愚者の救済
転生、転移者が必ず良い働きをするとは限らないのだ……
剣と魔法の異世界、どこかしらで転生者が活躍するそんな世界に一人の神が舞い降りた。神は誰も見てない路地裏に姿を現すと、背中の翼を隠し、ありふれた旅人の姿となって人や亜人でごった返した人混みの中へと紛れ込む。
「ったく、メルティスの野郎もいい加減にしろよ……あれほど力を与える時は人を選べって言っていたってのに」
神の手には写真とそこに写った男の情報。人間にはただの紙切れを眺めているようにしか見えない特殊仕様だ。
「勇者、高原 涼太……転生はこの男のいた世界で言うところの三年前、空間を裂くことの出来る覇王剣エクスブレイドを操り、自分自身の能力は時間停止と来たもんだ……それでいて力に過信し過ぎて街では傲慢な態度を取り、複数の女性と肉体関係を持ったり新規の転生者を潰しているとあっちゃあ、俺が動くしかないわな……ハァ」
神は深くため息をつく。自分の力のせいで、わざわざ後輩の尻拭いをしなければならないからだ。毎日何十、何百もの人間を転生なり転移するのも大変だと思うが、こうやってわざわざ仕事の度に下界に降りなければならない自分よりも、ずっと椅子に座っている後輩の方が絶対楽だろう。
そんな神の仕事は強くなり過ぎた人間の処理である。人に神だと気付かれないようにターゲットに接近し、この世界から存在を消し天国へと行ってもらって楽しい余生を送ってもらうというものだ。人間以外に転生した者も勿論対象だ。
神はこの仕事をして数百年も経つが、未だに人間の世界が嫌いである。欲望に塗れ、人々が騒がしく競い合うこの世界は神にとっては忙しくて仕方が無い。写真の男がいた世界でいうニートや高等遊民こそ、神にとっては人間の理想だと考えていた。
神は人混みをどんどん進む。目的地はとある居酒屋、今は夕時なので、ターゲットの男が今頃盛大に仲間と宴会を繰り広げていることだろう。
三十分程すると男行きつけの店が見えた。早速中に入ると、店員の歓迎を軽くあしらって、端の方にある一人用の席についた。
「ご注文は?」
若い女性店員が紙とペンを持って訪ねてくる。
「酒を一杯、この店のオススメを一つくれ」
「かしこまりました!」
店員はカウンターへと戻っていく。神は頼んだ酒など楽しむ気は無い。ただ、ここに長居する口実に程よく残量の残ったグラスを用意する為だ。
暫くすると、ターゲットの男が多数を引き連れてやって来た。背中に大剣を担ぎ、豪華な装備を身に纏ったこの男が標的である。
「でさ、またあの野郎が俺に喧嘩売ってきてよォ」
「リョウタ、この街じゃあ一番の剣士だもんね!!」
「この街? いや、この世界だろ!! 俺の剣だったら、若しかしたら神様だって倒せるかも知んねぇな!!」
「いや、きっとリョウタだったら出来るに違いねぇ!!」
「そうか? アハハハハ!!」
そう言いながら男は取り巻きの女性や冒険仲間と共に中央の大きな木製のテーブルを囲むと、店員に慣れた風に注文をする。
「今夜は俺の奢りだ!! お前等、じゃんじゃん飲め飲め!!」
『ウォォォォォ!!』
こうして、店内ではターゲットによる大宴会が始まった。神はそんな状況を横目で見る。
「ハァ……取り敢えず見定めだな」
神は男の観察を始めた。この男が本当に世界や神界に悪影響を及ぼす人物か見定める為である。紙切れ一枚の情報だけで誤った行動を取ると、天界の老害共が五月蝿いからだ。
初めは今日のクエストやバトルについての話で盛り上がっていた男だったが、酒が身体に回っていくにつれて段々と危険な話を始める。
「でよォ、俺はその新入りに言ってやったワケ、『オメェみてぇな強い剣持ってるからって自信満々の奴が、この世界でやってけるはずがねぇんだよ』、ってな!!」
「それで、その男はどうなったんだ?」
「顔真っ赤にして俺に斬りかかってきたさ。まあ、俺に貧弱な攻撃が効くはずも無いから、軽くかわして剣も使わずにボコボコにしてやったぜ、剣も奪って今夜の飲み代用に売っぱらってやったさ!! ガハハハハ!!」
「流石はリョウタ、やることがえげつねェな!!」
「だろ? 俺って最強だから何やっても許されるんだよなァ……」
そう言って男は酒をグビッと飲み干すと、おかわりを店員に求める。反吐が出そうだと思いながら、神は観察を続けた。
「この前だって武器屋の娘が俺と食事したいって言ってたから、『食事よりももっと楽しいことしよう』、つって俺ん家で××××してやったよ!! 」
「マジかよ、どうだったんだ!?」
