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1.人生設計は生まれる前に

スクリーンに写し出された彼は今にも死んでしまいそうな顔をしていた。ノロノロと彼が屋上のフェンスに近寄るのが近づいてくる景色で分かる。彼は私じゃないと分かっているのに彼目線で動く景色に危うく酔いそうになる。


“いけない、いけない”


思わず、彼と自分を錯覚する。そのあまりに臨場感のある光景にため息を吐いて私は視線を逸らす。プロジェクターの映像をはっきりさせるために薄暗くなった会場では私と同じように視線を逸らすもの。その光景が尊いものであるかのように恍惚とした表情で見つめるものと様々だ。


“めんどくさい……”


彼目線で近づいてくる光景に私はため息を吐く。この後の行動など見せられなくたって分かっている。彼はこれから死ぬつもりなのだ。


ガシャンと音がなって彼がフェンスに手をかけるのが分かる。


『僕は頑張っているのになんで、なんで誰もッ……』


この世を呪い殺しそうな声をあげて少年は慟哭し……そして……。


ーピッー


無機質な音とともに画面いっぱいに顔を写し出された少年が静止する。


「……というようにストレス耐性のない若者が現世には増えており、日本国の自殺者は依然として減ることはない。最近では1年間で3万人を割ったとはいえ、これは由々しき事態だ!」


白い外国風の司教服を身につけた40代半ばの男性の声に視線を動かす。彼は今日の研修の主催者。彼の声に触発されたかのように大聖堂内の電気がパチパチとついていく。プロジェクターに写った彼は違う意味で薄くなる。お椀状につくられた会場内は大学の大講義室のよう。違うのはプロジェクターの裏に神の絵姿が飾られている事ぐらい。お椀の底の彼に視線を移せばその輝かしく禿げ上がったハゲ頭が室内の光を反射している。見つめているとオホンと必要のない咳払いをした男性がカッと目を見開く。


「よって我が天国内では自殺者過剰のために罪を購うための労働者が増え、また次の労働者として待機する魂の保管場所にも困る始末。そのため、神は考えられた」


神の言葉を伝えるという行為に40代半ばの男性の頬に喜色が上る。そのあまりのおぞましい光景に全員が遠い目をするが男の言葉は止まらない。私が死ぬ前に見た神の御光に近い光を自身の額から発し、口を開く。


「愛しき神の子救済プログラム 名付けて人生応援オプションを導入する」


『おお~っ‼』


その言葉に周囲からどよめきが上がる中、三橋琴美は冷めた表情で嘆息する。享年24才。生きるために必要不可欠な全てに疲れて自らの人生に幕を下ろした彼女にとってそれは何の感銘も与えない言葉だったのだ。自分と同じようにスーツを身につけた面々が色めきたつ中、無表情で座っていた琴美はぼそりと呟いた。


「そんなオプション導入するくらいなら、自殺者が自殺を諦めるぐらいの高いフェンスを作るようにと神託を下ろした方がよっぽどましよ。」


勤続歴50年の強者三橋琴美にとって神の言葉は自分を救う言葉ではなかった。





「ただいま」


「お疲れ。どうだった今日の研修?」


現在の自分の家に帰りつき、リビングを開ければ今日の研修を受けずに済んだ同僚が声をかけてくれる。同僚の名前はまだ勤続20年を迎えたばかりの高原聡子。ちなみに聡子が人生に絶望したのは20代後半。よって今もその時のままの姿である。そんな聡子の問いかけに琴美は肩を竦める。


「また神様の気紛れよ」


同僚が雑誌を読む姿に肩を竦めると抱えていたビジネスバッグを床に叩きつけてから琴美はソファーに座ってそう吐き捨てる。自分の荒んだ様子に目の前に座った同僚が苦笑する。


「お疲れ様」


「本当に疲れたわ。なんであんなに思いつくんだか」


「今度は何だったの?」


自分のあまりに荒んだ姿にソファーに座って雑誌を読んでいた高原聡子が小首を傾げる。その質問に“ハァー”と深いため息を吐いた琴美は床に投げ出した鞄を引き寄せると一つの冊子を取り出して聡子に差し出す。


「これよ」


「人生応援オプション?」


琴美から差し出された冊子を受け取った聡子はでかでかと書かれた研修資料に目を瞬かせる。その反応に琴美は唇を歪める。


「そ、人生応援オプションよ」


「なにそれ?」


その言葉に冊子と琴美の顔を見比べた聡子は目を瞬く。その言葉に肩を竦め、琴美は微笑む。


「何でも慈悲深い神様が愛しき神の子達に向けて人生を助けるために作られるオプションらしいわ」


「オプション……」


琴美の言葉に聡子は顔を更にひきつらせる。人生設計の説明でさえ、大変なのに更に仕事が増えると思ったらげんなりする。聡子の反応に気をよくした琴美は楽しげに目を細める。


