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飛地物語  作者: 白くじら
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油さがしの風景

 ヨイチの案へ真っ先に喰いついたのは、予想通りサカキ(漁協会長)だった。

「素晴らしい!新しい産業の発進ですな。しかも海産資源を使うなんて嬉しいじゃあないですか」

 例によって集会所である。


 先日の会議から一週間。一応の根回しを完了して今日に至った。

 議題は新しい産業の提案――避妊具「油紙」の生産についてだ。

 デリケートでプライベートな問題だけに、抵抗が大きいかと思いきや、各村を歩いたヨイチの感触は悪い物では無かった。もともと裏の世界で生きて来た者達が多く住む土地である。許容範囲とは受けた哀しみに比例するのだろう。

 以下、会議の参加メンバーである。

 

 コトハマからエチュウを含む魔女(それなりの年齢)4人

 フクラの漁協から(フクラ村長は不在のまま)3人

 ミツシ村からニノ村長とイワサ(麦の販売に積極的な商人気質の男)の2名

 

 議場は穏やかである。

「私たちも、古い経験を今を生きる人達の為に使えるですから依存はありません」

 コトハマの魔女もにこやかに同意した。高齢者に仕事がないマヤヅルでは、若い住民に頼られる事は喜ばしいことなのだろう。

 ただ、ニノ村長が一抹の杞憂を口にする。

「しかし、植物からオイルを取るとなると、量の確保が難しいですな。コトハマの油は殆ど魚油でまかなっている現状ですから油用の植物は栽培しとりません」

 多少悲観的になりがちだが、堅実な男の冷静な意見である。無下にはできない。

「油を輸入するにしても、マヤヅルの経済力じゃあ厳しいと思いますね。外と内じゃあ、物価が違い過ぎる」

 各方面の商品価格に詳しくなりつつあるイワサも同じ所に不安を感じていた。

「う~ん……」

 ヨイチは腕を組んで唸る。

「いっそ、魚油で作ったら……」

「あなたが女だったら、生臭い魚の香りで愛されたいと思いますか?」

 サカキの暴走をコトハマの魔女が制した。


「山で採取はできないんですか」

 エチュウの問いに、ヨイチが答える。

「確か、赴任当初の地形調査中にカンランの木を見た気がするんだが……」

 その声にニノ村長が反応する。

「天然のカンランは実も小さく油を取るには心もとない物なんですが……ヨイチ様、失礼ですが実の大きさはどれぐらいでしたかな?」

「いや、私が気が付いたのだから、市販されているのと同じくらいだったと思うな……」

「もしかしたら、軍港時代に栽培していた物かもしれませんね。だとしたら、期待は持てますぞ。きちんと品種改良された木が残っているなら、手入をしていなくてもそれなりに収穫できるかもしれません」

