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飛地物語  作者: 白くじら
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終わらせる。終わる。

 体がバラバラになりそうな激しい痛みに、ヨイチは苦悶の表情を隠せない。

「……痛い」

 治りきっていない傷を悪化させるのに十分な衝撃は、ヨイチから運動能力をスッパリ奪い取っていた。しかし焦りはない。あとは彼女たちに任せようと思っている。

 手応えはあった。

 眉間を撃ち抜こうと思ったが若干逸れた。それでも眼球を撃ち抜いた矢が脳にダメージを与えていないとは思えない。転がりながらも横目で(おそるおそる)見たら、魔獣は小刻みに痙攣をしていた。決定的なダメージを与えることができたんだと確信し、ヨイチは自身の思考へと落ち込んでいく。


 魔獣はコントロールできない――。


 それは長い歴史が既に証明している事実であるはずだ。しかし、現に今、魔獣は盗賊たちと共闘している。攻撃すべき敵を認識し、完璧ではないが指示にも従っていたようだ。

 調教することができるのだろうか――?

 魔獣に意志はあるのだろうか――?

 疑問は尽きないが、この場にいる盗賊が答えることはできないだろう。

 やはりヘハチを捕まえるしかない――。

 ヨイチはそう決意した。


 一方でトモエである。

 彼女は魔獣が致命的なダメージを追ったとみると、猛然とその命を摘み取りに向かった。部下を従え、手には盗賊から奪った分厚い鉈の様な刀をもって……。

 魔獣は自らの状況を把握できず、つい彼女等の接近を許した。そして肉体とともに生命力を削られていく。

 圧倒的な強者が、非力な集団に襲われる姿には壮絶なドラマを感じるが、今もまた生命の終焉が残酷に表現されていた。天を仰ぐ異形の姿が血に染まる姿は目を背けたくなる。

「今しかないぞ、押し込め!」

 どす黒い返り血を受けながら、トモエが部下を鼓舞する。コトハマの兵士たちは自身のモチベーションを維持させるため、あえて残酷に刃物をふるった。あさましいことだが、残酷さが生へ執着させる。

 それだけの被害があったのだ。仲間の三分の一が負傷し、おそらくその一部が死ぬだろう。馬鹿な男とは違い「勇敢だった」と送り出されれば喜んでしまう者は少ない。人間としての生こそが戦闘理由となる。

 そこへ伝令が飛び込む。

 当然のことながら、戦闘は終わっていない。

「後詰の盗賊が来ました!」

 トモエの反応は早い。

「今、魔獣に当たっている者はそのまま攻撃を続けろ、他の者は通りを挟んで左右に展開、合図とともに攻撃を開始する」

「しかし、トモエ警備長!」

「なんだ」

「奴らは盾で壁を作りながらじりじりと進んできています。弓での攻撃は通用しないでしょう」

「盗賊が陣形を組むだと?」

 機動力と個人の技術任せな戦闘こそ奴等のスタイルだったはずが、ここにきて集団が軍隊化されつつある。同じく機動力便りのコトハマでは組み合わせが悪い。

「魔術部隊はいけるのか?」

「いつでも……」

 回答しようとした伝令に割り込む様に、よく通る声が響いた。

「ヨイチ!私の魔獣をどうしてくれた!」

 トモエが見ると、数百メートル離れた所でヘハチが、盾を持った盗賊どもに囲まれながら叫んでいる。激しい怒りが空気を伝い、ここまで流れて来る。トモエは構えるが、ヨイチは転がったまま毒づく。

「……やっぱりヘハチさんか……そんなに大事なら鎖でつなげておいてもらいたいな……」

 ヘハチの冷静さを欠いた叫び声はまだ続いている。

「魔獣を殺したら、コトハマの女どもを全員、犯し殺してやる!お前の尻軽な女も含めてだ!」

 ため息をつき、ヨイチは痺れの残る体を押して立ち上がる。

「別に俺が出張んなくてもコトハマの兵士がなんとかするんだろうが……」


 やらなければならない時がある。

 この土地を治める者として、ここで引き下がったら戦後処理で躓く事は容易に想像できた。しかし、単純な計算ができる者なら無理に出る所ではないだろう。奴らのボスは冷静さを欠いて飛び出してきてしまっている。もう勝負自体はついているのだ。

 おそらく、利に聡い盗賊の首領は数人の部下を連れて逃げ出している。戦う必要はない。放っておけば、彼等は包囲され、勝手に自滅する。

 しかし、やらなければならない時がある。

 無駄でも血を流さなければコトハマは納得しない。死ぬのが主導者ではなく、振り回されている正直者だとしても、決断しなくてはならない。


 ――いや、違うな。

 戦後処理も滞るかもしれないが、いつかは回復するだろう。結局のところ「人気が出て政治がやりやすくなる」「大事な人を馬鹿にされた怒りをぶつけたい」と自分の都合でしかない。

 大義名分は立つ。「コトハマと自分の大切な女性の名誉のため」だといえば、世論を味方にする事ができる。一方で、本当の正義を説明しようとしても世論は批判するだろう。

 ただ、命より大事な名誉などない。

 それがたとえ敵兵であっても、彼等の命は生存のために奪われるべきで、名誉の為に奪われるべきではないのだ。


 ヨイチは矢を取り出した。

 その矢は奇妙な形をしてた。矢じりは筒状でらせん状の溝が掘ってあり、羽根もらせん状に取り付けられている。

 実験では成功している貫通力の高い矢。通常、回転系の風を生み出してしまうと、明後日の方向へ流れてしまう矢も、これならば回転に力を変えて真っ直ぐに飛んでいく。盾の防御などものともしないはずだ。

 距離も十分。

 例え盾で防ごうとしても、それらを貫通してヘハチを仕留める事ができるだろう。

 ヨイチの背後では魔獣がこと切れたらしい。視線がヨイチの背中に集まる。

「ヨイチ、我らの想いをぶつけてくれ!」

 熱量の高いトモエの言葉がヨイチの背中を押した。



 結局ヨイチは撃たなかった。

 

 説明しようとヨイチは思った。

 長い時間をかけて、自分の考えはこうだと伝えようと決めた。

 

 それは英雄的とは真逆の行動だ。

 

  

 

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