「あってもなくても同じかもしれない。でもあったら苦しい人生を生き抜く助けになるかもしれない人生設計ほどには前世ポイントがいらないオプション」


「なにそのうたい文句」


「輝かしく光る額の持ち主の言葉よ」


聡子の突っ込みを軽くいなしながら、琴美は嘆息する。


「それにしても神様ってよく飽きないわよね。人間を生かすためなら何でもやるのよ」


今回に限らず、思い付けばすぐ行動の神様はこちらの都合などお構い無しだ。なぜ、それが無駄だと分からないのだろう。そう考えながら琴美は手元の資料に視線を落とし、25年前の騒ぎに思いを馳せる。


ーー前世ポイント制


それは神様基準により、人生をどれだけ鮮やかに生き抜いたかによって与えられるポイントを貯め、人生を生まれる前に設計するというシステム。過酷な人生も自己責任とでも言いたかったのか、その人が生前に貯めたポイントによって魂達は自分の人生を選択することが義務化された。そう、まさに人生設計は生まれる前に行われるようになったのだ。現在、人は自分の性別も性格も含めて、自分の生まれた後の人生をよりよく生きるために人生設計を行って生まれていく。ちなみにその制度が始まって以来、自死という神様にとっては許せない罪を犯した琴美達は最後に魂を送り出すための門番という職に就いている。以前は生まれる順番を管理し、必要になったらあの世に送り出すだけの簡単なお仕事だったのにも関わらずだ。


「前世ポイントって何ですか?そんなの聞かれたって私が分かるかっての」


人生設計を行い、これから人としての人生に旅立つ魂達が怪訝そうに聞いてくるその言葉に何度気が遠くなったことか……。何より、人生を自死ではなく、神の思し召しがくるまで必死に荒波に耐え、生き抜いた魂達はみんな純粋無垢。その魂に触れる度、琴美の心は荒む。


「そんなオプション1つ増えただけで人が皆な生きるようになったらそれこそビックリよ」


「琴ちゃん、琴ちゃん抑えて」


つい20年ぐらい前にやって来た聡子が苦笑しながら宥めてくれる。その姿に“だって”と琴美は肩を竦める。


「だって神様は決めるだけで運用は下っ端に任せきりじゃない」


「う、うーん………それは否定出来ないけど………」


琴美の言葉に今日の研修は間逃れたが近いうちに導入されるシステムに聡子自身も遠い目をする。決めるのは上で下はそのシステムにいつもひいひいと言いながら付き従うだけだ。面倒くさい仕事が増える事に対して荒んだ様子を見せる琴美に苦笑しながら聡子は研修資料に目を落とす。その姿を見つめた琴美は“ん~”と伸びをして天井を見上げる。無機質な白さを持つ天井に苦笑しながらポツリと言葉を溢す。


「何より……私、魂がこれからの人生を設計する時のポイントが上下動する時の音が嫌いなのよね」


そう、呟けば研修資料の文字を苦さをたたえた瞳で見つめていた聡子も顔を上げて同意する。


「あ、分かる。どんだけポイントあるのって人も居るし」


「でしょ!この人なにしたらこんなにポイント少ない状態で生まれていくの!とか思う人居るし………」


これから人生の荒波を生き抜く魂達はその魂が生前に貯めた前世ポイントによって色んな人生設計が可能になった。ポイント数によってはイケメンという人生や大富豪という人生。時には全てがノーリスク、ノーリターンの人生を選んで生まれていくやつもいる。ちなみに一番前世ポイントが必要なのは『波瀾万丈ハイリターン、ハイリスク人生』だ。一体、誰がそんな劇場型人生を望んで生まれていくのだと思っていたが、その予想通り前世ポイント導入後、その人生設計を選んだやつはいない。


「私、思うのよ。顔に前世ポイント費やすやつは死ねばいいって」


前世を男に振られて絶望の淵で自殺を選んでしまった聡子が疲れきったように呟いて、目を伏せる姿に琴美は吐き捨てる。


「もちろん男は顔じゃないわ」


そう言い切り、琴美は聡子に優しく笑いかける。


「安心しなさい。今度から人生設計にオプションもつくから顔だけお馬鹿は生まれないわ」


「うん………私、また男に騙されたらと思うと怖くて生まれ変わりたいと思わないもん」


琴美の言葉に前世抱いたトラウマがまだ癒えない聡子は今にも泣き出しそうな顔で首を振る。その言葉に琴美もソファーに背を預けながら思い出す。自分の死んだその瞬間を。その一瞬、思いだし琴美は総毛立つ。あの何もない瞬間を思い出すと平素ではいられない。


「………ま、でもいつかは生まれ変わらないとならない。それだけは確かなのよね……」


仕事中にいる空間と同じほど白い天井を見上げた琴美は目を閉じながらポツリと溢す。それはどんな人生を生きて、どんな死に方をした人にも変わらない事実だ。だから自分もいつかはこの場所から旅立つだろう。


ーーだが……


長くこの場所で働いて多くの人を見送った琴美にも怖いものが一つだけあった。


それは………自分の死ぬ瞬間だった。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。文学フリマに参加しようと思い馳せ参じました。


去年、最終には落ちてしまいましたが書く楽しみを教えてくれた文学フリマはよい思い出です。

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