 期待の込められた目がヨイチに向けられる。

 仕方がない話である。

「じゃあ、探しに行くかぁ?もう場所はうろ覚えなんだが……」

「すぐに見つかるとは思っていませんわ。それまでは、今ある分で試作品をつくってみましょうよう」

「腕が鳴るわねぇ。私は柑橘系の香りを付けるのが得意だったのよぉ」

「蜜柑は時期じゃあないわねえ?花がいいんじゃないかしらぁ」

 明るい声を出すのはエチュウとともに会議に参加している魔女達だ。皆、元気そうで姦しく、平和を象徴させる。

「じゃあ決定ですね。ヨイチさん、山へ行く時は私も同行しますよ、協力させてください」

 イワサはどうやら金の匂いを嗅ぎ取ったらしい。

 ヨイチは頼もしく思いつつも呆れ顔だ。

「イワサさんは聡いんですよ。まだ利権は握らせませんから」

「商人の鏡と呼んでください」

「あなたはまだ農家でしょう?頼りにはしてますが、早い者勝ちにはさせませんから」

「そんな!損はさせませんから!」

 もうイワサは完全に本業を忘れている。



 出発は翌日となった。

 メンバーはイワサを含むミツシ村の住民を中心としたメンバーだ。よく見ると、かつて行ったピクニックに参加したメンバーだと分かる。

「今日はユギリさんはいないんですか?」

 何を目的にしているかが透けて見えている。

「損はさせません」

 別のベクトルで意気込むイワサを、ヨイチは軽く小突いた。

「今日はユギリさんも来ませんし、最初に見つけたからっといって所有権の主張は認めません。純粋な奉仕を期待しています」

 ヨイチの挨拶にブーイングが飛ぶ。

「やかましい!どうせ今は収穫も終わって暇なんだから、文句を言わずにさっさと働けや!」

 ヨイチは怒鳴った。

 ただ、久しく味わっていなかったこういう男くさい気安さが気持ちを軽くさせた。あてもなく彷徨う急斜面の事を思えば、良い傾向である。


 マヤヅルの山々は思いのほか険しい。

 日々、田畑で下半身を鍛えるミツシ村のメンバーも息を荒げる。ヨイチも額ににじむ汗を手で拭いつつ、捜索を続けた。

 しかし、地図上では猫の額と言われる半島も、探し物をするには十分すぎる広さがある。まあ、一日で終わる作業ではない。

「休憩にしましょう」

 ヨイチが声を掛けると、力ない歓声が上がった。

 場所は街道からそう離れていない山中で、日当たりのいい南傾斜である。

「しかし、こんな生息地に良い所で見つからないなんて、本当にカンランの木があるんですかね」

 一人がぼやいたので、ヨイチが睨む。

「俺の記憶にケチをつけるとはいい度胸ですね。そんな輩は即刻処刑にしてくれる」

「ひでえ領主もいるもんだ。早いとこ、代わりの人が来てくれなくちゃあいけねえ」

 笑い声が響いた。

 半日の同行で、随分と距離が縮まった。

「すぐには見つからないよ。計画的に探しながら、エリアを絞っていきましょう」

 ヨイチの声に「へい」と砕けた返事が返って来た。皆、大らかで、現金で、ざっくばらんである。


 ミツシ村には昼食の文化はない。

 皆、水分と腰にぶら下げた干芋や、干物をかじって休憩をしている。

 ヨイチも岩場に腰を下ろして喉を潤していると、メンバーの一人が声を上げた。

「おお、良い物を持ってきてるじゃあねえか」

「へへへ、まあよ、気付薬だな」

 どうやらミツシ村名物の芋酒を持ってきているらしい。ヨイチも飲んだことがあるが、香りが強く、田舎くさいが癖になる酒だった。各家でそれぞれ作っていて、それぞれに個性があって楽しい。

「少し分けてくれよ」

「おうよ、今年のは出来がいいぜ」

 男は立ち上がって、おすそ分けを始める。どうやらそのつもりで持ってきたらしい。

「ほら、御領主様もどうぞ、やってくだせえ」

「この後、大丈夫かな」

 一応、不安を口に出しつつも、口をつける。なるほど、なかなかに工夫が利いている。

「これは……炭の香りですよね?」

「そうです。瓶の底に竹炭を入れたんです。香りがいいでしょうが?」

「確かにいい。独特の臭さも抑えられるし、なんだか心なしかまろやかな感じもする」

「これは……売れる……」

 イワサの目が光るのだが、それを仲間が制する。

「ソロバンもいいが、楽しむのが先だろう。よし、今日はコイツでいっちょやるか!」

「よし、そういう事なら探索はいい加減に引き上げて……」

 話がおかしな方に行きかけているので、ヨイチが流石にそれを制する。

「馬鹿をいってんじゃない、それじゃあ本末転倒でしょう!さっきも言いましたけど、この険しい山間部で、あるかどうかも分からん木を探しに行くんですよ?よっぽど計画的にやらなくちゃあ見つからないですって。いい酒が飲めるからって、スタート直後に計画をぶっ壊すヤツがいますか」

 一度息を切ってから声を張る。

「それに、皆でこの酒を飲んじまったら、彼の分がなくなっちまうでしょうが。とにかく今日は今日の分をしっかりと探して、帰ったら飲みましょう。その代わり、この酒はマヤヅル代官キビノ・ヨイチが、その名のもとに買い占めて皆さんにふるまいましょう。もちろん、飲んじまった分を十分に補えるだけの報酬は保障します!」

 今度はちゃんとした歓声があがった。


 まあ、「俺のおごりだ飲め!」と言われて気分の上がらない男はいない。

 ただ、後日談としてミツリとユギリにネチネチと小言の洗礼を受けたのは事実である(ミツリは財政事情についてで、ユギリは主に生活態度だった)。粘着質二人の言葉を二日酔いの頭に受け止めながら、ヨイチは男の面子には人知れない苦労がかかると実感した。


 男はつらいのだ。




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