「あの女途中で帰りたいって言い出してよォ、『来たんだから最後までやってけよ』、って言って足元立たねぇぐらいガクンガクンにしてさ、そのまま脱いだ服持たせて外に追い出してやったよ!!」
「リョウタ、そんなことして大丈夫だったのか!?」
「何言ってんだ、俺は憲兵との信頼も厚いんだぜ? それぐらいのこと、無かったことにするのも容易いことさ!!」
男はそう言って近くに座っていた長髪の女性の肩をグッと抱き寄せる。
「キャッ、ちょっとリョウタ!!」
「何だ? 俺に触られるのが嫌だってのか?」
「そ、そういう訳じゃ…….」
「良いだろ? 俺はこの世界で一番強いんだ、何しても許される!! なぁ? 今夜俺の部屋に来ねぇか?」
男に言われて女性は戸惑いと恥じらいの表情を浮かべる。
「オウオウリョウタ、熱いねぇ!!」
「リョウタ! リョウタ! リョウタ! リョウタ!!」
周りの野郎共はコールを続ける。男は非常にご満悦そうだ。
「──こりゃあ、ダメだな」
神はこの状況に、そう言葉を漏らしたのだった。
※
宴会も半ば、男は吐き気を催して酒場の裏庭へと来ていた。
「ウプッ、ちょっと飲み過ぎたかな……」
男は手頃な吐き場所を探す。
「楽にしてやろうか? 勇者、高原 涼太よ」
その一言に男は後ろを振り向く。立っていたのはボロボロのコートを身にまとった旅人のようだった。白い髪の毛もボサボサである。
「何だ、俺のファンか? 悪いが、今俺はそれどころじゃあ──」
「女神メルティス、お前は知っているはずだ」
その一言に男の表情は一変した。
「お前……その名前を何処で!?」
「俺の可愛い後輩さ。天界のな」
「誰だテメェ!!」
「俺はアルゴス。お前を天国へと導く為に来た」
そう言って男は神の姿へと戻る。
「お前は勇者としてそれなりの活躍はしたが、少々イケナイことをしてしまった。一応これまでの感謝ってことで天国へは連れてってやるんだ。有難く思えよ」
「何だよ……何が悪いってんだよ!!」
男は神に向かって叫ぶ。
「何でそんなことされなきゃいけねぇんだよ? 俺は今、この世界で楽しくやってるんだ!! 前の世界じゃパソコン前にしてカタカタカタカタやってるような人生だったのに、この世界に来て変わったんだ!! それを、それを俺から奪おうってのか?」
「ああ」
「俺はちゃんと勇者として活躍してるんだぞ?」
「知っている。だがこれはもう決まった事だ」
「頼む、今回だけは見逃してくれ!! 次から、次からはちゃんとするから!!」
男は必死に頭を下げる。酔いなどとっくに覚めていた。
しかし、
「無理だ。確定事項を変更することは無い」
神は冷酷にそう言い放つ。男の顔は絶望に充ちていた。
「フフッ……いい加減にしろよ。何でだよ、何で俺なんだよ。他に悪いことやってる奴だって沢山いるだろ!!」
「ああ」
「じゃあ、何で俺だけこんな目に逢わなくちゃあならねぇんだよ!!」
男は大剣に手をかけると、男に向かって駆け出す。
「幸せを、奪われてたまるかァァァァ!!」
男は剣を神の頭へと振り下ろす。しかし、その重く厚い剣は神に素手で簡単に掴まれた。そして、剣は触れられた部分からサラサラと消え始める。
「うわぁ!! 剣が!! 俺の剣が!!」
「神を相手にするとはいい度胸だ……特別にお前は地獄へと送り届けてやろう」
そう言って神は男に近づく。男は恐怖し、地面を這い蹲うように逃げ出した。
「嫌だ! 俺は、俺はこの世界で……!!」
そう言いながら逃げ出す男だが、神に首根っこを掴まれそうになる。男は慌てて時を止めた。
「よし、これで……」
「無駄だよ、無駄無駄。人間程度の力が神に通用する筈が無かろう」
そう言って神は男を取り押さえる。
「哀れな勇者よ、精精地獄でその所業を償うといい」
「誰か! 誰か助け……」
男はそう言い残し、サラサラとこの世界の風に流されて消えた。
「……帰るか」
神はそう言い残してフッ、と姿を消す。
「おーいリョウタ、まだ気持ち悪いの……あれ?」
仲間の女性が見に来たが、男の姿は無い。
「帰っちゃったのかな……?」
女性は再び賑やかな場所へ戻る。直に男の存在も忘れるだろう。
これは、力に溺れた者に訪れる、神の制裁。次は、貴方の書く世界に現れるかもしれない……。
今回の作品は、『神様がチート能力とか最強武器を片っ端から転生、転移者に渡してたら絶対こんな奴出てくるから神様も何かしらそういう奴の対策してるんじゃね?』という深夜の発想から生まれた作品です。過度な力は人を欲に溺れさせる……人間とは愚かな生物ですね(何様だ)。