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飛地物語  作者: 白くじら
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準備

 マヤヅルへは街道を馬で2日、山道を進む。

 ところが、トチリアも狭くはない。街道の入口に出るまで最低1日はかかる。

「まずはマヤヅル街道の玄関口であるサカワ村で一泊し、翌朝出発。そうすれば、山道で夜を過ごす危険も最小限で済むでしょう」

 荷馬車を前に、目録をチェックしながらミツリは提案した。

「異存なし。だけど、出発前に街道の情報を集める時間が欲しい。王国の定期便が無くなって2ヶ月以上経っているんだろう。状況が変わっている可能性もある」

「なるほど、では確認が済み次第出発した方がいいですね。今すぐに出れば夕方にはサカワに着けるかもしれません。公館は閉まっているでしょうが、噂話くらいは聞けるでしょう」

「公館の情報なんて、2ヶ月じゃあ更新されてないよ。むしろ、噂話の方が我々には必要だ」

「信頼性には欠けます」

「そもそも人から無料で貰う情報に、信頼性を要求する方が間違っている」

 ミツリは反論を飲み込むが、別の言葉で返す。

「では、出発を早めますので、ヨイチ様も領主様とマサゴ様にご挨拶をしてきてください」

「イナミとマサゴさんには、昨日、さんざん挨拶しただろうが。もう十分だ」

「ヨイチ様は貴族の血を受けながら、その礼儀を軽んじていられます。人の上に立つ者の礼とは間に合わせるモノではなく、満たすモノです」

 ヨイチはぐうの音も出ない。

 結局、再びの挨拶回りで積荷は更に増え、出発は昼近くになった。


「それでは」

 ミツリが手綱を一振りすると、二頭の逞しい馬がリズミカルに石畳を叩き始めた。木が軋む音を合いの手に、幌を張った荷馬車が進む。見送りは鉄の門扉を開く衛兵二人だけだ。

 乾いた蹄の音に交じって、後ろで門を閉じる音が響く。ただ機械的に発せられた音は、去りゆく者の後ろ髪を引くわけでもなく、ただ、響く。遮断と言ってもいい。

「故郷を離れるのは寂しいですか」

 ミツリの質問に、ヨイチは目深にかぶったフードの下で「どうかな」と答える。

「ここにはもう新しい人達が生きている。懐かしい匂いもしたけど、ここはもう新しい街だ。開かれて、華やかで、明るい。この発展が、父たちの築いた安定政治の上に建つとはいえ、土台だけを見て懐かしむ男もいないだろう。寂しくはないよ」

「これから向かう場所が、政情不安定な飛地でもですか」

「俺はついこの間まで、戦地にいたんだぞ。大抵の場所なら大丈夫さ」

「戦地の方がマシだったと思うかもしれませんよ」

「それはない――」

「言い切りますね」

「環境の問題じゃあなくて、立ち位置の問題だよ。自分が、少なくとも、自分で思う正しい立場にいれば、それこそドブの中でも大丈夫だろう。でも、そうじゃなかったら、そこが白いシーツのベッドでも耐えられない。人なんてそんなもんだろうよ」

「彼等が管理される事を望まなくても、自分は正しいと思えますかね」

「全員の望みを聞くつもりはない。ただ、無法状態を改善しなければ、必ず弱者が搾取され続けるだろう。それが嫌という奴は、強者の我儘さ。人と暮らすのではなく、ジャングルで王様にでもなればいい」

