11.人生鑑賞会の意味はある?
その夜、覚悟を決めた表情で琴美はその時を待っていた。
「お待たせしました」
「さぁ、始めようか」
いつも通り、自分のタブレットを持った2人がどこか疲れた表情でリビングに集まってくる。それを待って琴美は2人に向きなおる。
「聡ちゃん、明美さん。話があるの」
そう切り出せば自分のタブレットを抱えていた2人は顔を見合せる。
「どうしたんだい?やけに改まって」
ここ数ヶ月で少し窶れた明美がソファーに腰をおろす。それに続いて向かいのソファーに聡子も座る。
「どうしたんですか?」
ここ数ヶ月でどこか思い詰めたような表情をすることが増えた聡子が首を傾げる。その反応に琴美はぐっと拳を握りしめて口を開く。
「実は最近、ずっと考えてたの。このまま一緒に見てていいのかなって」
その言葉に聡子は目を見開き、明美は静かにこちらを見つめてくる。
「私も含めて、みんな最近辛そうなだなと思って」
その言葉に聡子と明美は固まる。そんな2人を前に琴美は俯く。
「………だから……我が儘だとはわかってるんだけど鑑賞会を個々でやることに出来ないかと思って」
そう切り出すと明美と聡子が息を呑む。その反応に琴美は慌てることなく、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「誤解はして欲しくないんだけど、2人が私の事を心配して一緒に見ようと言ってくれたことは嬉しかったの。でも………今はこのまま一緒に見ててもいいのかなと思ってるの」
「べ、別に今のままでも良くないですか!」
琴美の話を聞いた聡子は悲痛そうな顔で叫ぶ。明美は思案顔をして黙っている。聡子の反応に琴美は困ったように苦笑する。
「本当にごめんなさい。勝手な事を言ってる自覚はあるの」
「なら!」
「でも、だからこそ私は別々に観た方がいいと思うの」
「え?」
そう切り出した自分に戸惑った表情をする聡子とは裏腹に別のソファーに座った明美が無言で煙草に火をつけた。意味が分からないという顔をする聡子に琴美は泣き出しそうな表情を向ける。
「私、実は画面の向こうの家族に嫉妬してるの」
「嫉妬………」
琴美の言葉を聡子は呆然と繰り返す。それに琴美はリビングの天井を見上げてため息を吐く。
「醜いわよね………仲睦まじい家族の姿を見ると“ああ、私はなんて不幸なんだろう”って自己嫌悪するの」
子供に笑いかける母親の姿に嫉妬し、父親の姿に妬ましさを感じる。自分の全てが醜くて自己嫌悪する。
「そんな事普通ですよ!」
琴美の自己否定を聡子は必死で否定する。
「普通かは分からないけど、自分が嫌になる。そう思ったら自分のペースで進めて行けたらと思ったの」
他人の人生を見ることは楽しみもあるが辛くて苦い。
「見たくない日は見ない。向き合えそうになったら見る。時間はかかるかもしれないけど………そうしたいなって思えるようになったの」
「琴ちゃん」
「最初は憂鬱で、1人だったら絶対見るのを止めてたと思う。だから2人が一緒に見てくれたのは凄く嬉しかった」
そう笑いかけると聡子はぐっと押し黙る。短くも長い沈黙の末に吸っていた煙草を灰皿に押しつけた明美も嘆息する。
「あんたがそれでいいと思うならいいんじゃない?」
「明美さん!」
聡子が悲鳴のような声を上げる中で、明美は琴美に肩を竦める。
「元々、私と聡ちゃんはあんたが見始めたのに便乗したようなもんさ。あんたが1人で見たいのなら好きにしたらいいんだよ」
色々な事を孕んだ瞳に琴美は頷く。
「ありがとう、明美さん」
「琴ちゃん!」
「本当にごめんなさい。我が儘言ってごめん」
そう言うと琴美は自分のタブレットを持って部屋に戻るために立ち上がった。
「琴ちゃん………」
琴美がリビングを後にしてパタンと扉が閉まる音に聡子は呆然と呟く。何か言わなくてはと思ったが引き留める言葉が何1つ浮かばなかった。目を伏せていると視界の端に立ち上がる人影が入る。
「明美さん?」
それに気づいて顔を上げると明美もまた自分のタブレットを抱え上げる所だった。その姿に慌てて口を開く。
「あ、明美さんも一緒に見るの止めるの?」
言葉にはしなくても不安だという表情で自分を見る聡子に明美は肩を竦める。
「さっきも言ったように私達は元はあの子に便乗させてもらったようなものだしね。あの子が一緒に見るのが嫌だって言うなら無理やり押し付けるようなものじゃないだろうし。あんたも最近、辛そうな顔をしてるよ」
その言葉に聡子は目を見開いた後、伏せてしまう。
「………そうですね」
琴美が言うようにまるで自分が生きていたような錯覚に落ちいるほどに疑似的な環境に居る“これから人生”に複雑な思いを抱くのは自分も一緒だ。
だからこれは
ーーー神様の思し召しなのかもしれない。
そう考えて明美は自嘲的に笑う。自分達は神様の意に逆らっているような気分でいながらその手のひらの中で踊っているのかもしれない。
「私達は神様に……遊ばれてるのかもね……」
思わず、明美が呟くのに聡子は伏せていた顔を上げる。視界に入った明美の横顔はどこか疲れていた。
「自分の人生ですら向き合えてないのに他人の人生に向き合え訳がなかったんだよ」
そうポツリと溢すと明美もまた自分のタブレットを持って部屋を後にする。そんな2人を引き留める言葉を聡子は発せないままに見送る。
ーーパタン
琴美が出て行って閉まった扉
明美が出て行って閉まった扉
こちらに背を向けた2人に聡子は深いため息を吐いた。
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