10.これこそ神様の思し召し
「はぁ…」
仕事の合間にも勝手に零れるため息に琴美は憂鬱な表情を晒す。3人での人生鑑賞会ももう3ヶ月。最初の方は和気あいあいと他愛もないことを話しながら自分の送り出した“これから人生”を眺めていたのだが最近ではそれぞれが深刻そうな表情で画面見つめている。その理由を視聴する自分にはなんとなく検討がついている。しかし、言葉にするとそれが事実だと認めることになりそうで嫌だ。
「はぁぁ………」
オマケとばかりに深いため息をついた時、目の前から声がかかる。
「あの………」
「はい?」
その呼びかけに顔を上げると憂鬱な表情でため息ばかりを吐く職務怠慢な番人に“これから人生”が申し訳なさそうな視線を向けていた。その視線に生返事を返した琴美は相手の顔を見てハッとすると即座に相手に有無を言わせない笑顔を浮かべる。
「………決まりましたか?」
「は、はい」
そう問いかけると長い時間をかけて人生をカスタマイズしていた“これから人生”はコクコクと頷いてそろりとカタログを指し示す。
「あの………こ、これで」
一瞬で表情を変えるまでは無表情で憂鬱そうにため息を吐ていた相手にびくびくしながらも“これから人生”は自身が選んだプランを指差す。それを有無を言わせない笑顔のままで確認した琴美は頷く。
「分かりました。こちらでよろしいのですね?」
目の前の“これから人生”が選んだ人生も自分が現在見守っている“これから人生”と同じぐらいまでに見事なまでにローリスク、ローリターンなのを確認して琴美は人生の承諾書にサインを加えた。これでこの“これから人生”と神との契約は成されることとはる。自分達は言わば番人は神様の代行者でもある。その後は承諾書が微かに光ったのを確認すれば自分の仕事は終わりだ。
「では、いってらっしゃいませ」
自分の仕事が終わったのを確認してさっさと立ち上がれば目の前の“これから人生”が驚いたように目を瞬かせる。
「え?」
「これで旅立つ為の準備は全て揃いました。」
間の抜けた表情と声を上げた“これから人生”に殊更丁寧に礼を取ると琴美は微笑む。
「良き人生を」
その言葉と共に旅立ちの扉が開き、間抜けな顔をした“これから人生”が旅立つ。そしてそんな顔が消えて見えなくなる頃、開いた扉が“ギィーッ”という音と共に閉まる。
「はぁ…………」
本日何体目かの“これから人生“を送り出した琴美は振り返らずにため息を吐く。振り返ってしまえば仕事が終わったと見なされて新たな“これから人生”が送り込まれるので暫し、この体勢で休憩だ。何より仕事の合間に思い出すのは自分の送り出した魂の成長だ。
“大分、大きくなったわね…”
他人の人生の鑑賞会を初めた当初は苦い思い出が脳裏を余儀った。それがどこか遠い親戚の叔母さんの様な気持ちで自分の送り出した“これから人生”の成長を見守れるようになり、余裕が出ると他の事が気になるようになった。その事を思い出して琴美は重たい空気を背中に纏うと深いため息を吐く。
「それにしても………私、どれだけ嫉妬深いのかしらね…」
そう自嘲するのには理由がある。今は“これから人生”を見ても何も感じなくなった代わりに彼を通して見る世界に嫉妬する。空襲もひもじさもない世界にもため息は零れるが、“これから人生”を取り囲む親にも胸がかき乱されるのだ。
「自分が望んでいた未来を全て再現されるのは辛いわね…」
そう呟いて、琴美は目を細める。全てが同じではないが彼とこんな家庭を気づいて幸せに暮らして行たのかもと考える。戦争がなかったら自分と彼はこんな風になっていたのかもしれない。愛しあって結婚し、子供を産んで育てる。もし、彼が帰って来て結婚出来ていたら彼もあんな表情で自分の産んだ子供を抱いてくれただろうか。そこまで考えて琴美は苦笑する。
「……これこそまさしく神様の思し召しだわ」
自分達からオプションを購入し、生まれ変わる人間が自分達の望んだ未来を歩んでいるなんて神様の力をもってして行われる盛大な『神様の思し召し』に違いない。そうでなければ………。
「何の拷問よ………」
自分が歩んだかもしれない人生を見せられて平気な人間などいない。
「本当に上手くいかないものだわ…」
長い間、一緒には居たけれど自分達は互いに歩んできた人生を話したことはない。生まれた時代も場所も違う彼女達と過ごすことに何の意味も感じたことはなかった。今回初めて自分達が自ら選んだ選択によって3人の人生が交わりを見せた。そこまで考えて琴美は“はぁ~”と白い空間を見上げてため息を吐く。自分と同じような似た人生を歩んだ人はこの世に沢山いるかもしれない。
だが、この世に同じ人生を歩む人間は絶対にいない。だからこそ。
自分の人生を別に受け止めて欲しい訳でもない…
別に憐れんで欲しい訳でもない……
別に辛かったねと言って欲しかった訳でもない………
「どうしたらいいんだろ………」
他人の人生を見ることすら負担なのにこれ以上の負担を感じる必要はどこにもないのではないだろうか。自分を含めてそれぞれが自分が歩んだかもしれない人生を突きつけられる苦痛は何とも言い難い。少しの間、眉間に手を当てて考えた琴美は腰に手を当てて嘆息する。
「今は仕事中だし、考えるのは止め、止め。皆で考えればいいわ」
そう言葉にだして琴美はようやく振り返って商売用の笑顔を浮かべる。
「人生設計のお時間です」
振り返ると同時に自分の前に現れた新たな“これから人生”に琴美は笑顔を向けた。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
少しでも頼んで頂ければ幸いです。




