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飛地物語  作者: 白くじら
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下準備

「何が天領地か」

 ヨイチは、これから赴くことになる元王国直営地の資料を閉じた。

 部屋にはヨイチの他に、ヨイチの補助をする文官が控える。名はジブ・ミツリという。若いが、軽率な雰囲気はなく、太いまつげが実直な性格を表している。

「元天領地である事に間違いはありません」

「誰も触手を伸ばさなかっただけだろう」

「それでも天領地であった事は事実です」

 ヨイチは思わず眉間に皺を寄せるが、ミツリの表情はピクリとも動かない。間違っていないという事実で、神にすら噛みつきそうである。

 ヨイチは、ミツリを愚痴の相手とするのは諦めて、資料の表紙に印刷された王家を表す紋章を改めて眺めた。いくら辺境の地とはいえ、厄介な問題を放置していたものだとボヤきたくなるが、そのおかげで仕事にありつけたと思えば文句も言えない。「トチリア領マヤヅル市執行代官」がヨイチの肩書きになったのだ。

以下、王国資料からである。


 マヤヅル市(または郷)

 キタカント地方の最南端に位置する。

 周囲を山で囲まれているが、温暖な気候で、沿岸部にありながら塩害被害も少なく、古くから人が入植していた痕跡が認められる。

 海岸部には漁村だけでなく、古くから緑大陸や赤大陸との交易があったとみられ、旧グニマ県支配下には軍港もあった。

 神聖トクカワ王国のキタカント平定によって、港は制圧。天領地になるが、時期を同じくして降伏したトチカワ県に良港があったことから、港は事実上閉鎖。周囲を山で囲まれていたため、海運の停止後は人の往来が激減し、人口の流出が発生。さらに、天領地になった事から、立木一本に至るまで採取に許可が必要になり、結果的に周囲の山が人を寄せ付けないまでに深くなった。現在、調査が進んでいないものの、魔獣の存在も否定出来ない。

また、人口の流出により空洞化した村には、他の都市から追われた犯罪者などが身を隠すために流入。辺境であるために軍の派遣もされず、治安は著しく悪い。形式上、合同村長が税金を集めているが、全体の数パーセントも集まっていない現状である。

 村の主な収入源は、海産資源によるものだが、陸路が山間部を通るマヤヅル街道(ルート6)に限定されている事に加えて、どの村も小型船しか保有しておらず、有効な交易が出来ていない。

現在、王都からは職員の派遣はしておらず、公館は閉鎖、二ヶ月に一回の視察訪問がなされている。


「しかし、そもそも何でこんな土地をウチは拝領したのかな。元々はグニマ領だったのだろう。返すのならグニマへ戻すのが筋な気がするが……」

「前グニマ公爵の失墜が原因と言われています」

「どういう事だ」

「元々、グニマ県は王国への忠誠が低いと言われている土地でした。キタカント平定戦の怨恨が残っているというよりは、元々独立心が強いのでしょう。特に、前公爵は地方分権の強硬派でした」

「目を付けられていたと……」

「端的に言うのならそう言うことです。結局は禁止されている私兵団の装備変更をつつかれて罷免。領地はいくつかに分散され、近隣県へと配布されました」

「そんな事でか」

「装備変更は申告制で、私兵規則でも比較的緩いルールです。それを理由に領地を取り上げるのは、強い王の意志を感じます」

「なるほど。しかし、まだマヤヅルと繋がらないが」

「トチリアはマヤヅルと併せてクサヅを拝領しています。これでお解りになりますか」

「なるほど、優良地を付けるからーーと言うことか。分かりやすい責任転換だな」

 ヨイチは立ち上がり、窓からのうららかな風を肌に受けた。潮風に混じって、豊かな穀物の香ばしい香りがするようだ。

この懐かしい空気に触れて2日。明後日にはマヤヅルへと向かわなくてはならない。ようやく戻ってきた故郷を駆け足で去らなければならない事は、正直寂しさも感じるが、復興こそキビノ家のお家芸だと思えば高鳴るものもある。

「どうされました」

 笑いを噛み殺した表情を勘違いしたのだろう、ミツリが気遣いを見せる。なかなか癖のありそうな男だが、悪い奴ではないのだろう。帰り道のない旅の道連れには丁度いい。

「いや、何でもない。それより、準備の方はどうなってる?食料は最低でも一ヶ月はもつようにしろよ」

「抜かりなく進めています。ただ、ルート6を通るのならそれなりの武器を携行しないといけません。場合によっては人を雇う必要もあるかと思いますが」

ヨイチは思わず吹いてしまいそうになった。この融通の利かない、不幸にも自分に付いてしまった男は、「あなたが無能な場合」なら「兵士を雇いましょうか」と言っているのだ。そんなにはっきり(かりにも上司に)モノを申さなくても良いものを、責任感の高さ故、口に出てしまうのだろう。

「武器はミツリの護身用の物を選んで乗せてくれればいい」

 驚いたのはミツリだった。

「私は文官ですよ!剣なんて持たして頂いても使えません」

「あ、いや、違うよ、すまん。誤解させたようだけど、ミツリに護衛を押し付ける気はないよ」

「では、どうするのです」

 ミツリは鬼気迫る顔でヨイチを睨み付ける。ヨイチは「まいったな」と頭を掻くと、論より証拠とばかりにゴソゴソと例のドサ袋をまさぐりはじめた。

「実は、武器は持っているんだよ。だから必要ないって言ったんだ。これでも一応、従軍していた身だからね、ミツリ一人ぐらいなら魔獣相手でも守れると思うよ」

 楽観的な上司に噛みつこうとミツリは口を開けるが、音は出なかった。目の前に攻城兵器と見紛う、巨大で、荒々しい金属製の弓が現れたからだ。

「矢は必要になるけど、特注になるから昨日のうちにアカハナ爺さんに頼んでおいた。出発までには何とかするってさ」

 そこまで言うと、ヨイチは何やらガチャガチャと操作をする。数工程を終えて弓は完全に矢を射出できる形態へと変わったらしい。禍々しい機械を思わせる外観に、緊張を宿した弦が渡されている。

 ヨイチは弦を弾いた。

 「パン」と空気が割れる高音が響き、後に部屋全体が振動するような「ブブブブンン」という低音が唸る。ミツリは手に持ったグラスが、空気の振動を受けて共鳴し始めたのを確かに感じた。


 「し、城でも落としに行くつもりですか」

ミツリはたっぷり時間をかけてから、ようやく言葉を発した。

手の平と背中に、粘性の高い汗が流れていた。


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