃあねー、また明日~」


いつもの分かれ道で手を振って駆け出す綾菜を見送った幸哉は困った表情で手を振り、好きな人が家に入ったのを見届けてから盛大に肩を落とす。


「はぁ………俺って何で言えないかな…」


長年、幼馴染として過ごした少女を好きになってしまった市原幸哉は今日も自身の不甲斐なさを嘆くと自宅に向かって歩き出すのだった。




「はぁ………」


綾菜と分かれ、自分の不甲斐なさに意気消沈したま自宅に着いた幸哉はいつも通りにリビングの扉を開けて声をかける。


「ただいま」


「おかえりなさい。遅かったわね」


台所で夕飯の支度をしていた母親が自分が帰って来たのに気づいてこちらを見るのに何となく目を逸らし、自分の弁当箱を鞄の中から取り出す。


「ん………」


突き出すように弁当箱の袋を母親に渡せば相手が苦笑する。


「はいはい。全くあなたもお兄ちゃんも………」


そう言いながら受け取った母親が弁当箱を洗い出すのを横目に冷蔵庫を開けてペットボトルをラッパ飲みする。そしてそのままリビングを出て2階の部屋に戻るまでが自分のルーティンだ。


「疲れた………」


部屋に戻るなり、鞄を床に投げ捨てると制服のままベッドに体を投げ出す。母親が見たら「だらしない!」と目を吊り上げるだろう。そんなことを考えながらも幸哉はため息を吐く。


「それにしても俺って何て不甲斐ないんだろう…」


自身の腕で目元を隠してそう呟けば……


『不甲斐ない訳じゃないわ……優しいだけじゃない』


そうどこからともなく答えが返る。その自分を肯定してくれる声を聞くたびに幸哉は心の中がどこか暖かくなる。


ーーこんな風に俺には小さい頃から名前も知らない誰かの声が聞こえている。


……がそんな事を誰かに言おうものなら奇異な目で見られるのがこの社会。親に誰か知らない人の声が聞こえると訴えた日の表情と異端なものを見るような目は未だに忘れられない。それでも俺には聞こえるのが本当の事で悔しくて両親や兄弟達に言えば『そんなものは聞こえない』の一点張り。だからいつしか他人に言わなくなった。誰よりも自分を心配し、応援する名前も知らない誰かの声を。


そんな誰にも理解されない世界が変わったのは2人に会ってから。


「僕さ昔から誰かは分かんないんだけど声が聞こえるんだよね」


馬鹿にされると思いながらも一抹の期待を捨てきれず、そう幼馴染達にポツリと溢せば2人が驚いたように固まった。その反応に俺は肩を落とした。


“……ああ………やっぱり無理だったか…”


どこか自分だけではないのではないかと期待していた俺は自分だけが異質なんだと落胆したが………。


「幸哉、お前もなのか!僕にも聞こえるんだ。お母さんやお父さんには聞こえないみたいなのに!」


「私も聞こえるの!お母さんには変な事言わないのって怒られるけど………」


次の瞬間に2人は俺が驚くほどの勢いで声を上げた。そしてその時、初めて彼らもまた親兄弟には聞こえない声に悩んでいたと知った。元々同じ年の幼馴染として仲は良かったが3人だけの秘密を共有するようになって更に仲が深まった。男2人に女の子1人という関係だったがどこに行くにも一緒で親達が驚くほど自分達は仲が良かった。幼稚園も一緒。時にはクラスが片方とは一緒で3人の内誰かとは常に一緒の時間を過ごしてきた。だから、言えたのだと今なら思う。そしてそれか5今も2人と幼馴染な関係を続けている………続けてはいるが。


「はぁ………」


また深いため息が喉から零れる。自分はそんな幼馴染のうち、綾菜を好きになってしまった。けれども綾菜は貴史を好きだと思っている。この微妙なトライアングルは何なのだろう。そこまで考えて幸哉は苦笑する。


「やっぱり言えないよ………好きだなんて」


そう呟くと体勢を変えて目を閉じた。






『やっぱり言えないよ………好きだなんて』


その呟きを画面の向こうで聞いていた“名前も知らない誰か”と幸哉に呼ばれる人間もまため息を吐いていた。


「………本当にこの子は優しすぎるわね」


生まれてからこの方………もっと言えば生まれる前の“これから人生”の時点から知る相手の姿に三橋琴美は呆れたように肩を竦めた。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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