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飛地物語  作者: 白くじら
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対盗賊戦

 ミツリは掛け声もなく、右手に持った鞭をふるった。

 堰を切ったように走り出した馬に合わせて、闇しか存在しなかったはずの森の隙間に、ミツリでも感じる事ができるざわつきが広がった。

 流石に街道だっただけに、荒れていても道幅は広い。コースアウトを心配する必要もなく、ただひたすらに馬車を走らせる。「なぜ、わざわざ領主の紋章が入っている馬車を狙うのか」とミツリは文句を言いたくなる。そんな愚を侵せば、兵士が送り込まれてくるかもしれないのだ。そうなったら、困るのは戦力に劣る盗賊どもなのに……。

「もしかしたらこの馬車が領主の物だと知らないのかもしれない。だとしたら、こちらの話に応じる可能性があるのでは?」

 ミツリはふと思い、ヨイチに提案しようと首を上げようとする。その瞬間、下品な飾り羽の矢が、背後の幌に突き刺さった。

「よし、やめよう。言葉は人に向けて発するものだ」

 ミツリは心に決めた。


 弓を手につがえ、前方の闇を見据えるヨイチは、足を踏ん張りながら、最初に穿つ物が現れる瞬間を待っていた。

 街道での盗賊のセオリーは、まず後方からの追い立てから始まる。焦った獲物が街道を猛進し、先で待っている「通せんぼ」に足を取られるのを待つのだ。しかし、もともと廃道になりつつある街道で、大掛かりの準備をしているとは思えない。しかも、ヨイチ達は準備をさせない様に夜道での一泊を取りやめ、徹夜で進む強行軍を敢行することにしたのだ。せいぜい、ロープを張るか、若しくは、木を切り倒しているかだろうと思っている。

 ロープならたやすい。

 木なら距離が必要だ。

 直線の多い街道である事は事前に分かっている。それでも、命が賭かった勝負では後ろ向きな考えが幅を寄せて来る。

「大丈夫だ――。」

 ヨイチは言い聞かせるように呟く。

 頼みの綱はカンテラ一つ。馬車が停まったら、間違いなく投了だろう。こちらは二人しかいないのだ。


 ヨイチの前方を見据える目が細く絞り込まれた。

 カーブの先に、松明を持った男達が認められたのだ。軽装だが大柄の武器を持ち、気怠そうな立ち姿でこちらを睨んでいる。木を切り倒すなどせずに、ただ人を配置している。煌々と明かりを照らしているところを見ると、随分と侮ってくれているらしい。ヨイチは思わず「よし」と自身の持つ幸運と、ミツリに合図を送った。馬車はこのままトップスピードで走らせる。

 ヨイチはキリキリと弓を引く。距離は100メートルを切っている。近付く馬車に男達が手を広げているのは、ヨイチが弓を構えていることを知らないからだ。何故なら、カンテラは馬車側を黒く塗りつぶしてあって、正面からでは御者も見えない。

 ミツリは耳元で「ピン」と小さな音を聞いた。

 そして、一瞬遅れて空気の衝撃が前方の空間を引き裂いていくのを見た。聞いた。


 狙いは違わなかった。

 男達の一人が、突然後方にすっ飛んだ。

 数メートル、後方で倒れている男の胸に突き刺さっている凶悪な棒に、大きな矢羽が施されていなければ、男達は弓で攻撃されたと気が付かなかっただろう。いち早く気が付いた者は命欲しさに森へ飛び込んだが、常識に縛られた者達はその奇怪な光景に動きを止められた。そして、二射目の洗礼を受けた。それは、一名の腕を拝借しながら、もう一名の胸部へ収納される。理解を超えた威力が、恐怖に変換されて伝達し、前方には空間が開く。馬車はその隙間をねじりこむ様に突破した。