「強者を利用する気はないらしいですね。セオリーから外れると苦労は十倍になるのをご存じですか。あぁ、この先が思いやられます。主よ、見捨てないでください」

「ぬかせ。取り敢えず、街道までは頼んだ。俺は久しぶりの貴族生活で疲れているんだ」

 ヨイチは木箱の間に体を滑り込ませ、毛布を下敷きに寝ころんだ。

「そんなボロ布を被った貴族なんて、どこにもいやしませんよ」

 ミツリは言い捨てる。

 マサゴの配慮から、ヨイチの身なりには多少の改善がみられるが、頑なにボロフードは手放そうとしない。曰く、色々なモノが染み込んでいるから、らしい。

 何が染み込んでいるのか分からないが、確かに貴族のナリではない。


 サカワ村に着いたのは、夜も十分に更けた頃だった。

 明かりが漏れているのは飲み屋と旅宿ぐらいのもので、通りを行く人のほぼ全員が千鳥足だ。ヨイチとミツリは並んで馬車に座りながら、適当な宿を見繕った。宿の条件は安全第一。治安の悪い場所ではないが、それでも大量の物資を盗賊へ全権委任する訳にはいかない。ベッドの質は、この際、条件には入らない。

「かわべ亭」とある。

 街道沿いによくある、飲み屋と宿屋が一体となった店だ。他に何台か行商用の馬車が停まっており、武装した見張り番もいる。建物がヤレているのに、分不相応に安全性へ配慮しているところ見ると、ケチな商人が泊まる宿なのだろう。二人の意見は珍しく一致した。幸い部屋も空いているらしい。

 丁寧だが、愛想の足りない女に金を払い、二人は宿に入る。本来なら、従者は大部屋に突っ込まれるのだが、ヨイチは「お互い雇われ人だ」とベッドの二つある部屋をとった。

 「常に上司に監視されている気分だ」とミツリがぼやくが、ヨイチは聞かない。

 二人は最低限の荷物を予測通りの殺風景な部屋に運び込むと、階下の食堂兼飲み屋へと急いで向かった。情報収集をしようにも、時間が遅くなるにつれて、信憑性云々の騒ぎじゃなくなる恐れがあったからだ。

 だが、遅かった。

 決して狭くはない店内だが、そこは既に酩酊した男達の独占ステージだった。誰もかれもが大声で話をしているが、聞いている人間は一人としていない。それぞれが勝手に動き、勝手に寝ている。さらに言えば、暖炉付近で楽器を鳴らしている音楽家のような集団がいるが、彼等は騒音をひっかきまわしているだけで、何一つメロディを奏でていなかった。

 ヨイチとミツリは顔を見合わせ、到着時間の遅れを悔やんだが、変えることが出来るのは未来だけである。取り敢えず手分けして、まだ辛うじて意識を保っている人間に片っ端から声をかけることにした。

下戸のミツリにとって、これは苦行だった。部屋に引き上げるなり、飲酒量と知能の反比例について、熱っぽく語り始めた。彼は「飲酒とは神に陰部を晒すのと同等の行為」だという結論に達したらしい。

「私には理解出来ません!なぜ知能を低下させるために、あんな刺激の強い液体を飲まなければならないのです。賢くなろうとするならいざ知らず、阿呆になろうと努めるなど、狂気としか言いようがありません!」

 ちゃっかり御相伴にあずかっていたヨイチは、チクリ胸を刺す痛みを感じながらも一生懸命になだめる。

「分かった。お前の言い分は十分に聞いたし、理解した。だから、建設的な会話をしよう、集めた情報を持ち寄って、使える部分を探すんだ」

「私が集めたのは、クズどもがこぼしたゴミしかありませんが!」

 何がコイツをここまで追い込んだのかと、ヨイチは逆説的に興味が沸いてしまうが、今は刺激できない。もう、30分以上、耳の痛い演説を聞いたのだ。

「ゴミも腐っていなければ、大丈夫。全てを使う訳じゃあない」

「……」

「ヨタ話も集まれば傾向が見えて来る。そうしたら、真実も尻尾くらいは掴ませてくれるかもしれないだろう。魔獣が生息しているかもしれない街道を、餌がたっぷり入った馬車で進むんだぞ?少しは情報を集めないと、それこそ我々が餌になっちまう」

