寝物語(閑話)
「厳罰を与えるべきだと思います。女を快楽の道具どころか、餌にしていたんですよ」
ユギリは感情を隠さず吠えた。
当然の怒りだとヨイチは受け止めるのだが、首は縦に振らない。
「ベッドで女の意見に頷くなと教えられたもので……」
隠し倉庫にあつらえてあった客間のベッドで、ヨイチとユギリは久方ぶりに互いの体温を感じている。本能を刺激する戦闘が人間を粗暴にさせるようで対の獣のようになった二人だったが、今は倦怠感に体を奪われている状態だ。じんわりと湿った肌に真新しいシーツが張り付いている。
「まさか許すのですか?」
ユギリが身を乗り出し、豊かな体を押し付けてくる。
「だから、いちいち卑怯な手段をとらんでください!無罪放免とはしませんよ」
「どういうことです?」
ヨイチはタチの悪い誘惑から物理的な距離を置いて、話始める。
「彼が犯した罪は軽くはありません。コトハマを破滅させようとして侵入し、監視をしていた。危険な魔術によって魔獣を生み出し、住民を危険にさらしもした。極めつけは盗賊と手を組んで内乱を起こした。いやあ、重罪でしょうね」
「じゃあ――」
「でも、一方で彼はその全てにおいて主体的に行動していない。コトハマに対して敵意を持っていたのはヘハチさんというよりは教会の一勢力です。しかも、彼は新しい派閥に組してからはコトハマに対しての敵意を軟化させている節もある。人工魔獣の開発も、密輸も教会の指示。内乱もまだ派閥としては矮小な革新派を守るためだと考えれば理解できなくもない」
「でも、盗賊と手を組んで公使を襲ってました」
「それも結果的にマヤヅルを守っていたともいえるでしょう?脛に傷ある人々を包括するには、中央とのつながりは希薄な方がいい。しかも、密貿易によって重税から住民を守っていたのも彼だ。」
ヨイチは着任当初からのヘハチの言動を思い返す。
「あの人は決して無用な混乱を求めていたわけじゃあないと思います。大きな組織によって翻弄され続けながらも、必死で妥協案を探していた印象があるんです」
ヨイチは大陸で搾取する聖教師たちを見て来た。
きっと彼等が本気でコトハマを破滅させようとしていたら今のエチュウ等の生活は無かったと思っている。自分達を正しいと思っている集団ほど怖いモノはない。
「どうするおつもりなんですか……」
声に怒気が含まれるが、ヨイチはきっぱりと答える。
「あなたの誘惑が届かない所で考えます」
「彼女等の感情を犠牲にしてもですか?」
「彼女達だけじゃないでしょう」
ヨイチはユギリを抱きかかえた。
互いの汗が隙間を埋める。
「でも、たとえあなたに嫌われてもこれだけは譲れません。当事者ならいざ知らず、誰かをコントロールするために別の誰かを断するのはエゴの極みです。罰はルールの上にこそあって、それを担う自分は公平でいたいと思っています」
「この身体に二度と触れる事ができなくなっても、その子憎たらしい理屈を並べるつもり?」
体をねじってユギリが脱出を図る。
それをヨイチは優しく支える。
「悲しいですけど。しかし、見限られるよりましかな。ユギリさんも言いなりになる便利な男には興味ないでしょう?俺も身体を武器に男を乗りこなす質の悪い女はごめんです」
「喧嘩を売ってるんですね?よし、買った!」
「やめろ!首を噛むな!」
「あ、か弱い乙女に暴力を!」
「枕で防いだことが暴力なら、あなたの行為はなんなんだ!」
「くらいなさい。この魔術を受けた者は一生わたしの……」
「本気で術をかけるのはやめろ!バカ、瓶を取り出すな!」
「おほほほほほほ!ほれほれほれ」
「やばいから!なんだか分からんが、死ぬ!」
「食らいなさい、そして負けをみとめなさい」
「ふざけんな、このクソ質の悪い……ぶぇ、ゴホ、吸っちまった!」
「ほらほらほら効いて来るぞぉ~」
「かっ、ゴホ、マジか、ほんとにやりやがった………ん?何ともない……」
「あれ?初めて調合したからうまくいきませんでしか?」
「……」
「……」
「……何を嗅がせた?」
「……ん?」
「いや、だから、何を……っておい、まさか……」
「え~と、もしかして疲れていたら必要かなと思って、エチュウさんから教えてもらったんですが……」
「これは……やばい気がする」
「少し、私も後悔を……」
「もう遅い!」
獣が復活をした。
それはもう復活をした。
すべてが終わり、ヨイチが前後不覚の昏睡に陥る中、ユギリは決意を固めた。
――この魔術は計画的に用いらねばならない。