 ミツリの目には、涙がにじむ。

 単純な恐怖だけでなく、散らかった感情の「高まり」だった。

 ヨイチは既に次の動きを始めている。

 幌内の中央付近に木の衝立を置き、後方の様子をうかがう。思ったとおり、関所破りをされて方針を転換した盗賊が、騎馬となって迫ってきている。前方に松明を持つ者、後方に弓を構える者、斧を持つ者もいる。ヨイチは焦る気持ちを押さえつけながら、普段以上に暴れる手で火打石を取り出した。鍋の中には、数種類の植物や、油が点火されるのを待っている。

 飛んでくる矢に肝を冷やしながら、火打石を叩く。しかし、なかなか、である。実際は、手間取っているわけではないのだが、時間の流れは均等ではないのは人類共通の認識である。

 「クソ」「なんでだよ」「落ち着け」と何度も繰り返したのち、ようやく鍋から煙が上がり始めた。軽装の盗賊団と、荷馬車では速度が違う。ヨイチは松明を掲げる盗賊の顔をはっきり見た。

 「これでも喰らえ」とは言わない。ただ、煙が出る鍋を押しやるだけだ。煙が後方になびいていく。すると、突然、戦闘を走る二頭の馬が嘶き、その拍子に、体が大きくブレた。一名の盗賊は振り落とされ、もう一名は体勢を整えるため、立ち止まった。香辛料の勝利である。一度吸い込めば、粘膜の保護を台無しにする代物だ。

 鍋から立ち上る煙は薄い黄色を帯びているが、暗闇の中ではよく分からない。もろに吸ってしまった馬は頭を振り回している。明らかに速度が落ちた盗賊団の騎馬たちと馬車は徐々に距離が開き始めた。

 このまま行けるという期待感もあったのだが、悪いことに木々が徐々に途切れはじめ、周囲が開けてきた。海風である。煙は風に巻かれて、既に効力を発揮しない。その隙をついて、一騎が斧を片手に突っ込んで来た。おそらく車輪を狙っている。

 ヨイチは鍋をそのまま投げつけた。

 斧で払われるが、飛び散った火の粉のおかげで、馬の脚が停まる。しかし、一方で煙を警戒しなくて良くなった盗賊たちは一気に間を詰めて来た。矢が幌内に飛んでくる回数が増える。馬車馬は既に夜通し街道を歩いている。大荷物の上、疲労があっては逃げ切れる要素はない。


 ヨイチはミツリの肩を叩いた。

 ミツリが指で大丈夫とサインを出す。

 ヨイチは真綿を耳に詰める。そして鏑矢をつがえた。


 目を閉じる。

 一語一句を噛むように唱える。

「かしこみ かしこみ もうしあげる おいすがるもろもろのものたちをはらうため とじられたやじりのおと へときはなち ともときはなちて おおうなばらにときはつごとく かれらにとどかせたまえ はなちたまえ」

 甲高い振動音が矢じりの先から響き始めた。

「はらいたまえ――」

 緊張から解き放たれた矢は、馬車の進行方向とは真逆へ、揺らぎなく真っ直ぐに進んだ。矢は何を捉えるでもなく、空間を切り裂き、闇に消えた。

しかし、矢は明らかな異常性を引き連れていた。音というには乱暴な空気の振動に、馬は後ろ足で立ち上がり、盗賊達は耳を抑える。刹那の間、追跡が滞る。

 ただ、本当の効果は数秒後に起きた。

 馬がフラフラとよろめき、ばたりと倒れてしまう。盗賊たちは嘔吐し、立ち上がることができない。


これ以上なく三半規管を揺らされた盗賊達は追跡能力を奪われた。しばらく回転する世界を呪うだろう。


ヨイチは耳の中に詰めた真綿を取り出し、ようやく驚異から距離を取れたと確信した。

「ミツリ、外していいぞ」

こちらを向いたミツリが怪訝そうに答えた。

「はあ?」

お約束の反応に、ヨイチは思わず吹き出した。

 一難は去った――。

 

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[気になる点] もう一名は体制を整えるため、立ち止まった。 体制→体勢では
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