 必死の説得により、ミツリがようやくまともな言葉を発し始め、テーブルに材料がそろった。ただ、並べられた情報は、確かにどれも信憑性にかける。


1 魔獣は山の様に大きく、火を噴いて、山を駆け巡る。


2 小さくて素早い。木と木の間をするすると滑るように進む。


3 半年ほど前に王国の使節団が護衛がいるのにも関わらず襲われた。数人の兵士が生き残って証言するには、魔獣は真っ赤な目をした巨大な四つ足の獣で、目が合うと、突然襲ってきたらしい。馬車三台分の荷物は全て奪われ、残ったのは無惨に切断された使節団の亡骸だけだった。


4 魔獣は常に一定の場所にいるわけではない。ここら辺の山を移動しながら獲物を探している。


5 よく分からない。ただ、定期的に魔獣騒ぎが起こるのは事実だ。


などなど――


「……」

「……思った通り、つじつまがあいませんね」

 ヨイチは板にチョークで書かれた文字を眺める。確かにミツリの言う通り、とりとめがない。

「ただ、3については複数人の人間が、多少の誤差はあっても、ほぼ同じ話をしています。兵士の談ということもありますし、一番信用がおけるんじゃあないですか」

 確かに、それ以外に有益な情報がない。

「3・4・5は矛盾しません。1・2を適当な情報だと仮定すると、辻褄が合いますよ」

 ミツリが勢いに乗って来た。

「明日の朝、公館に顔を出して確認しましょう。3の話が真実なら、公館にも情報が残っているはずですから」

 しかし、ヨイチはミツリを怪訝そうに眺めた。

「な、なんですか……」

 思わぬヨイチの視線に、ミツリは言いよどむ。

「……お前さ、いつの間にかどんな準備をするかじゃなくて、真実がどれかが論点になってないか」

 ミツリは訳が分からない。

「真実が分からなければ、何を準備すればいいか分からないじゃないですか」

「確かにそうだが、お前は答えまでの道のりが一本なんだよ」

「どういう事ですか」

「いちいち噛みついてくるなぁ。いいか、よく考えてみろよ。お前はなんで1と2の情報を切り捨てたんだよ」

「それは他の多数と矛盾するからです」

「じゃあ、その多数は信用できるのか」

「1と2よりは信用できます」

「分かんない人だな。この中で、我々が比較的信用できるのは5の人だけだ」

「何故ですか!」

「自分で『分からない』と言っているし、自分が見聞きした情報しか伝えていないからだ」

「それじゃあ、何も分からないでしょう。準備もできません」

「だから、『都合の良い真実』を限られた選択肢で躍起になって探すなって言ってるの。こんな酔っ払いの話を信じ込んでいたら命が幾つあっても足りないぞ」

「あなたが集めるって言ったんでしょう!」

「分かった。分かったから落ち着け。いいか、きちんと順を追って説明するから怒るなよ」

「私は怒ってなんかいません!」

「……よし。まあ……よし。まず、1と2の話だが、明らかに矛盾しあっているし、火を吐くとか、山の様に、ってのはよくある形容詞だ。実害が起きている3とも整合性がない。だが、だからと言って、1と2を嘘グループに括ってしまうのは早計だ。何故なら、1と2には利害関係がない。嘘を付くメリットがないんだ。人に注目されようと思って嘘を付く輩もいるが、そういうのは話を大きくするとか、見間違いをそのまま話すとか、そういう程度だろう。だが、3だけは利害関係が発生するんだ」

 ここまで話してミツリは目を見開いた。

 どうやら理解したらしい。

「3は、実害にあっているし、社会的地位もある人間だ。だからこそ嘘を付く必要性も出て来る。俺も兵士だったから分かるが、奴らは見栄とハッタリの世界で生きている。戦争もそこに左右されることが多いしな。だからこそ、護衛してた王国の官吏が全滅なんてことは許されない」

「魔獣にでも襲われたと言わなければ……。つまり、盗賊ですか」

「そういう事かもしれない。だけど違うかもしれない」

「はっきりしない人ですね」

「だから、言ってるだろう、真実を求めるのが目的じゃあない。然るべき準備をする事が目的なんだぞ、どっちでもいいようにすればいいじゃないか」

「つまり……」

「対人武器も準備する。これから言う物を急いで揃えるぞ」


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